流行する陰キャちゃん(まじかっ!)

「ウッソだろ……」


 私はいつも、起きたらすぐにスマホを手に取る。現代を生きる若者なら誰でもそうだろう。スマホ依存症がどーとか言ってるやつらも、等しく同等に依存しているんだ、私は知ってる。


 さてそんな寝起きの私が驚愕する理由はもちろんスマホ以外にあるはずもなく、もっと言えばスマホの通知がその原因で。



「私のチャンネル、バズってる……」





『ツッキー、なんかバズってない!?一気に登録者9万超えてんじゃん!今日耐久配信やりなよ!』

「うんうんうん、ちょっと喋るスピードが速いねーサンちゃん。一言一句逃さないためにもゆっくり言ってくれ」

『あ、うん!えっと、まずはおめでとう!』

「ありがとう」

『耐久配信しようよ!』

「あ、うん。しよっかなって思ってたところ」

『さすがツッキー!でね、えっとね』

「うんうん」

『10万人おめでとうってことで私も配信にお邪魔していいかな』

「うんう……えっ」


 さ、サンちゃんと一緒に配信……!?


「ちょちょ、ちょっと待って!待って待って、ヤバい!ヤバいって!」

『10万人記念って場なら私がゲストに行っても不思議じゃないと思ったんだけど……』

「いや、うん。それはまぁ問題ないと思う!でもさ、サンちゃんだよ!私の推しだよ!?ヤバいって!」

『いつも喋ってるよ〜?……それと、ツッキーだって私の推しだもん。私だって感無量の最中だよ!』

「感無量の最中が何かはよくわかんないけど、舞い上がっちゃってごめん」


 ひとまず気を休めるために、ペットボトルに入ったお茶を飲む。とても苦い。おそらく腐っていたのだろう、数日間常温の環境に置きっぱなしなのだから無理はない。だが落ち着いたのでむしろ好都合だ。


「その提案、乗ってもいいかな。やっぱりサンちゃんと配信したい」

『うん!喜んで!』


 そうと決まれば準備をしなければ。私は夜の配信に向けて準備を始めようとしたが、その手をはたと止める。


「ゲストがサンちゃん一人だけだとアレだよね。他はぁ、いやでも一人しかいないしソイツはそういうタイプじゃないし……。ダメ元で聞いてみるか」


 久しぶりだしちょっと緊張するけど、向こうも特に変わりないはずだよね、動画見てる限りは。いや、いきなり通話は良くないよね。DMを送ろう、うん。


『10万人耐久配信に出てほしいけど、今日いける?』


 送ってから気が付いたが、我ながら態度がなってないなこれ。私がそういう人間なのはわかってたけど、にしてもひでぇ。


 自業自得の自己嫌悪に陥っていると通知音がなった。返信が来たのだろうか。


『そこまで言うなら仕方ないな。生声聞かせてやらぁ』


「お、おぉ……!」


 想像の何倍もすんなり行ったので驚愕の極みだ。一瞬体が固まってしまった。というかコイツ今登録者どんぐらいだっけ。


「24万……サンちゃん程ではないな、ザコが」


 あすてりchのチャンネル概要に表示された数値を見て、鼻で笑う。まぁ私よりも多いわけだが。


 あすてりchはさっきDMを送った相手で、あすてりと呼ばれている。あすてりは音声合成ソフトを駆使して面白おかしい実況動画を投稿しているので、基本生声を出さないのだ。


 もちろん基本というのには理由はある。サブチャンネルでは動画編集の生放送だったり雑談配信をしてたりするからだ。そっちの人気はこれっぽっちもないので、本人ではなくあすてりが描く会話劇が人気というのがよくわかる。


「別に本人の声も悪くないし、女だし、どーして人気が出ないのかねぇアイツは」


 べ、別にツンデレとかそういのじゃ無いんだからね!単純に疑問に感じただけなんだからね!というか私のデレは視聴者とサンちゃんにしか渡さねーよ!


「……よし、準備すっか!」


 私は気持ちを切り替えて作業に取り掛かった。







「はーいこんばんわー、ツキコだよー!いやなんかさ、急にチャンネル登録者増えてさ、もうびっくり仰天でテンションバグってんのよ今。

 でさ、耐久配信しようって意気込んだは良いんだけどさ、準備してる間にもう既に残り100人まで行ってたわけよ!耐久時間短くない!?」


 登録者の耐久配信なんて初めてだったので色々と素材をかき集めるのに時間を使ってしまい、結果予定より遅れた開始になってしまった。にしても速すぎるでしょ!


