広島篇其ノニ
「俺実はこないだガソリンのキャップ無くしてもうてんなあ。」
「はっ?あんなん無くすことある?」
海辺のベンチで会話してたら、急に藁上が変な告白してきた。俺たちが停めた有料駐車場に戻って見てみたら、ホンマに無くしとる。
給油口にラップしてあって、その端を輪ゴムできつく留めてある。こんなふうにしちゃうんやな。コンドームの方が密閉効きそうやけどな。
「だからか分からんけど、今かなり燃費悪い。」
「気化したガソリンが漏れてるからか。危ないなあ。燃費今なんぼなん?」
「10km/Lとか」
え?それでも俺の車と燃費同じくらいやぞ。俺のダッシュボードに書かれてある燃費も同じかちょっと上くらい。
調べてみると、ロードスターは普通なら14km/Lくらい走るらしい。俺のインプレッサは高くて9km/Lとか。それでも俺たちはスポーツカーやから、普通の車と比べたら燃費は悪い方なんやけど。つまり、これはどんぐりの背比べや。
「それでも俺の車より燃費ええな。」
「まじで?お前の車壊れてるんちゃうん?」
「ほんまに壊れてたらシャレにならんからやめてくれ。
次はどこ行くん?温泉か。」
「せや。」
ついに来た。温泉。サウナ好きな俺からしたらほんまにたまらんやつ。俺はワクワクしながら車に乗り込んだ。さよなら尾道。次なる目的地は東広島市。また車を走らせて、観光客の視線を釘づけにする。45分ほど走らせて、自然ばかりの山間に入っていった。
道はワインディングで、バイカーが多い。俺たちは時々ヤエーという旅の無事を祈る会釈をしながら、川沿いを走ってた。ガソリンタンク残り少ないわ。給油したいなあ。そういうことを考え始めるとガソリンスタンドに自然と目がいく。ここら辺ガソリンやっすいなあ。
満タンで8000円。無事に給油したが、藁上が店員とちょっと揉めてた。
「空気圧見るぐらいええんちゃいますん?」
「それ、車検に通らんけん。うちでは整備できへんのじゃ。ホイールハウスを見てみれば1発でわかるわ。」
俺は何事かと駆け寄ってみるけど、ああ、そういう話か。
「どないしたんや。」
「店員が空気圧見れません言うとる。」
「けったいやな。セルフんとこでやったらええわ。行こうや。」
「おう。せやな。」
「すんませンね、うちの連れが。」
全然反省してるわけちゃうけど、一応、謝っとこか。
「ええよ。」
店員はぶっきらぼうに言って立ち去った。俺たちももうこんなとこ用は無いし、すぐにな。
『まじでありえんわ。クソ。』
「それはきっと向こうも思っとるわ。」
車検に通らへん車は整備工場のガレージに入ることが出来へん。つまり、なんでも整備することが不可能になるっちゅうこと。これを整備してしまうと、整備した側が罰せられてまう。場所によっては敷地内に入ることすら拒否するとこもあったりする。だからこそ、あの車を見たら店員の反応は大体決まっとる。うん、気を取り直して温泉行こか。こんなとこで一々イラついてたら話ならんからな。気を取り直して行こかあ。
俺たちはワインディングな道を少しまた進むと、それっぽい看板が現れた。ここやな。ナビが示して、いつも通り雑に案内が終了する。いつも思うんやけど、入り方とか案内してくれへんのどうかと思うわ。場所によっては特殊なとこもいっぱいあるやろ。こないだなんか、建物の裏側で案内終了されたことなんかあったで?そんときは結局そこに入口なんかあるワケもなく、道回り込んで入ったわ。
「ほーん。ここがええんや。」
「ぼちぼちやで。ドライブにええ場所にあるからここ選んどるだけで。」
