第一章『血塗れ人形』/ 第一節『ディナーの始まり』

「……っ……う」


 暗闇から目覚める。


 薄く蛍光灯かなにかの白い光が、薄く視界に入り込む。


 まだ耳は正確に音を捕らえることができず、酷い耳鳴りを覚える以外には何も聞こえない。


「……ここは」


 男は呻くように小さく呟く。


 段々と視界が明瞭になるに連れて追い付くように音がやってくる。


「……飯……届きまし……たよ~」


「……あ……がとうございます……ご飯……馳走になって……」


 途切れ途切れに誰かが喋る声が聞こえる。


 声的に、会話をしているのは男と女の二人だろうか?


「……問題ねェよ、これから暫くの付き合いになりそうだしなァ」


 もう一人の声。


 直ぐ側で聞こえる、何とも柄の悪そうな女の声が聞こえたと思うと。


 男はハッキリと意識を取り戻す。


「……っ! 俺は、何を……」


 ドレッドヘアーが特徴的な黒人の男は声を上げる。


 周囲を見渡せば、医療品か何かの瓶や包帯らしきものが収められた棚や、軽い手術器具のような金属器が置かれた机などがおいてある部屋にいることが分かる。


 そのまま窓を見れば、まだ外は暗く夜遅くであることが分かる。


 自分の状況をまだ正しく把握できていないこともあり、やや混乱気味に目を覚ましたその男は、周囲の確認を終えた後近くに座っていた派手な緑髪の女『ジャネット・ダルカニア』は見る。


「お? 意外と早く目ェ覚ましたな……気分はどうだ?」


 ジャネットの言葉に、黒人男は額に汗を浮かべつつ目を細めて応える。


「……お前、な……んで、ぐッ」


 すぐ側に座る相手の顔を見た男は、驚きで飛び起きるように身体を起こそうとするものの背中と腹に鋭い痛みを覚えて声を上げ、直ぐに力が抜けてしまう。


「ムリはしねェ方が良いぜ? 処置はしたが痛みを抜くのは流石に不可能だからよォ」


 そんな男の様子に、無理に動かないほうが良いと忠告するジャネット。


「はぁ……っ……くっそ、なんでお前がこんなこと」


 自分の傷の状態へ忠告を飛ばし、手当もしたという相手を睨みながら何故そんなことをしたのかと黒人の男は問う。


 先程までこの男とジャネットは、殺し合いもといジャネット側からの一方的な蹂躙を受け、決して傷を手当したりするような関係ではなかったのだが。


「言ッたろ? アタシは《約束》を守るッてな……まァ、それにもうちッと詳細な『お話』ッてェのを聞きたいしな」


 ジャネットの口にした『約束』という言葉に一瞬男は眉をひそめるが、自分が気絶する直前の相手の言葉を思い出す。


【……賢い選択をしたぜアンタ、安心しなアタシは約束は守る】


 自らの身の安全と引き換えに、『金隆會こんりゅうかい』の拠点と思われる場所の情報を明かした黒人の男。


 男の選択に対して、ジャネットは必ず約束は守ると話していた。


「……マジで守るとは思わなかったぜ」


 実のところ男は、ジャネットが約束を守るとは思っておらず、どうせ死ぬなら無様に生き延びて逃げ回るより死んだほうがマシだと考えていたのだが。


 実際には、敵であったはずの相手に手当を施され現状拘束すら無しの状態に置かれている。


「まァ、正直殺しても殺さなくてもどッちでも良かッたンだがな」


「俺が目ぇ覚めたときに暴れたりするってのは考えなかったのか?」


 生かすも殺すも別にそこまで変わらないと話すジャネットに、男は自分が目覚めたときに攻撃的な態度を取る可能性は考えなかったのか?と尋ねるもののその問いに彼女はニヤッと先刻の戦いの中で見せた笑顔を浮かべ答える。


