第3話 悪い奴じゃない

「ちょっとあんたどうしてくれんのよ!!」


 家のドアを目を擦りながら開けるとそこに居たのは、顔を強張らせ怒りを露わにした隣人だった。


 身に覚えのない叱責に何もいえず固まってしまった。

 

 そんな俺に構わず彼女は続けた


「あんたが昨日大声で叫んだせいで、今大変な事になってるんだからね!!」


 は?何言ってんだこの女は……夜中に叫ぶなんてお前じゃないんだから……あっ!

そういえば昨日酔った勢いで叫んでしまったような…


「あの、申し訳ありませんでした、昨日は酔ってたみたいで」


 俺は元々の原因はお前だろ!と思いつつも迷惑を掛けたなら謝るのが礼儀だと謝罪をした。


 それでも彼女の怒りは収まらなかったようでさらに俺に怒りを飛ばして来た。


「あんたのせいで配信中に男の相手している変態ライバーだとリスナーに思われたじゃない!Zでも拡散されてリスナーからのメッセージ鳴り止まないし、どうしてくれるのよ!!!」


 どうやら俺は彼女の活動に致命的な傷をつけてしまったようだ。


「本当に申し訳ありませんでした、どうやったら誤解を解くことができますか?俺に出来る事であれば謝罪でも釈明でもなんでもしますから」


「今更何を言っても顔出しとかしてる訳じゃないし証明のしようがないのよ!あなたが何を言ったところで信じて貰えないわけ!!」


「顔出ししてないってどういう事ですか?」


 俺は彼女がVtuberであることを知っていたが、一応聞いてみた。


「Vtuberやってるの私!最近流行ってるでしょ!?聞いたことぐらいあるんじゃない?だから昨日何を言っても一部のリスナーさんが信じてくれなくてもう推すのやめますとか言ってるのよ!!」


 確かにもしあかりちゃんの配信で急に男の声が聞こえてきたら、彼氏や旦那さんが居るのかなとか思ってしまうな。でも俺だったら推す事をやめたりしないけどね!


「聞いてるのあなた?それにもし、もしそういう事するならどっか他でやりなさいよ…」


 彼女は少し言いづらそうにそう言った。


 俺はそうゆう事の意味がわからなかった。


「あの、そういう事ってなんの事ですか?」


「あんた、ほんとに変態なのね!昨日夜、Hなことして叫んでたんでしょ?お相手さんはもう帰ってるみたいだけど」


 彼女の言葉を聞いて、頭の中で宇宙を創造させた。


「昨日家に誰も来てませんし、そういう事もしてませんよ?」


「じゃあなんで女の子の名前なんて叫んでたのよ?まさか一人で……」


 彼女は言い掛けた言葉を途中で止め恥ずかしそうにしていた。


「違いますよ!!あれには理由があって」


 慌てて訂正を入れた。


「このアパート壁が薄くて隣の物音とか、話し声が結構聞こえるんですよ、それで一昨日と昨日の夜中にあなたの声がうるさくてよく寝れなかったので、その仕返しと思って叫んでしまいました」


 彼女の顔は怒っている顔から、困惑した顔に変わった。


「それなら、聞こえてるって言ってくれれば良かったのに、どうすんのよ!あんたのせいで私炎上してるじゃないのよ」


 少し表情が変わったと思えば結局俺のせいかよ!人が下手に出てることをいいことに!!だんだん俺にも怒りが湧いてきた。


 「というか、そもそもあなたが先に防音対策とかしてたらこんな事にはならなかったんじゃないんですか?それにこんなクソボロアパートの壁なんか薄いに決まってるでしょ!なんでもっとよく考えなかったんですか?」


 俺はスポーツ実況のアナウンサーばりの早口で言った。


 彼女は泣きそうな表情に変わり、何も言い返せなくなっていた。


 朝から気まずい雰囲気に胃もたれを起こしそうだ。


「すいませんでした、言い過ぎました。とりあえず今後はお互い夜中に大きな声を出さないということで」


 彼女が怒鳴り込んできた時は焦ってなんでもすると言ってしまったが、現実的に考えてこれくらいが落とし所だろう。


 どうしてだろう、彼女は黙ったまま動こうとしない、今にも泣きそうな彼女に俺はどうしていいかわからず思いがけない事を言ってしまった。


「ここじゃあれなんで……とりあえず家入りますか?」


 玄関前に女の子を立たせ泣かしそうというシチュエーションに耐えられず、慌てて放った言葉に後悔の念を抱き、さらに状況が悪くなってしまうと頭の中で思い巡らせていた所、彼女は静かに頭をコクリと下げた。


