臆病吸血鬼は、鮮血よりもあの子が好き

七瀬雹

第1話、忌まわしき十三人の吸血鬼の子供たち

「呪われよ! お前の子孫は、生涯、お前と同じで半分死に、半分生きたままだ! 決して人の食い物を喰らうことのできぬ舌になるだろう……!!」


 男は断罪され、魔女の呪いを受けた。もっとも男は生まれつき楽観的で享楽きょうらく的、刹那せつな的だったので、興味がなくてその事をもう、忘れてしまったが、しかし。


 世界最強の魔女の、命と魔術の力すべて。それから太古の精霊たちの祝福のろいを混ぜ合わせたものによって生み出された強力なまじないによって、男は血と肉と臓物に飢える体になった。

 

 それだけでなく、彼の子孫は、みな、人の食べ物を受け付けない舌になった。

 そこからさらに、八百年の時が経った。



(さてと。報告書を読まなくても分かりきってた事ではあったが、『末端吸血鬼は年々、弱体化している』、ねぇ……)


 吸血鬼は始祖の血を色濃く引く者だけが、太陽を克服し、銀の弾丸や、心臓に突き刺される杭にも対抗することができる。始祖の吸血鬼とその子供たちは血を分け与えることで人間を吸血鬼にすることができるが、吸血鬼にされた人間もまた、吸血鬼を作ることができる。そのまた吸血鬼にされた人間に吸血鬼にされた人間もまた、吸血鬼を作ることができるのだ。……そしてそれが繰り返されて、『弱くてたよりない吸血鬼』が世界には少なくはない人数が誕生しつつあった。



――要するに、吸血鬼は仲間を増やしすぎた。

 いっときの愛の代償。いっときの友情の代償。召使い欲しさ。仲間欲しさ。孤独感や面白半分に、強さの誇示。様々な理由から群れには仲間の吸血鬼が増やされていった。



 男は考え事をしながら、ソファに体を預けつつ、真っ赤な液体をツヤツヤに磨かれたグラスに入れて飲み干す。男の乾いた唇と、渇いた喉をうるおすそれ。それはアルコール度数が異様に高い液体と、彼のお気に入りの生き物の血液を混ぜたドリンクで、彼は「衝撃的一杯インパクト・ショット」と呼んでいた。もしくは、「天国気分ヘブンズ・ライク・フィール」とも。

 

 彼は始祖の吸血鬼であり、吸血鬼のよくある苦しみなどはちっとも共感できぬ、男であった。

 彼はたしなむと言える量ではないほどのボトルを数時間で空に開ける大酒飲みで、香辛料のきいた肉を焼いたものに大量の唐辛子ソースをかけて喰らい、つけあわせのサラダにドレッシングをドボドボとかけては喰らい、パンやら米やらパスタも食べる。タバコだって吸う。生の果実を搾りたてのオレンジジュースも大好きだ。


……彼は、弱い吸血鬼の苦しみなど、ついぞ知らぬ。

 彼の知っている苦しみは『飢え』の苦しみ、温かい生き物の血肉を求める苦痛。

 そして、体が怪我から再生する時に木の枝を巻き込んだら痛いという苦しみ。

 子供のようなまま、なかなか成長することのない自身の精神と感情にいい歳をして振り回される苦痛だけが、彼の知る吸血鬼の苦しみである。

 

 吸血鬼にありがちな、孤独感からの自殺願望だって、彼からはもっとも離れた所にあった。

 彼は、弱さを許さない男であった。

 自分にも他人にも、弱さをけっして許さない男であった。



(アイツ、最後になんつったかな。あー。確か、こうだったか? ”ああ、哀れな闇の生き物に、神の救済を”。けけけ……最後までアイツは狂信者だったって事か……)


 男は三十年前に葬り去った吸血鬼狩人ヴァンパイア・ハンターを思い出して、くつくつと笑った。無駄だ、無駄だと男はわらう。けたけたと世界を嘲笑わらう。


 純粋さの欠片もない悪どい笑みを浮かべるこの男には、なんと恐ろしいことだろうか、子供たちが居た。

 十三人の子供たち。己が女達に孕ませたり、子供や成人に直接血を渡して作った娘達と息子達は、この世界を、映画の試写会でつるつるの床に引かれた極上の絨毯よりも赤い色に、――鮮血に、染め上げるだろうと男は予想する。否、期待する。



