じゃんけんの神様
ポテろんぐ
第1話
(沢田の診察室)
患者の田中から「ジャンケンで負けた事がない」と言われた沢田。
沢田「え? 一度もですか!」
沢田が驚いて、キャスター付きの椅子で田中の方を振り返る。
田中「いや、もう四十なんですけど、お恥ずかしいながら」
田中、照れ笑い。
沢田「いや、全然恥ずかしい事ではないと思いますけど」
田中「正直、この事を打ち明けると周りに驚かれるので、最近ではあまり言わないようにしているんです。
ただ……仕事などで付き合いが長くなってくると、段々、雰囲気とかで気付かれるらしくて」
沢田、「うーん」と考え込む。
沢田「正直、私も四十歳でまだ一度も無いなんて人、聞いた事ありませんからねぇ。と言うか、本当なんですか?」
田中「こ、こんな事、嘘で言うわけないじゃないですか!」
沢田「そうですが……でも、にわかに信じられないですよ」
田中「私もですよ。
若い頃は『いつかはそう言う日が来るんだろうなぁ』と、高を括っていたんですけど。
高校生になっても、二十歳を過ぎても、社会人になっても……で、四十を過ぎると若い頃と違って、そう言う機会も減ってくるんですよ」
沢田「確かにいい大人が頻繁にする事じゃないですからねぇ。私も、最
近したのは……」
沢田、最後にジャンケンをした日を思い返すが、出ない。
沢田「思い出せませんね。そう言えば、今週はまだ一度も」
田中「もしかしたら、このまま一度も経験する事なく、私は死ぬんじゃないかって考えたら、ちょっと怖くなってしまって」
沢田「でも、それはそれで、逆に凄い事ですよ。ただなぁ……」
沢田、ため息まじりに椅子を机の方に戻す。
沢田、田中のカルテを手に取る。
沢田「(カルテを読む)ええ、田中さん」
田中「はい、田中です」
沢田「あの、うちは心療内科なんですけど、分かってますでしょうか?」
田中「ええ。
どこに相談して良いのかが分からなかったもので。一応、この悩みで人間関係とかで悩んでいるので、ここに来たんです」
沢田、悩み、頭を描く。
沢田「そう言われましても、『今までジャンケンで一度も負けた事がない』って理由で、病院に来られましてもねぇ」
沢田、「うーん」と考え込む。
沢田「失礼ですが、アイコの方は?」
田中「恥ずかしながら、アイコもした事がありません」
沢田「一度もですか?」
田中「はい」
沢田「アイコも! 本当ですか?」
田中「嘘でわざわざお金払って、こんな所に来ないですよ!」
沢田「ただですねぇ。最近は『動画配信のネタの為』とかで、変な事をする輩もいますから」
田中「先生! 信じてくださいよ! 本当に困ってるんですよ、私!」
沢田「わかった、わかりました」
沢田、椅子のキャスターを田中の方にむける。
沢田「とりあえず、私とジャンケンをしてください」
田中、そう言われ、急に驚く。
田中「ええ! 今からですか!」
田中、必要以上に怯える。
沢田「ジャンケンしないと確かめようがないですから」
田中「そ、そうですけど……ほ、本当にやるんですか?」
沢田「なんで、怯えてるんですか? 負けた事ないんですよね?」
田中「先生は負けた事があるから分からないんですよ。格闘家とかと違って、私は何の努力もしてないのに今日まで無敗なんです」
沢田「はぁ」
田中「『もし負けたら、今までの全勝記録が途絶えてしまう』って考えたら、物凄いプレッシャーが掛かるんですよ」
沢田「確かに、それは凄いプレッシャーですね」
田中「もう最近じゃ、ジャンケンをするのが怖くて怖くて……」
田中、怯え出す。
沢田「ですけど、ジャンケンをしないと解らないですから。十回勝負で行きますよ」
田中「じゅ、十回もやるんですか? 一回で良いじゃないですか!」
沢田「一回なら、私でも勝てますよ。
