近所のサファリなお姉さん。の、秘密。
@ayamechan
第1話 サファリお姉さん
サファリお姉さんに遭遇するのはこれが2回目。
1回目は先週、公園で。いい歳したお姉さんが高い木に登って、葉にまみれてガサゴソしているものだから、思わず足をとめてしまった。何事かと遠目に見てみると、木の下で小学生たちが上を見上げて応援している。そのお姉さんは枝に引っかかったサッカーボールを取っていた。
お姉さんは今からアマゾン?サバンナ?にでも探検にでも行くのか?というような服装だったから、勝手にサファリお姉さんと命名。20代半ばくらいか。茶色い長い髪をポニーテールにしている。
無事ボールを取った後。あの高さからどうやって降りるのかと見ていたら、サファリお姉さんはためらうことなくジャンプして、シュタっと着地。小学生たちとハイタッチして、そのまま公園の奥に消えていった。
それは身長180センチの俺が手を伸ばしても一番下の枝には手が届かないくらい、高い木。そもそもどうやって登ったんだ?――そこにいた小学生に聞いてみたら。
「すごかったの!探検家のお姉さんが木を触ったらね、そこの枝がこう、ぐい~んと降りてきて、お姉さんがそれに掴まってね、枝がぐお~んと上にあがっていって木の上にいったの」
子どもって何言っているかよくわんねぇな、なんて思ったが。今ならその意味がわかる気がする。サファリお姉さんとの遭遇2回目、本日わかったこと。
サファリお姉さんは「植物を操れる」らしい。
閑静な住宅地から少し離れた雑木林の中。ボコられて木に寄りかかりぼーっと座っていると、木々の間からひょっこり。先週見かけたときと同じような服を着た、見覚えのある女が現れた。
「サファリお姉さんだ」
思わず口に出してしまった。
「え?!うわっ」
突然あざだらけの男子高校生が現れて驚いたのか、サファリお姉さんは分かりやすく動揺した。
「お、男の子、高校生?怪我してる?!わぁ救急車、救急車」
「だいじょーぶっすよ、これくらい」
「いやでも、君、アザだらけじゃない。誰かにやられたの?」
「ほんと、大丈夫だから。そんなおおごとじゃないです」
「ほんとに?頭強く打ったりしてない?救急車呼ばなくても平気?」
「はい」
「じゃあちょっと実験してみてもいい?」
「はい?」
サファリお姉さんは俺の前に膝をついて座り、ポケットから1枚、葉っぱを出した。葉っぱ。手のひらくらいの、ツヤのある葉っぱ。
「これね。そこでとったアオキっていう植物なんだけど。腫れに効くらしいの。せっかくだから試してみるね」
「なにがせっかくなの?なにを試すの?」
サファリお姉さんは質問には答えずに、アオキとかいう葉を1枚、俺の殴られた左頬に押し当てた。
「いてっ。なんすか」
「あ、ごめん。いいから、動かないで」
お姉さんは葉をそっと当てたまま、小さく優しく呟いた。
「どうかこの腫れが引きますように」
何が何だかよくわからないが、初対面の女に謎の葉っぱを押し付けられている。
にしても至近距離。サファリお姉さんは色白で華奢だ。目は薄茶色、よく見ると結構美人?胸もありそう……
気づけばいつのまにか左頬から殴られた痛みが消えていた。
「あれ?痛くない」
「お。効いたね」
押し当てていた葉を頬から離して、サファリお姉さんは嬉しそうに笑う。自分で触ってみても全く痛くない。さっきまでジンジンジンジン、響いて仕方なかったのに。
「なんすかそれ。超速攻で腫れが引く効果のある葉っぱ?」
「アオキは炎症に効く薬草なんだよ。常緑で年中採れるからいいよね」
そういってサファリお姉さんは、ありがたき「アオキ様」を見せてくれた。それを手に取り、近くで見てみる。こんなどこにでもありそうな葉っぱに驚くべき隠された力があったとは……。それを殴られた鎖骨下にも当ててみる。
「ああそれね、普通は葉を患部に当てるだけじゃ効かないの。アオキは蒸し焼きにしてからじゃないと……。私は植物の持つ力を引き出すことができるから、それで痛みが引いたんだよ」
「なんすかそれ。特殊能力?」
「まあそんなところ。私ね、ここだけの話、触れた植物を操ったり、植物のもつ薬効をぐーんと高めて使うことができるの」
「え?なにそれ?超能力?そういえば木の枝も動かしてたんだっけ」