「あらま。そういう理由やったか。」
確かに、尾道から給油の時間抜いても2時間も走ってない。俺たちにとっちゃ小気味よい時間やな。時刻は午前3時か。まあ、風呂入ったあとにゆっくり帰っても今日中には帰れるな。道もよう整備されとったし、夜は多少飛ばしても結構安全や。
中にはゲーセンと併設してあって、俺たちは多少そこで遊んでから、入浴することにした。
「男性風呂はこちらの階段のお2階にございます。」
「「どうもありがとうー。」」
暖簾をくぐって、服を脱いで浴室に入ると、中はこぢんまりやけど露天もあってよろしい。
「あー、お前に負けた。お前レース強いなあ。」
「まあ、俺あのレースゲームやってたし。むしろお前よう着いてこれたな。」
「あとお前ブロックきもいねん。壁に幅寄せてくんな。クリーンに行け、クリーンに。」
「なはは。」
敗北を喫した俺は体を洗いながら負け惜しみを言う。不慣れな俺にハンデくらいあってもええと思うけどなあ。
体をキレイにして、まず入るのはサウナ。俺はサウナに詳しくないけど、暑すぎずぬるすぎず塩梅な温度でちょうど気持ちよくなれそうや。ただほんの少しの欠点をあえて挙げるとするなら、サウナ内はかなり狭い。収容人数は4人が限界やろな。これだけ狭いと、一度扉を開けるとすごく熱気が逃げていくのを感じる。幸い俺たちの他にサウナの入浴客はおらず、大きな声で談笑して10分弱で水風呂に移った。もちろんかけ水は忘れずにね。
「ふうううう。あああああ。」
「正しい表現やな。」
すぐに外気浴のため椅子を占拠する。俺が先に長椅子を座ると、藁上が隣に座ってきた。お前隣座んなや。
「1回目やからか、まだ頭がぐわんぐわんするなあ。」
「回数重ねたらマシになるわ。」
「回数って、何回入るつもりなん?」
俺はてっきり1回か2回やと思ったけど、藁上のプランはちゃうらしい。
「3回か4回入ろうや。んで夕方まで昼寝して帰ればコンディションは最高やろ。」
「うわええなあ。そうしよそうしよ。」
外気浴もそこそこにして、2回目のサウナに侵入するも、すでに先客がいたため俺たちは露天風呂に入ることにした。
「露天風呂は露天風呂でええなあ。」
長方形に切った岩で固めた露天風呂は外にあるからか熱めの温度設定されとって、長風呂には向いてへんけど今は十分。十分入って、またまたサウナに入れば、十分で出て、十分な外気浴。今度はそこまで頭が揺れる感覚はしなかった。これをあと2回繰り返し、俺たちは脱水でヘトヘトになりながらも風呂を出て、ドリンクを買って男女共同の休憩部屋に行った。
「あ、待って。さぶいわここ。」
「ほんまやなあ。湯冷めせんうちにこの休憩所出よか。じゃあ、お前の助手席で寝させてくれよ。2時間くらい寝よかあ。」
俺たちは車の中で昼寝することになった。寒暖差による疲れか、俺はすぐに意識を手放したが、藁上はうまく寝付けへんかったみたい。そういうとこナイーブやな。
「おはよう。」
「んんあ。今何時?」
俺が起きたら、外はもうオレンジより暗くなっとった。5時はすぎてるっぽいな。スマホを確認してみると、6時前やった。
「今6時や。あー寝すぎたわ。」
まずい。思ったより熟睡しとった。藁上のやつ、叩き起してくれたら良かったのに。代わりに俺が叩き起してやろ。
「おい、起きろよ藁上。もう結構時間過ぎてるで。」
「ん、ああ。寝るつもりなかったけど、知らん間に落ちてた。ってか、お前の寝顔覗いたったわ。」
「は?いらんことしよる。お前は俺の恋人かなんかかよ。」
「一服したら出よか。」
