第2話 訪問者

 腕や首がヒリヒリすると思い、目を覚ます。腕を見てみると、獣が引っかいたような三本戦の傷が無数につけられていた。

 それを訝しむと同時に、下の階がやけに明るいことに気づく。笑い声とかではないが、複数人いる雰囲気を感じられる。


 そして母の言葉を思い出す。

 新しい家族。

 まさか本当に人が来るなんて、夢にも思わない。


 それにしてもうるさい。いまの会話が助走のように、笑い声に向かっている気がしてうずうずする。

 ひとまず、ヘッドフォンをつけてオンラインゲームに没入することにしよう。外との世界を遮断する簡易的な方法。


 ヘッドフォンを手に取ったとき、またしても嫌な予感を感じ取る。

 こちらに近づいてくる、不穏な足音。

 いつもの足音ではない。いつもより軽くて、少し遠慮している様子。


 ドアに目を凝らし、反応を待つ。


 足音はドアの前でピタリと止まった。そしてドアの向こうの人物は、三回ノックした。


「いますか?」


 聞こえてきたのは、見知らぬ女性の声。声のトーンは少し暗め。母の声ではないのは確か。それしか情報がない。

 前よりはマシになったが、知らない人の声を聞くだけで吐き気を催す。


「いるていで話しますね」


 転がっている壊れたマウスに手を伸ばす。


「新しく傑さんの妹になる、深雨っていいます。浅い深いの深いに、天気の雨で美雨。高校二年生です。今日から家族になります。よろしくお願いします」


 ダンッ、と鈍い音がなると同時にドアが少し揺れた。小さな声で、いた、という声も転がる。


「私の目標は、家族四人で晩御飯を食べることです」


 いまの情報から、他に連れ子はいないのだと分かった。とはいえ……


 俺は壊れたマウスを再びドアに向かって投げつけた。

 その音を聞いて駆けつける階段を上る音。


「大丈夫?」


 と母の声。


「うん。でも……」


「今日はもういいから。下に降りて」


 その言葉を最後に、足音はだんだん遠くなる。


 今日から知らない人が二人、同居することになる。

 分かっているだろう。ただでさえ、人間が怖いのに。

 急に家族が増えると言われて受け入れられるわけがないだろう。


 ここからヘッドフォンは常備品となるに違いない。

 俺はヘッドフォンをつけて、オンラインゲームの世界へと意識を移した。

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引きこもり27歳、10歳下の妹ができる。 アポロ @dddtttgggkkk

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