引きこもり27歳、10歳下の妹ができる。
アポロ
第1話 引きこもり人生
二十七歳の誕生日を迎え、オンラインゲーム内では色とりどりの紙吹雪が舞っていた。チャットでのみ会話をするネッ友には、おめでとう、と淡白なメッセージを受け取った。
――おめでとう。
その文字を見た瞬間、アイスピックで刺されたかのような頭痛を覚える。
何にも頑張ってないやつが称えられているあの姿を、いまでも鮮明に思い出してしまう。俺の心を壊した、あの姿を。
――ガチャン。
玄関の戸が開く。母が仕事から帰ってきた。
こうして毎日母の存在を確認しているのに、最後に実物を見たのはいつだろう。俺がこの家に逃げ込んだ以来か。そのときはまだ父親もいたっけか。
蛇口から勢いよく水が出る音、微かに聞こえる夕方のニュース。
毎日似たような生活音が下から聞こえてくる。だから仮に泥棒が入ってきたらすぐに分かる。対応できるとは言っていないが。
母はニュースしか見ない。というよりニュースしか見られない。バラエティ番組から聞こえる笑い声に、今の俺は耐性がない。ここに逃げ込んだ初日は、その笑い声で狂ったように叫んだり身体を引っ掻いたりなどの拒絶反応が起きた。
左袖をまくり、自分の爪でつけた傷跡に目をやる。かつてはお手本のような肌色だった肌が、まるで火傷跡のように痛々しい赤みが残っている。
心を壊してから約三年が経つ。立派な社会不適合者だ。
さて、ゲームに戻ろう――と思っていたそのとき、階段を上ってくる足音がつんざくように耳に入る。
ここ一年、この部屋に来ることを諦めていたのに、急にどうして。
心臓の鼓動が加速する。まるで上司に詰められていたときみたいに……。
足音がドアの向こうでピタリと止まる。母の躊躇いの呼吸音がドア越しに聞こえる。身構えていると、ドアの向こうで母は言った。
「新しい家族ができたの」
母の声は微かに震えていた。一年ぶりに息子と会話するのは勇気のいるものなのだろう。
しかし、新しい家族とはなんだ。犬か、猫か。
どちらにせよ、俺からしたら邪魔でしかない。
「会ってくれない? 今日の七時にうちに来るから」
野良の犬や猫が懐いてしまったのなら、絶縁した方がいい。事情を知らずに介入してくるやつほど害なのだから。
俺はいつも通り、近くにある壊れたマウスをドアに投げつける。ドアにつけられた無数の傷跡にまた一つ追加される。
言葉は返ってこなかったが、返事として遠くなる足音を受け取った。
七時。何となく壁に掛けられた時計に目を移す。あと一時間後、家族と騙る何かがやってくる。
どうせ大したことない。疲れに疲れて幻覚と会話して、そいつと家族になったのだろう。
万年床に横になり、少し目を瞑ると、あっという間に夢の世界へと誘われた。
今日は見たくないな、俺が人間として頑張っていた頃を。
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