第4話 これって恋なのか?
彼女が自分の部屋に戻った後、俺はスマホで彼女の活動名を検索した。
【黒田 ねる 炎上】
【黒田 ねる 彼氏】
【黒田 ねる 変態】
【黒田 ねる 本名】
検索のサジェスト欄には見事に昨日の騒動についてリスナー達から検索されている事が伺えた。
個人勢で事務所にも所属していないのにここまで炎上するものなんだなと、炎上の恐ろしさを肌で感じた。
さらにVtuberについて投稿するスレを覗きに行くと、彼女の名前のスレが立ち上がっていた。
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285 名無し
ねるちゃん配信で彼氏いないとか言ってたくせに結局彼氏持ちかよ許せねぇ
286 名無し
裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り
287 名無し
アーカイブ消されて分かんないけど男の声で『あかり』とか聞こえたよな
288 名無し
ねるちゃんそうゆうプレイが好きなのかな、なんか萌える!!!
289 名無し
>>>287
本名かな『あかり』?
299 名無し ID:unicorn32
ねるたそは彼氏なんか居ないし、配信で言ってた通り隣人が叫んでただけ乙
300 名無し
まぁどっちにしろなんか萎えたから推すの辞めるわ!
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彼女のスレはこの様に荒れに荒れていた。
こんなの本人が見たら相当ショックだよな…それに書かれてること全部でまかせで、本当はただ俺が推しの名前叫んだだけなのに…
リスナーの全てが疑っている訳ではないと思うが、俺のせいでここまで叩かれてしまっている事に後悔の念が俺を押し潰した。
悔やんでいてもどうにかなる問題じゃないし、できるだけ彼女の力になってあげよう!今はとりあえず明日に備えて自作防音室について調べまくるぞ!!
あんなに嫌っていたはずの彼女の為にいつの間にか尽力しようとしている事にこの時の俺は全く気づかなかった。
丈夫な木の板を4枚、吸音効果が高い防音材を木の板が覆える枚数、それにPCなどの配線を整えるためのプラグ、熱が篭らないようの換気扇などなど必要なものを上げていったら最低でも5万円はしてしまった。
いくら彼女が支払うとはいえこんなに費用が掛かって良いのだろうか?そもそもホームセンターに必要な物全て揃っているだろうか?俺なんかが作って本当に防音機能は大丈夫なのだろうか?
俺は頭の中で何度も悩みに悩み、あーでもないこーでもないと部屋の中を徘徊していた。
次第に俺の迷走は防音室製作以外にも飛び火した。
明日どんな服で行ったら良いんだ?向こうは俺の事悠介って呼んでたけど俺はなんて呼べば良いんだ?俺なんかが彼女の部屋に上がって良いのか?車の免許は持ってるけど車ないし、レンタカー借りた方が良いのか?そもそもあの人年上か年下か?
考えれば考えるほど俺の頭の中には心配事が浮かんできた。
ふと時計を見ると、バイトに行く時間ギリギリになっていた。
やばっ!
俺は急いで支度をして家を出て行った。
バイト先に到着し、いざいつもの業務に取り掛かる。頭の中はあいつの事で一杯になっていた。
品出し、商品のスキャン、ゴミ出し、清掃作業、全ていつも行ってきた単純な作業
どうしてしまったんだ俺は…全然集中出来ない…
ふとした時に浮かんでくるのはあいつのウィンクした顔、すらっとした長い脚、腰まであるさらっとした金色の髪。
おかしいおかしい、こんな事あの時以来だ、そう俺が初めてあかりちゃんの動画を見た時……
えっ!嘘だろ?いやいやないない!あんな大雑把で非常識でギャルのあいつに惹かれているなんてそんな事あり得ない。
俺は生涯リアルで恋愛なんてする必要ない!推しさえいてくれればそれで良いんだ!必死にあかりちゃんの顔を思い浮かべあいつの存在を俺の頭から追い出そうとした、そんな事無駄だよと嘲笑うかの様に、あいつの顔が俺の脳内を侵略してきた。
「中路さんレジお願いします!!」
いつの間にか、レジの前には列ができていて何人かが早くしてくれよと、訴えているようにこちらを向いていた。
「すいません、今行きます」
こんな感じの事が今日は続き、店長には注意されてしまった。コンビニバイトを初めて約2年、初めて注意をされた。
これは……認めるしかないか。
ピロン!
「おっ悠介からメッセだ!また飲みの誘いか?」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーRineーーーーーーーーーーーーーーーーーー
(今日は急な誘いなのにありがとな!)
