紀行道中備忘録
ツカサ
広島篇其ノ一
「よしっ。めっちゃ綺麗になったやん。」
1月に納車された俺の黒のインプレッサ。タバコを呑みながらその味と洗車した車を味わう。イオンだまりの1つも作らず洗車ができたわ。やっぱ手洗いはええな。愛車を撫でる感じがなんとも言えへん。来たる広島旅行まであと数時間しかないけど完璧な状態や。ドロドロと排気を吹かし、車庫に入れ直す。ガソリンの残量も空気圧もブースト圧もバッチリや。
車をキレイな状態にしておきたくて毎週洗車してる。やけど今回はさらに気合いを入れて洗車した。これで尾道を走るんや。
「よう。ほな、行こか。」
ロードスターでやってきたそいつの名前は
「道はどうやって行くんや?」
「下道やろお前、当たり前や。加古川バイパス使って行くねん。」
その日の夜から出発するため、道は空いている。あそこにレーダーやオービスのような取締機の類いはほとんどない。150km/hほどだって飛ばしても誰にも文句は言われない。
俺たち2人は通話を繋げて、出発した。バイバスを飛ばしながら談笑していた。
『お前は何キロでオイル交換するつもりや。』
『マニュアルには一応1万キロって書いとったけど。』
『ターボ着いてるんやから最高でも5千キロで交換した方がええで?それは引っ張りすぎやわ。』
『ほーん...そんなもんか。』
今思えば、そんなことは走り屋の間では当たり前のこと。むしろ知らなかった俺はヤバい。トリップBのメーターにはすでに6000の文字。え、もう交換せあかんやん。
バイパスに乗るまで1時間、バイパスに乗ってから加えてもう30分ほどで、藁上は車を止めた。ここはどこやねん。
『大阪屋食堂や。トラックの運ちゃんたちの間では有名なとこ。』
『ほえー。大阪屋食堂か。分かってはいるけど、ここは大阪ちゃうやんな。』
岡山やのに大阪屋て、変な名前やな。
『ほんまそれな。まあメシはめっちゃうまいから。いっぺん食おうや。』
古臭い店内へ自動ドアを介して入ると、もひとつ入口があった。
『あれえ、あそこで焼肉やってるっぽいで。帰りしにまた寄ろうや。』
『ああええけど。気分やったらな。』
藁上はかなりの気分屋。その時の元気さとか、雰囲気で、何するか決めたりする。俺は付き合い長いから大体あいつの雰囲気で分かるけど。
大阪屋は国道2号線沿いにある赤の看板光らしてるとこ。滅多なことでは見逃せへんから見たことある人もおるやろ。24時間で商いやってて、あと周りには畑しかない。ほんま、なんでこんなところにあるんかも分からへん。でも、店内にはオリックスの選手たちのサインが壁にいっぱいあって、まあ有名なところ。ここまで頑張って走ってきて、辺境のとこでめっちゃ旨い定食食べるっていうんが、趣あって良いねんな。
「あ、トンカツ定食がうまそうやな。」
「俺は食ったことないけど。まあ旨いやろな。俺もそれにしよ。」
「お前パクんなや。」
トンカツ定食のとこだけには、トンカツが大きいため揚げ時間頂戴します。って書いてあった。せっかく岡山来たんならホルモン焼きうどん定食とか食べたいけど、どうしても俺はこれが気になった。大きいトンカツがマズイはずがないわ。
こうして俺ら2人はトンカツ定食を5分ほど待ってた。周りの人はどんどん盆が給仕されてって、当然順番が前後する。そっからええ匂いがしてきて、俺はもう完全に空腹や。
そしてその時はついにやってきた。俺たちの餌を食らう時間や。
「お待たせしました〜。トンカツ定食2ですね。」
あれ、受付のやけにふてこいおっちゃんと比べて、こっちのより若めの人はやけに優しい感じがする。家族でやってはんのかな。
まあ、そんなん今のこの料理の前ではどうでも良いこっちゃ。てか、すげえ分厚いトンカツ。特製のデミグラスソースっぽいのに隠れてるけど、それでもデカイ。過去最高のデカさかもしれへん。
1つ箸で取って、口に運んでみる。うわっ熱。っていうか、ソースかかってんのにザクザクや。普通こんなもんかけたらへにゃへにゃなってまうのになあ。
「はふっ。こりゃいいな。」
「うん、めっちゃうまい。当たりや。」
たまらず俺はご飯の蓋を開ける。パンパンに入っててロマンあるなあ。湯気まで美味しいとはこのことや。よっしゃ、俺の口にもパンパンに詰めたろ。
