さよなら、神戸

 ――ホテルに戻ったのは夜の七時。


「――絢乃さん。今日は夕食どうします?」


 部屋に戻るとすぐ、その話になった。

 今日は神戸の街で美味しいものをいっぱい食べてきたので、二人ともあまりお腹は空いていない。


「あんまりお腹空いてないから、今日はルームサービスで軽く済ませようか。 ――あ、わたしはビーフカレーね。あと、デザートにチーズケーキとカフェラテも」


 自分の希望を言ってから、貢にメニュー表を手渡した。


「じゃあ、僕も同じでいいか。オーダーしときますね」


 彼が内線電話に向かうのを目で追いながら、わたしはバッグからスマホを取り出して開いた。可愛いネコのキャラクターが画面上で、「着信がありました。」とフキダシで告げている。


「着信って誰から? ……あ、里歩からだ」


 わたしはすぐに折り返した。メッセージアプリの返信はすぐにもらったけれど、あの時彼女は講義中だったからすぐに落ちたんだっけ。


「――あ、里歩。電話もらってたみたいだけど、気づかなくてゴメンね? わたしたち、今宿泊先のホテルに戻ったところだったから」


『いいよいいよ。旅行、楽しんでるみたいで何より。インスタ見たよ。貢さんがプロジェクションマッピングに融け込んでる写真、キレイだったね。あと可愛い動物の写真と動画もいっぱいあったよね』


「ありがと。あれ、水族館で撮ったの。そこで里歩と唯ちゃんにお土産も買ったんだよ。楽しみにしててね」


『マジ? サンキューね。あの後唯ちゃんにも確認取ったけど、やっぱりお土産はお菓子と可愛いものがいいって言ってた。四日後もらえるの楽しみにしてるよ』


「うん。――里歩、昨日はわざわざ大学休んでまで出席してくれてありがと。唯ちゃんにもお礼伝えてね」


『いいってことよ。親友の結婚式は学校休む正当な理由になるんだもん。昨日休んだ分の単位は、レポート提出で補填できるから。あたし、あの後バイト入っててさ、急いで着替えに家まですっ飛んで帰ったんだよね』


「バイト? 里歩、バイトしてるの? わたし初耳だよ?」


 里歩や唯ちゃんとは高校卒業後も連絡を取り合ったり、時々は一緒に遊びに行ったり、逆に二人がウチまで遊びにくることもあるけれど、卒業後の近況はあまり報告し合わないかもしれない。


『うん。今日も講義が午前だけだったから、午後から働いてきたよん♪ 絢乃もバリバリ仕事してるんだし、あたしもお気楽な女子大生ではいらんないなーと思って。まぁ、あんたは働いてるどころの話じゃないけどねー』


「うん、……まぁね」


 里歩は里歩なりに焦りみたいなのがあるのかも。高校生だった頃に社会に放り込まれたわたしを、ずっと間近で見てきたから。自分も社会のことをもっと知らなきゃ、と思ったのかもしれない。


「で、どんなところで働いてるの?」


たんにあるファミレスの、ホールスタッフだよ』


「へぇー……」


 五反田なら、悠さんが店長をされているお店じゃないなとわたしは安心した。


『――そういや、今ダンナさまは?』


「うん、夕食のルームサービスをオーダーしてくれてるわ。今日ね、わたし彼のことをこれまで以上に知れた気がするの。ますます好きになっちゃった」


『ハイハイ、ごちそうさま。もう、あんたのノロケ話だけでお腹いっぱ~い! もうあたし晩ゴハンいらな~い』


「あはは、ゴメンゴメン」


 そんなガールズトークをしているうちに、貢はオーダーの電話を終えていた。ソファーに座っているわたしのところまで戻ってくる。 


「――お電話、里歩さんからですか?」


「うん。待ってね、スピーカーにするから」


 わたしはテーブルの上にスマホを置き、スピーカーボタンをタップした。


「もしもし、里歩さん。貢です。昨日はどうもありがとうございました。僕からも一言お礼が言いたくて」


『ああ、いえいえ! タキシード姿、すっごくイケてましたよ! あたしの彼氏じゃあんなにカッコよくないと思います。やっぱ、オトナの色気って最強ですよね』


「いやいやそんな! でも、褒めて頂けたのは嬉しいです」


 ……あらあら。貢ったら、またまた謙遜しちゃって。本当は満更でもないくせに。


『――あ、ところでさ。四日後にランチするお店なんだけど。唯ちゃんと相談して、アンタも気に入りそうなお店、何軒かリストアップしとくから。明日か明後日くらいにラインで送るわ。それで、アンタが「ここがいいな」ってとこ、返事ちょうだい』