 悪魔のような男はわらった。

 男の名前は「セカンド」だった。みなが彼をそう呼んだ。

 二番手セカンドと呼ばれた彼は、かつて兄のファーストを殺して北部の支配者をしていたが、ある時急に、世界を放浪してまわる旅をして、気がつくとどこかに消えていた。

 

 この男がまた表社会に現れたのは、今年の一月である。西部に現れた。それまでは神話の生き物と命を削り合う戦いをしていたとも、魔女を口説いていたとも、ドラゴンの卵を育てていたとも言われているが、しかし。


 彼の存在は大混乱を非人間種にもたらしたが、それはまた、別の話。

 彼は太古より生きる、怪物だった。

 

 要するに、この世界には怪物が居るのである。

 人ではない、何か。


 

 そしてこれは、世界の中心部であり最強の強国、メタリック自由民主連邦国にて住まいし――。

 

 セカンドの息子である、とある怪物の物語である。


 その怪物は、極めて臆病であった。要するに、父・セカンドの大嫌いな、ベッドの下の怪物に怖がり夜眠れず、怪談を聞いた日には夜ひとりでかわやにも行けぬような「弱虫小僧」が、そのまま大人になったような男であった。


 そしてセカンドの息子はセカンドに似て、……いや、父親よりも、遥かに……極めて、美しかった。



●  ●  ●  ●  ●


「はぁ……死にたい……」

 僕の口からは、またそんな言葉が出ていた。最近ずっとこんなだ。



 ここはアパートの一室だ。一家心中と殺人事件それぞれのおばけが出ると、ある時期から実際にあった事件のせいで有名になり、住人の半分が出ていったこのアパートの、とある一室。

 僕はここをねぐらにしている。というか巣だ。うさぎの巣みたいなものだ。

 せまっ苦しいけど、慣れたら王城よりも良いところだ。


 僕はもぞもぞと、ベッドのシーツに潜り込んだり、顔を出して”飲み物”をグラスについで飲んだりを繰り返した。口の中に広がる芳醇な香りと旨み。



 本当に、なんとお礼を言ったら良いのか。この部屋を借りられたのは、狼男のジャック・ニコラソンのおかげだ。そして狩りをする事もなく、恋人を作ることも、『永遠に近い命』を眼の前にちらつかせて言う事を聞かせる人間の召使いを作ることもなく、血液娼人ブラッディ・フッカーに紙幣を何枚も払うことや物乞いに食べ物と交換で血を貰う訳でもなく……こんなにマイルドで豊かな味わいのそこそこ新鮮な血液を飲むことが叶っているのは、彼のおかげだ。


 ジャック・ニコラソン……。中年の彼は、狼男なのに僕に優しくしてくれる。



 年々、種族の壁は薄くもろくなっているのを実感する。

 昔なら、吸血鬼と狼人間を同じ部屋に入れたら殺し合いだと言われていたのに。


 今なら同じエレベーターに吸血鬼と狼人間が乗っても話すのは、天気と政治と野球の話だけだ。それか、狼人間は吸血鬼と違って人間の食べ物が平気だから、おすそわけと言って、スイーツバイキングの割引チケットをくれるかもしれない(※悪意はない)。



 ああ、死にたい。何杯目のおかわりだろうコレは。そろそろこの輸血パックも無くなりそうだ。あんまり飲むと「おいおい旦那ァ、そんなに飲んだらよ、俺だって例の病院に言い訳が効かなくなるんだぜ」ってジャックに怒られるんだけど……。


 頭に人間の食べ物が思い浮かんだ。

 僕は人間が食べ物なんだけど、そうじゃなくて、”人間の食べ物”がぽかん、ふわふわと頭に思い浮かんだのだ。


 僕は中世から生きている。ほとんど会ったことのない怖くて陽気な父さんは、人間種が生まれてはじめて『壁画へきが』というお絵かきを洞窟の壁に始めた頃よりももっと前……恐竜が居てネズミの先祖と三十メートルはあるでかい蛇が居た頃の古代から生きているとか、うそぶいているそうだけど。



