2チンチラのルガーが行きたい場所



「……なあ、エミールぅ」

「なんだ」

「本当にこの案件引き受けちゃって大丈夫なのか?」

「うん……まあ、王様もなんか時間がなさそうな感じだったな」

「使い魔を預けたと思ったらもう一瞬でエミールの家に戻らされて」

 

 玉座の間で王と対面したと思ったら『チンチラを暫く預かってほしい』と手渡され王の魔力で家に戻された。報酬額もどれくらいの期間かも、預かる理由も詳細は伝えられなかった。エミールもライアンも何が起こったのかすぐに追いつけず家の中で数秒立ち尽くしていた。今までの出来事は幻だったのか? とも思う一瞬の出来事だったがエミールの両手は確かに王の使い魔であろうチンチラを抱えていた。

 

 エミールの家からも城は見える。窓から外を眺めていれば城には大きなシールドが張られていた。極悪人が逃走したから守るためのものなのだろう。

 

「シールドか…外部からの攻撃から守る盾になるのだろうけど…中にいるウィッチャーは少し不便になるんだったか」

「そうね。一応、シールドの中も魔法は使えるけど、その中でしか使えない。外部には届かない。シールドは強力な守りだけど、周りを敵に囲まれたらどうにもならない。仲間に助けてもらえない限り袋の中の鼠状態。表裏一体だよね」

「じゃあ、王様はシールドが張られる前に僕たちにこのチンチラを預けたかったのか…」

「うーん。守りたいのならシールドの中の方が絶対安全だとは思うんだけどな〜」

「中にいたままだと何か不都合なことがあるのだろうか……」

 

 エミールの両手に抱えられているチンチラ。案外大人しい。王の使い魔と思っていたが、何か特別な魔力はノーマルであるエミールには感じられない。ライアンに聞いても彼も「特に何も特徴ないな」と返された。

 

「……君は、王様の何なんだい?」

 

 チンチラに尋ねてみても、その小さな手で顔をクシクシと毛繕いするだけだ。

 

「この隠居生活もいつまで続くかだ。早く極悪人たちが捕まってほしいものだが……でないと、迂闊に外に出られない」

「俺がいるじゃん」

「ライアンだって攻撃に特化したウィッチャーではないし、何かあった時ノーマルの僕では君を守れないよ」

「別に攻撃特化してなくても生き残るのに重要なのは引き際だよ。攻撃だけじゃなくて目眩しとか、逃げ道確保とか。いかに戦闘せずに済むかが重要」

「……でも怖いな。僕にはライアンがいるけど、ウィッチャーの仲間が居ないノーマルの人々なんかは。…外に出られないだろうな」

 

 チンチラがエミールの手の中から抜け出す。短い手足をトコトコ動かして玄関に向かった。カリカリとドアを引っ掻いている。

 

「どうしたのかな。傷になってしまうよ」

「なんだ〜? 外に出たいのか〜? 怖いもの知らずめ。えーと、そう。王が名前を言っていたね、君はチンチラのルガーという名前だったか」

「ルガー」

 ライアンの言ってた名前をエミールは復唱する。ルガーは名前を呼ばれたことでこちらを振り返り、またドアを引っ掻く。

 

「……外に出たいのは本当らしいな」

「少しくらいなら平気っしょ。なんかあったらまた転移でここに戻って来れるようにしておけば」

「…ルガー、お出かけするかい?」

 

 屈んで尋ねればルガーはまたこちらを振り返り、鼻がヒクヒク動いた。言葉は通じるのか。でも魔力は感じられない。普通の動物のような。

 

「ライアン、ルガーを見失わないようにだけ頼めるか」

「お安いご用さ〜」

 

 ライアンが指を一振りすればルガーに首輪が嵌められた。

 

「これでどこにいるかすぐ気づける」

「助かるよ」

「エミールにも必要かな?」

「僕はライアンから離れることはないからね」


 扉を開けばルガーは外へ飛び出す。周りを見渡し、クシクシと毛繕いをし、振り返って二人が来るのを待っている。

 

「どこかに導きたいのか」

「行ってみようよ、エミール」

 

 ライアンの言葉にはどこか楽しそうな雰囲気があった。チンチラに導かれて外に出るなんてそうそう無い。小さな冒険の始まりのような感覚に、エミールも少し胸が高鳴った。

 

「ルガーに着いて行ってみよう」


 *

 

 ルガーは小さな手足を動かして先頭を歩いていく。それを二人は後ろから見下ろし着いていくのだが……歩くスピードが人間にとっては少し遅い。数分歩けば辿り着くかと思っていたが、十分経ってもルガーは歩いている。城に向かったのは朝だったが、昼になるにつれてどんどん陽射しが強くなり地面に近いルガーは立ち止まると動かなくなってしまった。体を伏せている辺り、バテてしまっているのだろうか。

 

