陰キャ配信者ツキコちゃん
十七夜 蒼
放送する陰キャちゃん(なんの代わり映えもない1日)
『って事があったんやけどね、いや、こっからが面白いんですよ!その後ね?あの〜ほら』
『――後六時頃にN県で女子高生二人が刺されたとして』
『――のはこちら!トマトスープです!たかがトマトスープ、されどトマトスープ!いいですか、この料理は』
プツン、とテレビは消える。私は手に持っていたリモコンを机の上に置き、ため息を吐いた。
「……っぱこの時間にゃアニメなんかやってねぇか」
テレビのチャンネルを回してもろくな番組がなかった。これならまだ絵本を読んでいたほうがマシだ。そうだ、腹減ったし飯を食うか。たしか引き出しにコッペパンがあったような……。
「うわっ、めっちゃパサパサ――ってか変色してね?まぁいけるか。やっぱ早めに食べとくべきだったか……くそっ」
文句をたれながらいつものようにSNSへ配信告知をする。ああそうだ、どうせなら私のプロフィール欄の更新でもしておくか。
「とはいっても、何も変わってたりしないんだけどねぇ」
ホラーゲーム配信者『ツキコ』。それが私の名前。
登録者数は7万人だが、動画の再生数自体は二桁万は余裕で超える、いわゆる『見はするけど登録するほどではない』系の投稿者。
一応ビジュアルがビジュアルなので素顔配信も部屋紹介もしたことがなく、ただ私の声と編集技術だけでここまで来たのだから、いつか誰かに褒めてもらいたいところだ。
いつか誰かに、というのも実は私は引きこもりの陰キャで、学校はおろか自分の部屋からすら出ることが無い。肩書だけ見れば『ピチピチギャルの
「うし、やることなくなったなぁ。ホラー配信も夜だし……なんでこんな朝に起きちゃったんだろ」
現在は10時。とても早起きだ。暇つぶしに外に出る選択肢は無い。というか、今出たら補導されかねない。平和のためなのはわかるがこういう時は勘弁して欲しい!
「あ、そーいや今日サンちゃん仕事休みって言ってたっけ。電話してみるか」
サンちゃんことサンどらちゃん(正式名称はサンサンどらごんなのでこれも略称なのだが)は『サンどらチャンネル』の主で、歌ってみたやカラオケ配信を中心に活動している。もちろん実力もたしかで、オリジナルソングはミリオン再生。登録者数も30万を超えている。
そんなサンちゃんと私なんかが知り合いの理由だけど、とあるチャットアプリでとあるソシャゲサーバーに入った時に出会ったと言いますか。
あの頃はカップリングがどーとか、我ながら気持ち悪かったなぁ。今ではホラーにしかときめけねぇよ。
『もしもし〜、どったのツッキー』
「サンちゃ〜ん!元気?いま暇?」
明るい声で出迎えてくれたサンちゃんに思わず頬が緩んでしまう。ああ可愛い!こんな天使が私なんかに話しかけてくれているとは……!
『元気だし暇だよー。なんか用事でもあるの?今からそっち行こっか?』
「いやいやいや、そこまでしてくれなくて良いよ。私と話してくれるだけで」
私たちは普段からお互いの動画を見ているが、チャンネルの方向性や登録者数の差を考慮してコラボしたことは一度もない。そのため、こういった手段でしかサンちゃんと雑談が出来ないのだ。視聴者よ、私のチャンネルを登録してくれ!乞食はダサいのでチャンネル登録は促さないけど!
「でもそうだよな、うん。チャンネル登録お願いしますの文ぐらいエンディングに書いてもいいよな」
『えっ、今までやってなかったの!?……あー、そういえば無かったか……いやいや、どんどんやりなよ!』
「サンちゃん声でかい……」
『だってだって!私ホラゲーは苦手だけどね、ツッキーの動画なら見れるんだよ!つまり、そのぐらいすっごーいことしてるの!!』
「あ、う、うん」
電話越しでも伝わってくる圧に押されてしまう。褒められるのは嬉しいしサンちゃんが言ってくれるなら仕方ないなぁ、やっちゃうか!
「決めたよ、私、やる!エンディングに【チャンネル登録お願いします】の文章を出すよ!」
『つ、ツッキー……!』
そうと決まれば善は急げだ。私は感謝を伝えてツッキーとの電話を切る。
「うっし、作るかぁ!……やっぱ先にカップ麺食べよ」
「はーいばんわー、ツキコちゃんだよー」
夜。具体的には20時ごろ。
私がライブ配信をするのは毎週金曜日とゲリラ配信だ。今日は金曜日なので普通の配信。サンちゃんは水曜日や土曜日に配信やら動画投稿やらをしているので、被らないようにしている。
動員数はいつも3000人ぐらいで、今日もそう。顔出しもしてない女子の割には多い……と思いたい。
「今日も先週の続きやってくよー」
今やっているのはゾンビから逃げたりして敵を倒す、よくあるタイプのアクションホラーゲームだ。最近のホラゲーは道中の敵を倒しつつ親玉を目指すというアクション性の強いホラーが多いが、私はノベル形式のホラゲーが一番好きなので少し悲しいところ。これはこれで好きなんだけどね。
「ぱんぱんぱぱぱん……あっやばリロードリロード……リロード!ちょっ、遅い!リロード早く!あ痛っ、死ぬ!死ぬって、ゾンビさん待って、待てって!一旦落ち着こう?うん。新鮮なに新鮮な肉持ってくるから!ほら向こうにいるって!私じゃ無くてあっちを――――死んだぁ!」
うん、楽しい。ホラーである必要性を問われると難しいけど、こういうハチャメチャになるところが楽しい。
コメント欄でも『草』『お前が落ち着けw』『外道すぎだろw』『性格の醜さ出ちゃってる』だなんて盛り上がっている。醜い言うな。
いつもこんなふうに、私が楽しむ姿を見てみんなは楽しんでくれる。なんの生産性もないが、確かにこの場には癒しはある。そう思いたい。
私がやっていることが、無意味だと思われたくないし、思いたくない。そうじゃないとやってられない。
「時間もキリも良いんで、今日はここまでー!そろそろ半分行ったかなこれ……あ、まだ?全然序盤?うっそだろ?ペース上げるか……んじゃあリスナーのみんな、おやすみなさ〜い!」
配信が終わり、マイクとカメラをオフにする。
「うっし、そろそろ昼メシ食うかぁ。食ったあとは編集編集ぅ」
阿賀野月代、16歳。高校2年生の引きこもり。
何の代わり映えもない、何の変哲もない、だけどちょっと幸せな、そんな毎日を過ごしています。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます