4ルガーとおはなし


 

「ねぇ〜、全然見当たんなくない?」

「王様のことは書かれてる本多いのに、その背景とか、仲間の話は一切出てこないな……」

「逆に何で今まで王一人が封印したと思っていたのかが不思議なくらいだ……」

 

 無事に図書館に辿り着きエミールは三人にも手伝ってもらってソレイユ王と関わりのあった人物を探していくが、中々見つからない。

 

(何故ルナのことが書かれてない……? ルガーのことも。夢の中では三人は仲間だったはずだ。あの後、仲違いでも起きてしまったのだろうか)

 

 早々に飽き始めてページをダラダラと捲り出すライアンを他所にエミールは黙々とルナとルガーのことを探っていく。

 

「ない……この本にも、ない……あの巨大な力を封印するには、ソレイユ王を援護する面々がいるはずなのに」

 

 それこそ、異国からやって来たというルナ。どうして彼の名前が何処にもないのだろう。

 

 エミールの隣でじっと本を見つめているチンチラのルガーを見る。

 

「ルガー……君は一体何者なんだい」

 

 尋ねればパチクリと瞬きしエミールを見上げてはキュウ、と鳴いた。

 

「君はソレイユ王の使い魔なのだろう」

 

 この質問にルガーは机の上でクルクルと回り出す。言葉がないからわからない。

 

「それとも。ルガーはタイムスリップでもしている?」

 

 クルクル回っていたが止まるとまたこちらを見上げクシクシと毛繕いを始める。

 

「僕の言葉がわかるなら。ルナのことを教えてくれないかい」

 

 ルナ、という言葉にルガーはピタリと一切の動きが止まった。こちらを見上げ「何故知っている」とでも言うように。


 でもこれでわかった。


 チンチラのルガーは、夢の中で出会ったソレイユとルナの友人。

 

 そして何らかの理由でタイムスリップしたように五百年後の世界に来てチンチラの姿になっている。

 

「ふむ。……いや、まずは。ルガーのことが聞きたいな。どうしてルガーはこんな遠い未来までやって来てしまったのだろうか」

 

 尋ねれば再びその場でクルクル回り出す。言葉がないから今ルガーが何を表現したいのかもわからない。暫くエミールは考え……一つの案を出す。

 

「ルガー、僕が二択の質問をする。肯定するなら右手、反対するなら左手に乗ってくれないか」

 

 幸いにもルガーはエミールの言葉がわかるのが救いだった。この言葉に立ち止まりエミールを見上げるルガーはクシクシと毛繕いを始める。

 

 本を調べながらもエミールたちのやりとりをひっそり見ている三人の目線には気付かないまま、エミールはルガーに質問していく。

 

「ルガーは、元々は人間だった」

 

 鼻をヒクヒクさせてエミールを見つめた後、右手に乗った。肯定だ。

 

「人間だったのに、予期せずチンチラになってしまった」

 

 右手に乗り続ける。肯定。

 

「ルガーは……コスモスという国を知っている」

 

 左手に乗り移る。違うらしい。

 

「ルガーが元々いた国は、ケイオスという国だった」

 

 はい。

 

「人間からチンチラになった理由は知ってる?」

 

 いいえ。

 

「タイムスリップしてしまった理由も、わからない」

 

 はい。

 

「ケイオスからコスモスに変わって、五百年の年月が経っている。……チンチラの姿になった時、ルガーは王様……ソレイユの元にいた」

 

 ソレイユ王だろ、と突っ込むゲンリュウを宥めるハヤトがエミールの視界の隅に映る。ライアンは黙ってやり取りを眺めていた。

 

 ルガーは右手に乗り続けたままだ。

 

「なるほどな。ルガーも僕たちと同じようにわからないことが多いのだな。なら、訳もわからないままルガーも僕たちの元に来ていたのか」

 

 ルガーはエミールの右手に乗ったままクシクシと毛繕いを始めた。

 

「わからないことだらけだ。ルナのことを知る前に、まずはルガーがチンチラになってしまったこと、そして未来から過去に戻ることの解決が先だな」

 