「どこまで行くつもりかわからないが、人間の何倍も歩くのはチンチラにとっては厳しいだろうな」

「ルガー、俺の肩に乗るかい?」

 

 ライアンが屈み込み右手をルガーに差し出す。クンクン…と嗅いだ後ルガーはよじ登る…ことはせずその後ろに立っていたエミールの足によじ登り始めた。

 

「おっとと」

「俺でもいいじゃん〜。何? エミールがお気に入りなの?」

「……まあ、いいか。眺めは良いかい、ルガー」

 

 肩まで辿り着いたルガーに尋ねれば、その場でクシクシと毛繕いを始めた。肯定として受け取っておこう。

 

「地面の熱から遠ざけたはいいが、これではルガーが行きたい場所がわからないな」

「むーん……じゃあ、これはどうかな?」

 

 ライアンが指を一振りすれば、先ほどルガーに装着された首輪から微かな光線が飛び出した。それは斜め前の森の方へ続いている。

 

「ルガーが行きたい場所を察して目的地を示してくれるようにしたよ。ちなみに、周りの迷惑にならないように俺たちにしか見えない状態」

「流石だな。ウィッチャーはチーターだなと、常々思うよ…」

「まあまだ想像力を応用させる範囲だからね?」

 

 乗るかい? とライアンは箒を召喚し跨った。エミールも失礼、と横向きに座り右腕をライアンの腰に回せば、ゆっくりと浮上し光線の先へ飛んでいく。


 王の城は国の真ん中、エミールの家はそこから五キロメートル(遠くからでも大きな城は見えるのでそれほど遠くは感じない。先程の訪問もライアンの箒に乗せてもらっていたので苦労はなかった)離れた北西の場所にある。

 そこからさらに北西に向かっている。


 この先は霧が濃く、木々が動き出して道が変わるので迷い込めば外に出るのが難しいという『迷路の森』があると言われているが……。

 

「エミール、このままだと迷路の森に入ってしまうけど……」

「ルガーはどこに行きたいのだろう」

 

 肩に乗っているルガーに聞いても、返事らしいものは返ってこない。本当にこのまま着いて行ってもいいのか。冒険しようと先程決めたばかりなのに気持ちが少し揺らぎ始める。

 

「ライアン、僕らがもし迷路の森に入ったとして、戻ってこれる確率はどのくらいだろう」

「魔法でどうこう出来るものじゃないからな……迷ったウィッチャーが空高く飛んだとしても、気づけばまた迷い込んでると聞くし」

「……ルガー、ここに来るのはまた今度にしないかい。今の僕たちの技術と力だけでは迷って終わってしまうよ」

 

 肩に乗ってるルガーを手で抱え、目を合わせる。鼻をヒクヒクさせて呼吸していたルガーは、エミールの目をじっと見つめた後フイッと視線を外した。途端に、首輪から出ていた光線は消えた。

 

「今行きたい目的地が無くなった感じだね」

「すまないな、ルガー。……逃げ出した極悪人たちが捕まった、落ち着いた世界になったら迷うことなど一切無いであろう王様とこれば良い」

「とか言って王様も迷ったらウケるけど」

「大事件だよ」

 

 戻ろうか、と箒を方向転換する。森が遠くなっていく中、ルガーはじっと後ろを見つめていて何があるのだろうとエミールは不思議に思った。

 

 目的地も無くなり、さあどうしようか。エミールたちは普通な暮らしのままで良いのだろうか。ルガーを預かった以上、何かやらねばならないことはあるのだろうか。それさえも全て、王様は教えてくれなかったから。

 

「王様の使い魔と言うことは、普通の動物とはまた寿命の長さは違うのかな」

「どうだろう、この国が出来上がってから五百年はずっと今の王様なのだろう? 使い魔の方が代々仕えてる数多かったり……」

「ほんと、王様って謎なこと多いなあ」

 

 クシクシッ。ルガーは何か興奮したようにエミールの右肩の上でクルクル回り出す。「どうしたんだい」と問えば鼻をヒクヒクさせたあと再び別方向に光線が伸び出した。どこか新たに向かいたい場所が出来たらしい。

 

「むむ、この方角なら……図書館辺りか?」

「向かってみるか〜。ところで、動物って入れたんだっけ」

「使い魔で静かにしてるなら大丈夫だと以前聞いたが…何より、王様の使い魔なら誰も文句は言わないだろうな」

「でも使い魔がいたなんて知らないんじゃない? 俺たちもさっき王様と面会して初めて知ったじゃん。だからどっちかの……俺の使い魔ってことにしておくよ。なんか懐いてるのはエミールみたいだけど」

「確かにな……」

 

 図書館にレッツゴー、とライアンは南の方角に箒を傾け進んでいく。以前向かったことがある場所なら魔法で転移出来るのでは…と思ったが、ライアンはこのイレギュラーな展開を案外楽しんでいるのかもしれない。箒の上で気分転換するのも悪くないかもな、とエミールは再びライアンの腰に腕を回した。



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