 僕は中世から生きている。

 昔の記憶はあいまいで、ただ、今はクランカ王国と呼ばれている国に住んでいたのは覚えている。ヒタリハ神聖国の教皇にうだつの上がらない王様が治めるその国は、王と司祭がばちばちと火花を散らし、国民は飢え、貴族ばかりが肥え太る醜い国だった。首にかける縄からぶら下がった罪人の姿が、どこか寂しくて、情けなくて、可哀想で、痛々しくて、でも見慣れたものだったので人々は平然としていて、僕はいつも、あの街に居る時は恐怖からドキドキしていた。

 

 香辛料の匂いと、腐敗臭がする蝿だらけの肥溜こえだめ。小汚い街。市場の魚屋でさばかれる美味そうな魚が不衛生なまな板の上でビチビチと震えながら垂れ流す血。肉屋で売られる巨大で美味しそうな肉と、血。血液……。


(僕は料理されていない殺したての獣と魚なら普通に食べられるし血をすすることができる。ああ、でももし人間の料理を食べられたならば、どれほど毎夜食べる夕餉ゆうげの選択肢は広がったんだろう?)




 堕胎が見つかって殺害される女性に、パンを妹のために盗んで鞭打たれ死んだ少年。

 流行り病、異端審問、戦争、身分闘争、死体、死体、死体……おびただしい数の、亡骸なきがら



 クランカ王国の首都シャムゼリア……今はおしゃれな香水とカバンとファッションの最先端の街と呼ばれるシャムゼリアとは想像もつかぬほど、かけ離れたそこ。……物乞いと飢えと死と罰と宗教の街、シャムゼリア……。悪臭垂れ込めるその街で、僕は暮らしていた。



 昔の僕の知ってる馴染み深いクランカ王国の食べ物っていうと、どれも臭い肉と、まずそうなひしゃげたカチカチのスポンジケーキぐらいなのに。

 最近の食べ物は目覚ましい進化を遂げている。主に見た目と匂いについて。


 イチゴジュースとかブルーベリージャム、それからパスタに、タンドリーチキン、マシュマロ、チョコレート、グラタン、……世の中には美味しそうな物が多すぎる。ケーキなんて、ジュレのかかった苺はあり得ないほど美しい見た目をしている。生クリームも純白で、黄色のスポンジとマッチした見た目だし、チョコレートケーキなんて、そのままこれが家具になっても良いんじゃないだろうかってくらい高級感のある素敵シックな見た目をしている。

 

 血と肉と臓物以外の何を食べても僕は一口目で吐いてしまうし、人間の食べ物はおぞましい味しかしないけれど。悪いのは僕の舌だ。僕の舌は人間の食べ物を受け付けない。


 結局血が一番美味しい。

 というか飲み物は水と血しか飲めない。

 

 口の中にまろやかな甘味と、どこまでも濃い旨味、そして少しの塩味が広がる血液という飲み物。まるで、一口飲むと、相手の人生を感じられる気がする。秋のヒイラギの木、冬の森、赤くて宝石みたいに魅力的で人を惑わせるラズベリーを彷彿とさせる、豊かな風味の血液だ。

 

 僕は僕を拒絶しない水だけは、大好きだ。愛していると言っても過言ではないし、人々は僕を水マニアと呼ぶ。



 ばちん! スイッチを入れる。暇なのでテレビをつけてみた。僕の娯楽は本とテレビだけだ。


 テレビにご馳走が映る。ああ、そろそろ十月三十一日の謝肉祭とか、十二月二十五日の感謝祭のシーズンだ。

 かぼちゃのパイとか、美味しそうなお肉料理とかが街を満たすんだろうな。

 ああ、どうして僕は吸血鬼なんだろう。


 僕は信頼に足る男じゃないのに、皆からトラストと呼ばれている。

 それが僕をあらわす名前だからだ。本当の名前は忘れてしまった。僕は赤ん坊の時に、とある事件から人間を辞めた。


 僕は一応、裏のルートで作って貰った戸籍を持っていて、そこにはアランという名前が載ってはいるのだが……。



(僕はつまらない男だ。僕は臆病で、みじめだ)


 僕は僕を殺してくれる人が現れる事を、ずっと望んでいた。

 願わくば、安らかに。

 願わくば、穏やかに。――最後の日を迎えたい。

 

