真面目ちゃんとオオカミくん〜怪我をした不良を手当したら懐かれた〜

月嶋つばさ

Episode1.怪我をした不良を手当しました

 幼い時に言われたり聞いたりした言葉って意外と覚えているもので、それがあまりにも衝撃的ですごくショックで、何年経っても忘れられずに自分の性格をも変えてしまうようなものってあるだろうか。


「昔はああだったのに、今は違うね」なんて、成長すれば多少なりとも言われそうではあるけれど私の場合はあまりにも変わりすぎて親からも兄弟からも、幼馴染でさえも驚くほどに変わってしまった。


 自分でも自覚はある。だって、その方が良いんだと思ったから。今となっては小さい頃の私を知っている人なんて、さっき言った人達だけで通っている高校のクラスメイトには『無害な小動物』と思われていて丸眼鏡のおさげ髪といった見た目からか『真面目ちゃん』、なんて渾名が付けられている。

 とは言っても、友達は少ない。理由は3つ年上の兄がそこそこ有名な元不良だからだ。関わり過ぎて何かしたら兄が報復に来ると思われているのか、はたまた厄介なことになると思われているのか……たぶん両方だと思うけど、私と親しくしようとしてくれる人はほとんどいないのである。


「なぁ、さくいるか?」


 聞き慣れた声が教室のドアから聞こえる。視線を上げると人よりやや背が高く、ジト目気味だけど平均より顔面偏差値が高めの男子生徒がいた。声を掛けられたドア付近にいた女子生徒たちが色めき立つのがわかる。


「えっと、真面目ちゃんならあそこに……」


 チラッとこちらを見てから声をワントーン上げて言うクラスメイト。いや、そんな猫被ってもそいつには逆効果なんだよね、うん。


「ああ、居た。通してくれ」

「あ、ちょっと」


 スルッと女子生徒たちの間を通ってこちらに近付いてくる。目の前に来たのは幼馴染の迅 将也じん まさやだ。女子生徒たちの視線がとてつもなく痛い。


「どうしたの、将也」

「んー、いや、その、今日一緒に帰れねぇって伝えに」

「そういえばさっき、将斗も同じこと言って先に帰ったけど何かあった?」

「えっ、アイツもう帰ったのか? 話が違うじゃねぇか、あの野郎」


 将斗とは将也の双子の兄だ。将也が肉体派ならば将斗は頭脳派と言うのが正しい程、この双子は真反対の性格で二卵性双生児でもある。2人とも美形なので校内の女子生徒の中では「知的な将斗派」と「ワイルドな将也派」、「どっちも派」といった派閥があるくらいだ。そんな2人の幼馴染であり、登下校は必ずどちらかと、あるいは両方としている私は先輩後輩関わらず若干の羨望と嫉妬を向けられているのでそれも友人が少ない理由だったりする。

 まあ、何もされないのは2人を敵に回して嫌われたくないと思っている女子が大半(特に同学年)。けれど少数の勇敢な人は陰口やらちょっとした嫌がらせをしたことを一番バレたらいけない将斗に気付かれて再起不能にされたのを見た時には、自業自得なんだけど可哀想に思った。


「しょうがねぇな、追いかけるか 」

「さっき出て行ったばかりだから追いつくと思うけど何も連絡きてない?」

「将斗がオレに連絡寄越したりなんか……。いや来てたわ」


 昔からこの双子はお互いがライバルと言わんばかりに競い合っている。頭が良い将斗にいつも軍配が上がるけど将也だってこと運動に関しては将斗を上回る事だってあるのだ。同性の双子ってそういうものなのかと不思議に思う、が、そもそも双子が生まれること自体奇跡な訳だから比べようもないのだけど。

 そう思っていると将也の表情が段々と陰り出す。ああ、これは、きっと将斗に嫌な事を言われたんだろうなとすぐに察することが出来た。


「あの腹黒眼鏡、追いついたら絞めてやる」

「それ絶対返り討ちになるやつだからやめておけば?」

「朔は将斗の味方かよ」

「ううん、どっちでもない」


 だってどっちの味方になるかなんて理由がないもの、とハッキリ言うと将也はなんとも言えない顔をする。

 え、どう答えるのが正解だったの?


