第2話、残忍な娘、メグ・クイーン・ライト(※若干ホラー注意)
二十一歳、茶髪の美貌の女、メグ・クイーン・ライトには好きな物があった。
ありがちでやや保守的な趣味である。炊事、洗濯、掃除、縫い物、ぬいぐるみ作り、お菓子作りに、植物園通い、親友の語る噂話を聞くこと、歌い踊ることと、アクセサリー集め、ドラマを観ること、メイクとファッション、美味しいものを食べる事だ。これだけ並べるとある種、いかにも前時代的な女性像を体現したような人間だと言っても良いだろう。だがそれもまた、個人の選択の自由である。そこまでは良いとする。
問題はここからである。
彼女の趣味は生きた魚を包丁で
家に出た害虫を残酷なやり方でじわじわと嬲り殺しにする事、それから死にゆく人に思いを馳せる事。
嘘をついて人を騙し、後になって困惑する人々の顔をじいっと見つめる事。
特に、無責任な事を相手に言ってみせるお節介ごっこと、優しくしてから相手を突き放す遊び。そして、無差別に向けられる嘘のマシンガン。相手をからかい、いじめてから優しくして見せたり、泣いたり怒ったり笑ったりしてみせ、相手を混乱の
それらがこの娘は大好きであった。
そして彼女はそんな自分を愛していた。
(私はなんて優しくて、善良な女性でしょう!)
(こんなに優しい人間はどこを探したっていやしません。それにこの新しいブローチ、とっても似合っているわ。安物だとは思えない。私がつけると、高価な商品のように見えるわ。私は中身も外側も素晴らしい。ああ、鏡に映る私はなんて素敵なのかしら!)
ぎらぎらと輝く茶色い瞳は、栗を思わせる愛くるしい色で形も可愛らしかった。メグは美しい女性だが、どこか人を不安にさせる。
『悪い子だ、ああ、この子は悪魔のようだッ……なんて悪い子なんだ!』
そう幼少期に義理の父から何度も言われた。強くてたくましいと近所の人には思われていた義理の父親。母親の再婚相手であった義理の父親を何度も困らせ泣かせる事が、たとえ結果的に彼に自分へ純然たる暴力を振るわせる事になろうと幼少期のメグにとっては最高の娯楽であった。
けれどメグはとっても良い子でもあった。
猫をホウキで叩こうと追いかけ回したり、未亡人のかつての婚約指輪をくすねて土の中に埋めてしまったり、同級生を溺れさせようとしたり。疎開先の学校の授業で強要され子供たちが号泣する中、ひとり淡々と、頭を拳銃で撃ち抜かれ解体されたばかりのブタの死体から内臓を引きずり出したり――彼女の行動は酷いものだったのだが、メグはいっけん、とても良い子に見えたのだ。
また、理科の授業で「カエルの解剖」をやった時なんて、それはもう、嬉しそうに嬉しそうにしていた。昨日までクラスで男の子たちと一緒になって大事に世話していたはずのカエルをさばいて殺した。女の子たちの多くは気持ちが悪いと言っていたカエルを、「かわいいカエルさん。かぁいい♡」と言った口で、メスでさばいてみせた。そして自由に書けと言われた感想文を提出した時に、他の子供は教師を非難するなかで……。
メグ・クイーン・ライトは「カエルさんは白ぴんく色の筋肉をしていて内臓もきれいだなと思いました。とっても楽しかったです。きれいなものは、中身もキレイなんだなと思いました。うさぎや猫は怖いのできらいですが、私はカエルさんのことがもっともっと大好きになりました。カエルさんも天国に行けてしあわせだと思います。カエルさんは外側も中身もきれいでした。私もきれいになりたいのでレモン水を飲んでお肌をきれいにしようと思いました。それから中身をみがきたいので、もっと、良い子に、なりたいです。テレビに出てマジシャンみたいなお仕事をしているおかあさんとおとうさんのお手伝いをしたり、かた叩きをしたいなあと思いました。とってもとってもたのしかったです。あの後、野生のカエルさんを三匹ばらばらにしてみました。ぜんぜん最初だめだったけど、今では上手になりました。ものごとが上達していく過程を感じるのは、とってもうれしかったです。先生、すてきな機会をもうけてくださり、ありがとうございました」という支離滅裂で狂気的な文章を提出したのだ。
その時になってはじめて、メグ・クイーン・ライトは問題児なのでは? という疑惑が教師の間で生まれたのだ。被害者たちは必死の形相で教師たちに訴えた。『メグはいかれてる……!』『メグはおかしい!』『メグ・クイーン・ライトは、悪魔だ!』と言いながら、彼女の所業を並べ立てたが、そのどれもが信じがたいものだった。
いっぽうメグはその所業の大半を否定し、行ったことを肯定した一部の物語にはひじょうに胸に迫ってくる悲しい物語や、あり得そうな罪なき動機を臨場感たっぷりに涙目で語った。そしてメグが問題行動をとる前に、相手が自分へしてきた事を大袈裟にした物語まで付け加えてみせた。どこも論理自体は破綻していなかった。メグは美少女だった。メグを訴える子供たちよりも、メグのほうが成績や素行がはるかによかった。メグは
だからどちらの言い分を信じるべきか、教師たちは頭を抱えた。
メグはさり気なく演技を始めた。それはごっこ遊びでもあったし、メグは実際に良い子でもあったのだ。同級生や先生たちが望むことを何でもしてあげたし、メグには人を思いやる事はできなくとも、思いやったフリをする事や、人が人を慕っているとどういう行動を取るのかをつぶさに観察し、それをモノマネ鳥のように真似てみせることも得意だった。
そのくらいに、メグは良い子、良い人のふりをするのが上手かった。
持って生まれた残酷さと共感性の薄さ、反社会的素質を
メグはある点を
殺人という行為を彼女に思いとどまらせているのは、『長期的計画とアリバイ工作が面倒くさいし割に合わない。死刑になったら脱獄できなかったら人生詰むし、殺すことはそんなに想像してもゾクゾクしないし、なんだか気持ち良くなさそう』という曖昧な理由であった。
メグはおとといあった列車の人身事故を思い出し、体の奥底、背骨の裏あたりに高ぶった熱を感じた。
しかし、悪人というのは自分の事を「我、悪人なりや!」だの「俺は悪人だ! なぜなら俺は悪いからだー!」とは思わないのがこの世の常である。
メグは自分自身のことを、いたって至極まともな善良なる市民だと、考えていたようだった。
*
そんなメグは、先日飲食店でのバイトをクビにされた。
理由はメグがとある事情から客を怖がらせたからだった。
*
そしてふと、メグが手に取った求人情報の乗った冊子。
そこに書いてあったのは、「普通の部屋の清掃ができる方募集 職務経験や学歴など問いません」の文字だった。募集している人の名前は「ジャック・ニコラソン」だそうだ。
メグは、にこりと笑い、黒い電話機にさっそく、電話をかけたのだった……。
それがメグの人生の歯車を狂わし、アラン・ティグウェスという戸籍名をもつ吸血鬼にとっても大きな災いになるとは、この時誰も思わなかった。知るよしも無かった。
「あら、本当ですか? まぁ、面接を! まぁ、嬉しい!」
そして面接の日程が決まった……。
臆病吸血鬼は、鮮血よりもあの子が好き 七瀬雹 @nanasehyou
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。臆病吸血鬼は、鮮血よりもあの子が好きの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます