交通事故の嘘
ムーゴット
実は他の作品の伏線になっています。
「アニキィ、頼みがあるんだが。」
「何だ?」
「アニキ、今の車、手放すんだよなぁ。」
「あぁ。」
「もう一回だけ、運転させてくれ。」
「ダメだ。今、傷つけられたら査定に響く。」
「頼むよぉ。
マニュアル車に乗れるのは、今後チャンスがないかもしれないから。」
「高校卒業して免許取ってから、自分で買うんだな。」
「俺が取る頃には、ガソリン車がない時代になっているよ。」
「2年ぐらいで、そんなことにならないよ。」
「アニキが悪いんだぞ。俺にマニュアル車の楽しさを教えるから。」
「俺の弟には、《オートマ限定》なんて、
恥ずかしいことしてほしくないからな。」
「そうだよ、もう俺はマニュアル教の信者なんだよ。
頼むよ、アニキ!」
「、、、、じゃあ、これが最後だぞ。
いつもの直線コースだけだ。
明日の朝は早起きするぞ。
人も車も起きてこないうちに済ませるからな。」
「ありがとう、アニキ。」
翌日、早朝、まだ暗いうちから動き出す。
アニキの運転で家を出る。
「俺の模範演技、よく見ておけよ。」
ブゥーーン、かこっ、ズゥーーン、かこっ、ブフゥーーン、かこっ、、、、。
スムーズな加速で、俺の練習コースへ向かうドライブ。
練習コース、といっても一般道。
見通しがよく、しばらく続く長い直線。
バイパスができてから、極端に交通量が減って、
練習にはもってこいの道。
で、到着。
日の出前の時間だが、少しずつ明るくなってきた。
アニキと運転を変わる。
いつものようにアニキは助手席で教官役だ。
「よし、じゃあ、気をつけてな。」
スタートする。
最初の頃は、よくエンストしていたが、もうそれは無くなった。
だが、クラッチをつなぐ瞬間に、
アクセルの微妙な踏み加減で回転を合わせ、スムーズにつなぐ、
この操作、まだアニキの足元にも及ばない。
「ほら、クラッチ壊れちゃうぞ。
エンジンの音を意識して、右足の裏に集中して!」
「わかってるよ!」
トップギヤまで入れたところで、今度は減速、シフトダウン。
「ほらほら、さらに集中。減速ギクシャクだ!ダメダメ!」
「わかってる、アニキにはまだまだ叶わないよ!」
一旦停止して、再スタート。
ドンドン加速するが、
クラッチを踏む左足に集中、するとつい足元を見てしまう。
一瞬だが。
その一瞬が命取りになる、とはこのことだ。
一瞬前は、左側の歩道を犬の散歩をする人が歩いていた。
一瞬の後の今この瞬間、目の前の車道に犬が飛び出してきた。
「危ない!!!!」
咄嗟にハンドルを切って、犬をかわした!間一髪!
「やった!」と思った瞬間、車がスピン!
テールが流れて、横っ飛びで反対車線へ飛び出した。
幸い、対向車も後続車もいない。
が、車は横滑りが止まらず、右側の歩道へ突っ込んだ。
幸い、、、ではない。そこにジョギングをしている人が!!!
歩道に乗り上げた車は、人を弾き飛ばして後、停車した。
俺は、ハンドルを握ったまま、なにもできずにいた。
アニキは外へ出る動作と同時に叫ぶ。
「お前は助手席にいろ。俺が運転していたんだ。」
アニキは被害者の救護に向かったようだ。
犬の飼い主も救護にあたっているようだ。
俺は、助手席に移り、頭を抱えてうずくまっていた。
なにもできず、なにも考えられず、
ただ、時間が過ぎるのを待っていた。
被害者の人は、救急車で運ばれていった。
アニキは、逮捕されることはなかったが、
事情聴取のため、警察に行くことになった。
無免許の俺であれば、現行犯逮捕、だったのであろうか。
車は、レッカーされて行った。
「ちゃんと学校、行くんだぞ。」
アニキはそう言い残して、連れて行かれた。
後日、アニキから聞いた。
無免許の俺が運転していたのでは、より罪が重くなる。
保険も下りない。
保険が出ないことは、被害者にも迷惑をかけることになる。
アニキは、無免許の者に運転を許したことが自分の罪である、と。
アニキは、その罰を受けなければならない、と。
確かに、理屈はその通り。
アニキは偉いよ。
でも、一番悪いのはこの俺だ。
アニキ、本当にごめん。ごめんなさい。
そして、被害者の人は、病院に着いても意識がないままだという。
本当に、ほんとうに、ごめんなさい。
アニキの刑罰は、幸い罰金刑のみとなった。
懲役とか禁錮とか、最悪の事態は免れた。
犬の飼い主さんが、状況を正確に話してくれたようだ。
運転者が誰だったかは、真実に気づいていないままではあるが。
一ヶ月もの間、意識が戻らなかった被害者の方も、
死なせることにならなかったのは、本当に安堵した。
アニキがお詫びの挨拶に行ったら、
本人は明るく元気に対応してくれたと。
これも、事前に犬の飼い主さんが関わってくれていたためで、
本当に感謝しても仕切れない。
アニキは、誠意を持ってお詫びと償いをする、と言う。
実質、示談金だ。
これも、幸いなことに、
しっかりとした任意保険に加入していてよかった、とアニキ。
次に挨拶に行くときに、俺も付いていく、と言ったら、
アニキは、話がややこしくなるといけないから、
お前は来るな、この件にはもう関わるな、と言う。
確かに、その通りかもしれない。
俺は、社会的に生かされた。
この恩義は、いつか返していこう。
被害者の方にも、関係者の方にも、
見知らぬ困っている人にも。
もちろん、アニキにも。
アニキ、本当にごめん。
そして、ありがとう。
交通事故の嘘 ムーゴット @moogot
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