魔王くんとえくぼとバラの花

 学園がお休みの日に、わたしたちはデートをした。

 遊園地に行って、手を繋いでたくさんの乗り物に乗った。

 観覧車のてっぺんに来たときに魔王くんはわたしにキスをした。彼はもう照れないでキスをするようになったけどわたしはやっぱり恥ずかしくて、もじもじするわたしの肩を、魔王くんはえくぼを見せながら抱き寄せた。


 ベンチに並んでアイスを食べながら、二人でおしゃべりをした。


「じゃあ、魔王くんが魔王になる時に、誰かが名前をつけるの?」


「うーん、なる瞬間じゃないんだけどね。魔王になる前に強い関わりのある人、運命の人っていうのかな、その人が僕の真名しんなを呼ぶらしいよ。先代の魔王から呼ばれるパターンが多いみたい」


「真名ってなあに?」


「魔王のすごく大切な名前。誰にも教えちゃいけないんだよ。だから、魔王は自分の名前を知っても誰からも呼ばれることはないんだ」


 内緒の話らしくて、魔王くんはわたしの耳元で囁いた。


「誰にも呼んでもらえないんじゃ悲しいよ。じゃあさ、仮の名前をわたしがつけてあげようか? ふたりきりでいる時に呼ぶ名前を」


 わたしも魔王くんの耳に囁くと、少し尖った耳が赤くなった。


「僕たちふたりだけの名前?」


「うん」


「わあ、そういうのってワクワクするね。つけてくれる?」


「いいよ。……あっ、今かっこいい名前が浮かんだよ!」


「何? 何て言うの? こっそり教えて」


「あのね、アルベリオンっていうの。どう?」


「アルベリオン?」


「アルベリオン」


 もう一度わたしが囁くと、わたしの口からキラキラした光が出てきて、魔王くんの胸元に潜り込んだ。


「え? 今のなに?」


 魔王くんの襟元をびよーんと伸ばしてふたりで覗き込むと、胸には小さな黒いバラの花模様が刻まれていた。


「これは前からあったの?」


「ないよ! 初めて見たよ! っていうか、この印って」


 魔王くんはわたしの耳元にかすめるくらいに唇を寄せて、「今のが真名だったみたい」と言った。


「そうなの? わたしが当てちゃったの?」


「そうだよ」


「びっくりしたよ! すごい偶然だね」


「偶然じゃないよ」


「え?」


 魔王くんは頬を染めて、わたしに言った。


「リアナさんは僕の特別な人だったんだよ。僕がすごく好きになっちゃったせいなのかな」


 魔王くんは食べ終わったアイスのカップを集めて立ち上がり、ごみ箱に捨てて来るとまた隣に座った。


「ええと、リアナさん、僕と結婚してください」


「ええっ? 結婚?」


 わたしたちはまだキスしかしてないのに、いきなりプロポーズ?


「僕は次期魔王だから、リアナさんを連れて魔界に行って暮らすことになるけど、リアナさんの事は大切にします。他にも人間と結婚した魔族はいるから大丈夫。『人間妻の会』もあるし」


「えっ、えっ、」


「ごめん、いつかプロポーズしようと思って調べていたんだ。こんなに早く申し込むとは思わなかったけど、結婚はリアナさんとしたかったから。急でごめんなさい。でも、良かったら僕とのこと真剣に考えてください」


「あの、あの……嬉しいです。前向きに考えさせてください」


 魔王くんがとても真剣な瞳で言うから、わたしも真剣に答えた。

 そして、親や友達や先生にまで相談して、魔王くんのお嫁さんになるというのはどんなことなのかうんと考えて悩んで、わたしは自分の意思で結婚を決めた。


 それを告げたとき、魔王くんは泣きそうな顔をしてわたしにぎゅっとしがみついた。

 そして、今までで一番長いキスをした。






 後で知ったのだけれど、魔界に留学していたグレン先輩は、ドリュアドのお嫁さんを見つけてきたらしい。


「ねえ魔王くん、交換留学って結婚相手探しも兼ねているの?」


 魔王くんはにっこり笑ってえくぼを見せたけれど、答えてくれなかった。


 ちなみに、わたしたちはふたりだけの時に大きい魔王くんのえくぼを探してみた。

 大きくてもえくぼはちゃんとあったので、わたしは嬉しくなってほっぺたをつついたら、最近なんでも理由をつけてキスをしてくる魔王くんに、やっぱりキスをされてしまった。






 目を開けたら、魔王くんの顔が見えた。大きい魔王くんの姿だ。

 赤い切れ長の瞳には涙が浮かんでいる。

 なぜ泣いているの?


「わたし、うとうとしちゃったみたい」


 魔王くんはわたしを横抱きにしている。

 寝起きだからなのか、身体に力が入らない。


「学園にいた頃の夢をみていたよ。楽しかったね」


「……そうだな」


 側で、小さな子どもがくすんくすんいっているのが聞こえて頭を向けると、魔王くんのミニチュアみたいな子が三人、見えた。黒い髪に赤い瞳で、小さな角が生えている。


「おや、かわいらしいわね」


「おばあさまぁ」


「会えなくなるのはいやです」


 しくしく泣く頭を、端から撫でていく。


「よしよし、いい子ね」


 子どもたちの親らしい人もすぐ近くに立っていたので、笑いかけた。

 なんでみんな泣くのだろう。


「魔王くん、なんだかまた眠くなりました」


「リアナさん」


「まあ、魔王くんまで。泣きすぎですよ」


 わたしは魔王くんの涙を拭おうと手を伸ばした。

 あら、わたしの手はシワシワのかさかさだわ。

 こんな手をしているから、この子たちにおばあさまと言われてしまったのね。


「リアナさん、生まれ変わったら絶対に見つけるから、また僕と結婚してください」


「生まれ変わったら?」


「そうだよ! 僕は絶対に見つけるからね! だから、約束して」


「……変な魔王くん。わかったよ、約束する。生まれ変わったら、また魔王くんのお嫁さんになります。……絶対に見つけてよ?」


「誓うよ!」


「わたしも誓います」


 わたしの口からキラキラした光が出てきて、魔王くんの胸元にあるバラの模様の中に吸い込まれた。

 あら、前にもこんなことがあったわね。


「ごめんね、魔王くん。眠い」


「リアナさん、逝っちゃいやだよ」


 本当に泣きすぎ。


「そんなに泣いたら……綺麗な赤い目が……とろけてしまうわよ……」


「リアナさん、待って、逝かないで! 僕が見つけに行くからね! 覚えていてね!」


「おやすみ魔王くん……大好きよ」


 わたしは目を閉じた。



                           fin.

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『今日からみんなと一緒に勉強する、次期魔王くんだ』 葉月クロル @hazuki-c

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