田中さん、あなたが悩んでウチに来たんですよ。このままじゃ、悩みも解決しないで診療代だけ払って終わりですよ」
田中「確かにそうだ」
田中、大きく深呼吸。
田中「(声が震えてる)わ、わ、わ、わかりました。や、やりましょう」
沢田「どんだけ、怯えてるんですか」
沢田、咳払い。
沢田「じゃあ行きますよ」
田中「は、はい」
沢田・田中「ジャンケンポン」
田中の勝ち。
沢田・田中「ジャンケンポン」
田中の勝ち。
田中の声が段々、泣き声になる。
沢田・田中「ジャンケンポン」
田中の勝ち。
田中、泣きながらジャンケンをする。
沢田「ジャンケンポン」
田中の勝ち。
沢田・田中(泣き声)「ジャンケンポン」
田中の勝ち。
田中、号泣している。
沢田「すごい。本当に十連勝ですね」
田中「だから言ったじゃないですか!」
田中、泣いてる。
田中「死ぬかと思ったぁ」
沢田「大袈裟ですよ」
田中「アナタにはこの気持ちが解らないんですよ! 十連戦とか鬼ですか!」
沢田「それで、お悩みと言うのは?」
田中「ですから『次は負けるんじゃないか?』ってプレッシャーが凄すぎて、もうジャンケンをするのが怖いんです」
沢田「なるほど」
田中「でも、人と付き合う限り、ジャンケンというのは避けては通れないんです。
もう、『いつジャンケンをするのか』と考えると、毎日が怖くて、怖くて。それで、先日、仕事も辞めてしまいました」
沢田「なにも、辞めなくても良かったのでは」
田中「だって、絶対にジャンケンで勝つから『ズルをしてる』とか言われて、人間関係がどんどんギクシャクするし。
最近だと、ジャンケン以外の勝負でも『ズルしてる』って疑われるようになってしまって」
沢田「確かに人間関係にまで影響が出るのは良く無いなぁ」
沢田、考える。
沢田「一度、わざと負けてみたらどうですか?」
田中「前にやってみました。
でも、最初に私が出すヤツを教えたのに、相手が勝手に裏の裏とか読んで、何回やっても結局勝ってしまいました」
沢田「かなり重症ですね」
沢田、さらに考える。
沢田「とりあえず、その『負けたらどうしよう』ってプレッシャーをなんとかしないと、本当にジャンケンで死んでしまいますよ」
田中「ですから、よろしくお願いします」
沢田N「それから、色々とアイデアを考えてみたが、何せ前例が無い悩みなので、私一人では、どうする事も出来なかった。
私は個人情報は隠して、大学教授の友人、小池に相談をしてみる事にした」
(居酒屋)
居酒屋の喧騒。
ビールを一気に飲む沢田。
沢田の向かいで考えている小池。
小池「へぇ。ジャンケンで負けた事がない男かぁ」
沢田「いや、凄いんだよ。俺も十連戦したら、十連敗」
小池、感心する。
小池「十連敗って、大体、六万分の一くらいの確率だな」
沢田「計算早いな、相変わらず」
小池「でも、無敵の人がそんなにビビってるって面白いな」
小池、笑ってビールを飲む。
沢田「神経質な人なんだよ、お前と違って」
小池「確かに今まで勝ってるからって、次も勝つ保証は無いもんな」
沢田「だろ? 練習もできないし、所詮は運なわけだよ。今まで凄い運が良くて、今日まで勝ってたって事もあるし」
小池「『いつまでも あると思うな 親と金』って感じか」
沢田「ちょっと違くないか?」
小池「親孝行 したい時には 親は無し」
小池、自分の冗談に笑う。
沢田「で、なんか良い方法ないか? そのプレッシャーを解消する方法。お前なら頭良いから、なんか浮かぶだろ?」
小池、考える。
小池「要は、その人がジャンケンで負けないのは『運』じゃなくて、『何らかの不思議な力』によるモノだと証明できれば良いわけか」
小池、閃く。
小池「なら、良い考えがあるぞ」