(全然いいよ!楽しかったわ)
(瑞季、俺気になる人が出来たわ…)
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「へへ、ダブルデートできるかもじゃんよ」
なんの変哲もない繰り返すだけの日常が今日だけは違う様に感じた。
いつもとは違う朝、いつもとは違うバイトでの出来事、帰り道での商店街でさえいつもとは違って見えた。
ここの店の照明はこんなに明るかったか?とか、こんなに明るいBGMが商店街で流れていたか?とか、いつもはキツイと感じる香水の店でさえ良い匂いに感じた。
ほぼ毎日通っているこの商店街、毎日何か違いを探していた昨日までとは違って今日は探さずとも自然と溢れてきた。
ただ気になる存在が出来ただけで世界はこんなに変わるのかと、自分に起こっている出来事に驚愕した。
平凡な毎日で満足していたはずの俺が、心のどこがでは変化を欲していたのかもしれない。そうでなければこの現象に説明がつけられない、そのくらい今日の帰り道はいつもと違っていた。
「今日も弁当屋寄ってくか」
俺はいつものお気に入りの弁当屋に立ち寄った。
「いらっしゃい!お兄さんいつもありがとね!おや今日はなんか良いことがあったのかい?いつもよりいい顔してるね」
おいおい、俺まさか顔にも出てたのかよ!くっそ恥ずかしいな!
「まぁいい事というか心境の変化がありましてw それより今日の日替わりはなんですか?」
「今日の日替わりはトンカツと生姜焼きセット弁当だよ!何はともあれおばちゃんは嬉しいよお客さんが嬉しそうな顔してるのが」
「そんなに変わって見えますかね、それじゃ日替わり一つお願いします!」
普段なら決まった物しか頼まない俺だが、今日は日替わり弁当を注文した。毎日のように顔を合わせてる弁当屋のおばちゃんに言われるならやっぱり今日の俺は昨日までの俺とは違っているんだろう。
「いつも本当にありがとね、これコロッケおまけしとくわね」
「こちらこそいつもおまけ頂いてしまって、ありがとうございます」
おばちゃんからお弁当を受け取り、いつもと変わらないおばちゃんの温かさに安心した。どんな事があってもおばちゃんは変わらず元気でいて欲しいな、心からそう思い家へと歩みを進めた。
商店街の看板と夕陽がかさなってとても幻想的に見えた。
これが気になる子が出来た人が見る世界か……俺は完全に浮かれてしまっている様だ。普段なら自分でもキモいと思う事でも今なら簡単に受け入れてしまっている。
生まれて初めてリアルの女の子に向けるこの気持ちをどう処理したらいいかわからない、当然想いを伝える事などできる訳もなく、そもそも気になっているだけであって好きなのかすらわかっていない、それでも確実なのは彼女が頭から離れないって事。
この胸に錘が乗っているような感覚はなんだ?苦しいような、切ないような感じだ。この場でジタバタして胸に引っかかっているものを取り除いてしまいたい!早く楽になりたい!俺の家に近づくにつれそのモヤモヤはどんどん増していった。
アパートに着き階段を上がると、いつも通り彼女がそこに居た。いつものようにタバコを吸い、季節外れのパーカーを身に纏っていた。
ただ、いつもと同じ所はそこだけだった、顔も、姿も、このアパートの廊下ですら今朝と違って輝いて見えた。
あー俺惚れたんだ…今朝の出来事がきっかけで恋しちゃったんだ…また俺に今朝のような笑顔を向けてもらいたい、彼女の姿を見て俺は自分が恋をしているのだと悟った。
「こん、こんばんわ今朝はどうもでした。あれから色々調べたのですが、どうやっても5万円以上はかかってしまいそうです」
彼女は俺の方を向き優しい笑みを浮かべた。
「おっ悠介!どっかいってたのか?そのことで話がしたくてちょうど訪ねようと思ってた所だったわ」
彼女はタバコを吸うのを止め俺に近付いてきた。タバコの匂いと柑橘系のいい匂いが同時にした。
「ごめんタバコ無理だった?」
「いえ、よく親父が吸ってたので気になんないです」
「そっかよかった、それじゃ入ろっか!」
「ん?入るってどこにですか?」
「何いってんのwウケる悠介の部屋に決まってんじゃん!」
やっぱり彼女はギャルだ男の部屋に入る事に躊躇がない、流れる様に俺の真横に来てドアを開けるのを待っている。
「あっどうぞ…」
そんな彼女に圧倒されぎこちない返事と共に俺は彼女を部屋に招いた。
「お邪魔しまーす!今朝ぶりだね、朝はバタバタしちゃったし明日の話の続きしよ」
「あの、俺の部屋客人とか来た事なくて椅子とか座布団ないので、近くのファミレスとかでも行きませんか?」