 エミールの言葉にルガーは手の上から降り顔を伸ばしてキュウキュウと鳴く。何故ルナを知っているのか。そう尋ねているのだろうか。

 

「ああ、答えていなかったね。……実は夢でルナとソレイユという若者に出会ったんだ。ただの夢なのかと思ったが……僕自身は何故か車椅子に乗っていたし、ルナは僕のことをルガーと呼んだ。五百年前の出来事を、ルガー越しに見ているようだった」

 

 ジ……とこちらを見つめるルガーに尋ねる。

 

「ルガー。君は病弱なのかい?」

 

 もう一度両手を差し出せば右手に乗った。

 

「僕が眠っている間にまた車椅子に座っている夢を見たら、きっと何かきっかけがあるんだ……ルガー、僕が眠っている間、君は僕の体に移り変わるような体験はしたかい?」

 

 左手に乗った。お互いが眠っていても体が入れ替わる、ということではないらしい。あくまで、エミールが五百年前のルガーの視点になるだけ。


 だとしたら、五百年前を生きてるはずのルガーの体は今はどうなっている? チンチラの姿になってエミールたちが生きる時代にタイムスリップしている。病弱だと言っていた。もしかして眠ったままなのだろうか。

 

「ルガーが、あまりこの時代に長居するのも良くなさそうだな……何とかして元の世界へ帰してやりたいが……」

「なあエミール、さっきから何を一人でぶつぶつ考えてるんだい」

 

 脇に立ったライアンに声をかけられる。見上げれば、何処か面白くなさそうに、仏頂面でエミールを見下ろしている。朝起きた時は明確な情報も掴めないままだったが、ある程度のことが見えて来た今、少しは話してもいいだろうか。

 

「ああ、シノヤマで眠っている時に妙な夢を見てね……そこにはソレイユとルナと呼ばれる若者たちがいたんだ。地形とか彼らの服装とかを考えるとコスモスよりも前の時代に来ていた。そしてその夢では、どうやら僕はルガーと呼ばれた」

「ルガーぁ?」

「そう。車椅子に乗っていたから、僕本人じゃないことはわかった。誰かの視点越しに夢を見ていた。そのルガーと呼ばれた人が、もしかしたらこのチンチラと関係があるのではないかって今二人で色々話し込んでたんだ」

「ふーん。てか、だったら初めから教えてくれたって良くない? 急にチンチラに話しかけて不気味だったんだけど」

「すまない、曖昧なことを言って混乱させるのも迷惑かと思ったんだ」

「それで、夢を見てエミールは魘されてたわけか」

 

 なるほどねぇ、とライアンはエミールの隣に座り直す。頬杖をついて遠くを見つめている。

 

「なんか、俺何をすればいいのかいまいちわからないや。エミールはルガーのことで夢中だし、俺置いてけぼりだし。ハヤトとゲンリュウは【ソレイユの封印】時のパーティを探し続けているし。すること無くない?」

 

 万屋の仕事してる時もしてない時も。基本ライアンとエミールは同じ時間を過ごすことが多かった。エミールが出来ないことを全てライアンに任せ、事務処理などはエミールの仕事だった。暇な時は良く二人で無駄話でもしながら作業していたか。その分、今はエミールがルガーのことばかりでライアンは少し嫉妬しているのかもしれない。

 

「拗ねないでくれよ」

「そんなんじゃないけど。でも、その話……アイツらにも共有しておいた方がいいんじゃない? このチンチラ騒動で出会ったんだし」

 

 ライアンが目をやるのはハヤトとゲンリュウ。

 

「夢の中の妙な出来事とか、信じてくれるだろうか」

「俺はそもそも信じてないけど」

「でも頭ごなしに否定はしないのか」

「あの堅物勤勉なエミールが放った言葉なんだ。信じられなくても、経過は見守るさ。そのうち信憑性が出てくるかもしれないし」

「助かるよ。ありがとう」

「だけど、意外だな。コスモスよりも前の国ということは【ソレイユの封印】という革命が起きる前の人間なんだろ? 五百年の時を経てタイムスリップした人間なんて前代未聞だよ。ルガーは元々はウィッチャーだったのか?」

