特攻隊員と操縦士

1シノヤマへ



 連れて行かれる先は勿論刑務所だ。

 

 それは城から遠く離れた北東の場所。極寒の雪の中にぽつんとあり……仮に脱獄しても寒さで死ぬ。けれども極悪人レベルのウィッチャーはこのシノヤマと呼ばれる地方も抜け出してしまった。

 

「いやおかしくない⁉︎ 俺たち一応ちゃんと王様と面会したよね⁉︎ ちゃんと王様から依頼受けたよね⁉︎ 事情聴取ならわかるよ⁉︎ でも何で罪人みたいなとこに連れて行かれなきゃならないわけ⁉︎」

 

 罪人たちを運ぶ空飛ぶドラゴンの馬車に乗せられてしまう。逃げないように隣に座っている警察に先ほどからライアンがぎゃんぎゃん反抗してもツンと澄ましている。「ルガー様」と言っていた警察である。

 

「口を慎め罪人ども。後ほどじっくり話は聞かせてもらうからな」

「いや今聞けよ。俺たち悪くないし」

「犯罪者は皆最初はそう言う」

「だから違うってぇ!

 

 口を慎め。だから違う。数分前からこの繰り返しでエミールの頭がガンガンと痛くなってきた。


 空を優雅に飛行するドラゴンをこんなに間近に見るのは初めてで窓から身を乗り出し外を眺める。

 

「ドラゴンは自分たちよりもちっぽけな僕たちの命令を聞いていて嫌にならないのだろうか……」

「罪人にしては愚問な質問をするな。まあノーマルなら当然か。フン! ドラゴンが本気出せばウィッチャーなど容易く捻り潰されてしまうだろう。だが我々ウィッチャーとドラゴンは長い年月をかけて良い友好関係を築けるようになったのだ!」

「へぇ。どんな?」

 

 ライアンが尋ねる。口を慎め、と一喝していたはずの警察は気分が乗り始めたのか意気揚々と語り始める。


 

「度々ドラゴンがこの地にやって来て地上を荒らされたのは良くあることだった……復興しても復興しても家が崩壊される国民たちは王様に訴えた。

 

 『ドラゴンを討伐して欲しい』と。


 しかし争いたくない王様は国民の怒りを収めるべくドラゴンが巣食う谷に趣けば、『手伝ってくれた分たんまりとご馳走をあげる。どうだ?』と交渉したのだそうだ。


 ドラゴンが十年に一度地上に降りてきて人間を襲うのは食べ物が足りなかったのだと、王様は把握しておられた。始めは疑心暗鬼だったドラゴンたちも、まずは王様の手伝いをする。


 そしたらなんと報酬に好物の肉がたんまりともらえた! ドラゴンたちの方でも話は広がり『人間の手伝いをする・人間に危害は与えない』を徹底してお互いケースバイケースの関係に成り上がった。


 あれから五十年、今ではドラゴンライダーという職もあるからな」


 

 流暢に話していく警察の話を聞きながら、窓からドラゴンの背中に乗っているドラゴンライダーを眺める。

 

「かっこいいな……」

「フン。そうだろう、そうだろう!」

「けっ、何でケーサツが自慢げなんだよ」

「何故ならドラゴンライダーという職が出来上がるまでは元々は警察が司っていたからだ!」

「どうせお前はダメだったんだろ」

「何を言う! 私は公正な世界にするためにこの道を進んだのだ!」

「だとしたら公正に俺たちの話を聞けよ⁉︎」

 

 また言い合い始める二人を眺める。全く、元気なものだとため息をつき改めて「今日は疲れる日だ」と認識するエミールだった。

 

 ドラゴンが地上に降りる。シノヤマに辿り着いたらしい。それでも言い合っている二人をどうやって宥めようかとしていれば外から扉が開かれた。

 

「ゲンリュウ、お話がすぎるぞ。相手は罪人なのだろう」

「……は! 失礼しました! ゲンリュウ、帰還いたしました!」

 

 ライアンと言い争っていた警察はゲンリュウという名前らしい。ピシッと敬礼をし、馬車から降りる。

 

「着いてこい、罪人!」

「だから違うんだけど。……ヤバくない? この人全然俺たちの話聞かないじゃん」

「まあまあ。誤解はこの後晴れるだろう」

 

 未だにぷんすか怒っているライアンを宥めながらエミールたちも降りる。途端に猛吹雪に襲われ身震いをする。瞬時に手足が麻痺していくような感覚に普通の雪とは違う魔力の籠った自然の雪なのだとノーマルであるエミールもわかった。