「えっ?」


 まさかの回答に思わず声を出してしまった。


 一度言ってしまった事を訂正するわけにもいかず、俺は彼女を部屋まで招き入れた。


 俺の部屋はTHE最低限で不必要な物はほとんど置いてない、テーブルも椅子も客を招く準備など何もない。


 どこに座ってもらおうかな……座布団も何もないし、何か下に引く物ないかな。流石に畳に直に座らせるのは気が引けたので仕方なく、あかりちゃんの抱き枕を押入れから出して畳に置いた。


 「どうぞここに座ってください」


 俺は言った時に気づいた、あかりちゃんの抱き枕!?やばいオタクバレするし、招いた人を抱き枕に座らせるヤバい奴だと思われるよな……


「これあかりちゃんじゃん!!この抱き枕の他のライバーのバージョン私も持ってる!!!」

 

 そう言うと彼女は急に部屋を飛び出して行った。


 ドタドタと廊下を走る音がした後、再び俺の部屋に戻って来た彼女は自分の身長と同じくらいのクッションの様なものを抱えて来た。


「ほらほらこれ!リリちゃん!!」


 つい先程まで泣きそうな顔をしていた彼女の表情は、まるで新しいおもちゃを買って貰った子供のような純粋な笑顔に変わっていた。


 彼女の言うリリちゃんとはあかりちゃんと同じ事務所に所属する、第二期生、歌たって踊れる天才高校生、かなでリリカの事である。


 「あなたも『StepUp』好きなんですね!この抱き枕もイベント限定品ですし、僕はずっとあかりちゃん推しです!」


 「へぇ〜周りにVオタいないからテンション上がっちゃった!!あかりちゃんすっごい声良いし、歌上手いし、癒しだし、優しさが溢れ出てるし、母性やばいって感じでめっちゃ良いよね〜」


 急に縮められた距離感についていけずおどおどしてしまった。流石ギャルである、距離の詰め方が常人のそれとは違う。


 俺は推しのあかりちゃんが褒められ、なんとも言えぬ嬉しい気持ちになった。これが自分の好きなものを認めてもらえる喜びか!!俺もついテンションを上げてしまい、語り出した。


 「リリちゃんも歌上手いし、容姿に反してハスキーなあの声はなんか癖になりますし、後輩力ありすぎて先輩ライバーとの絡みが尊いですし、何より制服からのアイドル衣装の変わり様はすごくドキッとします!!」


「え〜だよねだよね!!わかってんじゃんあんた!!!あとどう見ても小さい胸なのに、小さくないもんって言い張るあの姿はとっても可愛いくて抱きしめたくなるの!!!!」


 生まれて初めてリアルで出会ったVオタクに二人はすっかり今朝の出来事は忘れ、互いの推しについて語り合っていた。


「それでね、リリちゃんはあかりちゃんの事をお姉ちゃんみたいに思ってて、事務所とかでばったり会った時とかお姉ちゃんって呼んでるんだってやばくない!?」


「へ〜そうなんですね、俺リリちゃんの配信時々しか見ないんで初めて知りました!!あかりちゃんはなんて呼んでるんですかね?あんまりあかりちゃんの配信では他の子の話とか出ないんで裏の話とかわからないんですよ」


「確かあかりちゃんってリスナーがコメントとかで他の子の名前とか出すと、嫉妬して拗ねはじめるんだよね?独占欲強くてめっちゃ可愛いよねぇ〜!逆にリリちゃんは結構ドライで好きにしなーみたいなスタイルだからちょっと羨ましいなぁ」


「やっぱり個性豊かなライバーがいて良いですよね『StepUp』は他のV事務所にはない魅力があるというか」


「そうそう!コラボとかでも普段個人の配信では見られない一面とか見れて良いよね!!」


 俺と彼女は水を得た魚のように推しの話に花を咲かせた。


「それでは、今日はありがとうございました!推しついて語り合えて嬉しかったです!!」


「それなそれな、また語り合おうね!!」


 そしてお互いが一息ついた時に気づく


 いや、オフ会かよ!!!推しについて語り合うオフ会かよ!!!

 

 そもそも彼女を家に招き入れた事が失敗だったのに、つい浮かれてその事を忘れていた。彼女に起きた事は何も解決していないのである。


 人の事言えないがこいつもアホか?ついさっき怒鳴り込んできた事忘れているし、

この後どうしたらいいんだ?俺から言い出した方がいいのか?