 

 ライアンの言葉にキュキュッと鳴くとルガーはまたエミールの左手に乗り移った。

 

「……ノーマルだったようだ」

「……。エミール。——ウォッチャー、は知ってるか」

 

 この国には主に三種族の人間がいる。


 一つは魔法を扱わないノーマル。

 

 もう一つは魔法を扱うウィッチャー。


 そして最後に出会うことはほぼ不可能だという、その時代に一人しか存在しないと言われてるウォッチャー。

 

 ウォッチャーは大きな力を持つことは無いと言われているが、本人が生きている時代よりも過去、未来を視ることが出来ると言われている。ルガーが突然前触れもなくウォッチャーとして目覚め五百年後にタイムスリップしてしまったのなら納得はいくが……。

 

「子供の頃に教養として習ってはいたな。何となくは理解出来てきる。だが……チンチラになってしまった説明がつかないな」

「だって、その時代に一人しか存在しない能力者だとしたら、矛盾してしまうからね」

「……ライアン。魔法を扱わない僕にもいつも親身に専門なことを話してくれて助かっているよ。でも今回のウォッチャーのことは、もう少し言葉を砕いて教えてくれないか。……全然わからないんだ」

 

 物事を頭の中で考え整理するのはエミールの得意分野だと思っていた。しかしそれは万屋でノーマルとしての仕事をこなしている場合のことだ。今回のようにノーマルが想定出来ることの範疇を越えると一気に思考回路が止まってしまう。


 ウィッチャー関連のわからないことはいつもライアンに聞いて理解してから依頼をこなしていた。今日は朝から夢の出来事を頭の中でぐるぐると考え、ルガーの謎を解いていくうちに一人では対処しきれないのではと本当は頭の隅で思っていた。考えることは出来ても、力を使って解決をするのは結局ウィッチャー頼みなのだ。


 どのみち、ウォッチャーのことに関してはほぼ無知なのでライアンにルガーがウォッチャーかもしれないと言われてもエミールにとっては話がどん詰まりになるだけでしかなかった。

 

 ルガーは過去の人。元々はノーマルで何故かチンチラの姿になっている。きっと何かきっかけはあるに違いない。そうでなければ力はそもそも目覚めないだろう。それが魔法が存在するこのコスモスという国のモットーだ。

 

 これだけの事実でもエミールには浮世離れした話で頭はパンク寸前だ。ライアンはもしかしたら、エミールの限界を感じ取っていたのかもしれない。

 

 目を閉じ目頭を抑えるエミールに「やるよ」とポケットからチョコレートを差し出される。図書館は飲食禁止だが……と言いかけ、今はライアンのこれから話す言葉を理解するべきだと判断して一口齧った。パキ、と歯で砕けば甘さに力が抜けていく。知らず知らずのうちに体が強張っていたのだろう。

 

「オーケー? 俺も今までウォッチャーに会ったことなんか無いから仮説でしかないんだけど。ウォッチャーは、その時代に生きている本人一人しか存在しない。これはわかる?」

「ああ。何かきっかけがあってルガーはウォッチャーとして目覚めた」

「そうそう。で、ビューンと、なんと五百年先の未来に来てしまった! でもここで本来のルガーになってしまうのはまずい。何故だろう」

「……先程も言っていたな。何がおかしいのか、僕にはわからないんだ」

「だって。この世にはもうウォッチャーが誕生しているから。ルガーが人間の姿でこちらに来てしまったら、ウォッチャーが二人になってしまう。だから、矛盾が起こらないようにチンチラの姿になっているんじゃないかって思うんだ」

「ウォッチャー……そんな都合良く動物の姿になれるものなのだろうか……というか、すでにこの世にはウォッチャーは目覚めているのかい。なんでわかる? 会ったことないと言ってただろう?」

「今まではね。でもエミールの話を聞いて仮説が立ったんだ」

 

