異次元へのフライト【後編】

鈴森すずもり橋本はしもとは、誰も居ないトイレを眺め、二人共唖然とした表情でお互いの顔を見つめた。

数分前まで存在していた人間が、高度1万メートルを飛行中の航空機から、忽然と姿を消したのだ。

「あのお客様はトイレから出ていないですよね?」

囁くように鈴森が橋本に確認する。

「ええ、多分・・・。でももしかしたら、私たちが作業をしている最中、トイレから目を離した一瞬の隙に出たのかもしれないわ」

大きな目をしきりにまばたきさせながら、橋本は平静を保とうとしている。

「とりあえず42-Cの座席を確認しましょう。トイレから出て、もうお客様が戻られてる可能性もあるわ」

橋本の言葉に、鈴森も頷く。

二人はゆっくりと42-Cの座席に向かう。

この航空機内で起こっている神隠しにも似た現象を、科学的に説明するのは難しい。

橋本も不穏な空気を察知したのか、額に微かに汗をかいている。

42-Cの座席に近づいた時、前方を歩いていた橋本が急に立ち止まった。

「橋本さん、どうされたんですか?」

鈴森がたずねるが、橋本は手で口を覆いながらその場に立ち尽くす。

鈴森は前方に視線を向けると、42-Cの座席に信じられない現象が起こっていた。

そこに大きなブリキの人形が座らされていたのだ。

あまりの衝撃に鈴森も絶句する。

しかし異変はそれだけではなかった。他の座席に目を向けると、なんと他の座席の乗客たちも皆ブリキの人形に変わっている。

「は、橋本さん・・・こんな事って・・・」

周囲を見渡しながら、橋本に声を掛けるが、返事は無い。

「橋本さん?」

鈴森が橋本の方を向くと、そこには橋本ではなくブリキの人形が立っていた。

「いやぁぁっ!!」

鈴森は絶叫を上げ、機体前方の操縦室コックピットへと走り出す。機長たちに助けを求めようと。

だが鈴森の願いは儚く砕け散る。

座席に座っていたブリキの人形が急に立ち上がると、鈴森に向かって襲い掛かってきた。

「きゃああああっ!!」

鈴森の身体は、あっという間に大量のブリキの人形によって、無惨に押し潰された。



この航空機は今も、静かに上空を飛行し続けているそうだ。

たくさんの人形を引き連れ、還る場所を探しているかのように。




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異次元へのフライト 岸亜里沙 @kishiarisa

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