「うんま。ご飯までちゃんとうまいわ。」
無類の白米好きの俺からしたらほんまに最高や。黒ごまとか梅干しとか、何も乗ってへん純粋な白米がええねん。1本勝負で来い。
みるみる皿にある料理は無くなっていく。同時に、もう終わりか、っていう哀愁もある。同時に、それが胃の中にある。っていう歓喜もある。味噌汁だって味がちょうどええ。こういうチープな定食の味噌汁って大体味が濃ゆいねんけどここはそうでもない。
最後に、余ったソースを、付けてあった千切りキャベツで集めて口に運んで、皿をキレイにした。うん、文句のつけようがないくらい旨かった。お腹もパンパン。
「旨かったわあ一服しよかあ。」
速やかに店を出て灰皿を見つける。
「見つけんの早すぎやろ。」
「俺くらい喫煙キャリアになったら匂いでわかんねん匂いで。」
藁上は最近タバコを始めた俺と違って、2年前にはもう呑んでた。らしい。
「犬のマーキングみたいなこと言ってるやん。言うとくけどかっこ悪いで。」
「なら言わんでよろしい。」
なはは。とか笑ってる時間。この時間のために1時間半も運転してここまで来てただの定食を食べたと思うと、バカらしいようで愛らしいひととき。旅行って最高やなあ。
「お前運転には慣れてきたか。インプレッサはどうなんや?」
「慣れてきたけど、こないだ六甲飛ばしてたら左足が腱鞘炎っぽいのになってた。もうマシよ。」
「まじで?お前運転するとき力みすぎちゃうん?」
「力まなあかんねん。クラッチが重すぎるわ。いっぺん踏んでみ?」
タバコを吸いきった俺たちは車へ移って藁上を運転席へ案内する。
「うっわ。ほんまやインプレッサのクラッチてこんな堅いんか。こりゃ腱鞘炎なるわな。」
「せやろ。まあ、もう随分と慣れたもんやで。」
今考えたらインプレッサのクラッチが重いんは当たり前。レース用のエンジン積んで、本気でスバルがラリー目指してた車や。
「これ、広島行って帰ってこれるか?」
「いけるやろ。」
3月の夜中はまだ寒い。メシ食べて暖かなったとはいえ、ちょっと肌寒いな。せや、俺寝袋持ってきたんやった。
「寝袋持ってきたんやけど、今日は車中泊するか?」
「マジで?じゃあまあちょっと、お前の車で寝よかな。」
ロードスターは2シーターの車やから、とてもやないけど車中泊は難しい。俺のインプレッサなら後部座席倒すだけで簡単に2人は寝られるわ。助手席も倒せば3人まで寝られる。
藁上も、結構乗り気やったけど、車中泊ってのはそれでもちょっとキツイもんで、結局藁上と車中泊するんはこれが最初で最後になった。
「じゃあ、広島に車中泊に向いてるPAがあるから、そこ行こか。」
「ええそれって料金所通らなあかんの?」
「いや、PAに入るだけなら通らんでもええねん。」
そういうところがあるらしい。俺たちはそこへ目指して、2号線をまだまだ走った。
当たり前だが、広島は中国地方の南方に位置する横に長い都道府県1つ。横の長さで言えば近所の都道府県で1番長いかもしれん。だから、尾道までは広島入ってからの方が長かったりする。
よし、じゃあ出発や。大阪屋食堂を出て、俺たちはまだまだ西へ走った。
PAやSAには、皆んなが休憩などに利用出来るよう一般道から入れる高速道路の休憩所がある。NEXCOはこれをウェルカムゲートと呼んどる。俺たちは下道ばっかりやけど、ほんまNEXCOには頭が上がらへんわ。
そのパーキングエリアは今津という。ウェルカムゲートを通れば、俺たちと同じように車中泊であろう車がちらほら止まっていた。深夜のためエンジン音を静かめにして侵入する。
少々不潔やけど、俺たちはトイレの洗面所で歯磨きをし、すぐに寝る準備を整えた。車中泊はやっぱりええな。なんか、こう、ワクワクするわ。
「窮屈やわ。」
「窮屈な感じがたまらんのよ。寝袋広げて、寝よか。」
「お前もしかしなくても変態やろ。」
この日はこうして眠りについた。特に異常とかもなくて良かった。
「尾道には尾道ラーメンっていうのがあって、そいつが美味いねんな。着いたら昼飯がてら食うか。」
「ええなあ。ご当地ラーメンかあ!」
尾道にはご当地醤油ラーメンがあるらしい。なんでも、煮干しと鶏ガラを使った王道のラーメンだとか。今日なんかは日中はちょっと暑いけど、それがかえって美味さを倍増させるんちゃうか?