 仮説? と話の先が見えず単語を繰り返しライアンを見つめるしかない。いつもおちゃらけている様子のライアンも今回ばかりは真面目な顔で、エミールは自然と生唾を飲み込んだ。

 

「夢の中で過去の人物に出会ったんだろ? ルガー、という人物の姿で。……エミールは、完璧にではないけど、ウォッチャーに目覚めかけている」

「——え?」

「……何かきっかけさえあれば、エミールはルガーのように過去に飛んでいってしまうかもしれない。もしくは、未来かな」

「いや。まさか。はは、ありえないだろう。僕は今までノーマルとして生きてきたんだ」

「ウィッチャーだってある日突然目覚めるものさ。二年通う専門学校も生徒の年齢は老若男女問わずだ」

「……仮に僕がウォッチャーだとして。僕は何をするべきなのだろう。どうして目覚めたのが僕だったのだろう。こんなに都合良くウォッチャー同士であるルガーと僕が出会うなんて……」

「う〜ん。それもあれじゃね? 王様のお導きってやつ。俺ら王様から依頼のお手紙なければそもそも城に行かなかったし、ルガーを預けられることもなかった。王様は、目の前に突如現れたチンチラが過去の友人ルガーだと、何かしらで気づいたんじゃね?」

「何かしらって、なんだ。そして僕たちに預けられたのはたまたまだったのか?」

「ん〜……知らん!」

 

 ライアンはいつもの笑顔に戻りけらけらと笑う。なんだよ……と気が抜け、エミールは椅子に凭れる。

 

「王様に直接お尋ねしたいことがたくさんある……」

「音信不通になっちゃったからな〜。俺たちで解決するしかないってこと? 俺だったら面倒くせえ〜って匙投げちゃうね」

「おいおい、王様からの依頼だというのに……」

「王様からはあくまで『ルガーを預かってほしい』というだけだったじゃん? エミールがそもそもこんなに調べる必要あるのかなって」

 

 城に向かったはいいものの、チンチラのルガーを手渡されて家に戻っていた。どうすればいいのか戸惑っていたら、ルガーが玄関のドアをガリガリ引っ掻いていた。外に飛び出すルガーは(ライアンが生み出した首輪の力を借りて)『迷路の森』へ向かおうとしていた。

 

 今のライアンたちの力だけでは迷って終わるだけだと説得させて、そこから光の飛び出す場所が図書館に変わって——

 

「……ルガーが行きたい場所に、僕は今のところただ着いて行ってるだけだな……」

「どうしてエミールは、タイムスリップしてきたというルガーに対して献身的なんだい」

 

 ライアンに尋ねられて、考える。どうして僕は、今色々調べているのだろう。極悪人が刑務所から逃げ出して危険だという中外出して図書館へ行き、その帰りに爆弾魔に巻き込まれて。その後も刑務所に行ったり、不思議な夢を見たり。濃い時間を過ごしているがまだルガーと出会って二日しか経ってないのだ。わからないことが多くても致し方ないところはある、と思うが……。

 

「理由、か……。その答えは保留でも良いかい?」

「え。エミールいつも即答するのに」

「こんな短時間で答えなんか見つからないさ」

「ふーん……? じゃあ、エミールはこの後どうするんだ? わかったのはチンチラのルガーは過去の人間で、タイムスリップしてきたってことくらいだ。どうしてルガーは五百年後に飛んできたのか? 二百年前では駄目だったのか? ウォッチャーになったきっかけは何か? とか問題山積みだけど。エミールはこれを全部解決するつもり?」

「……今でもルガーのことで着いていくのに必死なのに畳み掛けないでくれよ……」

「奇襲とか、シールド張られて音信不通とかにならなければ、全部王様が解決してくれたって良かったのにな」

「……。それはまあ、そうだな……こんな何も知らない僕たちではなく、チンチラが過去の友人だと気づいたであろう王様が本来ならやりくりするべきだった。……でも、現状出来ていない」

「それは何故?」

「……邪魔が入ってしまった、から……?」

 