「別にいいけどさ、たまにはオレのこと……」

「オレのこと?」

「……んでもねぇや、とにかく将斗を追いかける。悪いな、1人で帰らせて」


 何を言おうとしたのかさっぱりだけど先に帰ることに関して謝罪を受ける。別に気にしてないし、私は1人でも平気なんだけど、如何いかんせんうちの兄が兄なので1人にしたら何されるかわかったもんじゃない……と双子揃って言うのだ。そこだけは意見が一致しているのがなんとも不思議である。


「大丈夫だから早く行きなよ。将斗に追いつけなくなるよ」

「ほんとに悪い。がく兄とりくによろしく言っておいてくれ」


 じゃあまた明日、と言って教室から走って行く将也を手を振りながら見送る。変なのに捕まる前に私もさっさと帰ろうとスクールバッグを肩にかけて出て行こうとした……のに。


「ねぇ、真面目ちゃ……、竜城たつきさん。少し聞いてもいい?」


 あーあ、面倒なのに捕まった。

 わざわざ言い直してまで引き止めてきたのはクラスの中でも割と目立つ女子。の、グループの1人だ。

 彼女の顔を見あげてなに、と返す。


「いやね、将斗くんもそうだけど将也くんとも仲良いな〜って」

「幼馴染だから、他の人よりはそうだと思う」

「ああ、やっぱりそうなんだ。でね、聞きたいのが……」


 あ、これ絶対2人のことを聞かれるやつだ。と、直感で感じた。さすがに慣れている。だって中学生時代も同じことを散々されてきたもの。


「2人とも彼女もいないし意中の人もいないよ」

「えっ、ほんとに? じゃあじゃあ、好きなタイプとか知ってる? あたし、将也くん派なんだけど知ってたら教えて欲しいな〜て」

「いや、普通に知らないけど」


 え、て顔されても知らないものは知らない。それともバッサリ言い返したから?

 見た目で『真面目ちゃん』なんて呼ばれて大人しい人、なんて、思われてるのは知ってはいるけどだからと言って逆らわないとは言ってないし勝手なイメージで言えば答えてくれるなんて思わないで欲しい。


「な、なにも? 微塵も?」

「うん、ちっとも。私たち、そういう話題にならないから」

「じゃ、じゃあ連絡先! それだったらさすがに知ってるよね?」

「……あのさ、それって自分で聞くことじゃないの。私、そこまでお人好しじゃないんだけど」


 呆れた、というのが顔に出ていたんだろう。彼女だけじゃなくて取り巻きまでうわ何こいつ調子乗ってんな、て顔してる。

 本当に将也が好きなら自分で行動すればいいのに、て思うけど行動を起こした結果がこれなのかとも思う。そもそも、あの双子が嫌いな人種に彼女らが当てはまっていることを黙っているのになんだろうか。


「なっ、こ、こっちが優しくしてれば調子に乗って……っ」

「そうだよ、あんたなんかちんちくりんの見た目モブのくせになんなの!?」


 テンプレ通りの台詞、ありがとうございました。

 ちんちくりんなのも平凡なのも自覚してるから別にいい、気にしてない。でも、その手はなぁに?

 彼女らの背後でまだ残っていた男子生徒と他の女子生徒がさすがにそれはまずいだろって顔をしているのが見える。避けられないわけではないけれど、どうしようかな……と、他人事のように考えていたらその手をぱしりと止める手が見えた。


「ッ、な、に……っ」

「姉さんに何をしようとしたの?」

「……陸」


 私を叩こうとした手を止めたのは1つ下の弟のである竜城 陸。やや大きめな瞳が彼女らを映しているがそこには若干の怒気を含んでいて普段あまり怒らない弟くんにしては珍しく怒っているようだ。そこは母親に似ているらしい。


「あ、あんた、なんなのよぉ……!」

「こっちが聞いているんだけど」


 質問の回答が得られないせいか我が弟くんが少し苛立っているのが強くなった語尾で理解出来た。うちの天使のような弟くんをここまでさせるのは大変に珍しく、兄がいたなら「陸を怒らせた奴、どこのどいつよォ」と煽り倒していたに違いない。

