第九節 地下迷宮

 夜明け前にカートの街に着いた私は、門が開くのを待っていた。やがて東の空に金色の光が広がり始めると、私は南東に一つの影を認めた。〈夜明けの山〉――暁の光を受け、白く輝く美峰。我が愛しき故郷だ。いつかまた、あの山の土を踏む日が来ることを願っている。

 やがて門が開き、検問の列に一番に並んでいた私は最初に検問を受けた。

「身分証はお持ちですか?」

 冒険者カードを提示すると、頷いて街に通された。急ぎ地図板でギルドの位置を確認し、私はギルドに向かった。

 ギルドに入り、早速依頼を受ける。冒険者カードさえ持っていればどこでも依頼を受けられるようだ。

 依頼をこなして戻ってくると、何やら人が多い。見れば、皆ダンジョンから帰還した者のようだ。カートの街にはダンジョンが近くにあるため、ダンジョンを活動の基本として滞在する者も多いというわけだ。これらはおそらく夜にダンジョンに潜入していた者たちだろう。

 私もダンジョンに潜入してみるか。彼奴フローデの造ったものだから、何かしら奴への手がかりがあるやもしれぬ。

 そうと決まれば善は急げ、この足でダンジョンに向かうことにしよう。

 私はダンジョンへと向かった。

 ダンジョンは、地面に大きく空いた穴だった。穴が鉄の壁で囲まれているところを見ると、魔物が生み出される場所であるということにも頷ける。受付らしき屋台が見えたため、私は列に並んだ。

 私の番が回ってくると、受付の男はにっと笑っていった。

「ようこそ、カートダンジョンへ!冒険者カードを拝見するぜ。」

 カードを提示すると、男は「ダンジョンは初めてだな?」と確認して説明を始めた。

「ダンジョンは、ご存知かもしれねぇが迷宮みたいな形状をしてる。んで、現在踏破されてる階層の地図がこいつだ。」

 男は冊子を渡した。見ればなるほど、何枚もの地図が描かれている。

「現在は五十七階層まで到達されてる。ダンジョンは、下の階層に行けば行くほど魔物が強くなるんだ。

 そんで、各階層にはボスと呼ばれる強ぇ魔物が一体かそこらいる。そいつが大抵次の階層へ向かう階段を守ってるから、倒さなきゃ先に進めねぇ。ちなみに最下層までもし行けたとしても他の階層と同様自力で戻ってこなきゃなんねぇからな、覚えとけ。

 さて、説明はこんなもんか?じゃ、くれぐれも死ぬんじゃねぇぞ。行ってこい。」

 口調の割には丁寧な説明だ。私は頷き、ダンジョンの穴に飛び込んだ。もしも彼奴フローデの手がかりがあるとすれば、それは最下層にあるだろう。よって私は最下層に到達せねばなるまい。

 一階層目、早速出てきたのはベヌーだった。この程度、武器を手に取るまでもない。魔法で核にごく小さな穴を開けて絶命させる。魔力は使っていないも同然。簡単な理論だ。ただ単に「魔力の流れを止めた」だけ。魔法は魔力を操る技であるから、何も別のものを媒体として穿たなくてもいい。よって、しばらくはこれで倒せそうだ。


 白状しよう。三十階層まではほとんど魔力を使いもしないまま進んだ。なぜ三十一階層目から魔力を使ったかというと、単純に相手も魔法を使ってきたため面倒だったからだ。まず相手の動きを静止フリーズさせる必要がある。これもただ単に止めればいいだけなのだが、物理法則に逆らう魔法であるため少しばかり魔力が必要なのだ。

 だがもう一つ白状しよう。六十階層目までは武器を手に取りもせずに進んだ。わざわざ人間の気配を避けて進んできたため人間に遭遇は一度もしなかった。それによって私の異常な討伐を見られずにすんだことはありがたい。