「うん、分かった。今日はバイト入ってないの?」


『今日は休み。だから今家から電話中』


「そっか。じゃあ、連絡待ってるね。バイバ~イ」


 通話が終わると、何だか妙な脱力感に襲われた。わたしだけでなく、貢までもが毒気を抜かれたようにぐったりしている。何か変な感じ。


「「……………………」」


 里歩ってばもう、新婚カップルを冷やかすのはほどほどにしてほしい。わたしたち、そんなにイチャイチャしてるのかな? いや、してる……かも。


「…………ねぇ、ルームサービスってどれくらいで運んできてくれるって?」


 ちょっと脈絡のないごまかし方をしてしまったけれど、貢はちゃんと答えてくれた。


「料理は十五分後に持ってきてくれるそうです。デザートと飲み物はその後に。特にカフェラテは冷めたら美味しくないですからね」


「そっか、ありがと」


 わたしは半袖の淡いブルーのカットソーの上に羽織っていた薄手のカーディガンを脱ぎ、キレイに丸めてソファーの上に置いた。そのまま背もたれに身を預け、ウーンと伸びをする。


「今日はいっぱい歩き回って疲れたぁ……。もう脚がパンパン!」


 履いていた靴がフラットパンプスでよかった。ハイヒールなんか履いていたら、わたしの脚はきっともっと疲労困憊こんぱいだったと思う。


「よかったら、マッサージしましょうか?」


 貢は気を利かせてそう言ったのかもしれないけれど、わたしにはどうも、これがスキンシップを求める口実に思えて仕方がない。何かにつけてわたしに触れたいんじゃないか、と。

 スキンシップなら、ベッドの中でいくらでも求めてほしい。


「ううん、いいよ。貴方も疲れてるでしょ? ゴハンが来るまでのんびりしてよう」


 わたしは彼を労わりつつ、それをやんわり断った。脚のもみほぐしくらいなら自分でもできるし、本格的なマッサージを受けたいならホテル内のマッサージサロンを予約するつもりだ。


「そうですか? ざんね……いえ、何でもないです。じゃあせめて、何か飲みます?」


 ……ん? 今、何か言いかけなかった? やっぱりスキンシップを求めてたらしい。まったく、甘えんぼさんなんだから。

 わたしはお礼を言って、サイダーを所望した。しばらくして、彼は部屋の冷蔵庫で冷やされていたサイダーを二人分グラスに注いで持ってきてくれた。


「……そういえば、絢乃さんって以前は炭酸が苦手だって言ってませんでしたっけ?」


「うん、そうだったんだけど。炭酸のあのシュワシュワが喉にヒリヒリ残る感じが苦手だったの。でも、今はそうでもなくなったかな」


「そうなんですね」


 苦手だった炭酸のドリンクも、彼と一緒に飲むようになってから克服できた。大好きな人となら、こうして苦手なものも少しずつ克服でしていけるのかな。これも愛の力かもしれない。


「――ところで僕、絢乃さんに話していないことがまだありました」


「ん?」


「絢乃さんは僕にとって最愛の人で、ヒーローみたいな存在でもあったんです。いつもあなたのことをカッコいいなって思ってました」


「え…………」


 彼がわたしのことを「可愛いい」と思ってくれていることは知っていたけれど、「カッコいい」とも思われていたなんて知らなかった。でもどういう意味だろう?