 どうするんだろう、と眺めていればクラスの男子たちがコソコソと話しているのが聞こえてきた。


「ぉ、おい、あれって1年の竜城陸だろ? 空手部の……」

「だよなぁ? 他のクラスの空手部の奴がめっちゃ強いルーキーが来たとか言ってたし」

「つーか、あれだろ。まず竜城に手を上げる方がアウトじゃね? だってアイツらの兄貴って『竜城 岳』だろ?」


 それを聞いてサァッとわかりやすいくらいに血の気を引かせた彼女たち。うん、今更なんだよね。今は大人しくしているけど根っこは変わっていない我が兄は顔を合わせたことがない人でも怖いらしい。私たちにしてみればただの過保護な兄貴なんだけども。


「ふ、ふん! 今日は見逃してあげるわよ!」


 三下の台詞じゃん、とついツッコミたくなったのを耐えて彼女たちが教室から走り去って行くのを見つめた。すると陸が首を傾げながら「三下の台詞みたいだね」なんて言い出したので思わず笑い出しそうになってしまった。


「ごめんね、陸。助けてもらって」

「いいよ。僕が来たのも将也兄から姉さんのことよろしくって言われたからだし」

「でも部活でしょ?」

「今日は休みだよ。でも部活仲間が勉強教えて欲しいって言うからそれを言いに来たんだ」


 陸は誰に似たのか頭も良くて運動神経も良い。更にいうとやや幼さを残しながらも兄と同じく父の遺伝か顔面が大変によろしい。そして天然も入っており純粋無垢でもある。

 ……私の弟、天使過ぎてお姉ちゃんはいつも心配だよ。


「わざわざありがとうね。そしたら先に帰ってるから」

「うん、ごめんね、姉さん。気を付けて。変な輩に絡まれたらすぐ防犯ブザーを鳴らすんだよ。いざとなったら姉さんでも自己防衛してね?」

「最近兄さんみたいなこと言うようになってお姉ちゃんは困惑気味よ、陸くん」


 いや、絶対あの兄貴の入れ知恵だ。それをスポンジのように吸収してしまうのが本当に心配である。教室を出て廊下で陸と別れてからすぐに昇降口へと向かった。疎らに出ていく生徒たちに続くように私もローファーに履き替えてから出ていく。いつもなら双子が「帰るぞ」とか「忘れ物はないか」とか言っているのだけど今日はなし。久しぶりに1人で下校だ。


(いつぶりだろう、1人で帰るの)


 と、いうのも先程言っていた通り「何かあってからでは」という理由で双子が登下校を共にしてくれている。それにはちゃんと原因があって、高校生時代の兄に喧嘩を売ってことごとく負けた人たちがチビで弱そうな妹を人質にしよう、ということで私を兄を誘き出す餌として取り囲まれたことがあった。兄は素行不良ではあったけど三兄弟の中ではずば抜けて成績が良く多少のやんちゃは先生たちも目をつぶっていたとか、そのまま苦労することなく希望の大学に進学して今は程々に勉強をしながらバイトをして原付を買おうとしているらしい。


 そういった感じで不良は不良でも頭のキレる不良だったこともあり、気に入らないと思う人間もちらほらいる訳だ。そんなこともあって私が人質になりそうなことが起きてから過保護に拍車がかかって、双子が護衛のように登下校をするようになった経緯がある。


 普段と何も変わらない通学路を何事もなく家に向かっていると何かが引き摺られる音が聞こえて足を止めた。なんだろう、と思いながら住宅の塀の間と間を覗き込むとそこにはうちの制服を着た男子生徒が背中を塀に体を預けてずるずるとずり下がっているではないか。

 どう見ても怪我をしている人間の動きだ。


「ッ、大丈夫ですか!?」


 思わず駆け寄った。近くまで来て視線を合わせるように膝を折り肩を揺すってみると日本人とは思えないような髪色の向こうで青みがかった銀色の瞳がこちらを向く。でもそこには関わるな、と言いたそうな何かが宿っているように感じた。


「……あんたが気にすることじゃない」

「え、でも……」

「放っておいてくれ」


 拒絶、とわかる反応というか、まあ口調が荒くないタイプではあるけどテンプレみたいな言い返しである。だからと言って私が引き下がる訳もなく……、うん、すみませんね、慣れてるもんで。