沢田、ビールのグラスを強く机に置く。
沢田「本当か!」
小池「ていうか、俺がちょっと見てみたいんだけど」
沢田「なんだそれ? 俺の患者で遊ぶなよ」
小池「違うよ、実験だけど、大真面目だよ。
いいか、その人はジャンケンで絶対に負けないんだろ? なら、もしその人が……」
沢田「(耳打ちを聞いている)ふんふん」
小池、沢田に耳打ちをする。
沢田「なるほどな!」
小池「な? 沢田も、ちょっと興味あるだろ」
沢田「おお! あっ「おお!」じゃない。俺は仕事なんだった。
でも、ちょっと試してみる価値はありそうだな、それ」
沢田N「私は小池のアイデアを早速試すべく、田中さんに連絡を入れた」
(沢田の病院)
田中がドアを開けて部屋に入ってくる。
田中「失礼します」
沢田「あ、田中さん。そこにお掛けください」
田中「あ、はい」
田中、椅子に座る。
田中「それで、沢田先生」
沢田「はい」
田中「そちらの方は?」
小池「どうも、私、沢田の大学時代の友人で小池と言います。今は大学で教授をしています」
田中「はぁ」
沢田、小池の方を椅子で振り返る。
沢田「実は……私一人ではアイデアが出なかったので、この小池に知恵を借りたんです。
それで、今から田中さんにやって欲しい事があるんです」
田中「なんでしょうか?」
沢田「右手と左手でジャンケンをしていただけますか?」
田中、「え?」と驚く。
田中「私の右手と左手ですか?」
沢田「今までにやられた経験は?」
田中「まぁ、でも、暇な時に何回かは……あれ?」
田中、急に神妙に考えこむ。
沢田「どうしました?」
田中「言われてみれば、なんとなくやった気になってましたけど……あれ? やった記憶は全くありませんね」
沢田「記憶がない?」
田中「はい、不思議な事に」
小池「記憶がない」
小池、「しめた!」と手を叩く。
小池「これは面白くなって来たぞ」
田中「どういう事ですか?」
小池「説明よりも実際にやっていただきましょう。田中さん、良いですか? ここに時計があります」
時計の針が動く音。
田中「あ、はい」
小池「この時計をじーっと見て、ジャンケンをする直前の時間を正確に覚えておいてください。何時何分、何秒まで」
田中「わかりました」
沢田「では、お願いします」
田中「はい」
田中、大きく深呼吸。
田中「いきます」
時計の針の動く音。
田中、右手を左手を出す。
田中「ジャンケン、ぽん!」
時間が少し戻る音。
時計の針が動く音。
田中「あれ?」
沢田「どうされました?」
田中「もう一度、やって良いですか?」
沢田「え? もう一度?」
田中「何かおかしいですか?」
沢田「田中さん。アナタはまだ一度もジャンケンをしてませんよ」
田中「そんな、私はちゃんとジャンケンをしましたよ」
沢田「え? 田中さん、いいですか? アナタは今、『ジャンケン ポン!』の声は出してましたけど。手は動いてませんでしたよ」
田中「そんな。どういう事でしょうか?」
小池「(楽しそう)田中さん、まぁ、もう一度ジャンケンをやってみてください。
で、時計の針をちゃんと、ちゃんと! 見ていてください」
田中「あ、はい」
田中、深呼吸をする。
田中「では、行きます。ジャンケン、ぽん!」
時間が少し戻る。
時計の針の音。
田中「や、やっぱりだ!」
沢田「どうかしましたか?」
田中「確かに今、私は右手と左手でジャンケンをしたんですよ」
沢田「え?」
沢田、椅子に座り直す。
沢田「田中さん、もう一度言いますよ。アナタは、この部屋に来てから、まだ一度もジャンケンをしていませんよ」
田中「そうなんです! 私がジャンケンをした途端、時間がジャンケンをする前に戻ってるんです!」
時計の針の音。
沢田「そんな事あるんですか!」
田中「間違いありません!