 

 シノヤマは確実に命を奪い取ろうとしてくる雪山だ。

 

 ゲンリュウが叫んでいる方向に足を動かす。ザク、ザクと歩いていくがどんどん視界が悪くな

る。


 突風が吹き体がふらつけばライアンに腕を掴まれ引っ張られる。

 

「俺はいいけど。エミールはノーマルだ。数秒この場にいるだけでも致命傷になってしまう。それをわかっていながら歩かせているのか。あのゲンリュウという奴」

 

 掴まれた腕から熱が伝わり体が温かくなっていく。微量の魔力で熱を分け与えてくれているのだろう。

 

「今日は君に助けられてばかりだな、すまない」

「構わないさ。というかノーマルに何も装備も持たせず歩かせるアイツの方に腹が立ってる」

 

 それも恐らく罪人の容疑がかかっているからだろう。エミールたちは王から依頼を受けただけだというのに。もしかしたら、公にはされていない……?

 

 ゲンリュウの後ろを歩いていけば漸く建物に辿り着く。もっと絵本に出てくるような、わかりやすい監獄のようなものをイメージしていたが……なんというか、かなり簡素な。

 大工のウィッチャーが手短に作り上げた寒さ凌ぎのような建物で。

 

「おいおいこんなんじゃすぐに逃げられちまいそうだな」

「口を慎め罪人! 面目ないが、逃げられた後だ」

「……そういえばそんなニュースありましたっけねぇ」

「シノヤマから逃げて生き延びたのはお前たちが遭遇したような極悪人と呼ばれるウィッチャーたちだ。他の者も奇襲に紛れて逃げ出したが、この極寒の中だ、数分で命尽きた。だからまあ、このプレハブみたいな監獄に初めて入るのはお前たちだ」

「だから俺らは……まあいいや。で、さっきの爆弾魔はどこに詰め込まれるの?」

「極悪人たちが回心するかもと心優しい王の言葉に則り死刑は免れていたが。脱獄して再犯した以上は言い逃れ出来ないからな……魔力を封じ込める手錠を嵌めて、シノヤマに放置した。もう間も無くその命は尽きる」

「……」

「王が一度は助けようとした命だ。だが二度目はない。最も、回心した奴らは奇襲があっても逃げ出さなかったからな」

「なるほどねえ……?」

 

 歩きながらゲンリュウが話してくれるが。罪人であるライアンたちに色々と話すぎなのでは、と少しエミールは焦る。警察内の出来事は一般民には極秘情報な気がするが……。

 

「極悪人なんてすぐに葬っちゃえばいいのに」

「そんな話も元老院から持ち上がった。だが決定権は王様にある。王様の言うことは正しいと国民は思っていたが、今回の件で王様は少し不利になるだろうな」

「え、なんで?」

「長く生きすぎた王様の独裁国家にならないようにと元老院が設立されたからな。この二つのいがみ合いは百年前から続いていたが、王様が退く日も近いかもしれない」

「王様自体は何も悪いことしてないのに」

「責任を取るとはそういうことだ」

「嫌だなあ。俺絶対そういう立場になりたくない」

「罪人がそんな立場になることはないから安心したまえ」

「だ〜か〜ら〜!」

 

 話が堂々巡りする。また喧嘩が始まったよ…とため息つけばジャケットの中からルガーがひょっこりと顔を出した。

 

「寒くないかい、ルガー」

 

 鼻をヒクヒクさせ、キュウキュウと鳴く。元気で何よりだ。

 

「ゲンリュウ……お前、どんだけペラペラ話してんだよ」

 

 後から追いかけてゲンリュウに話しかける声の主を振り返れば、先ほどドラゴンを操縦していたライダーだ。頭にゴーグルを装着しているスラッとした細身の男はエミールとライアンに申し訳なさそうに謝ってくる。

 

「すまない、ゲンリュウは疑いが晴れない限りずっと罪人と言ってくるから」

「むむ! 何を言うハヤト! コイツらはソレイユ王の使い魔であるルガー様を外に連れ出していたのだぞ!」

「だからそういうのを大きな声で言うなって」

 

 警察に捕まって正直ビビり倒していたが、このゲンリュウという警察、案外ポンコツなのでは……? とハヤトと呼ばれたライダーと言い合ってるのを聞いていく。

 