 魔力を百分の一使ったか使っていないかというところで、ようやく私に魔法のを使おうという気にさせる魔物が出てきた。

 八十一階層のボス、マニュアルによれば腐死魔女デカイ・ウィッチと呼ばれる魔物だ。木乃伊ミイラとなった魔女らしい。とても魔女を愚弄しているようにしか思えぬが。

 奴は、私がボス部屋へ足を踏み入れたその瞬間に魔法を放ってきたのだ。無論魔法の気配がしたため難なくかわせたが、おもしろい。

 魔法には魔法を。せっかくだからと、思い切り派手な魔法を放った。白い光が破裂し、雨のように光の槍が降り注ぐ。と、腐死魔女デカイ・ウィッチはただの肉塊となって崩れ落ちていた。

 私は首を傾げた。強そうだと思ったのだが、そうでもなかったようだ。私は次の階段を下った。


 やがて百階層に到達した私は、ダンジョンに入って初めて武器を手に取ろうと思った。ボス部屋で、ドラゴンに出会ったのだ!マニュアルによれば、黒竜という名らしい。唯一知能を持つ魔物のようだ。私は密かに、彼らがラクァレ・デライアの生き残りの末裔ではないかと思っていたのだ。

 だが私の抱いた希望は容赦なく打ち砕かれた。

 これは彼奴フローデによる愚弄か。誇り高きラクァレ・デライアの姿を真似たトカゲにドラゴンと名乗らせるとは。まだトンボ(ドラゴンフライ)の方が良い。ただ言葉を持つだけの愚かなるトカゲ。この偽物をラクァレ・デライアと呼ぶくらいならば人間に与する方がまだいい!怒りに震えた私は、瞬きをするほどの間もなく黒火吹きトカゲをきれいに四つに引き裂いた。一瞬でも希望を抱いた自らが恥ずかしかった。現実から逃げてはいけない。私は唯一の生き残り。ラクァレ・デライアの最後の戦士なのだ。受け入れるよりほかはない。

 私は目にも留まらぬ速さで抜いていた双剣の血をゆっくり払って落とし、黒火吹きトカゲの心臓を回収して袋に入れた。こいつを持ち帰るのは金のためだけだ。高く売りさばいてやる。私は百数個もの袋の束を再び背負った。

 ふと見ると、階段がない。代わりに奥へと続く通路がある。今までとは違う作りを不思議に思いつつ、警戒しながらその通路に入っていった。


 その奥には部屋があった。部屋の壁にはびっしりと文字が描かれている。その文字を見て私ははっとした。神語――神々の文字だ。

 私は壁に近寄り、神語を解読せんと試みた。古びてはいるが読めなくはない。それにここにはフローデの匂いがぷんぷんする。絶対にここには何か手がかりがある。

 それはダンジョンを制御する術式のようだった。要するに、この部屋は管理室というところだ。本来ならばあの通路も見えないように隠蔽されていたが、魔力を見ることができる私の目は免れなかったということだ。おそらくフローデは人間たちを操りやすくするために技術の発展に制限をかけていると私は考えた。このダンジョンを作ったのも人間を操りやすくするため。本当に奴は女神なのか?

 まあいい。おそらく部屋の中心にある大きな核のようなものから魔物が生み出されているのだろう。この核を破壊すれば魔物は生み出されないはずだが、万に一つ制御を失って行き場をなくした魔力が暴発すると困る。魔力を多く帯びている物質を破壊するには時間が必要だ。私の知る限りでは、これほど大きくて魔力がたまっている物質を破壊するには二百年ほどの時間を要する。そんな時間をかけている暇はない。故に放置することにした。

 壁の文章を読めば、フローデは〈神の宴の山〉を陣取っているようだ。即ち、この復讐の旅の最終的な目的地が決まった――〈神の宴の山〉だ。

 ダンジョンを踏破した意義は見つけることができた。もうそろそろ戻るとしよう。

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