信者の偶像
ある県の警察本部。
証拠物品管理倉庫にて。
今日配属された本部を先輩に案内される中で、俺はソレと出会った。
「……何ですか、これ」
机にポンと置かれた一メートル程の像。
女性を模したものだろうソレは、お世辞にも出来が良いとは言えなかった。
しかし雑多な倉庫の中で他の物に埋もれていないためだろうか、やけに目を惹かれる。
「あぁ」
疑問に思い訊ねてみると、先輩は軽く頷いた。
「その像は、何年か前に詐欺で引っ張られた新興宗教の御神体だよ」
「へぇ、そうなんですか?」
「あぁ。俺も教祖の聴取に同席してたんだがな。この像には神様が宿ってるって」
「うぇぇ……」
そう聞くと、ただの不出来な像も薄気味悪い物体に見えてきた。
ただの像に、一体何を見出したというのか。
「なんでも、ハマる人間が見ると目が離せなくなるらしいぞ? お前が来る前に、こっそり持って帰ろうとした奴がいてな」
「ちょっと、やめてくださいよ」
「ははっ、まあそういう像だから。触るなよ?」
「言われなくても触りませんよ……」
むしろ、頼まれたって触りたくはない。
というか、そんなものなら早いところ処分した方が良いのではないだろうか。
「いや、処分はしない」
想像よりもずっと強い否定に、俺はびくりと身を固くした。
すると、先輩はハッとしたように言葉を並べる。
「いや、元の持ち主はムショだし、家族親戚も引き取りたがらないからな。スペースが足りない訳でもないし、もうしばらくはこのままだと思うぞ」
処分するなら他の物とまとめることになるだろうし、そうなれば予算だってそれなりに必要だ。
冷静にそう言われてしまえば、俺には何も言い返せない。
態度に疑問を覚えつつ、俺は次の場所へと先導する先輩について行った。
◆
本部へと配属され、周囲の環境にも慣れてきた頃。
「なあ、今日ちょっと時間あるか?」
案内などでお世話になった、例の先輩がそう言った。
「ありますけど、何かあるんですか?」
「や、今日はちょっと
「飲み会か何かですか?」
「似たようなもんだな。場所はここだけど」
「えぇ……公務員ですよ?」
「まあ細かいことは気にするな。酒を飲もうって訳じゃないんだから」
それなら一体何をするのか。
疑問ではあったが、断る理由もなかったため、俺はその集まりに参加することにした。
「ここって……」
先輩に連れてこられたのは、いつぞやの証拠物品管理倉庫。
何となく、行くのを避けていた場所だ。まあ、元々用事がなければ行くような場所でもないのだが。
「あぁ、もう始めてるな」
先輩が軽く開いた扉の向こうから聞こえる騒めき。
どうやら、集まったのは一人や二人ではないらしい。
そして、俺はその奥を見た。
もしもその光景を一言で表すなら、異様だろうか。
そも、この倉庫はそれほど広くない。
当然だ。この場所は証拠品を納めておく場所であって人間が集まるための場所ではない。
そんな広くもない部屋に、ぎちぎちに人間が詰められていた。
いや、詰められるという表現は適切ではない。
彼らはあくまでも自らの意思で集まっている。
揃って同じ方を向き、膝と手ををついて頭を下げる。
それは俗に土下座と呼ばれる姿勢に近いものであり、あるいは五体投地と呼ばれる祈りの所作である。
その祈りの先にあるものを、見る勇気がない。
故に人を見るしかないのだが、祈る人々の顔に見覚えがある。それも当然だ。だって彼らは、俺の同僚なのだから。
「ほら、お前は初めてだからな。前の方に行こう」
先輩にがっと手を掴まれ、彼らが向く先に引っ張られる。するとこれまた当然に、俺は思わずそちらを見てしまう。
そこに在ったのは、件の女性像である。
やたらと目を惹くその像。
以前はテーブルにポツンと置かれていたためだと思っていたが、違った。
この埃っぽい部屋の中で、この像にだけ埃が積もっていない。つまりは丁寧に扱われていることの証左であり、この像が倉庫において異常であることを示している。
「せ、先輩……?」
「お祈りの仕方は分かるか? 分からなくても、周りを真似すれば良いからな」
同調圧に流され、俺は言われるがまま像に向かって正座する。
ちらりと背後を振り返って見ると、爛々とした同僚たちの瞳が俺と、像を見つめていた。
そこには確かに、俺の知らない狂気がある。
「な、何で……こんな……」
怯えと共にそう呟くと、耳敏い先輩は当然のように言う。
「何故って……彼女は綺麗だろう?」
不細工な人形は、非道く輝いて見えた。
光に焼かれた一人の誰か @akahara_rin
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