第3話 水たまり




「え?

 …………いや、どうだったっけなぁ」


「六年のなぁ、終業式がおわったあと。

 あのときも、三人で、あそこ行って遊んでたよな」

「あ~~。

 ……そうだったかな」


「おまえが言ったとおりにさ。

 ちょうどあの日も、ボールがそれて、あの水たまりへ落っこちて」

「……あぁ」


「水たまり、つってもさ。ちっせぇ池くらいはたしか、あったよな。

 あの日まではなぁ、すぐ近くへころがり落ちるくらいのもんだったけど。

 なんでかさぁ。あの日にかぎって、むこう岸っつか、はなれたとこまで落ちちまって」

「……そうだったかな」


「そんでさぁ。

 あの日もアイツ、ボール追いかけてったんだよ。

 たしかにな、バカみたいにな。

 そんでザブザブとびこんで、水たまりのむこう側まで行こうとして」

「…………………………」


「……いきなりさ。

 ザブンッ、って沈んだんだよな」

「…………………………」




「それまで気づかなかったけどさ。

 あの水たまり、まん中あたりで、けっこう底が深くなってたんだよな、アレ。

 アイツがおぼれるくらいにな」

「…………………………」


「さすがにさ。バカのアイツもあわててさ。

 ギャンギャン叫んで、ジタバタして。

 あの水たまりで、あんなでかい水しぶきがあがるなんて思わなくってさ。

 俺、あん時、心臓とまるかってくらいすっげぇ怖かった」

「………………………………」


「水ザブザブはね散らかしてさ、アイツ、こっち向いたよな。

 白目むいて、でけぇ口あけて……」

「………………………………」


「あれ、きっと、叫ぼうとしてたんだよな。

 “助けてよ! 助けてよ!”って」

「……………………………………」


「でもさ、俺、あの顔みて、カンゼンに動けなくなっちまったんよ。

 バカのアイツが、あんな……バケモノみてぇな顔すんの。

 ……ぜんぜん動けなくなってなぁ。

 ションベンもらしてたわ。ガチで。

 チンチンのあたり、じわぁ、って、生あたたかくなってたん」

「……………………………………」


「そうやって、ただアイツの顔みてるうちにさ。

 その顔が、ずぶっ、ってあの黒い水にしずんでさ」

「……………………………………」


「ボコッ、ボコッ、ボコッ、って。

 でっかい泡がみっつあがってさ。

 ……それでおしまいだったんだよ」

「…………………………………………」




「どんぐらいだったんかなぁ、時間。

 あれからしばらく、動けないで、そのままじっとしてたんよなぁ」

「…………………………………………」


「おまえの顔みたらさぁ。

 なんてか、もう、『あぁ、“真っ青になる”ってのは、こういう顔だったんだ』ってわかるような、そんな顔してたんよ」

「…………………………………………」


「俺もたぶん、おんなじくらい真っ青になってたんだよな」

「…………………………………………」


「どんぐらいたったんかなぁ、アレ。

 とにかくさ、ふと思ったんよ。

 “助けなきゃ”って。

 ……今さら、ってカンジよなぁ」

「………………………………助けただろ」


「……まぁな。

 遊び道具につかった、竹ザオとかシャベルとか木刀とか、いろいろ隠してあったからな、あのあたり。

 いちばん長そうなやつを、二人で水たまりにつっこんで。

 すぐ引っかかったんよな。でも、ウソみたいに重くって。

 二人がかりで引きずりあげようとしてよ、それでもダメで、とうとう水たまりのなかまで入ってよ。

 最後はさぁ、腰から下、あのきったねぇ水でドロドロになってたんよなぁ」

「……………………………………………」


「んで引きずりあげたときはさ、夕方になりかけてたけど。

 ……遅かったよな」

「……………………………………………」

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