俺たちは起き抜けに1本呑んで、またエンジンを温め直していた。駐車場にずらりと車が並んでて、入れる場所に困った2時間前とは打って変わって、もう半分も車は出払っとる。駐車場の周りには田畑しかなくって、住民の虫の音が鳴り始める。ここからは自然の世界や。そうなってくると、俺たちがここでタバコを呑んでることが少し申し訳なくなってくる。こんなところに吸殻を捨ててしまうということと、人間が侵入しているということ。
「ふう。ほな、行こか。」
エンジンも温まったし、俺たちは晩飯を喰らいに大阪屋まで走らせよか。3,4時間ほどの帰路をかなりの速度で飛ばし、3時間で大阪屋に着いた。運転中何度かの相談の末、俺たちは約束通り、併設してある焼肉特急で楽しむことにしたわ。
車を止めて、大阪屋の入口に入る。席について時間が経つと、若い女の店員が水を持ってきてくれた。へえ。田舎やと思ってたけど、岡山にもこういう若い子おるんやなあ。これはかなり失礼か。
「お冷になります。お決まりならお伺いしますね。」
「んー。」
値段的には焼肉定食でほぼ決まり。1200円という安さとボリュームを兼ね備えている隙のない構え。大盛りにしてやろう。
「じゃあ、すみません。焼肉定食大盛り2で。」
「はーい。他には?」
うわ、それ言われるとなんか頼みたくなるけど...。
「まあ、また後でで。」
「定食のお肉はこっちで焼きますか?ご自身で焼かれますか?」
何それ。そんなん選べんの?新しいなあ。俺が迷ってると藁上がすぐに答えてくれた。
「自分で焼きますわ。」
「んじゃ、少々お待ちください。」
店員は立ち去ったけど、新しいやり方に俺はちょっと困惑しとった。向こうが焼いてくれるものとばかり思っとったから。ていうか、俺ホルモン食いたいなあ。もし足りひんかったら、頼もうかな。
「なあ、藁上。俺てっちゃん食いたいからさあ。足りんかったら食べようや。」
「俺も食いたい思っとったんよ。ええよ。」
「俺ホルモン焼くん上手いから、任しとって。」
「まじで?じゃあ期待しとくわ。」
今になって思えば、てっちゃんなんか腹にたまらへんし、お腹いっぱいでもきっと追加で頼んどったと思う。まあ、別腹ってやつかなあ。
しばらく待つと、焼肉定食が来た。茶碗に乗った白ご飯はしっかりと大盛り。赤身肉の色合いが食欲をそそる。焼き野菜用の玉ねぎとキャベツも健在や。
「何から焼こうかしらん。」
「玉ねぎとりあえず焼いとかな。時間がかかるで。」
藁上は一発目からメインの赤身肉を鉄板の上に乗せた。俺は玉ねぎを一発目に乗せた。この時点で、性格の違いがよう出とる。なるほど焼肉定食ってそういう性格とかを炙り出す一面があるんやな。焼肉だけにな。
俺も肉を乗っけて焼いてみる。赤身肉のため脂こそ出ないが、ドリップが蒸発してジュワっという音とともに匂いを辺りに充満させる。食欲をそそる匂いや。裏返してみるとうん、いい焼き加減や。ところどころに茶色い焦げ目があるわ。またしばらくして焼いた肉を取れば、タレをつけて熱いうちに口に運ぶ。タレの甘味が牛肉の甘味のある味を最高に引き立たせとる。
「うまい。」
タレは醤油ベースに、ごまなどが入った王道のやつやけど、これでいい。むしろ、落ち着くまであるわ。
キャベツも焼いて食べてみると、野菜の甘味も引き立たせてくれる。キャベツでご飯がいけちゃう。そうして、俺と藁上はあっという間に平らげてしまった。
「これ、てっちゃんいけちゃうなあ。」
「お前があんじょう焼いてくれるらしいし、頼もか。すみませーん。てっちゃん3人前くださーい。」
挑発的に言う。あんま高を括ってるとほんまに度肝抜かすぞ?