「まあ、とりあえず出よか。」
車のエンジンは冷めてるからうるさい。俺たちはエンジンをしばらくアイドリングで温めてからまた同じように発進した。
『車中泊はどうやった?』
『いやあ、俺はもうええかな。暑かったし窮屈やし。めちゃくちゃ汗かいて起きたわ。』
『それがええんやろ?』
『お前やっぱ、救いようがない変態や。』
そうや。俺は自他共に認める変態や。趣味も変やし、救いようがないかもしれへん。でも、そうやろ?この後温泉入るんやから、ちょっとぐらい汗かいてた方が気持ちええって。
今津を出て、今度は広島のバイパスを走る。またまたバイパスや。加古川は知っとったけど、ここなんて言うバイパスやろ。ナビを見ると、東広島バイパスと書いてある。なるほど、横に長い広島やからこそ、こういうずっと東西に伸びてる無料区間が必要なんや。
三重も南北に伸びるバイパスがある。そうやって都道府県ごとに地形や気候を把握して、より良い交通網を作り上げとるんやな。
『この後、バイパスを降りて道の駅行こかなって。』
『最高やなあ。道の駅。なんでもあるし、ついでにお土産とかも見てええか。』
『俺もそのつもりやし、もちろん。』
お土産誰に買って帰ろかな。家族にはもちろんやけど。
てか、思ったけど、皆運転マナーがええなあ。大阪だとこうはならん。二車線道路やけど、ほとんどが左側の車線を走ってる。見習ってほしい運転マナーや。まあ無理やろうけど。
「しっかし、思った通りっていうか、みんな運転マナーええわ。」
『車社会やから、大阪とかの人らとは練度が違うわな。』
そこに、岡山ナンバーの車が別の車のところへ進路変更で割り込んでいくのを見た。ウインカーの付け方も知らんのんか?アイツは。
「おお。あれが噂の岡山走りか。おもろいなあ。」
『久々にみたわあ。』
「あの割り込んだ先が藁上の前やったら、お前キレ散らかしてるやろな。」
『もちろんですとも。』
そんな会話もひとしおに俺たちはまたまた2号線に降り立った。2号線好きすぎやろ。
もう1時間も走らせたら、言うてた道の駅やな。
道の駅西条のんたの酒蔵に到着。ああ、駐車場広くてええとこやな。自然も多くて景観良い。おっ、色々なスポーツカーが並んどる。ランエボ集団に、911までおるな。俺たちは車を降りてまたタバコを呑む。今日ですでに3本目や。旅行は面白いけど、こういう出先では本数増えるんが玉に瑕やなあ。
「色々スポーツカーおるなあ。」
「ここはそういうところやな。」
「ほーん。華金の夜中とかここエグいことなりそうやな。それこそ魑魅魍魎って感じで。」
広島にも、こういう集会所っぽいところあるんやな。ええもんいっぱい見れた。さて、ジロジロ見るんも印象良くないしお土産買いに行こか。
お土産コーナーを見てみると、まあご当地のもんがいっぱいあった。牡蠣のしぐれ煮とか、ラーメンのインスタントとか、おせんべいとか。どれ選んでも喜ばれそうやけど、好みを知ってる以上は絶賛されたい。悩みに悩んだ挙句、俺はご当地インスタントラーメンと特産米を使ったおせんべいを買った。自分のもんでも無いのに心がホクホクする。レジの横には藁上の姿が。
「藁上はなんか買わんでええの。」
「おう。俺はええわ。よう通ってるしまた今度で。」
あ、そう。じゃあまた車に戻ろか。俺たちは休憩も終わらせて今度こそ尾道へ向かう。
尾道は海沿いにある観光地。その景観もさることながら、観光客がそれはもう多い。こん中をうるさい車で走らせて、視線を釘付けにするのもまた一興。
『めちゃめちゃロードスターのこと見てるぞ。』
『外国人とか、意外と車好き多いしな。だから日本に来る人もおるくらいやし。』
『はっは。正直、結構気持ちええな。』
