第2話 Калинка カリンカ


 立てつづけな側近暗殺に、

 いたるところの反乱暴動。


 炎の背後で踊る魔女ヴェディマの影。



 誰をも信じられぬジュガシヴィリは、

 クレムリンの奥に閉じ込もった。


 脳髄に巣喰すくむしんでいく狂気、

 心臓を切り刻む恐怖にかれ。



   ☁ ☁ ☁


 闇色な暗い月夜つきよのさなか、

 厳重な警備がやぶられ、

 兵はすべて殺しつくされた。



   ☁ ☁ ☂


 ふと男は目覚めた、

 余りにも静寂な故。


 遠い通路からの足音に、

 硬い軍靴の重さはない。


 それは小さな子供が、

 濡れそぼった裸足で、


 歩いているような…。



 扉がノックされる。

 拳銃を手にし誰何すいか


 応答なく解錠の音。

 掛金が外れて落る。


 ゆっくりと扉が…。



 拳銃を乱射する。

 乱射、乱射する。



 硝煙の匂いが、

 闇に立ち込め、


 驟雨しゅううのやんだ後に似た、

 弾の空になった銃の音。



 ゆっくりとゆっくりと…、

 扉が…開いてゆく…………。




   ☁ ☂ ☽


 いつのまに月をおお叢雲むらくもが消えたのか、

 窓にかるカーテンから月光が差込む。



 皓々こうこうたる月灯璃つきあかりの中、

 ゆるやかに波打ちつつ、


 頸筋くびすじかり更にくるぶしまで、

 つややかにたおやかに流れ落る、


 黒髪だけを身にまとってたたずむ、

 月虹色げっこういろの瞳をした裸の少女。

 


 髪の分かれめからのぞく、

 少しせてみえる肩先かたさき


 薄い微かな乳房、

 淡く色づく乳首。



 雪花膏せっかこうのように白い肌、

 めらかな白堊はくあの太腿。


 内腿の薄い皮膚に、

 透けて視える静脈。



 白い小鳩のように幻めいて、

 華奢なすあしあしうらで押印される、


 黒ずみべたつく血塗ちまみれのあしあと




 扉向こうにわだかまる、

 暗闇からただよう、


 鉄錆てつさびじみた血溜ちだまりのにおい、

 垂流たれながした糞尿ふんにょう臓物ぞうもつにおい。



 にもかかわらず……、

 それらに入り混じる、


 きよらかなようでありながら、

 何処どことなく淫靡いんびあまにおい。



 その自我を溶解ようかいさせ、

 官能のわなからめ取る、


 かぐぐ者を眩惑げんわく酩酊めいていおとしいれる酒のよう、

 どくふくんだ美しい花のみつのような匂い、


 そのかおりのさかづきは少女の股間にある、

 まだ下萌えもない清浄無垢しょうじょうむく箇所かしょ


 恥じらいを秘めた✕✕✕✕から、

 こぼれ落ちているように思われた。




甘い匂い



  入り混じって……、




鉄錆めいた 血


    汚物


 ……の臭い、



   此方まで漂って


にもかかわらず



  花の匂い

        肉の花




 拳銃トカレフ TT-33が手から滑り落ちる。




   肉 ……果肉


柘榴ざくろ…………血の味



          聖体礼儀


       血と肉



生命の水ズィズネーニャ・ワダ


   ……火酒ウオトカ




 蹌踉よろめきながら少女へと……。




    吸血鬼ウイプリ ………水妖ルサルカ



  金銀花スイカズラ 花蜜


       ……赤い実カリンカ



    禁断ザプリエートヌイー木の実プロート



       聖像画イコーナ


聖母ボゴマーチェリ


      幼子イエスイイスース



   受胎ブラガヴィエー告知シシニイ


  処女懐胎……純潔の百合リーリヤ




 くずおれるようにひざまづく。


 少女の股間のにおいをぐかのように、

 顔をめようとして意識が途切れた。






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