第十節 強者
ダンジョンから戻り、受付の屋台に報告した。
「おう、帰ったか。潜ってから半日経ったぞ。どうだ、どの階層まで行った?あまり行き過ぎてねぇよな?」
行き過ぎてはいけなかったのか?だが私の目的のためには到達必至だったのだ。仕方があるまい。
ここで正直に答えてはならない。素材は後で自分で使うなりして存在を誤魔化そう。
「十七階層だ。」
「え?じ……十七?Eランク……だよな?」
その通り、シウサの街で最終的にーつランクが上がり、現在Eランクとなっているから、合っている。
私が頷くと、受付の男は顔を引き攣らせた。
「あ、あんた……とんでもない傑物だな……」
ドラゴン相手に今更気づいたか?……しかし、十七と適当に答えたが、Eランクではそれも珍しいらしい。常識を知らぬがあまりしくじったか。まあ、傑物と思われる程度ならば仕方があるまい。馬鹿正直に百階層などと答えないでよかった。
「こりゃあんた、昇格レベルの快挙だよ!五十七までいったのもSランク、それもパーティだ。あんた、すげぇな!」
五十七など気づかぬうちに通り過ぎていたが、そうか。人間どもの強さはいささか百五十万年前より劣るようだ。まあ私には関係ないが。
私は受付を離れて街へ戻り、冒険者ギルドへ向かった。
十七階層目までの素材を提示しつつ到達した階層を告げると、やはりこちらも驚かれた。
「おめでとうございます。二ランク昇格し、ただいまCランクとなりました。」
大してめでたくもないのだが。まあ受けられる依頼が増えたことは大きいだろう。
私は冒険者ギルドを出た。やはり八十三階層分の袋は邪魔だ。どこかで一部売らねばならぬだろう。そこまで考えたところで、ふとあることを思い出した。人間の街には「闇市」なるものがあるらしい。そこならば気取られずに売却できるのではないか?金になればどうでもいいが故。
街の比較的治安が悪い地区に向かえば、そこは非常に陰湿な場所だった。貧民がそこかしこに空虚な様子でうずくまっており、ごろつきが我が物顔で通りを闊歩している。力による格差。私は大嫌いだ。強き者は弱き者を守って然るべき。虐げて得られるものなど何も無いではないか。
私は通りを歩きつつ、闇市を探した。といっても「闇」というくらいなのだから、隠蔽されていて当然。ご丁寧に看板なぞを掲げておいてくれるわけでは無い。知る者に聞く必要がある。
昼間から賑わう酒場に入り、隅に座ってしばらく様子を見ていると、目的の人物が現れた。
「マスター、白日のビールを一本。」
その客は席には座らず店の奥に消えた。
裏町の店にはたいてい「情報屋」がいる。其奴に闇市を教えてもらうか、其奴に素材を売却することを私は狙っていた。私は情報屋を訪ねる客から合言葉を盗もうと思っていたのだ。首尾よく手に入った。
やがて注文を取りに来た店の主に私は気だるげに顔を向けた。といってもフードで顔は隠されているが。
「あんた、見ねぇ顔だな。注文は?」
「白日のビール。」
「……モグリか?」
「ここにいる
私はとぼけたように言った。店主も理解したように、
「店の奥の階段を上がって突き当たりだ。慣れてんなら、奴の扱いには注意しねぇよ。」
私はゆっくりと立ち上がり、足音を立てずに言われた部屋へ向かった。
遠慮なく扉を開くと、中には男が一人、煙草を燻らせながら座っていた。
「ずいぶんなご挨拶だな。んで、対価は?」
「内容によるが、私自身の情報を提供することは一つ確約しよう。」
「わかってるじゃねぇか。じゃ、何知りたいんだ?」
「この素材を売却するには?」
魔法で隠蔽していた袋を下ろし、魔法を解いて見せた。
「……何の素材だ?」
「カートダンジョンの十八から百階層までの魔物の素材だ。」
「百だと!こりゃまた……嘘つくんじゃねぇよ。」
「確かめてみるがいい。私は面倒事になりたくないが故、百階層に到達したことを知られたくないのだ。これが百階層のボス、黒竜だ。」
「マジか……事情はわかった。ここで買い取る。五百クリスタルだ。」
まじ、とはどういう言葉なのか?解せぬ。だが五百クリスタルとは大きく出たな。憎きクリーズの王国で最も価値のある晶貨だ。貴族邸を二つほど買える値だそう。無論断る理由はない。
「それで頼もう。」
「報酬は最初のあんた自身の情報のみで構わん。こんなバケモンの情報はどれだけ価値があるか!」
「では……私の名はヴァルア、
「秘密は?」
「トカゲよりヘビのほうが近いことか?」
「そうなのか?」
「そうだが。そして……フローデが嫌いだ。」
「ほう、これはいいことを聞いた。ありがとよ。」
「ではこれで失礼する。」私は部屋を出た。
階下に降り、酒場を出ると、いきなりごろつきに囲まれた。やはり此奴ら狙っておったな。
「みすぼらしいナリしちゃいるが、金持ってんだろ?全部出せよ。」
なぜこうも予想通りなのだろうか。私は素通りした。奴らの必死の通せんぼも私の前では無いのと同じ。
「こ、この!」
手を出したか。先に挑んだのはそちらだ、文句は言えぬぞ?
私は一瞬で奴らを一人残らず気絶させた。すると、やはり潜んでいたごろつきが一斉に殴りかかってきた。冷静に、きれいに処理する。と、気絶した人間の山ができた。
まだまだ集まってくる。ちょうど此奴らに鬱憤がたまっていたところだ、再教育も兼ねて殴るか。殺さぬように手加減せねばならぬのは歯痒いが、仕方がなかろう。
血のにじんだ石畳に、おびただしい数の人間が転がっていた。私は息をつき、その場を去ろうとした。その時だった。
「あ、あんた……いんや、姐さん!お待ちくだせぇ!」
はあ、面倒事か?
「あ、あの……俺たちのお頭になってくだせぇ!どうかお願いしやす!」
私が人間の主に?
……前の私ならば、即刻断り、殴り直していただろう。だがこうも非常識の世界の中で彷徨うと、伝手というのは悪くないような気がする。私はにやりと笑みを浮かべた。
「……自らより弱き者を守ることができるか?」
「は、はい!」
目を覚まし始めた男どもはそろって頭を下げ始めている。本気のようだ、仕方があるまい。
「よかろう。だがこれから言うことをしかと守ると誓え。」
「はい!」
「弱き者を守れ。誇りを失うことなかれ。志は極めろ。いいな?」
「はい!」
「では貴様ら、好きにしろ。」
「ありがとうございやす!」
面白いことになったと、私は街を出、寝場所を探した。
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