第2話 終末のラッパ

 サファリお姉さんの名前は「神野レン」というらしい。

 

 昨日怪我を治してもらった後、サファリ女ことレンさんは、「君がこの町に来て初めての友達だよ!わたし神野レン、25歳。よろしくね」と、嬉しそうに名乗って握手して、また植物採集に出かけていった。 


 レンさんの家は高校への通学路の途中、住宅街の角地にあった。確か前の住人はおっとりしたお婆さんだった。少し前に施設に移るとかなんとか聞いたような。まさかその後に超能力者が引っ越してくるとは思いもしなかったが。


 いろんな形の植物が生い茂る庭を覗いていると、ガラガラっと道に面した一階の窓があいた。眠そうな顔をしたレンさんが見える。換気でもしているのだろうか。レンさんは軽く咳払いした俺に気付くと身を乗り出して大きく手を振った。


「あれ、おはよう!昨日の金髪少年!これから学校いくの?」

「おはようございます。朝の散歩です。うち、そこなんで」

「なに、ご近所さんだったの。これから学校?」

「俺の中では休みです」

「じゃあ、ちょっとちょっと!手伝ってほしいんだけど!」


 レンさんに言われるまま玄関に回る。ドアがガチャっと開く。半袖のゆるい白Tシャツに、ピンクのショートパンツ。寝起きの格好のままなのか全然サファリじゃない。胸まである下ろされた茶色い髪はふわふわとクセがついている。


「高いところの切れちゃった電球をかえてほしいの。手が届かなくて。やってくれる?」

「いいっすよ。……お邪魔します」


 家の中はほどよくジャングルだった。入ってすぐリビングとキッチンが見えて、リビング上は吹き抜けになっている。ソファ横やテレビの横に観葉植物が飾られていてなかなか落ち着いた雰囲気のインテリア。リビング横に大きな掃き出し窓があり、そこから庭に出られる。小さい家だが、かなり開放的な印象だ。


「このリビングの天井の上の照明、ハシゴ使って登ろうとしてみたら、ぐらぐらして怖くって」


 レンさんが指さした先は吹き抜けの天井。照明があり、確かにそのうち1灯がついていない。


「また木の枝動かして上ればいいじゃないですか」

「部屋の中にちょうどいい木がなくてさぁ。君、背高いでしょ。高いところいける?」

「やってみます」


 渡された電球を持って、壁に立てかけられた長いはしごをのぼる。確かにガタガタはするが、なんとか問題の電球には手が届いた。古いのを取り新しいのを付ける。無事、全部点灯した。ありがとう!とキャッキャと喜ぶレンさんの拍手に迎えられてはしごを降り切る。


「お礼に……何かいいのないかな。あ、クロワッサンでも食べる?」


 レンさんは上機嫌にオーブントースターにクロワッサンを並べだす。


「レンさん、ここに1人で住んでるの?」

「うん。そういえば君の名前聞いてなかった。なんて呼べばいい?」

「大和です」

「大和くん」

「はい」


 テレビ横に大きなキャビネットがあった。そのガラス戸の中には学校の理科室にあるホルマリン漬けのように、植物らしきものが漬けられた標本たちが並んでいる。ソファ横のサイドテーブルには大量の資料と本、ノートパソコン。


「レンさんって研究者とか?」

「よくわかったね。そうだよ。とある企業の研究職」

「へー。すごいね」


 ふふん、とご機嫌なレンさん。

 だんだんとバターの香りが漂ってくる。

 チィン。トースターの音。レンさんは美味しそうなクロワッサンを取り出して、冷えたお茶と一緒にテーブルへ持ってくる。熱々のそれを2人で向かい合い食べる。


「ん。うまい」

「ふふふ。誰かと一緒に食べる朝食っていいね。いつもひとりで食べてるからさ。そういえば大和君の高校って遠いの?」

「いや、駅の向こう側。駅からバス。そんなに遠くない」

「坂上高校か!いいな高校生。青春ね。あそこ樹齢300年の桜の木があるでしょ」

「え、知らね」

「知らんのか」


 用の済んだ皿とコップをキッチンに運ぶと、レンさんは目を見開いて、えらいねぇと呟いた。そこにあったスポンジを手に取るとレンさんはそれに洗剤をビュッと出した。2人シンクの前に並び、俺が洗い、レンさんが拭く。