「君は確かに戦闘力が強く最前線で張り合えるほどの実力だ。だから警察の試験に合格した…そこは認めよう。


 しかし、あまりに向こう見ずではないか。数日前に王と直々に面会し、ルガーを守って欲しいと仰っていたのを覚えているか。この話は俺と君だけに話したから内密にと。他のライダーや警察は知らない。だからここで大きな声を出すな。


 そして突然行方不明になったルガーが彼らの元にいるのはきっと事情があったのかもしれない。……そう捉えられないか?」

 

 ハヤトは淡々と説得していく。エミールたちが怪しいとは思ってない証拠だろう。だとするならシノヤマに連れて来られる前に弁解して欲しいものだったがと少しエミールは不満に思う。


 しかし先ほどまで言い争ってたゲンリュウがハヤトに言い負かされているのを見て「プークスクス」とライアンは上機嫌だ。

 

「ほら見ろ! 向こう見ずに突っ走って俺らの話碌に聞こうとしないからバチが当たったんだ!」

「ぐぬぬ…っ、では! 何故! ルガー様はコイツらの元に⁉︎」

「あ、その話なら僕が」

 

 やっと話を聞いてもらえる機会を逃すものかとエミールは即座にスッと手を挙げた。ゲンリュウとハヤトの目がこちらに向いたのを確認し、経緯を説明していく。


 *


「……すまなかったッ‼︎」

 

 話を聞いてから、ゲンリュウは深々と頭を下げ大きな声で謝罪した。もういいよ……家に帰してくれるなら……と思っていればライアンはまだいじり足りないのかニヤニヤと上から難癖を付ける。

 

「へぇ〜? あれだけ俺らは違うと言ってたのに全然聞く耳持たずでここまで連れてこられたのに謝罪一つで終わりですかぁ〜?」

「おい、ライアン。もういいだろう……僕はもう疲れたよ、眠りたい……」

「ゲンリュウが悪かった。正義感が強いのはいいことだが……中々昇格しない理由をやっと自覚したのではないだろうか」

「プークスクス」

「……貴様ぁ! 私が下手に出た途端にズカズカと……!」

「こんな態度じゃ国民の信頼も得られないぞ〜?」

 

 解決したと思ったが、まだこの二人は言い争うのか。体力が有り余ってるなあと思いながら、もうへとへとのエミールはその場にへたり込む。

 

「おっと……長旅の疲れが出たか。家に帰したいところだが、また長時間馬車に乗る方が大変か……どうだ、軽く休める安眠室があるから、少し眠って行くか。その後でも詳しい話は聞けるだろうし」

 

 ハヤトが聞いてくれる。「エミール、大丈夫?」とライアンも流石に喧嘩を止めて顔を覗き込む。

 

「では……お言葉に甘えて……」

「ああ、そうするといい。全てはゲンリュウの落ち度だからな」

「ぐ……っ、仕方ない。着いてこい、……ええと、名前は?」

 

 そういえばまだ言ってなかったか。名前も知らないのに、ライアンとゲンリュウは喧嘩していたのか。

 

「……ノーマルのエミールです」

「ウィッチャーのライアン」

「ウィッチャーで警察兼、場合によっては国のガーディアンにもなるゲンリュウだ」

「ドラゴンライダーのハヤトだ。一応ウィッチャーである」

 

 再びゲンリュウに着いて行く。ドアの前に立たされ、覗き込めば簡素なベッドとシャワー室とお手洗い……ホテル一式分は揃っているような部屋だった。

 

「すごいな、普段はこんなところにいるのか……」

「普段はただのベッドだけだ。今回は私の不備もあり貴様……エミールに大変な思いをさせてしまったから、急遽部屋を作り変えただけだ」

「へえ、これも魔法で? こんな一瞬で……」

「もっと褒めてもよいぞ!」

 

 元々は素直な性格なのだろう。正義感が強く大きな声で自分の意思を貫く。人の意見を聞かないのが難点というところか。すごいすごいと褒めていれば「俺でもこれくらい出来るから!」と何故かライアンも張り合ってきた。

 

「もう喧嘩はよしてくれよ。僕は少し寝る」

「俺も俺も〜」

 

 シャワーを浴びる体力も無く、ベッドに座り込めば猛烈に睡魔に襲われそのまま体を横にして目を閉じる。もぞもぞとルガーがジャケットの中から出てくる。フスフス、とチンチラ独特の呼吸が顔にかかり目の前にいるのがわかる。目を閉じながら一撫でし、エミールはそのまま眠りに落ちていく。


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