楠木三太郎 (2)


「石川。ちょっと黙って話を聞け」

「はい。先輩のお話、拝聴します!」


 石川は姿勢を正し、指示を待つ子犬のような純粋な瞳で俺を見つめる。

 そんなに熱を入れて見るな。照れる。

 俺は石川の圧に押されながらも、昨日から考えていたあるアイディアを口にする。


「代替案だ。俺はお前と付き合う気はない」

「そんなー」


 石川が非難の声を上げるが、無視して話を続ける。


「しかし、お前は俺に好意を持っている」

「そうですよ。先輩、ラブ、です」


 石川は両手でハートを形作って、俺への好意を示す。その姿は可愛らしいのだが、俺はコイツの中身を知っている。油断はしない。

 そして、いよいよこのアイディアの本題だ。俺は「ふう」と一呼吸おいてから、石川に提案する。


「だから、学年でも有数のがり勉――もとい、真面目野郎――もとい、勤勉で誠実な楠木三太郎君をお前の彼氏に推薦しようって言うんだ。……どうだ?」


 俺の言葉に、二人は驚愕した。ああ、この話、三太郎に前もって説明するのを忘れていた。まあ、頭の良い三太郎のことだ。上手く俺の会話に合わせてくれるだろう。


「ふひ、な、何言ってるの猪熊君! ぼ、僕が、つ、つ、つ、付き合うなんて!」


 三太郎はぶひぶひと文句を言っているが、その視線は石川に吸い込まれるように見入っていた。三太郎は、石川の端正な顔立ちを見て、それから身体――正確には立派に隆起している胸――を見て、ごくりと生唾を飲み込んだ。言葉では否定しているように見える三太郎だが、満更でもなさそうだ。

 三太郎よ。見てくれに騙されると、痛い目にあうぞ。俺のように、な。

 そして、三太郎の抗議に意を同じくする石川も声を上げる。


「そうです! 私は猪熊先輩の強さに惚れたんです! 第三者の介入する隙間なんてないくらいに! マジラブです!」


 石川のマジラブがどの程度か良く分からないし、分かりたくもない。


「まあ、まあ」


 二人の猛抗議を俺は適当にあしらう。

 ちなみに、今日の昼めしは昨日石川が大量に買ってきていたパンの消費にあてている。賞味期限一日オーバーだ。賞味期限は、「美味しく食べられる」期限なので、一日二日程度なら平気だ。

 パンの封を切り、もさもさと口に運びながら、二人の抗弁を聞き流す。


 まずは三太郎だ。三太郎は弁当箱を開けたところで俺の紹介が入ったため、まだ弁当に口はつけていない。母親のお手製であろうそれは、プラスチック製一段型の弁当箱で、米が七割ほど敷き詰められていて、冷食であろうオカズが申し訳程度に少しだけ入っていた。母親が無精者の俺からすると、喉から手が出るくらい欲しいありきたりの弁当だった。特に、今は石川の持ってきたパンで手いっぱいだから、その自由さが羨ましい。


「三太郎。食わないなら弁当とパン、交換してくれ」

「嫌だよ。僕、小麦アレルギーだって言ったよね?」


 ああ、そう言えばそうだった。昨日三太郎にあげたのは米粉のパンだったな。

 俺は石川が持ってきたパンの山を漁ってみるが、米粉のパンはもう無かった。


「すまん。米粉のパンは無いや。……いっそ逆に焼きそばパンなんてどうだ?」


 焼きそばの小麦に、パンの小麦が合わさって、実は小麦アレルギーに打ち勝つかもしれない。

 などと、バカなことを考えていたのだが、三太郎はいたって冷静だった。


「焼きそばも、パンも、どっちも僕には食べられないよ!」

「そうか」


 小麦の食品は少なくないのに、小麦アレルギーとは災難だな。まあ、他人事だけれど。

 会話が三太郎とパンの話に移ってしまった。


「そ、それで、僕と彼女がつ、付きあうって話だけれど……。む、無理だよお。だ、第一、僕は彼女のことを知らないし。でも、可愛い子だな、って前からは思っていたけど――」


 生真面目な三太郎は再び「石川と三太郎が付き合う案」に話を戻してくれる。

 そして、やはり、三太郎は石川のことを好意的に見ているようだ。


 確かに、可愛いよな、石川。美少女だよな。容姿は。

 セミロングヘアの黒髪も、ブラウンの瞳も、ぷっくり丸みを帯びた唇も、大きめの胸も、全部が全部美少女の構成要素だった。


「ぼ、僕じゃ釣り合いが取れないよ、猪熊君」


 三太郎は消えて無くなりそうなくらい沈んでいる。しかし、三太郎の言いたいことは大体把握した。

 三太郎の言い分は、大した問題じゃなさそうだ。


「分かった。分かった。三太郎の言い分は分かった。で、石川は――」


 どうなんだ? と聞こうとしたところ、食い気味で石川は反応した。流石の反射神経だった。


「私の理想の男性像は、強く、優しい人なんです。猪熊先輩が、理想像なんです。勉強の良し悪しは――」


 一方の石川は頑なに三太郎のことを見ず、あくまでも俺に対して、物申していた。


「大体、勉学だけができる賢しい人に用はありません。私は、私の生涯の伴侶たる、強く、優しい――」


 酷い言い方だ。三太郎にだっていいところはたくさんあるんだぞ?

 石川のマシンガントークがうるさいので、俺は空いた左手を上げて石川の言葉を制した。


「まあ、待て待て。石川の主張も何となく分かったから。まあ、まずは、三太郎からだ」


 俺は三太郎の方に身体を向けた。

 三太郎の方からは、弁当特有の美味しそうな匂いが漂っていた。

 やっぱり、パンと弁当、交換してくれないだろうか。三太郎の小麦アレルギーが恨めしい。


「それで、三太郎。さっきのお前の言葉を聞く限り、お前は石川のことを悪くは思っていないんだろ?」

「まあ、それは……。確かに、可愛い子だなって思ったさ。健気な子だなってさ」


 俺の言葉を、三太郎は少々口ごもりながらも、否定することは無かった。

 うんうん。やっぱり、石川の見てくれに騙されてくれている間が勝負だな。


「それに、ここ何日か、猪熊君を慕っている彼女を見て、『ああ、こんな後輩がいたらいいな』って思ったのも確かだよ。正直、一目惚れレベルで好きになったけど、大抵の男子はそういう反応をするんじゃないかな? 石川さん、可愛いし……」


 三太郎は本人である石川を目の前にしても、何度も可愛いと繰り返し褒めていた。その実直さが、少し羨ましいし、格好良くも見えた。何だよ、三太郎、中々素直で真っすぐな良い精神してるじゃねえか。格好良いぞ。


 それに、これは思ったより好感触じゃないか。ここ数日の俺への石川の病的なアプローチも、三太郎の目からは良く見えていた、と。それなら話は早い。


「良し。分かった。三太郎。お前の気持ちは把握した」


 実際、三太郎の気持ちなどお構いなく押し付ける気だったが、これは俄然、二人をくっつける好機だと思い、やる気が出てきた。俺の誘導次第で、ことは丸く収まる。


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