3チーム編成

 

 

 小腹が空いたと駄々を捏ねるライアンに(ゲンリュウは渋い顔をしていたが)ハヤトが軽い軽食を持ってきてくれた。小競り合いをしながらも三人でやいやい会話しているのをよそに、エミールはサンドウィッチを手に持ったまま心ここに在らずの状態だった。

 

(今の出来事は何だったのだろうか……夢? ……だとしたら、会話が鮮明だったな……ソレイユや、ルナの顔も覚えている)

 

 一口齧り、咀嚼しながら考える。

 

(ルガー目線になっていたのだろうか。だから、ルガーの顔はわからない。車椅子に乗っていたし、体が弱いのかもしれない)

 

 ポロ、と卵が零れ落ちたのにも気づかない。匂いを嗅ぎながらチンチラのルガーが近づき落ちたものを食べていく。

 

(ルガーに尋ねても……わからないだろうな……一応僕たちの言葉はわかるだろうけど……だとしても、何故ルガーはチンチラの姿に? 五百年もチンチラ姿で生き延びていたのだろうか?)

 

 わからないことが多い。図書館に行って本を借りたのを思い出し(受付をしたのはライアンだったので)ライアンの鞄を漁って歴史書を取り出す。勝手に中を探られることにライアンはチラ、とこちらをみただけで何も言わない。サンドウィッチを食べるのもままならないまま本を開きページを巡っていく。

 

(この本はケイオスからコスモスになる過程の話だ……カタストロフィを討伐したソレイユ王の話は大々的に書かれているが、ルナやルガーの話題は見つからない。勇者が一人で討伐……など出来るのだろうか。少なくとも援護は必要だ。何か、手がかりはないだろうか)

 

「ライアン」

「んぇ?」

「僕はこの後もう一度図書館へ向かう」

「いいけど、なんで?」

「……もっと詳しく、知りたいことがあるんだ」

「ふーん……? おっけー」

 

 ライアンの承諾を得て、本を閉じエミールはようやくサンドウィッチに齧り付く。味を感じることもなくただお腹を満たすためだけの作業。もう頭の中はルナのことでいっぱいだ。



 *

 

 

 脆いプレハブの監獄から外に出て、再びハヤトが操縦するドラゴンの馬車に乗り込む。

 昨日はもう夜になっており辺りは見えなかったが、朝になり日が登れば雪は少し止み視界が良くなった。

 改めて見渡しても、高い山に囲まれていて遭難したら命はないのだろうと思う。

 ドラゴンの背に乗る前に、ハヤトがこちらへ来てエミールに語りかける。

 

「言い忘れていた。昨日エミールが先に眠っている間に三人で話していたのだが、俺らは暫く四人で行動することになった」

「構わないが。何故?」

「俺とゲンリュウは数日前にルガーを守って欲しいとソレイユ王に直接申し込まれた。戦闘力が強いゲンリュウとペアとして組まれてる俺は王の外出時によく同行していたから声かけられたのも妥当だと思った。


 しかし昨日刑務所に奇襲があり、俺たちはそちらの対応に追われていた。気づいたら、城にはシールドが張られていて王とは連絡取れないようになっているし、街に奇襲があるし、何故かそこに王の使い魔ルガーがいるし……と正直混乱していたんだ」

「なるほど」

「ライアンから話は聞いた。君たちも突然手紙で呼び出されて玉座の間に通されたと思ったら、ルガーを預けられてそのままエミールの家に転移されたと。


 ルガーを守る契約をした俺たちと、ルガーを預かったエミールたち。とりあえず一緒に行動するのは悪くないのではないか、と」

「話はわかったけど、ハヤトたちは単独行動しても大丈夫なのかい」

「ああ。先ほど話はつけてきた。この混乱の中だ、戦闘力高いゲンリュウが抜けるのは渋がられたが王様直の命令があると言えば引き下がってくれた」

「詳細を言わずとも通るんだ」

「忙しそうだったからな。もう皆王とは連絡取れないし、兎に角街を守ることだけに専念したそうだったから好きにしてくれという感じだった」

「そゆこと〜。まあ色々あったけど、俺も一応信用は出来ると思うな」

「ライアンが言うなら、僕は何も否定しないよ」

「ルガー様! 私の肩に是非お乗りくださいませ!」

 

 ゲンリュウがにこにことルガーに手を差し出すが、ルガーはエミールのジャケットの中に隠れてしまった。

 

「やーい振られてやんのー」

「ルガー様……」

「操縦頼むよハヤト」

「ああ、任せてくれ」

 

 今まで万屋として二人で仕事をしてきた。その空気感に慣れていたが、四人になると(ゲンリュウがいるからかもしれないが)一気に賑やかになる。暫くはこの賑やかさが一緒に着いてくることにエミールはやっていけるだろうか……と少し不安になるのだった。

 

 ハヤトがドラゴンの背に乗る。合図をすればドラゴンは勢いよく飛び立ち馬車も宙を舞う。急上昇し、浮遊に慣れないエミールは胃がむかむかしだして口を覆う。「エミール、窓から遠くの景色を眺めるといい」と隣に座ってるライアンに教えられ遠くの山を見る。

 

 シノヤマの山脈を悠に超えたドラゴンの飛行。山の向こうにはいつも大きく感じた城がとても小さい。南の方にはミカヅキ海岸、北西には迷路の森、図書館……など色々と見え全てが近い距離に感じるから不思議なものだ。

 

 先ほどまでいた刑務所を見下ろす。昨日は暗い上に猛吹雪で視界が悪かったためわからなかったが、エミールたちがいたプレハブの建物の後ろには奇襲され黒く焦げた全壊の監獄があった。

