チョコレートコスモス
藤泉都理
チョコレートコスモス
「おまえ………あのババアんちのチョコレートコスモスを引っこ抜いたんか?」
マクドナルドの店内にて。
円卓に立ったまま相対していた少年二人。
劇画タッチで迫ってくる友人の少年、
「愛の為だったんだ」
人生で一世一代の告白をした。
同じクラスの少女、
好きだ付き合ってくださいって。そう心臓を飛び出させながら言ったら、いいよと言ってくれたのだ。
「三美子ちゃん。何度も何度も高杉さん家のチョコレートコスモスを引っこ抜こうとしたらしいんだよ。でも、ダメだったんだって。勿論、高杉さんに、ババアに了承は貰っている。ババアはケヒケヒと不気味に笑いながら、言ったらしい。それは誰にも引っこ抜く事はできねえよって。三美子ちゃん。諦めきれなかったって。チョコレートの匂いがする、シックな花色のチョコレートコスモスに一目惚れしたんだって。でも、もう、ババアの家にしかないって。どうしても、自分の家でも育てたいって。だから」
「だからって。おまえ」
陽太は重々しい溜息を吐き出しながら、ポテトを一本掴んで口に含んだ。
「おまえも噂は知ってるだろ。ババアの家のチョコレートコスモスの噂。あのババア。魔法使いだって。あのチョコレートコスモスは惚れ薬の材料だって。信じたやつは誰も彼も引っこ抜いたり刈り取ろうとしたりした。どんな鋭利な刃物を使っても、どんな頑強な掘り起こし機を使っても、ピクリともしなかったって。あれは、本物だ」
「ああ。俺はすんなり引っこ抜けたけどな」
「ああ。信じられないが。おまえは。選ばれし者だったって事だ。だが。おまえ。わかってんのか?三美子が本当にチョコレートコスモスに一目惚れしたってホラ話を信じるのか?おまえも本当は気付いているんだろう?おまえはただ使い走りにされただけだって。三美子が惚れ薬を作っておまえじゃない誰かに惚れ薬を使おうとしてるって」
「………」
遥香はチョコレートシェイクを一口だけ飲み込んで、儚げに笑った。
「惚れた三美子ちゃんが幸せになるならそれでいいんだよ。俺は、」
「バカが!おまえは利用されただけだし!惚れ薬で惚れたやつと幸せになった三美子を見ていられるのかよおまえ!嘘っぱちの愛で得た幸せを幸せと呼べるのかよ!おまえ!」
「ああ。いいじゃないか。嘘っぱちから始まる愛もあるさ。それに。さ。俺」
チョコレートシェイクの容器を掴んで、手首を動かして、くるくる回しながら、遥香は言った。
「俺。三美子ちゃんが幸せなら。いいんだ」
「バカなやつだ」
陽太は半分ほど残っているSサイズのポテトを遥香の方へと送り出した。
「食えよ。塩加減がちょうどいいぜ」
「………おう」
遥香は一本のポテトを取って食べた。
チョコレートシェイクを飲んだ後に食べたからだろうか。
いつもより塩辛く感じた。
「っふ。うめえ」
「そうかい。よかったな」
「きれいね」
「うん。きれいだ」
チョコレートコスモスを見つめる三美子と、三美子を見つめる遥香を三美子の家の塀越しに見つめた陽太はよかったなと口の端を上げてのち、重たいランドセルを天空へと放り投げたのであった。
「っへ。世の中まだ捨てたもんじゃないってか」
(2024.11.1)
チョコレートコスモス 藤泉都理 @fujitori
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます