2夢をみる



 夢を見た。

 夢だとわかるのは、エミールが車椅子に乗っていたから。

 

 周りを見渡せば、綺麗な海が目の前に見える。


 地形から考えると城からずっと南にあるミカヅキ海岸か。でも今よりも自然が豊かで、海にはもう絶滅したと言われているリュウグウカメが優雅に泳いでいる。


 体はとても大きく、甲羅が一つの島になるほどだ。性格はとても穏やかで人に懐くらしい。全て教科書の言葉だ。エミールは間近で見て息を呑む。もう少し近づいてみたい、と身を乗り出し……車椅子だったから腕の力でタイヤを動かそうとしたけれど砂浜だったためバランスが崩れて倒れ込んでしまった。

 

「大丈夫? 行きたいところがあるなら遠慮せず言って欲しい。俺が君を連れて行くよ」

 

 即座に助けてくれた青年がいた。でもエミールは知らない人だった。とりあえず「ありがとう」と言えばにこっと微笑まれる。

 

 穏やかな人だ。ウィッチャーなのは感じ取れる。でも極力魔法は使わないのか、全部人力で助けてくれた。不思議に思っていれば「魔法使うと、怖がられてしまうから」と困ったように笑う。

 

 魔法なんて、当たり前の世界だ。もちろんノーマルであるエミールは使えない。基本は優しい人たちだ。時には、極悪人みたいな人も現れるが平和な世界だと思う。その人の服装や地形をもう一度見渡し、そして絶滅したリュウグウカメを見……この夢は昔の出来事なのかもしれないとぼんやりと悟る。

 

「ルナ! ……俺を置いて行くなよ。二人ともいなくなって焦っただろ」

「ソレイユ。ごめん。誰もいない砂浜の方が落ち着くから」

 

 ソレイユという言葉。今の王様と同じ名前だ。いやでも、偶然かもしれない。都合よく過去のソレイユ王が現れるなんてありえないはずだ。

 

 エミールを助けてくれた男性はルナと言うらしい。もう成人していそう……エミールと同じくらいの年齢だろうか。ソレイユの友人、かつカタストロフィの討伐に携わったウィッチャーだとしたら歴史書に残るはずだが……初めて聞く名前だった。


 ソレイユの顔をまじまじとみても面影……今はもう老人になっているため何もわからない。これは誰かの夢なのだろうか。それとも、エミールが勝手に作り出した物語?

 

「ルナ……お前、少しはやり返せよ」

「そんなことしたらまた溝が深まってしまうよ」

「いいよ。このケイオスも、お前が他所の国から来てから随分豊かになった。全部魔法の力で重い物質運んだりとか、人々が通りやすくなるように地形を変えたりとかやってくれてるんだろ? 王サマが俺らとは桁違いの魔力を持つお前を連れ込んだ時はどうなるかと思ったけど。……お前が良い奴で、良かったよ」

「はは、僕は言われたことをやってるだけだよ」

「でもやっぱ腹立つよ。他所からやってきたってだけで他の奴らに蔑ろにされるなんてさ」

「気にしてないよ。僕には二人がいるから。僕に優しくしてくれる二人がいるだけで、充分なんだよ」

「……ルナ、母国が恋しい?」

「……。どうして、知ってるの」

「前に噂話で聞いたんだ。ルナが元々いた国を侵略しない代わりに魔力が強いルナを差し出せと王が脅したって」

「……あの時に、新しい力が目覚めてたら良かったなあ」

「……」

「なあんて。嘘だよ。ごめんね。まあ、王様のことはそんなに好きじゃないけど。でも」

 

 ルナが屈み込んでぎゅう、と抱きしめられる。立ち尽くしているソレイユを見上げ「こっちきて」と言えば歩み寄り同じように膝をつく。二人を抱きしめたルナは囁く。

 

「二人だけはそばにいて欲しい、と思う」

 

 エミールにとっては全然知らない人。

 ケイオス時代の王はあまり良い人ではなかったらしい。人質に取られているルナはたった一人でこの地に来た。そして周りの人々には受け入れられていない。

 

 唯一仲間なのがソレイユと……夢の中の人間、だろうか。

 

 ルナは強いウィッチャーなのかもしれない。でも寂しい人だった。エミールの服にしがみついてくる手が切なくて、こちらからも抱きしめ返してしまう。君は悪くないはずだ。そう言おうとして、激しく咳き込んでしまう。

 

「おっと。部屋を抜け出したけどそろそろ帰ろうか」

「夕方だし、寒くなってしまったかな。大丈夫かい、ルガー」

 

 ルガー。

 

 ルナが囁く言葉に、思考が停止する。エミールが知ってるのはチンチラのルガー。ソレイユ王の使い魔。

 

 ソレイユとルナ。そしてルガー。

 もしかして。この夢は、もしかすると——

 

「やあ、おはようエミール。魘されてたぜ?」

 

 パチッと目を開ければライアンがこちらを覗き込んでいる。


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