 

「酷いな……奇襲、ということは内部からではなく、外から攻撃されたということだろう?」

「ああ。寝耳に水だったな。脱獄したところでほとんどの罪人は捕まったが、やはり極悪人レベルとなるとシノヤマも飛び越えてしまう。……君たちの元にも爆弾魔が現れたな。危険な目に合わせてすまない」

 

 ゲンリュウから改めて深々と頭を下げられる。警察側の落ち度は認識しているようだ。今回はライアンも黙っていた。

 

「その、極悪人とやらは後何人ほど逃げ出したのだろうか」

「エミールが夜眠っている間にガーディアンが動き出して二人捕まった。どちらもシノヤマに放置だ。後は……覚えているだろうか。『洋館殺戮事件』のことを」

 

 今まで報道で見てきた怪奇事件を思い返していく。爆弾魔、放火魔、暗殺者——そして、無差別殺人。

 

「七年前の出来事の事なら覚えている」

「まさにそれだ。洋館にいた人々が次々ナイフで刺し殺された。犯人は、教会を営んでいる神父だった」

「ああ、衝撃的だったよ……何故神父様が、と」

「事情聴取も行われたが、神父の暴走としか報道では伝えられなかった」

「……ゲンリュウは、何か思うところがあるのかい」

「王が不審に思って何度か神父と話したいと仰っていたのだが……元老院の『王に危害があるかもしれないから』と一向に合わせてくれなくてな。審判が難しいものは全て一度は王の目に通されるはずなのに、あの事件は全て元老院が取り扱っていた。そこからじわじわと、王も元老院に信頼を寄せなくなっていったな」

「そんな事があったのか……僕たちは報道された情報しかわからないからな。なら、王様は神父の暴走には何か理由がある……そう考えていたってこと?」

「恐らくな。して、今見つかってないのはその神父だ」

「……」

「どちらにせよ早く確保しなければならない。メディアもそのうち駆けつけて、国民の不安を焚きつける情報として報道するかもしれないからな」

「なんだかなあー……」

 

 昔と比べたら様々な情報がすぐ自分の耳に入る良い時代になっているとは思うも。注目欲しさに情報源が無い出鱈目な中見が無い情報も混ざっている。

 何を信じたら良いのか分かりにくいのが現状だ。王が元老院に信頼を寄せていないこの国は大丈夫なのだろうか。

 

「案外この国も滅んだりして……」

「ソレイユ王が統率するコスモス国が滅ぶものか‼︎」

「そのクソデカボイスやめてくれよ〜」

 

 ゲンリュウの大きな声が馬車内に響き渡りぐわんぐわんと目眩がし、ライアンが流石に文句を言う。

 

「外部からの奇襲か……どんな面々だったか、何が目的だったのかはまだわからない感じか」

「昨日の今日だからな。警察は国民を守るのに手一杯だし、ガーディアンも極悪人である神父を再逮捕するのに手間をかけていて捜査が進んでいない」

「……それって奇襲犯を野放しにしているってことか? 一番危ないんじゃないか?」

「だからせめてもの護衛ということで君たちに張り付くことにしたのだ」

「大丈夫なのかよこの国はよ〜」

「仕方ないだろう! いつもはソレイユ王から的確な指示が発令されるというのに城自体にシールドが張られ連絡取れないのだから!」

「城には元老院と王がいるのだろう。……ソレイユ王は元老院を信頼していないらしいが、大丈夫だろうか……」

「このいざこざに巻き込まれて暗殺〜とか……」

 

 軽いノリで発言するライアン。ゲンリュウが怒るかと思ったが、何も発言しなかった。

 

「……マジ? ありえるかもしれないってこと……?」

「国を滅ぼすカタストロフィを封印したソレイユ王が元老院に負けるはずなどないであろう!」

 

 ソレイユがカタストロフィを封印したのは国民の誰もが知る有名な話だ。今の時代を生きるエミールたちにとっては五百年前なので神話を聞くようなもの。


 今までは何の疑問も抱かなかったが、不思議な夢を見たこともあり。前のめりになってソレイユと接触が多かったであろうゲンリュウに聞いてみる。

 

「王が封印したのは有名だから知っている。歴史書にも載っているほどだ。しかし、普通はソレイユ王をサポートした面々の名前も表記されるものではないのだろうか。僕が図書館に向かうと言ったのは、もう一度その人たちを調べたいと思って」

「サポートした面々?」

「例えば、窮地に陥った時に体の傷を和らげる治癒能力があるウィッチャーがいたとか。

 ソレイユ王が有名な剣を持っていたとしたら、彼を守るための盾になるノーマルがいたりとか。

 ソレイユ王には、敵陣にたった一人で乗り込むには流石に若すぎたのではないかと思ったのだが。今でこそお爺さんの姿だが、封印当時は若者だったのだろう」

「ふむ。そういえば、私もそんな話は聞いたことなかったな……てっきり王一人でやってのけたのかと子供の頃から憧れていたが。

 だが、やはり一人で全てを終わらせるには無理かもしれない。一人で敵陣に乗り込んだとしても、彼を援護する能力は流石に蓄えられていたのかもしれない」

「……エミール、どうしてそんなこと急に気になり始めたんだよ? 目覚めてから、何かに取り憑かれてるようだぜ?」

 

 ライアンに尋ねられるもあの夢は本当の出来事だったのか、ルガーのものだったのか確信は持てず曖昧な返事しか出来なかった。とりあえずは図書館に向かうという話で終わり、馬車から遠くを眺めては謎の存在であるルナの顔をもう一度思い出していく。


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