第二話 勝負

「第二問」


徐 麗美とかいう者の護衛が問題を読んでいく。

ふたりはそれに応えていき、どちらが多く勝つか勝負することにしたのだが、この女はとてつもなく強い。

強さに驚き、思わず動揺してしまう。



「終わって?」


十問…いや、二十問。

それくらい解いたところで、この対決は終わった。


「素晴らしかったですわ、本当に。感服いたしました。あなたのような素晴らしい方が皇帝陛下ならば、この国は安泰ですわね」

「そなたに言われる筋合いはないが、そなたのような優秀な者が麗書省れいしょしょうの大官になったら、この国はもっと安泰だろうな」


勝者は晴れて、龍仁となったのだ。

耳元で囁き麗美を勧誘しようとしたが、麗美の護衛の者に剣を抜かれた。

上手くいかないとわかっていたけれど、まさかここまで事が大きくなるとこは流石に想像してなかった。

龍仁は護衛の行動に目を見開く。


「麗美お嬢さまに近づく者は、誰であろうと一切赦さない」


護衛の大胆さに女主人は慌てる。

当たり前だろう、皇帝にこのような無礼なことをしているのだから。


「祝悟!いい加減になさい!あなたが今剣を向けている方は、この国の皇帝なのですよ?!身の程を弁えなさい!!」

「…チッ」


固い舌打ちをし、護衛は下がる。

女主人の言うことならば、なんでも聞くというのだろう。


「そなたは護衛を奴隷のように付き従えているのか」

「お前ぇぇ…!」


女主人の護衛は、狂ったように龍仁を睨みつける。

ましてや皇帝を睨みつけるなど、無礼千万。


「なんだ、護衛ごときが皇帝にお前、といのか?そなた、徐 麗美といったな。そなたはは護衛にどういう教育をしているのだ」

「なっ…!」


女主人ー麗美は黙る。

もしや忠誠心からきているのか。

そうすれば、この者は生涯そばに置いておいた方がいい。

離せばまた厄介なことになる。


「その気の強い護衛を連れて、朝廷ちょうていにでも来ることだ」

「お嬢さまにこれ以上…!」


護衛の勢いは止まる。

なぜなら、忠愛のある女主人が止めたからだ。

そなたはこれでいいのか?と思ってしまう程、この者は女主人を好いていた。

禁忌の愛を犯してしまうかと心配になる程。


「それではは行く。そなたたちの気が向いたら、朝廷に来るが良い。そのときは手厚くもてなしてやる」


龍仁は黒いー禁色きんじき(皇族にしか使えない色のこと)をまとった衣をひるがえし、その場をさろうとするが…


「…あとひとつ、余から忠告がある」


これだけは言いたかったので、これだけ言って去っていくことにする。


「もういいでしょう、お嬢さまには近づかないでください」

「麗美どのに忠告しておきたいことがあって戻ってきた」

「だからもうっ!」

「祝悟、聞かなければならない気がするから、あなたは下がっていなさい」

「…かしこまりました、麗美お嬢さま」


麗美は祝悟とかいう護衛を抑え、下がらせる。

そこのところはきちんとしているようで安心だ。


「で?お話というのは?」


強気な印象の彼女だが、それ以上に忠心が強いのかもしれないと思う。


「大切な人を任せています、どうぞお早めに」

「直ぐに返そう。だが、これだけは聞いてほしい」


真っ直ぐな真剣な目で見たはずだが、彼女には伝わっているだろうか。


「早く仰って?」

「そうだったな。そなたはあの者が好きか?」

「…好きですわ、それが何か?」


目を背ける。

これはもしかしてと思ったが、考えないことにした。


「どういう風に好きだ」

「何が聞きたいんですの?何か試すおつもりで?それでしたら、わたくしは帰りますわよ?」

「これだけは教えてほしい」

「護衛として好きですわ。それ以上もそれ以外でもなく」


これは迷いのない目で龍仁を見る。


「そうか、な、良かった」

「わたくしを後宮に入れるおつもりで?」


後宮、それは女の都。

男の都が朝廷であるように、女の都は後宮なのだ。

後宮では美姫たちが寵愛ちょうあいー皇帝の愛を競う。

それは一見煌びやかだが、奥には陰謀が渦巻く。

そんなところに、どうして世間知らずのお嬢さまを入れられよう。


「いや、違う。そなたに忠誠を誓う者がいるならば、そやつらは絶対に手放すな。それが言いたかっただけだ。すまんな、手を止めて」

「いえ、ご忠告、痛み入ります」


彼女は膝を曲げ、令嬢風の挨拶をした。


「それでは失礼する」

「お見送りいたします」


皇帝が帰るとき、皇帝が目に入らなくなるまでは臣は決して表を上げてはならない。

流石令嬢だと、感服した。

これは運命を変える出逢いになるかもしれぬと思った。



◇◇◇


「祝悟!貴様はなんということをした!よりによって、陛下に剣を向けるなどどうかしているっ…。そなたのせいで、我が家が没落したらどうする!…はぁ…。まあよい…そなたは陛下から、私の可愛い可愛い麗美を守ったことにして、今回は勘弁してやる」


皇帝に剣を抜いたことが無事にバレてしまった祝悟は、徐家当主でもあり、麗美の父でもある徐 緑銘 じょ りょくめいに叱責されている。

まあ、当たり前だろう。


「緑銘さま、あなまり怒らないであげて」


柔らかな口調で言ったのは麗美の母、徐 麗奇じょ れいきだ。

名前のまま奇妙な程歳をとった気がしなく、いつまで経っても衰えず美しい。


「麗奇、そなたは麗美を甘やかしすぎだ。もう少し怒らねば、麗美は一人前の大人になれん!」

「まあ」


麗奇は微笑む。


「私より甘やかしている人が良く言うわ。麗美は可愛い可愛いと、夜毎よごと言っているのですから」

「まあ…大事なひとりの愛娘なのだからな」

「そうね」


自分は幸せだ。

だって、こんなにも一緒にいて幸せだと感じられる家族に出逢えたのだから。

昔のことは忘れよう。


「それより祝悟、今日は何が…」

「奥さま!大変です!」


麗奇の侍女が現れ、事情を麗美の耳元でコソコソと話す。

これは慣れたことなので得に動揺はしていない。


「…なんですって?!」


すると、麗奇は目を丸くし、緑銘を見た。

これが我が家に降り注いだ、奇跡の出来事なのである。

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後宮書物伝〜本好き令嬢は謎解き姫〜 @narin058

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