 何の根拠もない、この一日で起こった出来事を全体的に見ての判断でしかなかったが。エミールには今はそう答えるしかなかった。

 

「ここはエミールも俺と同じ判断でよかったよ。ここで食い違ったら俺は手助けしようと思えないからね」

「何かしてくれるつもりなのかい」

「明確には決めてないけど。きっと王様は、自分で出来なかったことを俺たちに託したんだと思う。だってほら、俺たち万屋として評価良い方だし? 王様の耳にも入ってたんじゃないかな」

「だったら依頼されて会った時に教えてくれたって良かったのではないか」

「情報漏らしたくなかったんじゃないかな。ゲンリュウとハヤトにルガーを守ってほしいと言ってたのも、最低限なことだし」

「……やっぱ城の中にいる人々を信頼してないってことなのだろうか……」

「それも込みで、調べていくってことなのかな〜」

 

 前のめりになっていた体をぐぅんと伸びをしてからライアンは椅子に凭れる。その姿を見つめ……エミールも一度机から離れる。

 

「ライアン、僕はこれからどうしたらいいのだろう」

「ありゃ。さっき俺がエミールに聞いたことだったけど」

「わからなくなっちゃった」

 

 エミールがルガーに尋ねてわかったのは彼が過去の人間だったことくらい。それ以外のライアンに尋ねられたものは、ノーマルでは思いつかないことばかりで、エミールにとっては盲点のような。


 一を聞いて十を知る、のような一つを聞いて十の疑問を出してくれるライアンが、いつも隣にいるはずの相棒なのに今日は他所行きに感じた。


 いつもはエミールが依頼された解決策を考えて見つけ出して、ライアンがよっぽどのことがない限り二つ返事で承諾して二人で業務に取り掛かるのに。

 ライアンは何故、今日はこんなにエミールに意見を出してくるのだろう。それとも、いつも不満に思うことがあっても敢えて口にしなかっただけだろうか。

 

「……ライアン、僕の万屋での働き方に思うところあるかい」

「いきなりなんだよ? いや、無いぜ? あったらソッコー口出しすると思うし。俺はエミールのやりたいことの手助けをしてるまでだし」

「そうだよな、いつもすぐオッケー、で話が進むものな。……なら、何で今日は沢山意見を出すんだ? 僕の考えがおかしいということか?」

「ん〜? おかしいも何も、まだ何の答えにも辿り着いてないじゃん、俺ら。ルガーが過去の人間だったというのは、パズルのピースの一欠片でしかないようなものだ」

「……そのピースが全部合わさった時——事の全体像がようやくわかるってことか」

「理解早いよね、エミールは。まあ、あとはそのピースたちを解決しなくちゃいけないわけだけど……」

 

 ハヤトたちが「すまん、少し時間をいいか」とエミールの前の机に座った。ソレイユ王がカタストロフィを封印した時の彼を援護していた人物を探してもらっていたが、見つかったのだろうか。

 

「結論から言う。ここの図書館の歴史書をあらかた読んだが……ソレイユ王を援護したメンバーはいなかったようだ」

「……ほんとうに? 誰一人もいなかった? 〝回復役ヒーラー〟もいなかった?」

「ああ。どこにも何にも書いてない。今でこそ、魔物を退治する時は基本五人体制のチームで行動しているのだが、それはコスモスという国が出来上がってからのルールだし、ケイオス時代は決まりがなかったのかもしれない」

「なら、ケイオス時代の歴史書を探るというのは……」

「残念なことにケイオスのことが詳しく書かれてる本は見当たらないんだ。ケイオスはそもそもここまで発展してない国だったと聞くし、図書館というものがなかったのではないだろうか……」

「ううむ……ソレイユ王はカタストロフィに本当に一人で挑んで封印したというのか?」

「流石にどう考えてもありえないっていうのは戦闘経験少ない俺でもわかるぜ〜」

 

 ハヤトの説明にエミールとライアンは首を傾げるしかなかった。ソレイユ王はバケモノ級に強かったのだろうか。病弱だったルガーはまだしも、ルナはどこへ? 魔力が強かったルナがそばにいたら、ソレイユ王も心強いはずだったのだが。