「今日はね、耐久だからホラーはしないんだけど……あー、雑談配信も考えてたけど、やばいなめっちゃ緊張する」


 コメントでは応援してくれているリスナーがたくさんいるけど、それどころじゃない。10万だぞ、承認欲求を満たしつつ小遣い稼ぎが出来るかもとか思って初めたJKがここまで行くとは思わんだろ。


「困った時はお便りだよなぁ!お便りコーナーはじめます!」


 私はSNSで質問箱を常に開いていて、雑談配信の時にそれを消化している。初めて見るって人もいるだろうし、リスナーと私がどんな感じなのかを知ってもらうのにも良いだろう。


「1つ目!はい!『ニュートン、リンゴがすっとんとん』……うんクソ!」


 たまーにこんな意味不明な文面が送られてくることもあるが、撮れ高には繋がるので私としては嬉しい。まぁ質問でも応援のメッセージでもない物を見るとちょっとモヤってする部分もあるけど、でもやっぱり承認欲求のが大事だ。


「2つ目〜。『いつも配信見てます。』ありがとう。『最近流行りのあのホラーゲームは実況しないんですか?』……あーアレか、私も気になってるんだけど今月ピンチで買えないから来月ぐらいにやろうかなーって思ってます」


 同じように3つ目、4つ目も返答していき、5つ目を読もうとした時だった。


「うわっ、電話?」


 配信にも音が乗ってしまったらしく、コメントでは『知り合いいたの?』『身バレ?』など言いたい放題だった。クソ視聴者どもめ!


 私は配信を一旦ミュートにして電話に出た。


「はいはい、なんでございましょうか」

『あ、ツッキー?私の方は準備バッチシだよ!あと数十人だしもうそろそろ良いんじゃない?』

「え」


 お便りの返事に夢中になって人数を見忘れていたけど、そんなに行ったのか。それならもう呼んでもいいかもしれない。


 私は大筋の打ち合わせを素早く済ませ、配信に戻った。


「お待たせみんなー、好き勝手言ってくれてんなぁおい。あと何人だー?……もう50切ってんじゃん!」


 大急ぎでDMを送り、それと同時に視聴者へ説明をする。


「えっと、一応10万人ってことでゲスト呼んでるんだけど」


『ゲスト!?』『知り合いいたの?』『親じゃね?』『どうせ裏声とかのオリキャラ』『ゲストという名の自分説』


「私のことなんだと思ってるんだ視聴者諸君!普通にゲストだよゲスト!みんなも知ってるかもしれない人!まぁ配信内容全然違うんだけど……はい、準備オッケー!」


 早速通話を繋ぎ、入ってきてもらう。しかしなかなか向こうの声が届かない。


「あれ、おーい?返事してー?悲しいよー私」


 コメントでは余計に『架空のゲスト説』が飛び交っていた。機材トラブルか?10万人まではあと10人といったところ。このぐらいになると一気に増えるはず。つまり、時間がない。


「ゲスト来る前に10万行っちゃうじゃん!あと9……6!?あ、減った……増えたぁ!」


 そして私一人で一喜一憂していると、ついにその瞬間――10万人になる瞬間が訪れた。


『ツッキー、10万人、おめでとーーっ!!』

「うわっ、サンちゃん!?遅いよ!」


 突然の登場に私だけでなく視聴者も驚いていた。サンちゃんを知っている人は……半分もいなさそうだ。


「えー、じゃあ改めて自己紹介、お願いします」


 私は10万人達成の報告をそっちのけでサンちゃんに自己紹介を促す。正直、10万人よりコラボした事実のほうが大事だった。


『はい!【歌ってみた】とか【カラオケ配信】を中心に活動している、サンどらごんチャンネルのサンちゃんでーす!そして!』

「そして!?」

『はいはいはい、実況動画を投稿してるあすてりと申しまーす。どもども〜』


 あすてり!確かに呼んだけど私とサンちゃんの2人きりイチャイチャタイムを奪いに来やがったか!クソったれめ!


 視聴者たちも各々2人の事を調べたらしく『想像より大物で草』『戦力差あり過ぎだろ』『あすてりさんってこんな声してたの!?』などなど反応が様々。


「そしてそして!私が!登録者数10万人のツキコちゃんでーす!」

『『おめでとー』』

「んじゃ、耐久配信後半戦、行っちゃいましょー」

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陰キャ配信者ツキコちゃん 十七夜 蒼 @SPUR514

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