私は今、二回ジャンケンをしたのに、先生はジャンケンをしていないと言った。
で、時計の針がジャンケンをする前に戻っているんです」
小池「実験成功です、田中さん!」
小池、クラッカーを鳴らす。
小池「これで、アナタはジャンケンに絶対に負けないと証明されました。おめでとうございます」
小池、田中に拍手する。
田中「どういう事ですか?」
小池「説明しましょう。
私は、アナタの右手と左手でジャンケンをするように言いました。
つまり、右手が勝てば左手が負ける。左手が勝てば右手は負けます。もちろん、アイコなら右も左もアイコです」
田中「それはわかります」
小池「つまり、右手と左手でジャンケンをしたら、アナタの無敗記録は絶対に止まってしまうワケです。
もし、アナタが今までただの運でジャンケンに勝っていたなら、普通に右と左でジャンケンができたハズです。
でも、『アナタがジャンケンで絶対に勝つ』と言う事が最初から決まっているとしたら、右と左でジャンケンをしてしまうと『絶対に勝つ』と言う法則から矛盾してしまいます」
沢田「つまり、矛盾が生じないように、何らかの力で、右手と左手でジャンケンをすると時間が戻る、と言うことか?」
小池「その通り。
つまり、田中さん。アナタがジャンケンで負けないのは運ではなく、何らかの法則によって、最初から決まってるのです」
小池、田中に歩み寄る。
小池、田中の両肩に手を置く。
小池「アナタは金輪際、未来永劫、絶対に確実に百パーセント、ジャンケンに負ける事はないという事です。
アナタは、ジャンケンの神様なんです」
田中「私が神様?」
沢田、拍手をする。
沢田「よかったですね、田中さん! これでもう負ける事を恐れる必要はなくなりましたよ」
沢田と小池、問題が解決して、笑いながら拍手をする。
沢田「これからは、心置きなくジャンケンができますよ」
田中「でも……」
沢田・小池「?」
田中「私だけ、絶対にジャンケンに絶対に勝つって、それはズルじゃないですか?」
沢田「え、ズル?」
田中「だって、そうじゃないですか。ジャンケンをする時点で、私が勝つ事は決まっているわけです。
それを黙ってて、勝つなんて、ズルです。相手の方に失礼な気がします」
小池、笑う。
小池「田中さん、考え過ぎですよ。たかが、ジャンケンくらいで」
田中「(怒る)たかがって何ですか! たかがって」
田中に怒られて萎縮する小池。
小池「すいません」
田中、頭を抱える。
田中「負ける不安は無くなりますけど。
私は今までズルをしていたって事ですよね? 例えば、中学の時、保健委員をやりたくないって、川口君とジャンケンをした時も」
沢田「いや、ズルじゃないですよ。田中さんは知らなかったんですから」
田中「でも、これからはズルですよね?」
沢田「まぁ、そう、なります、ね」
田中「私なんか、生まれてこなければ良かったんだ」
沢田「考え過ぎですよ。たかがジャンケンくらいで」
田中「(怒る)たかがってなんですか! たかがって」
沢田も萎縮する。
沢田「すいません」
田中「きっと、今までの人生、私とジャンケンをしたばっかりに不幸になった人もいるに違いない。
私のせいで……何かありませんか? ジャンケンで勝つ事で人を幸せにする方法とか!」
沢田「田中さんが、ジャンケンで勝つ事でですか?」
小池「それは難しいなぁ、たかがジャンケンで人を幸せにするなんて」
田中「たかがって何ですか! たかがって!」
沢田と小池、悩む。
沢田N「田中さんを元気付けるハズが、余計に落ち込んでしまい。私と小池は『ジャンケンで勝つ』事で周りを幸せにする方法を考えた」
(居酒屋)
居酒屋の喧騒。
沢田と小池が悩んでいる。