「会長就任の記者発表の時から、あなたの背中にはこのグループの社員や役員全員の未来がかかってるんだって見ただけで分かるくらいの存在感というか、そういうのがありました。あと、パワハラ問題を公表した時にも、僕を守ろうとして小坂さんとたいした時にも、『僕のことを守りたい』という気持ちがひしひしと伝わってきて。ああ、僕はこの人について行けば間違いないんだなって思わせてくれたんです」


「……わたし、そんなに立派じゃないよ。まだまだ発展途上で、貴方やママや、周りの人たちの支えがなかったらここまでやってこられたか分かんないし」


「いえ、あなたは立派です。亡くなられたお父さまにとっても自慢のお嬢さんだと僕は思います。それと、僕にとっては自慢のパートナーで、ずっと憧れの対象です」


「…………そう。ありがと」


 この旅行で、わたしはもう何度、彼の熱さに驚かされているだろう。きっと明日からもずっと、彼には驚かされ続けるんだろうな……。



   * * * *



 ――夕食を終え、食器を取りにきたホテルのスタッフさんが引き揚げていくと、わたしは先に入浴することにした。

 バスタブのお湯の中で温まりながら、今日一日歩き回ってパンパンになっていた脚のマッサージをする。


「……はぁ~~、気持ちいい~~♡ ほぐれる~~」


 彼もさっきマッサージしてくれるようなことを言っていたけれど、お風呂で温めながら揉みほぐした方が疲れが取れる。上がったら貢にも教えてあげよう。


「――さて、今夜はどうしようかな……」


 マッサージを終えると、お風呂を上がってからのことを考えた。

 今日は二人とも疲れているし、昨夜あれだけ盛り上がったんだから今夜はやめておいた方がいいかも。彼も二日続けてだとグッタリしちゃって、明日の朝起きられなくなるかもしれないし……。

 彼がそれでもしたいと言うなら、それでも別にいいのだけれど。



「――ふぅーーっ。貢、お風呂上がった……よ?」


 昨日の夜より長くなってしまい、ルームウェア姿で髪をキチンと乾かしてからバスルームを出ると、貢はスマホにかかってきた誰かからの電話を終えるところだった。


「……あ、上がりましたか。さっき、兄から電話があって。なんか、ウチでお義母かあさんと飲んでるらしくて、ほろ酔いでしたよ」 


「ええっ? ウチって……わたしたちの家ってこと?」


「そうです。仕事帰りにフラッとやってきたそうで、お義母さんの方から『一緒に飲みましょう』って言われたらしくて」


「ママも嬉しいんだろうね、晩酌の相手ができて。お義兄さまも息子みたいなものだし」


 母はいわゆる〝ザル〟とか〝うわばみ〟といわれるくらいお酒が強い。わたしはまだ未成年だし、貢もあまり強い方ではないので、自分と対等に飲める相手ができて喜んでいるのだろう。


「あ、お土産のリクエストはお酒のアテになりそうなもの、だそうです。……にしたって、兄貴はもう。弟が新婚旅行でいない時に、弟の婿入り先で酒盛りって何を考えてるんだか。身重の奥さんが家で待ってるっていうのに」


「それは……、ちょっとお義姉ねえさまがかわいそうだね」


 わたしは兄嫁あねの栞さんに同情した。別に浮気しているわけじゃないからいいと思うけれど……。


「それより貢、お風呂に入っておいでよ。バスタブで温もりながらフットマッサージしたら気持ちいいよ」


「ありがとうございます。じゃあ、そうしてみますね」


「それで、その後のことなんだけど……、どうする? 疲れてるし、今日はやめとく?」


「僕はどっちでもいいですけど。風呂から上がってから考えます」


「うん、分かった」


 

 ――でも結局、今夜も彼に求められるまま、わたしたちは体を重ねたのだった。それも、昨夜より激しく。


 ベッドの上に寝転がると、わたしのワンピースの裾をまくり上げて彼の手が伸びてきた。その手でブラのカップに包まれたわたしの胸をまさぐり始める。


「……こらこら。ダメって言ったでしょ……、あぁっ♡」


 そう言いながらも感じてしまい、甘い声が漏れるのと同時に秘部からトロリと蜜が溢れてくる。彼はすかさず、もう一方の手をわたしの下着の中へ。

 二本の指で、わたしのヒクヒクしているいちばん敏感な奥をかき回していく。


「……あぁ……んっ、あ……っ♡ 貴方の指、最高に気持ちいい……!」


 そこからはなし崩しに行為が始まって、二人とも服を着たままで交わる。そして――。


「…………あぁ……っ、貢……。もう……イ……くっ!」


「ぼ……僕も……っ! うぅ……っ!」


 そして、今夜も二人仲良く達したのだった。

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