その一
私が喫茶店で化学繊維らしきの深紅のビロード風生地が張られた椅子に座り、テーブルに頬杖をつきながら紅茶を飲んでいた時の事です。ふいにポンと肩をたたかれました。
顔を上げるとそこには私と同世代の見知らぬ女性が立っていました。
「
「……え?」
私はあっけにとられてポカンと彼女の顔を見ました。やはり分かりませんでしたが白いニットワンピースを着た彼女は、おそらくは昔の知り合いなのだろうくらいの見当は付きました。
「覚えていない?会いたかったんだあ」
そう言った後彼女は自己紹介をしてくれましたので私は彼女の事を思い出せました。中学時代の同級生だです。私とは別に仲が良かった訳ではありませんでした。正直なところ、一人でお茶を楽しみたかったので声をかけられるのはあまり嬉しい出来事ではありません。級友だった彼女は続けます。
「美紘ちゃんて
「……は?」
コンビニなどで見かける、女性向けファッション誌の表紙を度々飾る
それなのに今、目の前にいるかつての級友は、私を美絽だと思っているのです。
数秒間、私の頭の中がこんがらがりました。
「私が、美絽?」
「そうでしょ?何言ってるの」
「違います」
「え、ちょっと何?怒ってるの?」
「怒っていません。正直なだけです」
私はバッグからスマートフォンを取り出すと、モデルの美絽の画像を検索し、彼女に見せました。
「美絽さんはこの人でしょう。私じゃない」
かつての級友はまじまじとスマホ画面を見ると呆然とした表情になりました。
「ホントだ……。全然違う……なんで間違えたんだろ」
私は無言で彼女をただ見つめました。見つめながら彼女のニットワンピースはシャギーニットと言われる生地だろうかなどと見定めていました。私はお洒落に疎いのですが、服を買わずに生活するわけにはいかないので、通販カタログぐらいには目を通すのです。シャギーニット。私には似合わないなと、買う候補からすぐに外したセーターがそうでした。
「えっと……じゃあ失礼します」
表情を強張らせてそそくさと彼女は喫茶店の出入口に向かいました。真実の私には用が無かったのでしょう。私は彼女の背中に向かって別れの言葉を投げつけました。
「はい、さよなら」
かつての級友は去りました。私はお茶を飲むことを再開しました。私の頭はもうこんがらがっていませんでした。スマホで美絽の画像を検索している時にはもう、公民館で見たあの小さな貼り紙の事を思い出していました。混線現象が降りかかる一部の人とは、他ならぬ私だったのだと素早く現実を受け入れました。
混線はこれで終わるのかしら?そんな思いが浮かびました。
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