小池「簡単な所で、ジャンケンに絶対勝つ用心棒ってのを考えたけど」
沢田「俺も考えたよ。でも、きっと田中さん『相手の人が負けて不幸になる』って言い出すよな」
小池「俺もそう思って、ボツにしたよ」
沢田、ため息。
沢田「そもそも本当に大事な事って、ジャンケンなんかじゃ決めないんだよな」
小池「それ!」
小池、手を叩く。
小池「ジャンケンで決める事って、所詮ジャンケンで決める程度のことなんだよなぁ」
沢田「テレビに出たり、ネットに動画を上げたりしたら、有名にはなるけど、人の役には立たないよな」
小池「というか、伝わらないよな。ヤラセって言われるだけだろ」
沢田と小池、悩む。
居酒屋の戸を開けて、刑事の浜本が走って入ってくる。
浜本「おい、沢田、小池! いるか!」
小池「あれ? 浜本だ」
浜本、革靴で二人の席まで走ってくる。
立ち止まった浜本、息切れ。
浜本「お、二人ともいたな!」
沢田「浜本。どうしたんだよ、血相を変えて」
浜本「お前らが言ってた、ジャンケンに絶対勝てるヤツってのは、今どこにいる?」
沢田「どこって、個人情報だぞ。言えるかよ」
浜本、テーブルの上にどん! と1万円を置く。
小池「一万円をテーブルに置いてどうした?」
浜本「ここは俺が奢る。だから、頼む! その男を貸してくれ」
沢田「貸すって、お前、刑事だろ。犯人とジャンケンでもするのか?」
浜本「違う。思い付いたんだよ、その男を上手に使う方法を!」
沢田・小池「え!」
浜本「だから、な、この通り!」
沢田「刑事がジャンケンを上手に使うって、どうやるんだよ?」
浜本「詳しいことは説明できないんだ。まだ、可能かどうかも解らない。とにかく、市民の平和を守るために協力してくれ、なっ?」
浜本、両手を合わせてお願いする。
浜本「この通りだ!」
沢田「まぁ、俺らにアイデアは無いし。田中さんが良いって言ったら」
沢田N「浜本が何を考えているのか、私と小池には全く見当がつかなかったが、浜本に田中さんを紹介してみる事にした」
(後日)
話が決まって、ご満悦の浜本。
浜本「いやぁ、沢田、ありがとう」
沢田「お礼はいいよ、別に」
浜本、田中の両手を強く握る。
浜本「田中さん、これから一つ、よろしくお願いします」
田中「は、はぁ。でも、本当に私なんかが街の平和を守れるんですか?」
浜本「大丈夫ですよ! 私のいう通りにすれば」
浜本、豪快に笑う。
沢田N「と、それから半年が過ぎた。
その間、浜本は次々と事件を解決して手柄を上げて行き、ついには本庁に栄転となり、大出世したようだ。
その間も私と小池は、刑事とジャンケンの使い道について考えたが、浜本が田中さんをどう使ったのか、皆目見当もつかなかった」
(居酒屋)
豪快に笑っている浜本。
浜本「いやぁ、田中さん様様だよ。あの人がいれば、犯人をどんどん捕まえられるんだよ」
浜本、ビールを豪快に飲む。
浜本「沢田、小池、ありがとな!」
浜本、沢田の背中を強く叩く。
沢田「いてぇな。まぁ、田中さんが役に立ったなら良かったよ」
小池「でも、解らないな。ジャンケンなんかで、どうやって事件を解決するんだよ? 犯人とジャンケンさせるのか?」
浜本の不敵な笑み。
浜本「聞きたいか?」
小池「興味はあるな」
浜本、不敵な笑み。
浜本「まぁ、お前たちには恩があるからな、話してやるよ」
浜本、咳払いして改まる。
浜本「俺は、お前らから田中さんの話を聞いて考えたんだよ。
『ジャンケンが絶対に勝つってのを別な事に応用できないか?』って」
沢田「別な事?」
小池「それなら、俺たちだって考えたぜ」
浜本「ところが、お前らは居酒屋でグダグダと話し合ってただけだろ?