「うん。……ん?何か見た?」
「先週、公園で木の上のサッカーボール取ってるところ見た」
「え!ほんとに?うわぁ……大人はいないと思って……油断したぁ」
サファリお姉さんは少し困った顔をして、片手で額を押さえた。
「小学生たちと、俺しか見てないと思うよ」
そういうとお姉さんは少し安堵したのか、小さく微笑んで俺の鎖骨を指差した。
「じゃあこのことは秘密にしてくれる?こっちのアザのところも治してあげるからさ。シャツ、少し開けてもらっていい?」
ボタンを開けると顕になる、鎖骨下の赤紫色の拳跡。サファリお姉さんはそこにまたアオキ様を当てがう。
「どうかこの腫れも引きますように」
目の真下で繰り広げられる不思議な光景をじっと見ていたら、痛みもおどろおどろしい色も、ゆっくりじんわりと、霧が晴れるかのように消えていった。
「すげー、治ってきた」
1分もすると、鎖骨下のアザは最初から無かったかのように消え失せていた。これはすごい。
「アオキ、いいね。ずっと使ってみたかったんだ。はい、あとやられたところは?出して出して」
思いっきりシャツを捲りあげて腰から胸まで出すと、お姉さんは一瞬びっくりして、それから近寄ってまじまじと腹のアザ達を見はじめた。
「君、誰にやられたの?こんなに。腹筋鍛えてなかったら相当やばかったでしょ」
また別の患部にアオキ様を当てながら、サファリ女はブツブツ呪文?をつぶやいている。
「おねーさんが心配することじゃないよ」
「いや、地域の若者を守るのが年長者の責務でしょ。実は先週ここら辺に引っ越してきたばかりなんだけど、ここら辺って治安悪いの?」
「普通じゃないっすか?でもおねーさん目立つから気を付けなよ」
ヤンキー君、優しいねぇ。なんてサファリお姉さんは笑って、俺の腹をペシペシと叩いた。いつのまにか腹がまっさらになっている。
「はい!元に戻った」
「おー、すげー。超能力いいな」
「ふふん。面白い力でしょ。植物の生育を早めることもできるの」
そういってサファリお姉さんは、地面から生えている足首ほどの高さの雑草に触れて、小さく呟いた。
「大きく育って、最期を迎えて」
するとそれはみるみるうちに上に伸びて、葉も広げて大人の背丈くらいまでに巨大化した。驚いて呆然としているうちに、それは次第に生気を失い、萎み、黄色く茶色くなり、枯れて地面に散っていった。まるで植物の一生を早送りで再生したかのようだった。
「なんだこれ。すげーバズりそう」
「バズらせません。今の時代、SNSなんかで拡散されちゃったら平穏な生活が一瞬で崩れちゃうんだから。言わない、撮らない、発信しない。あ、そうだ、君。ここら辺に住んでる?うちあそこの通りの戸建てで、青い屋根の三角屋根の家なんだけど」
「もしかして……庭がジャングルの家?最近誰か引越してきたと思ってた。ついこの前までなんもなかったのに急にジャングルができたから相当やべーやつが来たんだと思ってた」
「ジャングル……ガーデンだよガーデン。庭で色んな植物を育てて調べてるの。とにかく私の家そこだからさ、面白い植物見つけたら教えにきてよ」
「いや俺どれが面白い植物とかわかんねーし」
「えー、じゃあ、とりあえずコレ。この植物見つけたら教えて。ちょうどいま開花時期だし、大きいから目立つはず」
そう言ってスマホの画面を見せてくるサファリお姉さん。画面には黄色いラッパのような花が沢山吊り下がった植物の写真。
「なんて植物なんすか?これ」
「エンジェルストランペット。木立チョウセンアサガオともいうけどね。普通に園芸植物としても流通してるの。甘くていい香りがするよ」
「エンジェル?ご利益ありそうな名前」
「毒ならある。幻覚作用があるし、呼吸困難になることがあるから絶対食べちゃだめだよ。もし触ったらよく手を洗ってね」
思わずお姉さんの顔を見る。ニコニコしている。
「……おねーさんの特殊能力って、植物を動かしたり、薬草?の力を強めるんですよね。毒草も……?」
「悪いことには使わないよ」
そういってサファリお姉さんは真っ直ぐ目を向けてくる。
「悪いことには使わないよ」
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