第50話 ファーストインパクト


 人格形成に多大なる影響を与えた島での生活は、現代社会における人間の在り方に大きな乖離かいりを生み出していた。強くなる事は確かに必要だが、それにも限度があり、がむしゃらではいけないのだと教えられた。


「しんちゃん! 私の言った意味、解かる⁉」


 僕の両頬には、未だにあゆみちゃんの両手が残されている。痛みは記憶と結びつき二度走った両頬の衝撃を、今後忘れる事は無いと思う。添えられたあゆみちゃんの手に自分の手を当て、温もりを噛みしめる。


「うん、無茶はしない様にする。きっと僕にとって無茶じゃなくても、やり過ぎる事はあると思うけど、その時はあゆみちゃんが止めてね」


「……ん! わかったならいいの! ごめんね? 痛かった? よく見せて!」


 二度も叩かれたわけだが、あゆみちゃんの力はそれ程強い訳ではなかった。両頬を掴まれたまま、僕はあゆみちゃんの診察を受ける。顔が近く、意識してしまう。視線も動かしようがないので、僕は思わず目を瞑ってしまった。


「……い、今なの……? そ、そうだよね……!」


 その小さな声の後に、予想してない感覚が訪れる。


『むちゅう……! じゅじゅっ……!』


 唇に柔らかいものが振れた。あゆみちゃんの唇が重なっている。す、すごい圧力だ! 更に吸引力もすごい……! これが唇同士のキス……! こんな、そばを豪快に啜る様な音が出るのか……! お、思った以上に接触時間が長いな……! 心なしか両頬に掛かる圧力が増している様な気もする。


「んんっ……! すばぼぼぼ……! ずるぼっ……!」


 本当に⁉ これ本当にキスなの⁉ 捕食じゃないよね⁉ 口内の酸素と水分は全て奪われており、両頬を押さえつけられている為、鼻で呼吸をすることも出来ない。


「んぶっ……! んおぉおっ……!」


 僕は思わずあゆみちゃんの肩にタップを決めたが、何を思ったのかあゆみちゃんはその勢いを増した。呼吸を奪われ、僕の膝は次第に落ち、地面に付く。それでも彼女の吸引はとどまる事を知らない。


 やがて両頬が解放され、鼻呼吸が許されたが、その自由になった両手は僕の背中へと回される。より情熱的なキスが継続する。この瞬間も唇は一瞬たりとも離れておらず、密閉された口内からは時折、湿り気のある空気が漏れる。


 ――五分後


「ぷはぁーっ! 堪能したぁ! しんちゃんったら……もっとして♡ っておねだりが上手なんだからぁ♡ やぁん♡ 舌と舌が絡み合って、まるでチョコレートが溶け合うみたいに濃厚な味わいが口の中でいっぱいになったぁ……♡」


 吸い込んだ酸素は次の瞬間に奪われる、永遠かと思われた濃厚な口づけは、僕の気絶によって幕を下ろしたのであった。


「し、しんちゃん! そんなに私とのキスが最高だったの……? 気絶するほど……? こうなったら人工呼吸で起してあげなきゃ……!」


 その後、三回の気絶と覚醒を繰り返し、僕はようやく解放された。


「あはは……! ごめんねしんちゃん。まさか息が出来なくて気絶してるとは思わなくて……! ああいう時は、鼻で呼吸するんだよ! 憶えておいてね!」


 あゆみちゃんは、僕の鼻呼吸が下手だったから酸素の供給が出来なかったのだと思い込んでいるが、キミの吸引力が凄すぎて、取り込んだ酸素が肺に行く前に奪われただけなんだと説明する事が出来なかった。