 意を決して恐る恐る彼女に言った。


「その、すごく言い難いのですがの件は大丈夫なのでしょうか?」


「あっ忘れてた!?そうよそうよどうすんのよ!!私炎上なんて初めてでどうしたら良いか分からなくなって、あんたの部屋に凸りに来ちゃったけど……冷静に考えたら朝から迷惑だったわね、ごめんなさい」


 確かに凄い勢いでZなどで自分の批判がポストされていたら焦って冷静な判断が出来なくなるかもしれないし、俺が叫んだりしなかったらこんな事にはならなかったよな、彼女が反省して下を向いている事に俺は罪悪感が生まれた。


「俺もいくら夜中に騒音がするからって、同じ事をしてやり返すのは大人としてあるまじき行為でした。本当に申し訳ありません」


 お互いに非を認め、互いに納得のゆく形になりはしたが結局のところ炎上している事には変わりないし、今後どの様にするかはまだ解決出来ていない。


「やっぱりほとぼりが冷めるまでは活動休止にしたほうがいいのかな……それに防音対策とかしなくちゃだし」


 彼女は困惑した様子で体育座りの状態から、顔を埋めた。


「俺が言うのもなんなのですが、活動は休止しない方がいいと思います!あなたは何にも悪い事して無いですし、むしろそれで休止したりしたらさらに疑いに拍車が掛かってしまうと思われます」


 彼女は蹲った状態から顔を上げこちらを向いた。


「それでもやはり、防音対策は必要不可欠だと思います。住人に迷惑をかけるってのもそうなのですが、外からの音も抑えることで要らぬ疑いを掛けられることもなくなるでしょうから」


 俺の言葉を真剣に聞いていた彼女の表情は心無しか明るくなった。


「そっか活動休止しなくても良いのか!そうだよね休止したらもっと言われちゃうよね!意見を言ってくれてありがとね!」


「活動は休止しないとして防音対策はどうしたら良いのかな?私そうゆうの詳しくなくて全然わかんないんだよね」


 俺は趣味で音楽の編集や動画制作をしていたので、その辺のことは結構詳しく彼女にいくつかアドバイスをした。


「防音対策はやり方が沢山ありまして、予算があれば防音室を買うのが一番簡単で確実な方法です。値段は約10万から150万。防音室を買う余裕がなくても今はレンタルができるので比較的安く防音室を導入する事が可能です。それでも月一万円以上は掛かります。その余裕すらない場合はホームセンターなどで木材を購入して自分で作るって方法もあります。それでもやはり10万円くらいは掛かってしまいますが」


 俺が持つ防音室についての知識を呪文の様に語り彼女はポカンとしていた。


「え〜と流石に防音室を買うお金は無いから、値段的にレンタルが良いのかな?」


「確かにレンタルは安く防音室を利用する事が可能ですが、導入までに一ヶ月は掛かりますし、大体2年契約とかで途中で辞めるとなると違約金とかが発生してしまいますよ」


「え〜流石にそんな待てない!!いつまでここに住むか分からないし、防音室を導入していいかも大家さんに聞かないと分からないしなぁ」


 彼女は急に俺に目を合わせ、上目遣いで俺に言った


「お金払うからぁ私に防音室作って欲しいなぁ」


 甘えたような声色でつぶやかれた言葉は今まで女性とまともに絡んだことのない俺からしたら刺激が強く、心臓がドキッとした。


「お、俺なんかに頼んで良いんですか?それにさっきまで言い争ってたのに…」


「あんたが悪い奴じゃないってのはさっき推しの事語り合ってわかったし、それにあんたが叫んだおかげでこうなったんだから責任とってよね!!」


 最後の言葉と共に彼女はウィンクを放った。


 俺は少しの間、沈黙した。


「わ、わかりました俺でよかったら頑張って作ってみます」


「まじ?やったやったありがと!それじゃ空いてる日に早速材料買いに行こう?」


 話がまとまり、明日近くのホームセンターに行く事になった。


「それじゃ明日はよろしくね!えっとそういえば名前はなんだっけ?」


「えっと、俺は中路悠介なかじゆうすけです。」


「じゃ悠介!また明日!私は白田しろたねる!よろしくね!!」


 そうして彼女は自分の部屋に戻って行った。


 あいつの名前白田ねるってゆうのか……って!ほとんど活動名と一緒じゃねーか!!!


 

 







 



 









 







 




 



 






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