4奇襲



 大きな爆音に振り返れば人々の悲鳴が聞こえ逃げ惑っている。

 ドン、ドン、と立て続けに爆弾が宙から投げ落とされている。衝撃音に鼓膜がビリビリと裂けるようで、爆風で体が吹き飛ばされそうになり必死に踏ん張る。

 

 体が浮き、逸れそうになったルガーは小さな手で必死にエミールの服を掴んでいた。手繰り寄せ怪我させないようにと自身が羽織っているジャケットの内側に入れ込む。

 

 ドン、ドン、と爆弾が止まることはない。空を飛び回っており高らかに笑っている男の顔を一瞬垣間見て。


 今朝報道された『刑務所が奇襲され極悪人が逃げ出してしまった』という情報を思い出した。


 ルガーと小さな冒険に出かける前も少しは気をつけていたのに、今も呑気に外に出てキッチンカーに並ぼうとしていたエミールも、その他に周りにいる人々も「まさか自分が襲われるわけない」と思ってしまっていたのだろう。


 反省したってどうしようもない。

 僕らは今襲われている。


 警察もすぐに出動するだろうがそれまで耐えなければならない。負傷者が沢山出てくる中、辛うじて死者が出ないのはウィッチャーたちが必死にシールドを張ってくれているからだ。負傷しながらも魔法が使えないノーマルを守っている。警察でもない一般のウィッチャーが、だ。

 

(ああ、こういう時、ノーマルは何も出来ない)

 

 呆然と空を見上げる。飛び回っていた男とふいに目が合った。

 

(あ、やばい。かも)

 

 かも、じゃない。

 

 嫌な笑みを浮かべ、真上に飛んできたかと思えば爆弾が召喚され、落ちてくる。

 

 逃げなければ。

 ジャケットの中でルガーがキュウキュウ鳴いている。エミールは見上げたまま動けなかった。


 あ、死ぬ。


 悟っていても、もう足が動かない。

 

「エミールッ‼︎」

 

 思い切り引き寄せられ、途端に物凄い衝撃音と振動。地面が引き裂かれるんじゃないかという程。周りが砂埃で何も見えなくなる。

 しかし砂を吸い込み咳き込むこともない。

 

 なんだ、どういうことだ? と混乱しながら思っていれば「エミール、怪我はっ⁉︎」と両肩をしっかり掴まれ顔を覗き込まれる。


 ハッとし、ずっと空ばかり見ていた目線を少しずらせば切羽詰まった表情のライアンがいた。息を切らしている辺り、全速力でこちらに飛んできたのだろう。

 

「あ……」

 

 そうだ。僕らは能天気だった。極悪人が逃げ出したからって、警察にすぐ捕まるから報道なんて大袈裟だって思っていた。

 

 実際は、目の前のテロリストに襲われた。

 

 ノーマルは何も出来ない。

 

 何も出来ないから自衛のために自粛しろと報道されていたというのに。

 

「そう、そうだ……このテロは覚えている、僕が子供のころ、長い間ずっと報道されていて、でもノーマルを守り切ったウィッチャーはすごい人たちだなって、だからノーマルの僕は勉学に励むことでしか国の貢献に役立つことが出来なくて、」

「落ち着けよ、エミール」

 

 深呼吸して。

 

 彷徨っていた視線を合わせるように顎を掴まれ目線を固定される。ライアンがわかりやすく呼吸を吸って、吐いて……を繰り返しているから、エミールも自然と真似をする。……段々、深く呼吸が出来るなってきた。そこで、自身が呼吸し辛くなっていたのだと気づく。

 

「……このシールドの中は安全だよ。誰にも傷つけられない。……落ち着いたかい?」

「……ありがとう。助かったよ」

「……はぁ〜、よかった…マジで死ぬかと思った。……俺が」

「僕じゃなくて、君がかい?」

「そりゃ! …そうでしょ。……相棒が目の前で死ぬとか…どんな悪夢だよ」

 

 安心した、とシールドの中でライアンは大の字に寝転ぶ。外では未だに激しい攻防が続いており戦闘音が鳴り止まない。しかし一度シールドを張った以上解除するのは無謀であり、外には攻撃出来ない。エミールもその場に座り込む。ジャケットの中からルガーが顔を出しキュウキュウと鳴く。

 

「ああ、大丈夫だよ。心配かけたね……王様の使い魔に怪我なんかさせたらそれこそ僕らは生きていけないな」

「それもそうじゃん! やべ、ルガーのこと忘れてた」

「なのに、必死に助けてくれたのか」

 

 キーキーと叫ぶルガーはライアンに怒っているようだ。ごめんごめんと軽く謝るライアンにそれが王様の使い魔として扱う態度か? と思うも威厳も魔力も感じないただ可愛らしいチンチラ姿のルガーにエミールも友人感覚として先ほどから話しかけていた。


 *

 

 それから程なくして、静寂が訪れた。砂埃が舞っていたのが落ち着いた頃に様子を窺えばテロリストは警察に捉えられていた。一件落着、というところだろうか。至る所に小さなシールドが張られていたが、段々と解除されていく。


 事情聴取のために大勢の警察が出動し何が合ったのかを人々に聞いている。ライアンがシールドを解除し、途端に警察から声がかかり答えようとすればその警察は目を見開き「そこにいたのですかルガー様!」と声を上げた。

 

「ルガー様ぁ?」

「むむ、何奴! 怪しい奴らめ。確保、確保〜!」

「え、ええ〜⁉︎」

 

 ピピーッ、と笛が鳴ったと思えば瞬時に捉えられてしまう。

 

「貴様らだな! ルガー様を外に逃してしまったのは! 重罪に値する!」

「いえ、僕たちは王様に依頼されてルガーを預かったのですが——」

「ピピーッ! 言い訳無用! 直ちに刑務所行きだ!」

「そ、そんなあ……」

 

 ガクリと項垂れ歩き出すライアンに続いてエミールも歩いていく。今日だけでは消化出来ない出来事が多すぎる。

 

「一応、王様の依頼で外の世界に飛び出したんだよね? ルガー」

 

 確認のためにルガーに尋ねるも。ルガーも困ったように首を傾げながらエミールの肩で毛繕いをし始めた。


 

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【長編】エミールとライアンの「なんでもお願い叶えます!」〜君が創り出した物語編〜 伊吹 ハナ @maikamaikamaimu

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