 

「ライアンとエミールが話し合っている間、俺とゲンリュウも話し合ったんだ。『何故王様以外の英雄はいないのか?』と」

「……何かわかったのか?」

 

 エミールがハヤトに尋ねる。目を伏せ首を振るハヤトに僅かに落胆してしまえば「だが一つの仮説も立ったのだ」とゲンリュウが話し出す。

 

「仮説?」

「ソレイユ王は一人で封印が出来た。その理由は、争いがそもそも無かったからではないか、と俺とハヤトでの考えで思いついたのだ」

 

 意味がよくわからずに続きを促せばゲンリュウは前のめりになって口を開く。

 

「ソレイユ王の顔見知りだったのかもしれない」

「……。……──ッ⁉︎」

 

 それは。いや。まさか。夢の話が本当の事だとしたら。カタストロフィになってしまったのは。

 

「ルナ、なのか……?」

 

 エミールの言葉にルガーが反応しキュウキュウ鳴きながら肩によじ登ってくる。

 

「なんだ、そのルナという人物は。知り合いなのか?」

「いや、ルガーの知り合いで……過去の人で……」

「ルガーはチンチラではないのか?」

 

 ハヤトに突っ込まれ、この二人にはまだ何も話していなかったと気づく。ライアンを見れば「この二人には話は共有した方がいいと思う。ヒントが見つかりやすくなるかもしれないし」と言われ前に向き直る。

 

「僕もたった今わかった事なのだが……——」


 *

 

 目を覚ます。知らぬ間に眠っていたことに気づく。起き上がりベッドから降りようとし——足が動かない。ハッと意識が覚醒し部屋を見渡せばエミールの家では無かった。


 木造建築の、殺風景な部屋。窓から見えるのはミカヅキ海岸。のんびりリュウグウカメが泳いでいるのが見える辺り……これは『夢の世界』であり、『ノーマルだったルガー越しに五百年前の世界を見ている』ということを瞬時に理解した。


 ライアンが「エミールはウォッチャーになりかけている」と言っていた。夢の中で過去を見る理由がきっとあるはずだ。

 もしも本格的にウォッチャーとして目覚めたとしたら、今のチンチラの姿になったルガーのように、夢の中を自由に動き回れるようになるのだろうか。

 だとしたら、ルガーの体はどうなるのだろう。魂が未来へ向かっても体までは連れていけない。……だから、半分目覚めているエミールがルガーの体の中に入っている? 体が死んでしまわないように。夢から醒めたら、またライアンに尋ねてみよう。

 

「おはよう、ルガー。今日はもう起きたんだね」

 

 穏やかな声がした。ドアの方に顔を向ければ、あの夢から二度目の再会となるルナがいた。おはよう、と声をかけようとして、咳き込んでしまう。病弱だからか。ルガー本人も、ルナたちと会話したいだろうにこの調子では碌に話せなかっただろう。ルナが駆け寄って背中を摩ってくれる。


 ありがとう、と手に触れれば「移動するね」と体を抱えられ車椅子に移動させられる。そのまま椅子を押され「顔洗って待っててね」と一旦ルナはいなくなった。放置されたが、とりあえずは言葉通りにするかと鏡を見て、固まる。いや、わかってはいたのだけれど。改めてこの世は不思議で溢れている。

 

 意識はまんまエミールなのに、全く知らぬ顔の青年が目の前にいた。手を伸ばし頬に触れれば鏡も真似する。この小柄で華奢な、年相応よりも若く見られそうな目の前の人はルガーなのだとわかる。この子が、ルガー。未来でチンチラ姿になりエミールたちと奔走している過去の人。ルナとソレイユの友人。

 

「ルガー、今日の朝食なんだけど……——誰」

 

 優しいルナの声が一瞬にして敵意剥き出しの声になった。


 

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【長編】エミールとライアンの「なんでもお願い叶えます!」〜君が創り出した物語編〜 伊吹 ハナ @maikamaikamaimu

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