 レンさんのゆるい首元から白い肌がのぞいている。


「あのさ。レンさん、上がらせてもらっといてなんだけど、あんまり簡単に男を家に上げない方がいいよ」

「そりゃあもちろん、知らない人はあげないよ。大和くんだから上がってもらったの」

「彼氏に怒られるんじゃないですか」

「彼氏なんか!いたらとっくに呼んで電球かえてもらってるよ」

「そう……。でもほんと、気をつけて。レンさん、隙ありすぎ」

「心配ありがとう。でも大丈夫!この家は私にとって要塞だから。庭に出ちゃえば私、無敵だし」


 リビング横の大きな窓から見える、色んな植物がギュギュッと肩を寄せ合う庭。あそこにどんな植物が植えられているのかはわからないが、あの場所でレンさんの「触れた植物を操る」特殊能力を使えば……

 うん。あの庭でこの人に勝てる気がしない。


「それにね、大和くんがいい子なの、わかってたから」

「昨日会ったばかりのやつの何がわかるんすか」

「勘です。女の勘は当たるんだよ」

「勘て。まぁでもレンさんがいいなら俺、また来てもいい?」

「もちろん!何か植物を持ってきてくれたら、なおよしです」

「りょーかい。そういやあのあと見つかったんですか?エンジェルストランペット」

「ふふん。それならちゃんと見つかりました!そこの放置されてた空き地に生えてたの。大和くんにまた会えたら見せたくてね、失礼してもらってきた」

 

 そういって皿の片付けを終えたレンさんは、庭に出て振り返り、こちらに手招き。サンダルを借りて庭に出る。レンさんは庭の隅の一角に向かい、うれしそうにジャジャーンとポーズをとった。


「わ。まーじでトランペットだ。しかもでかい」

 

 そこには昨日レンさんのスマホで見たのと同じ植物――エンジェルストランペットが生えていた。名前の通りトランペットのような形の花がいくつも吊り下げられたように咲いている。株全体は横に並ぶレンさんと同じくらいの高さがあり、かなり大きい。


「空き地に生えていた株の成長を早めてタネを作らせて、そのタネをまいてさらに成長を早めて、開花させてみました」

「出たなチートパワー。レンさんなら農業に革命を起こせるんじゃないすか。……でもほんとにこれ、毒なんかある?甘くていい香りがするけど」


「原生地の南米では昔儀式の時にシャーマンたちが使ったんだって。幻覚を引き起こす成分が入ってるから。この甘い香りも、嗅ぐだけで吐き気や目眩が起こることもあるみたい。アトロピン……っていう成分が入ってるから、瞳孔を拡大する作用もある。汁が目に入ると失明の恐れもある」

 

「マジすか。怖えー。天使のトランペットって言っても、終末に吹かれる方だな」


 聖書の「ヨハネの黙示録」では、世界の終わり……終末がくるときに、七人の天使が順にラッパを吹くといっていた。


「ほほう、大和くん、聖書に詳しいね」

「いや全然。にしてもこれ、そんな毒があるって知らずに育ててる人、多いんじゃないすか?」

「そうなのよ。日本でも誤食事件が何件かあったかな。結構危ないよねぇ」

「それで、コイツを庭に植えて、レンさんはなにをするつもりなんですか」


 レンさんはくるっと俺を振り返って、真面目な顔をして、腕を組んだ。


「大和くん。私には夢がある。その夢を叶えるために私は植物を集めている」

「ほう。どんな夢です?」

「最強の毒薬を作るの。毒草を集めてる。だから大和くん、珍しい植物を見つけたら持ってきて」

「物騒っすね……誰かに使うの?」


 引き気味に聞くと、レンさんは飾り棚にある写真をビシッと指さして、そこに写ってる人。と言った。


 それはあえての加工なのか、かなりレトロな雰囲気のセピア色の写真で、今と変わらないサファリな服を着た笑顔のレンさんと、白い開襟シャツを着たクールに微笑む美形な男が写っていた。男はレンさんと同い年か少し上に見える。腕をレンさんの腰に回していた。背景はヨーロッパの街並み?日本らしくない風景。


 この男誰?元カレ?と聞くと、レンさんはごく普通に、殺人鬼。と言った。そしてすぐに、冗談だよ。と笑って、ほら学校行ってこい!と背中を押してきた。


――


 夏休みが明けて、よりサボる頻度が上がっていた高校。教室に入るとちょうど1時間目が終わったところだった。

 何人かの視線を浴びて、席に着く。手ぶらできてしまったので筆記用具は隣の席の安田に借りる。真面目で成績優秀な安田は、俺に貸す用のシャーペン・消しゴム・マーカー・赤ペン、それにルーズリーフまで常に一式揃えてくれている。


 いつもありがとよ。なんとなく御礼を言ってみたら、安田はぐんと目を開いて身を引いた。

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近所のサファリなお姉さん。の、秘密。 @ayamechan

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