『ちょっと空ぶかしでもかましたろう。』
ブォンブォン。あー、音も良い。IQが下がってるわ。
そこら辺の有料駐車場に車を停めて、俺たちは尾道ラーメンを喰らいに凱旋する。しばらく歩くと、ある程度の行列の出来てるラーメン屋を見っけた。壱番館本店って書いてある。尾道ラーメンの代表っぽいなあ。
「ここにしようや。」
「おうええよ。」
行列加わってから10分、20分経った頃だろうか。ついに俺たちの番回ってくる。
「お先注文だけ伺いますね。」
「あ、はい。えーどうしよう。」
俺の脳内会議の末、チャーシューメンに決まった。っていうか、なんなら先にメニュー見てちょっとビビっときてた。
「じゃ、チャーシューメン2つで。1つはライスと餃子セット。」
「はい、かしこまりました。」
「どうもー。」
ちょっと狭くて小汚い店に入れば、すかさず着丼。おお...これがあの尾道ラーメンか。チャーシューは豪華にも5枚あって、ちょうどいい分厚さや。人の好みによっちゃ分厚いとか薄いとかありそうやけど、俺はちょうどええと思う。茶色いスープには背脂が浮いていて、一見味濃ゆそうやけど、果たしてどうや。
「ん。そういう感じか。」
見た目とは裏腹に、味は濃ゆくない。むしろちょうどよくて、ライスがあったらススみそう。
「餃子でーす。」
「いただきまーす。」
餃子はいつものように藁上と分けっこや。タレもちゃんと用意しといた。いい匂いに誘われたから、一口先かじってしまおう。野菜の香りと油のいい香りで、知らぬ間にお茶碗に自然と手が伸びてしまってた。危険な香りや。
おっと、肝心のメインディッシュを忘れてた。麺に行こう。
スープのお風呂から出してみると、中細面が出てきた。ほんまに王道の醤油ラーメンっぽいなあ。麺が黄色いところとか。啜ってみると、驚きや。麺が背脂を引き連れて口の中で風味を主張してくる。だから、この太さなんかあ。意外とスープの絡みも良い。特段スープがドロっとしているわけでもないのに、しっかり味を感じる。でもくどいとは思わせない。すごい。すごいわ。
「餃子俺も食べてええか?」
「ん、もちろん。」
藁上も餃子を一口で放り込む。アイツのお眼鏡に適ったのか、飲み込んだあと二つ目に着手していた。あ、そんな勢いで人の餃子を食べちゃうのね。
今度の俺の相手はチャーシュー。一旦スープに浸してから食べてみる。歯ごたえのあるよく火の通ったチャーシューで、噛めば醤油の味が出てくる出てくる。ええなあこれ。
「めっちゃええバランスやわ。」
「せやな。」
俺はこのローテーションで、ガンガン食べ進めてしまった。スープも簡単に全て胃の中に流し込んでしまった。その熱が表れ、流石に額に汗が出る。
「お前汗かいてるやん。」
「店内も暑いし、スープも熱いし。」
スープのあとの冷水が胃の熱を少々中和してくれる。でも、俺の興奮はそんなもんでは冷めやらぬ。
「水おかわりして飲み切ったら、会計行こか。」
「うい。」
速やかに会計を済ませて俺たちはなんの打ち合わせも無しに海岸線まで早歩きした。それは食後の一服だと思うと実にみっともない。
「いやあ。ええ味やった。また来たら食いたい。」
「おお、ほんまに。気に入ってもらえたようで良かった。」
「ここはロケーションがええな。」
古風な建物がいくつか並んどる観光地やけど、そこを割っていけば海岸に着く。海岸にはオシャレなことにベンチと机があり、俺たちはそこでタバコを呑みながら今後の予定についてしばらく談笑していった。こんなふうに海を眺めながらタバコを呑むのも、風情があるなあ。
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