 とんでもない初キスを経験した事で、僕は今日の事を二度と忘れないと思う。


 呼吸が奪われたことで意識していなかったが、彼女の言う通り、唇が重なって適切な負荷が掛かり、舌が絡まった時の感覚は筆舌に尽くし難いものがあった。


 次の機会ががあるならば、命の危険を感じない状態で堪能したいものである。


「しんちゃん! バイバーイ!」


 寄り道の時間はすっかり無くなり、あゆみちゃんとは駅でバイバイした。名残惜しさなのか、なかなか改札を超えてくれない為、十回はバイバイした。


 周囲の視線がとても生暖かい。


 見送りの後、何事もなく帰路に着くがまだ時間があった。これからの事を考慮し、近くのドラッグストアに医療用品コンドームが入荷されているかを確認し、出来れば購入の予約、または取り寄せが出来れば良いなと考えていた。


 きらら先輩の授業から得た知識からすると、性行為には練度が必要とされる。来るべき本番の為には出来る限りのリスクコントロールが求められる。壁を壊さないだけでなく、彼女たちとの今後も考えて準備はしておいた方が良いだろう。


 女性中心社会となっている現在、男性用の医療用品コンドームはその数を減らしているという話だ。黒縁メガネをかけた分厚い三つ編みの店員さんに話を聞いたところ、僕のサイズに適した商品は普段入荷しておらず、取り寄せになるという。


「正確な大きさを測りたいので、別室までおいで下さいませんか? メーカーの表示サイズと実際の大きさが合わなければ効果は発揮されませんよ」


「あぁ、そうなんですね。是非測ってください」


 僕は別室という名のバックヤード呼ばれ、店員さんはメジャーを取り出した。医療用品も服の様に正確なサイズを測って適切な商品を選ぶと云うのは初めて知った。


「そ、それでは測らせて頂きますね……! ほっ……おっきぃ……!」


 外周と長さを測られているが、店員さんの距離がとても近い様に思える。呼吸が何度も執拗に当たり、宝剣はその硬度を増していく。


「コンドームの装着は最大時に行うものですのですよ。先程申告されたサイズよりも明らかに大きくなっています……! これは測り直しですね……! ごくり……!」


 なんで生唾を飲んだの? いや、僕の身体からはフェロモンは出ていないので、ひょっとしたら勘違いかもしてない。真面目そうな店員さんが、僕をそんな目で見ている訳がない……。


 見ていた。バッチバチに見ていた。穴が開くほどに。


「そんなにじっくりと見られると、こちらとしては恥ずかしいんですけど……」


「し、失礼しました。しかし、目視しなければ正確には測れませんので、今しばらくの我慢をお願いいたします!」


 三倍宝剣をじっくりと測定され、正確な数値が導き出される。どうやら僕の宝剣は企業が想定している最大値のギリギリ範囲という話で、下手をすれば海外メーカーからの取り寄せが必要になるとの事であった。


「ウチのストアは海外の医療品メーカーとの提携があるので問題なく手に入ると思いますよ。予約される際にはこちらにお名前と電話番号をお書きください」


 僕はズボンを履き直し、書類に必要事項を明記した。その流れでポイントカードも作ってもらう事になった。


「ウチの系列店でしたら、ネットショップの方でも取り扱いが出来るので、そちらも合わせてご利用ください」


「ご親切にありがとうございます」


  一応隠し撮りがなかったかを【映像記録媒体破壊装置】であるピッコロで確認した所、バックヤードに置かれていたロッカーの上にある段ボールから盛大な破裂音がしたが、追及はしなかった。ピッコロによって破壊されたカメラは、例え記録媒体が無線の先にあったとしてもそれを追尾して破壊する事が可能だからである。


 店員さんは少なからずショックを受けていた様だが、悪い事は出来ない。しっかりと反省をして頂きたい所存である。


 商品の取り寄せを済ませた僕は、そのままの足で寮へと帰った。

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愛美くんは超鈍感~男女比1対49999の世界に生まれ落ちたボクが政府に過酷な性行為を強要されて真実の愛に目覚めるまで~【カクヨムコン10参加作品】 メアー @mareflame

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