第十一節 侮辱

 翌朝街へ出ると、私は例に漏れず冒険者ギルドへと向かった。ダンジョンを踏破してしまったため、もうこの街にもそう長くとどまるつもりはなかったが、もう数日程度滞在しようと思っていた。

 ギルドに入れば、いつもと雰囲気が違う。人々の噂話を聞くに、人気のパーティがこの街を訪れたようだ。曰く、

「亜人の比率が高めの、ここいらで最も強くて人気のパーティだ!」

 亜人。私の気がはやる。人間に認識されている種族の中で、もう見たことがある獣人ナイメイルを除けば、それはエルフかドワーフか?懐かしき種族を再び目にすることができるのならば、たとえ人間に屈し種族のルーツを見失っていたとしても、ある程度の慰めにはなる。そう思っていたのだが。

 人込みを受け流しつつ人々の中心に感覚を向けたとき、私は唖然とした。

 長く尖った耳を有す彼女はエルフだろうか。だが、なんなのだ、あの露出の多い破廉恥な格好は!

「みんなぁ、ちょっと通れないからぁ、通してくれるかなぁ?」

 挙句の果てには語尾をやけに引き伸ばす胃のむかつくような話し方。森人エルフたる者の威容や神秘的な佇まいはどこへ消えた!あれではとても……そう、人間のようではないか!

 隣で大口を開けて笑うのはドワーフか?だがこれほどまでにドワーフは初めてだ。あの無愛想ながらも頼もしい寡黙な者たちはどこへ!

 さらに横に並ぶナイメイルも、私の知る種族ではない。犬の獣人なのだろうが、眼光の鋭さや生きる意志の強さの最たる彼らの雰囲気が欠片もない。

 私は思い切り侮辱されたような気がした。私の知る種族ではないとは思っていた。だがこんなに――腐っているとは、思いもしなかった。彼らはルーツどころか、アイデンティティさえも失っている。私は打ちのめされ、その足でギルドを出た。

 これが現実だ。彼らはあれで幸せなのだ。忌まわしき人間どもの侵食によって彼らは涜された。この屈辱、決して忘れはしまい。私の胸に、新たなる復讐の文言が刻まれた。

 太古に確かに生きていた彼らへの侮辱に、冒涜されたる彼らの矜持に、誇りに、必ず報いよう。この☒☒の名において。

 私は我が碧き炎の代わりに、自らの真の名に誓った。


 昼下がり、人々が目に見えて少なくなったとき、私はギルドで依頼を受けて出かけた。ボア《大イノシシ》の群れの討伐。造作もない。苛つきの解消にせいぜい利用させてもらうとしよう。

 ……さて、これはどうしたものか。対象である平原に来たのだが、全くの隙間もなしにボアが溢れかえっていた。確かにまあ、群れだが……。

 と、件のパーティが苦戦している様子を見かけた。ただのボアではなく、特大ベリーボアの群れだったからだ。私にとっては大差ないが、彼らにとってはそうでもないらしい。魔法使いの見習いらしき者が――あのエルフが――必死で呪文を唱えているが、大した効き目もない。人間の男も踏ん張ってはいるが、戦況にほとんど影響を及ぼしていない。

 最も強くてあの程度か。私は正直落胆した。もうこうしよう。彼らはあくまでで、森人エルフ岩人ドワーフ獣人ナイメイルと関係のある種族ではない。そう考えると、少し楽になった。

 さて、そうと決まれば、奴らを気にすることなくベリー・ボアを殲滅するとしよう。

 私が魔力を使えば、ボアの大群は一瞬にして地に倒れ伏した。これらをまとめるのは面倒だが、仕方があるまい。私は目にも留まらぬ速さで地を駆けつつ、一瞬ですべての死体を解体し、部位ごとにまとめた。それらすべてを袋に入れ、私は街へ戻ろうと平原に背を向けた。その時だった。

「ま、待ってください!」

「……何だ?」

「あの、助けてくれて、ありがとうございます。」

「別に私は依頼を処理したのみ。貴様らを救った覚えはない。」

 本心だ。

「で、でも!お礼くらいさせてください!」

「別にいらない。面倒だ。用はそれだけか?」

 全くもって無駄な時間。私はさっさとその場を去った。


 街に戻り、裏町で素材を売却し、ごろつきどもの様子を見たあと――驚くほど誠実になっていた――依頼を終えたことを伝えた。残しておいた数十ほどの素材を売却し、隠蔽を終える。今夜には街を発とうか。もうこれ以上ここにいても有意義な情報が得られる気がしない。


 私はその足で街を出た。人気ひとけがなくなるまで歩き、マントを外して荷に加える。黄昏の残光が広げた碧い翼に照り映え、微妙な紫色に輝いている。私は翼を思い切り振り下ろし、地面を蹴った。

 夜は地面を撫でるように広がり、天高く瞬く星々は燦然と空を巡る。星座は、変わっていない。あの頃と同じだ。

 ――夜翔けるディラーカ、銀の弓を背負いて

   木々の間を影の如く疾走す

   情け深き狩人、彼の前には

   自らの信念に背きし者項垂れる

   月光に照らされ、夜翔けるディラーカ

   真実をその金色の眼に湛えて――

 これは我が主ディラーカ様の神殿の祭壇に刻まれた讃句の一節だ。〈夜翔ノよかけのうた〉と呼ばれるこの歌を歌うと、ディラーカ様がそばにいてくれるようで心が少し安らぐ。

 そんなことを思っている自らのことを私は恥じた。二度と何にも屈さぬと、私はあの日誓ったではないか。ディラーカ様に、自らの血に誓ったではないか。


 我、二度と屈さぬ。

 二度と諦観せぬ。

 二度と退がらぬ。

 我が信念のままに、この命尽きる最後の瞬間まで、

 二度と涙を流さぬ。

 我が血に誓って。

 我が主ディラーカに誓って。


 たとえ永き間封印されていたとしても、この命ある限りこの誓いは継続される。私が最後だ。安らぎなどなくていい。

 確かなのは、我が刃で必ず復讐を遂げるということ。ただそれだけでいい。元は運命から命。なれば私は狂気のみで生きていくがふさわしいのだ。

 

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碧き炎に誓う リュディオネ @rydionh

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