「え〜いいよウチそういうの気にしないし、それにわざわざ行くのもめんどいっしょ」
彼女はそう言うと今朝のままになっている抱き枕を手に取りそのまま畳に足を下ろした。
「そんな汚いところに、そのまま座らないでください!!その抱き枕座布団代わりにしてください!!!」
「だから気にしないって!それにあかりちゃんをお尻に敷いたらあかりちゃん潰れちゃうっしょ」
今朝も思ったがこの子はオタクでもあるんだよな、ギャルでオタクなのだ、そんな所が俺が惚れてしまった所の一つなのかもしれない。
「白田さんがいいならわかりました、飲み物でも取ってきますね」
冷蔵庫を開けると飲み掛けの麦茶しかなく、外の自販機に買いに行く事にした。
「家に飲み物無くってちょっとそこまで買いに行ってきます」
「ちょっと待ってて」
そう言うと彼女は立ち上がって急いで家を出て行った。
そしてすぐに部屋に戻って来ると片手には『ストレゾ』を持っていた。
「飲み物って言ったらこれっしょ!悠介も飲む?」
いやいやいくら好きだからって、知り合ったばかりの男の部屋に酒持ち込むのかよ、彼女の行動には逐一驚かされる。
「俺、お酒弱いので大丈夫です」
「そっかそっか、じゃいただきます!ごくっごくっ」
勢いよくストレゾを飲む彼女の姿は何処か男勝りであった。
「明日の事なんですけど、大体必要な物のリストは押さえられてるのですが、同じ物が近所のホームセンターにあるか分からなくて若干費用に違いが出てしまうかもしれないです。あと、結構大荷物になるのでどうやってここまで運んで来るかって感じです」
「お金はまぁ10万越えないくらいなら全然大丈夫だし、ウチこう見えて力あるからふたりで運べば何とかなるっしょ!!」
本当にこの子は行き当たりばったりで大雑把なんだな、つい先日ストレゾ大量買いして疲れて階段で休んでるの見てるし本当に大丈夫かな…
「ホームセンターまではここから歩いて30分程ありますが本当に大丈夫ですかね?」
「マジかーまぁ休み休みでなんとかなると思うけどどうかな?」
彼女はまた上目遣いで俺を見てきた。
この上目遣いで何か言われるの反則すぎるだろ!可愛いし拒否出来なくなってしまう。この子わざとやってるのか?それだったら小悪魔すぎるし、自然とやっててもタチが悪い。
「俺あんまり力に自信ないですけどなんとか頑張ってみます!それに白田さんがいるなら大丈夫そうですねぇ〜」
「そうそう二人でなんとか頑張ろ!それにウチ防音室とか少し憧れてたからめっちゃ楽しみなんだよね、だから悠介が作ってくれるって言ってくれた時、超嬉しかったんだ!ありがとね」
「いえいえ、俺音楽の関係の仕事少しだけやってたので人よりそうゆうの詳しかっただけですし、俺も一度は防音室自分で作ってみたかったんでいい機会を与えてくれてありがとうございます」
「音楽関係の仕事って悠介かっこいいじゃん!ウチなんて音楽とか全然わかんないし、リスナーとかにも音痴だとか言われてさ〜ほんとムカつく!こっちは真剣にやってんだっつーの!」
言えない!音痴な事知ってるし、俺も面白いと思って何回も再生してしまったなんて言えない!
「あはは!真剣に歌ってるのに音痴だなんて酷いですね〜汗汗」
「そうなんだよ〜まぁ歌が下手なのは自分でもわかってんだけどね……でもいつか絶対上手になるんだ!まぁ話はこの辺にしてうちはそろそろ部屋に戻るわ、とりあえず明日はよろしくね悠介!」
「はいよろしくお願いします白田さん!また明日!」
「ねぇずっと気になってたんだけど、その白田さんってやめない?ねるでいいよ!悠介と歳近そうだしウチ」
「えっ!じゃじゃあねるさん…ちなみにねるさんって歳いくつなんですか?」
「えっとねウチはピチピチの20歳!!それじゃまたね」
そう告げると彼女は俺の部屋を後にした。
彼女のいなくなった部屋はたちまち静かで閑散としてしまった。
ギャルってやっぱ凄いな嵐みたいだ!それに20歳って……ちょっと待って!!あの子同い年かよーーーーーーーーー!!!!
見た目がギャルで勢いと雰囲気にビビってしまっていたものの、俺同い年の子にあんなにオドオドしてしまってたのかよ情けない……
明日は俺が頼れる男って所を彼女に見せてやろう!そう俺は意気込み、明日のイメージトレーニングをして明日に備えた。
俺が好きなのはVtuberのお前じゃなくてお前自身だから 稲葉 かいと @orz09yukatu
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