 そう思っている事は隠したまま、”女帝”の残した継承権を受け継ぐことから一生懸命逃げ回り、気がついたらこのハーバーの街にたどり着いていた。


 この街には人が多い。他者に無関心な都会の人々。僕みたいなハグレモノが混じりこむには、最適な場所だ。最高かどうかは、さて置いて。



 僕には愛していた女性ひとが居た。僕と同じ化け物で、僕と同じ、孤独で残酷な人だった。彼女は白い生きた鳩の血を飲むことを好んだ。

 彼女は生きた人間の男を食らう事も愛していた。

 

 

 ところで。

 末端の吸血鬼は出来ないこともあるし、そもそも吸血鬼というのは上品ぶるのが大好きな生き物だ。

 だから自分たちは、「水だけを飲むバラの花と同じで、飲むものは血しか必要じゃない」って顔を他種族の前でしているけど。

 

 血液だけで養分が補給できる訳もない。まあ、しようと思えばできるが、弱体化してしまう。吸血鬼は、人の目につかない所で、脳味噌や内臓、そしてももの肉なんかを食らっている。

 

 狼人間なんかと何も変わらないのである。ただ、血液だけでも死にませんよというだけで、飢えを満たしてハッピーな気持ちで生活しようと思えば、生き物の血と、肉が、そして欲を言えば内臓が、必須なのである。



 彼女は飲むことと食べることを愛していた。文字通り、愛していた。

 あと血風呂を愛していた。


 僕はそんな事はできない。

 生き物に生まれ持ったこの牙を突き立てるなんて、恐ろしくてできない。

 生き物の命を奪うことも、出来ない。少なくとも、百回泣いて、四十回叫んで、十回悪態をつかなければ、できない。


 だから僕は昔から、他の仲間がくれるおこぼれを貰って生活していた。

 だれかが金属でできたゴブレットに入れてくれた血液を、飲んだりしていた。



 ああ。彼女が死んでから、四十年が経った。

 僕ら南の吸血鬼郡の女王陛下。クイーン。マイ・マジェスティ。


 彼女は白い仔猫を飼っていた。山のようなクッションと、一匹の仔猫。

 ツヤツヤした毛並みがとても綺麗だったけれど、彼女以外にはけっして懐かなかった。あの鋭い爪でガリガリとやられた事は何度もある。そのたびに血が出た。僕はあの子が好きだった。


 仔猫は気がついたらまるまると肥えた白猫に育った。成獣だ。僕は彼女との逢瀬を繰り返すたびに、その足が短くてもちもちで、モフモフしたその白猫がますます好きになった。

 

 むしろ、彼女と会うことよりも、僕はその猫が見たくて彼女と会っていたんじゃないかって、時々思う。


 彼女が死ぬと、彼女の事をよく思っていなかった人が、あの猫をどこかの動物保護施設に預けてしまったそうだ。白い仔猫には新しい飼い主が見つかったとも、ストレスで餌を食べなくなり餓死したとも、言われている。



 僕の愛していた女性ひとは、ある日突然死ぬことを決めたのだ。


 別に世の中が何もかも、嫌になったのではない、と語った彼女。


「お前も死ぬか?」

 血を飲んだばかりの彼女は暗い笑みを浮かべて、口紅と血が混じり合った真っ赤な口でそう言った。僕は慌てて否定した。


「冗談さ。お前にやる分までは奪えなかった。そもそも教会には残りがそんなに無かったんだ。止めてくれるなよ、トラスト。私が愛おしいなら、止めてくれるな」


 彼女は天使の血を飲んだ。大量に、教会から奪ったすべての瓶を……合わせて五十本ぶん、飲んだ。それは在庫の全てだった。吸血鬼を殺し、悪魔を地獄へと戻す力を持つ薬品だ。

(……原材料には天使は含まれていないし、血も含まれていない)


 あの時の薬品は彼女がすべて奪い、すべて飲み干してしまったので、中世の錬金術師と教会史上最強のヴァンパイア・ハンターと最強の神父が協力して作ったというその聖なる液体は、もうこの世のどこにも無い。