俺はその間、一癖も二癖もある容疑者達と駆け引きをしていた。それこそ平気で嘘を付いたり、知らないフリをする奴らと」
浜本、ビールを飲んで、ジョッキをテーブルに置く。
浜本「その時に思った。
『コイツらの心が読めたら、事件なんて簡単に解決するのに』って」
沢田「ジャンケンで、心を読むのか?」
小池「どうやるんだ?」
浜本「まず、容疑者にこう言う『今から、お前の心の中とジャンケンをする。嘘をついていたらパー。本当ならグー。何も知らないならチョキを出せ』って。
するとな、人間ってのは、口では簡単に嘘をつけるが、心の中の自分には嘘をつけないんだ」
小池「なるほど!」
小池、手を叩く。
浜本「そう、田中さんは絶対にジャンケンに勝つ。
逆に言えば、田中さんが出したモノを見れば、容疑者が心の中で無意識に思ったモノもわかるって事だ。
田中さんがチョキを出していたら、容疑者が心の中で出したのはパー。つまり、嘘を吐いている。
で、田中さんがグーを出したら、容疑者はチョキってな」
沢田「そうか、それで犯人の心の中が読めるってことか」
浜本「心が読めれば、こっちのモンだよ。まず、ジャンケンで犯人を見つけて、そいつが犯人になる証拠を集めれば良いんだからな」
浜本、豪快に笑う。
浜本「これで、どんなヤツも嘘を付けない。俺と田中さんは最強の刑事コンビってわけだ」
小池「でもよ。お前は警官だけど、田中さんは違うだろ」
沢田「そうだ。お前の景気は良さそうだけど。田中さんへの給料はどうなってるんだ? 誰が出してるんだ?」
浜本「え?」
沢田「お前、まさか……」
沢田、箸を落とす。
浜本「あの人ってボランティアじゃなかったのか?」
沢田N「嫌な予感は的中し、それから数日後に田中さんは、ヤツレた顔で私の元を訪れた」
(診療所)
田中、泣いている。
沢田「田中さん。泣くのはよしましょう」
田中「酷いなんてモンじゃないですよ!
あの浜本って刑事、夜中とかお構いなしに連絡してきて、『今からジャンケンしてほしい』って。
で、私にジャンケンをさせたら、『はい、さようなら』ですよ!」
沢田「いや、本当にすいません。昔からガサツなヤツなんですよ」
田中「もう、この半年で人間の嫌な部分を一生分見た気分ですよ! ここ見てくださいよ、犯人が暴れて、私まで殴られたんですから!」
沢田「もう、アイツには言っておきますんで。今後は協力しなくても大丈夫です」
田中「でも、あの人のお陰で人の心が読める能力だけは身につきました」
沢田「それを生かす良い仕事があれば良いんですが」
田中「それなんですが。私、一つ思いつきました」
沢田「なんでしょうか?」
田中「私、カウンセラーになろうと思います」
沢田「カウンセラー……なるほど。良いかもしれませんね」
田中「悩んでる人って、自分の本心が解らない方も多いですから。私の心を読む力も役に立ちますし、人の役にも立てる仕事です」
沢田「田中さんの性格なら、優しいカウンセラーになると思います」
田中「今まで悩んで来た分、悩んでいる人の気持ちはわかっているつもりです。
とりあえず、資格を取得するために、勉強を頑張らないといけませんが」
沢田「頑張ってください。私も教えられる事がありましたら、協力しますから」
田中「はい。先生と、浜本じゃない方の友人さんにはお世話になりました。ありがとうございました」
沢田「いえいえ、結局、私は何もできなかったので。とりあえず、いい報告が届く事を祈っています」
田中「はい。では、失礼します」
田中、部屋を後にする。
沢田N「その後、田中さんは無事資格を取得し、カウンセラーになった。じゃんけんの力も充分に役立っているそうだ」
(終わり)
じゃんけんの神様 ポテろんぐ @gahatan
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