「そういう訳にはいきません。ほら、傷口見せてください」

「ッ、良いって。別にあんたの手なんか借りなくても平気だ」

「いいえ、見てしまったからには放置なんてできません。早く見せなさい」

「……」


 はい、と右手を出してゴリ押しすると渋々といった感じで傷口を見せてくれた。物の見事に擦れてたり切れてたりしていて、ついこの前までの兄を見ているような気持ちになる。

 先程まで拒絶していたのに静かになったその人はじっと手当をされている様子を眺めていたようだった。


「……あんたさ、俺が怖いとか思わないの」

「全く。私、この世で母より怖い人を知らないので」

「母親が怖いってどんな人なんだよ」


 まさか興味を持たれるとは思わなくて驚いた。けれど、せっかくなので手当を続けながら我が母について話すことにした。


「穏やかで天然で、いつも微笑んでて。父曰く女神みたいな人なんですけど、怒らせるとにこにこ笑顔のまま……怒鳴らないお説教が……」

「……想像したらなんか怖いな」

「でもすごく優しくて私たち家族を包んでくれるよつな人なんです。結構なやんちゃだった父が一目惚れしてまともになったくらいですし」


 そう、私たち三兄弟の父親は超の付く程の有名な不良青年だったらしくお巡りさんによく補導されるわ注意されるわと、とにかく様々なことでお世話になっていたとか。そんな中で出会ったのが不良をまとも人間にしてしまう程の包容力と美貌を持った女神のような母である。勿論、雲泥の差があるような2人だったので結婚するまでに色々あったようだけどここでは割愛しよう。


「……あんたは、いいご両親がいるんだな」

「色々ありますけど、恵まれていると思います。はい、次は顔を……」


 身体の見える範囲の手当てを終えて視線を上げるとばっちりと視線がぶつかった。切れ長な瞳に整った顔立ちをしていて驚く程に美形の人だ。こんな人が喧嘩をしていたの言うのだから信じられなくて。


「が、顔面宝具……ッ」

「顔面だけで敵エネミーは倒せねぇよ」


 思わず出た言葉に乗ってくれたのでさらにびっくりである。でも本当に、綺麗な顔をした人だ。口元が切れているのがなんとも痛々しい。そんな人の顔に手当てのために触れるのが畏れ多く感じる。


「て、敵は倒せなくても女性特攻で魅了くらいはできますって……」

「その例えやめような、……ッ痛」


 消毒が染みたのだろう。声を漏らすのか聞こえたけど止めることは出来ない。最後に絆創膏を貼って手当ては終了だ。まさか帰りにこんなことになるなんて。


「お待たせしました。手当て終了です。一応あとでちゃんと病院とか行ってください」

「……別にこのくらい」

「一応って言ってるじゃないですか。約束してください、いいですね?」


 私の手当てはあくまでも応急処置に過ぎない。万が一、何かしらの細菌があってもそこはやはり病院にかかって診てもらうのが一番だろう。念押しをすると彼は半ば諦めたように頷いていた。


「では、私はこれで」

「……待って、あんた、うちの学校の奴だろ。名前くらい、教えてくれ」

「いや、名乗るほどでも……」

「俺が嫌だ」


 立ち上がってその場を後にしようとしたら手首を掴まれて真っ直ぐ見据えてくる瞳に体が停止してしまう。やっぱり宝具──いや、黙っておこう。

 何故かこちらに向けられた瞳は私が知っている不良とあまりにも異なっているような気がしてならない。この人が不良と呼ばれる行動をするのは、何か別の意味があるように感じて私は。


「2年B組の、竜城朔、です」

「1つ下なのか。竜城朔……、竜城……朔……」


 思わずクラスまで言ってしまったが私の名前を繰り返す様子にまあ、あまり聞かない名前だよなと思いながらも兄のことがあるのでそっちかなとも思った。が、彼は少し瞳を細めて口角を上げ口を開く。


「……俺は3年A組、神宮蒼月じんぐうあつき。手当てしてくれてありがとう、朔」


 私はこの時、彼とのこの出会いがこの先で巻き起こる様々な出来事のはじまりになるなんて、全く想像がつかないのであった──。





 歯車が、廻りはじめる音がした。

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