 南の吸血鬼女王の本当の名前は、誰も知らない。でもみなが彼女をバブーシュカと呼んだ。それは北の言葉で<頭巾ずきん>という意味でもあったし、<老婦人>という意味でもあった。


 南の吸血鬼領を治めていた、女王バブーシュカ。

 死んだ今でも、僕は彼女の事を夜更けに見る夢なんかで思い出す。全身が炎に焼かれるような、熱い絶望と悲しみを感じる。あの人は……もう居ない。


「お前。もっと近くに寄れ。私はそろそろ……死ぬだろう。私はあまりにも長くを生きてきたが、お前ほど愛おしいと感じた子は居ない。お前ほど愛おしい者は居なかったな。……そこを歩いている猫を除けば、だが」


 女帝と呼ばれた吸血鬼が死に際に語ったのは、僕への愛だった。

 まだお互い幼かった頃。中世の時代に、気まぐれに、ふたりで隠れてキスをしたことがある。舌を絡めてキスをした。それだけの関係なのに。


 愛といっても、お互いを恋愛の意味で愛していた訳ではない。

”父”なる始祖の血をお互い引くけれど、僕の父母は彼女の父母とは別人だ。この関係を適切に言い表す言葉も、この僕が彼女に抱いている感情を適切に表す言葉も、少なくとも僕の知る限り、この世には無かった。


 なのに彼女を忘れることができない。

 彼女の艷やかな金髪。彼女は僕の髪の色をあいしていると言った。『まるで夜の闇のような黒髪だな』とも。


 彼女の真っ赤な唇。彼女は僕の唇の形をあいしていると言った。『まるでお前の唇は、詩人が死ぬ前に作った最後の詩のように、何かを私の胸に訴えかけてくるんだ。まあ、もっとも私の心臓は止まっているに近いのだがな』とも。


 彼女のどこまでも寒々しい緑がかった青目。それは僕はなんだか、冬の到来を感じさせるなと思った。彼女は僕の赤い目を見て、『いかにも吸血鬼じゃあないか。最近の少女小説や恋愛物語に出てくる美しい怪物というのは、だいたい赤い目をしているそうだよ。眷属の娘から聞いたが』とからかった。

 

 彼女は気まぐれで、残酷で、冷酷で、蛇のような女だった。中世の時代に敵の大将をどうやって彼女が殺したかをこの街の誰かに語れば、大の屈強な男をも絶望させ、食べた物を吐かせることができるだろう。


 そして、秋の花のように可憐で繊細で無邪気な女性ひとでもあった。僕はその矛盾を愛し、憎んで、嫌い、崇拝していた。



 女帝と呼ばれた吸血鬼の名は、舌に、心臓に、へばりつくやまいのように、僕へ刻み込まれている。きっと、脳にも刻み込まれている。


 始祖と呼ばれる、北方で産まれたとある吸血鬼の男の血を引いている十三人の子供たちのうちの、一人だった。僕も、その十三人の、一人だ。



<飢え知らず>こそ僕のあだ名だった。

 喉の乾きを覚えることはあっても、人生で血液が足りなくて、凶暴化して理性を失った事は、一度しか無い。

 

 僕は、呪いの言葉のようなそれを受け取り、最後に彼女が飲みかけだったゴブレットから血液を飲み干した。そして彼女が部屋で保存していたいまだ脈打つ彼女の妹の心臓を、彼女の命じるままに、遺言のままに、喰らった。

 そして僕は吸血鬼の始祖の血を強めた。彼女の遺体は、「天使の血」によって急速に弱体化したせいで、太陽光を浴びて灰になった。死んでしまったのだ。

 末端の吸血鬼の中でも、最弱の吸血鬼と同じ、出来損ないな死に方だ。


 十三人が、十一人になった。

 僕もそろそろ死ぬだろうから、きっと十人になるだろう。


 良いんだ。

 それで、構わない。

 

 血液と臓物と肉しか食らうことの出来ないこの忌まわしい体の苦しみを、知る者をいくらでも増殖させることのできる存在の僕らなど……十一人の吸血鬼たちなど、居なくなるほうが、善いのだ。



 そう思っていた。

 メグ・ライトと名乗る人間――どこか壊れた、けれどなんだか……なんとも言えない、器用で不器用な娘に出会うまでは。

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