「いつでも良いぜ? 次は頭か? 心臓か? まァ痛めつけはしねェよ、一瞬でケリ付けてやる」


 狂悪な笑みを浮かべて、男が暴れるならば殺すと楽しげに話すジャネットは【どうする?】とでも言いたげな様子で男と目を合わせて。


「……冗談だ、別に暴れるつもりはねぇよ……」


 ジャネットの様子に軽い恐怖を感じた男は、先程の発言を冗談として撤回する。


「それよりも、聞きたい事は何だよ……俺の知ってることは全部話したつもりだぜ」


「あァ……それなンだけどよ」


 男は自分の知っていることは全て話したため、ジャネットの求めるような情報はこれ以上開示できないと話すと彼女はそれについて説明をしようとするが。


あねさん、飯届きましたよ~」


 ジャネットが口を開いたと同時に、金髪のハワイアンシャツが特徴的な男『リョウタ・オザワ』が声をかけ。


「おう、ンじゃァ飯食いながら話するか」


 デリバリーを頼んでいた食事が届いたことを伝えられると、黒人男へと一緒に食事を摂りつつ話をするため、男に肩を貸し、手当を行っていた部屋から事務所へと移動していく。


「あ、ジャネットさん……と」


 事務所の扉を開き、中へと入ったジャネットと黒人男に一人の女性が声を掛ける。


 薄い茶髪に、穏やかそうな雰囲気が特徴的な顔立ちの良い人物『リーナ・ムーア』である。


「……ケネス、ケネス・ジョンソンだ」


 事務所に設置されたソファに座るリーナを見た黒人男は、少しばかり気不味そうにしつつも自らの名を『ケネス・ジョンソン』と名乗る。


「そういやァ、名前聞いてなかッたな……ジャネットだ、よろしくなァ」


「リーナ……リーナ・ムーアです。よろしくお願いします、ケネス……さん」


 オドオドとした様子で吃るリーナとまだ名乗っていなかったことに気付いたジャネットがケネスへと名乗りを返す。


「……おう、よろしく」


 現在はこうして話しているものの一度は危害を加えようとした相手であるリーナから、目線を逸らすケネスだったが、結局食事を一緒にするため近くのソファへと座る。


「うっす、飲み物持ってきました~ これで全部ですかね」


「あァ、オマエも座れそろそろ食うぞ」


 ジャネットもソファへと座ったと同時に、事務所へと飲み物の瓶やグラスをトレーへ乗せて持ってきたリョウタが合流し、ソファ前のテーブルに置かれたピザやフライドチキンが並んだ中へ持っていたドリンク類を置く。


 そうして、配膳し終わったリョウタにソファへ座るよう促したジャネットは、適当にコーラの瓶を取ると栓抜きを使わずに手で蓋を開けて飲み始める。


「よし、んじゃ……いただきます!」


 座るように促されたリョウタも、席につくと日本人らしく手を合わせて呟き、飲み物を栓抜きで開けてコップへと注ぎ始める。


「……わ、私も……頂きます」


 リーナの方は、日本人特有の食事への感謝を述べる文化とは違うものの食べる前に一言述べて、ピザを取って小皿へと移す。


 そうして、各々食事を始めた三人に対してまだ動きを見せなかったケネスが口を開く。


「……それで、聞きたい事ってのはなんだ? ジャネット・ダルカニア」


 彼の質問に、皿に盛られたフライドチキンへと手を伸ばそうとしていたジャネットが手を止めてケネスの方を見る。


「早速だなァ……腹減ッてねェのか?」


「オマエが腹に一発ブチ込みやがったせいでな……ってそうじゃねぇ、確かに飯を食う気分じゃねぇが、要件は早めに済ませたほうが楽だろうが」


 単刀直入に話を始めた相手へ、軽い冗談を交えつつ返したジャネット。


 その返しに、ケネスも皮肉交じりに応えるものの本題へと進もうとする。


「……確かにな、んじゃァまァ簡潔に聞くぜ?」


 ケネスの意見に共感したジャネットは、フライドチキンを取り皿へと移すと一旦手を止めて相手の目を見据えて問う。


「『血塗れ人形ブラッディー・マリー』ッてェのはナニモンだ?」

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