俺はこのためにご飯を少し残しとった。つまり、最初から食べるつもりやった。大きめの皿に赤色のタレがかかったてっちゃんがやってきた。一見多そうに見えるけど、焼いたらかなり縮むしこのくらいがええねんな。
「ついでにお前に教えたるわ。焼き方を。まずはこのピンクの面を下にして肉を広げて焼く。なるべく固めて置くねん。」
しばらくすると、肉の脂が引火して火力が少しずつ上がってくる。滴る音が俺のよだれも滴らせようかと言うほど。
「しばらくしたら半分くらいに縮むから、ここで裏っ返す。」
黒い焦げがマーブル状に落書きされて現れる。この焦げこそが、てっちゃんを美味しくさせる大元や。白い面は脂の塊やから、滴らず重力に逆らってた脂は一気に落ちる。つまり、大炎上。
「あっつ!おい、大丈夫かよ。」
「大丈夫や。この超強火が美味しくなんねん。あっつ!」
急激に火を通した有機物は一部分が炭化する。ガスバーナーの容量と同じ。炭化するっちゅうことは、炭火じゃなくても炭火と同じ燻りが味わえる。
「んで、上げる。食べてみ?」
藁上がタレをふんだんにつけて、恐る恐る口に入れる。最初こそ熱すぎて上手く咀嚼出来なかったものの、強めに噛んでしまうと炭焼特有のガリッという音がこっちにまで聞こえてくる。こういうことや。
「おお、お前焼くん上手いわ。なんぼでもいけそう。脂がええ感じに落ちてるのに弾力はそのまんま。まじで肉のガムみたい。」
「せやろ。てっちゃん好きやから自分なりに研究したんや。伊達に料理作ってへんからな。」
まあ、今回も大成功に終わりました。会計はお前もちでええで。セミナー料として。
「あほ言え。」
「てへ。」
例に漏れず食後の一服と洒落込む。まあ、ここの喫煙所の場所はもう俺も覚えた。早足でそこへゴール。場所は出口すぐを右だ。
「「すうう。ふうう。」」
一服終えて、俺たちは速やかに2号線にて帰る。なんだかんだずっとお世話になった2号線。上手なトラックの運ちゃんもかっ飛ばしてくれていい道や。むしろここいらの車たちは乗用車の方がトロいまである。
『こっからバイパスまで2車線や。車もおらんし、並走してこの山道をトバそうや。』
「おう。ええよ。」
俺たちは予め示し合わせたみたいに並走して、ずんずん進む。下り坂を右に、左に。一昔前の走り屋の並走みたいやわ。
「お、先が赤信号になりそ。」
『出せ出せ。行くでえ。』
ブオオオオンと2台は更に加速する。ギリギリセーフやった。俺たちは、そこから減速せえへんまま加古川バイパスまで突っ切った。
ここまでくると右車線走ってる人が増えてくる。もう近畿に戻ってしまった気がしてかなり寂しい。でも、こんなん見て家が近づくことにホッともしとる。よく分からへん感情や。家族で旅行したときなんか、こんなこと感じたことなかった。
『この先、俺がいつも休憩するPAあるからそこでまた休憩しよか。』
「なんていうとこ?」
『別所。別所パーキングエリア。』
「ああ別所か。うん。聞いたことはある。」
さっきから景気よく飛ばしてるけど、ところどころで俺たちより速い車に抜かされたりする。なんか、奇妙な感じがするわ。だって、俺たちもそれなりの速度で走ってるというのに、抜かされるってことは、俺たちよりも遥かに速い速さで走っとるってことやから。
別所PAに着いた俺たちは分岐を左に進む。駐車場に入ると、なんと驚きや。マフラーをカチ上げてる香ばしい軽や、イカ釣り漁船みたいなデコトラ。色々な車がおる。変な予感って、このことやったかあ。
「変な車いっぱいおるな。」
「ここ集会所っぽいな。なんでかは知らんけどおもろい。」
そんな話をしてると、鬼キャンのシャコタンセダンの軍団とかもやってきた。俺の車が霞んで見えてしまうわ。
「セダンやな。お前の車もそうやったやろ?目立たへんなあ。」
「俺の車はもっと上品やからなあ。わかる人だけにしかわからんヤバさを隠し持っておきたいんよ。」
俺にとっちゃこのインプレッサは羊の皮を被った狼や。まあそんなんはどうでもええか。休憩もええ感じにしたし、そろそろほんまに帰宅しよか。
加古川バイパス飛ばして、終点で降りると、山道を抜けていく。藁上を先頭にかなりの速度で俺も追走する。正直、着いていくのがギリギリや。でも、かなり家に近づいてきた。この調子でいけばもう1時間もすれば着くやろうな。
時刻は午前2時をまわった。家の近くのコンビニで旅行の総括や、しょうもない話をしてから俺たちは解散した。あんだけ長い時間一緒におったのに、こうもあっさり解散なのは旅の終わりも相まって物悲しい気がするわ。でも、旅行ならまた行けるし、ここであっさりなぐらいが丁度ええわ。ほな、さよなら。
紀行道中備忘録 ツカサ @xxtsukasaxx
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