第24話 幼馴染の計画と気持ち
風邪で休んだ翌日の放課後。
悠人が俺に告げた言葉に心臓が止まりそうになった。朝からなにやら様子がおかしいとは感じていたけれど、まさかこんなことを言ってくるなんて。
「あのさ隼。俺、昨日、隼の家に行ってきたんだ……」
俺の家に行ったということは、もぬけの殻の家に行ったということだ。ついにこの時が来たのかと思った。
俺の今住んでいる場所のこと。
それから引っ越してしまった蛍のこと。
どちらもまだ悠人には話していない。
俺のことはともかくとして、蛍の件で責められるかも、と覚悟を決めようとした時だった。
「蛍ちゃんに会って、隼はここにはいないって言われたんだけどさ……」
「────は?」
悠人の言っている意味がまるで理解できなかった。
蛍に会った?
引っ越したはずの、蛍に?
ってことは引っ越し先の家に行ったのか?
俺ですら知らない、引っ越し先の家に?
なら、どうやって……?
頭にハテナをたくさん浮かべる俺を置いて、悠人は続ける。
「なぁ、隼は今どこに──」
「ちょっ、ちょっと待ってくれ。悠人、なんで……俺の家を知ってるんだよ……?」
俺は悠人の言葉を遮って疑問をぶつけた。そこがわからないと話が噛み合わないままなんだ。
「なんでって、何度も行ったことあるじゃないか」
「何度もって……」
悠人が来たことがあるのは引っ越す前の俺の家。俺の受験勉強に付き合うという理由で何度も来ていた。つまり昨日悠人が訪ねたのはそこというわけで。
そしてそこには蛍がいた。
そこから導き出される答えはただ一つしかない。
俺の家族は引っ越しなんてしていなかった。父さんの転勤もおそらく嘘ということになる。
ならなんのために俺は今、里桜と二人で暮らしているんだ……?
元々は俺の家で預かる予定だった里桜、引っ越しをするからという理由で俺と二人で暮らすことになったはずで……。
色々と前提条件が崩れていく。
「──おーい、隼? 話、聞いてる?」
悠人がまだなにか言っていたけれど、そんなものは全く耳に届かなかった。悠人と呑気に話している場合じゃなくなったんだ。
「すまん、悠人。話はまた今度だ」
それだけ言い残して、俺は鞄を掴んで教室を飛び出した。
──確かめないと。
それだけしか頭になかった。もちろん悠人を疑っているわけじゃないけれど、どうしても自分の目で見ないと気が済まなくなったんだ。
走って里桜と暮らす部屋に戻り、制服を脱ぎ捨てて私服に着替える。机の引き出しにしまってあった鍵をポケットに突っ込んで。少し迷った結果『少し出かけてくる』とダイニングテーブルに書き置きを残した。
時間がかかるかもしれないからな。なかなか俺が帰らなくて、里桜に捜索願でも出されたら困る。
そして駅へと向かい電車に飛び乗って、中学卒業まで暮らしていた実家に帰ってきた。そこで俺が目にしたものは『柊木』と書かれた表札だった。
ポケットの中の鍵をぐっと握りしめて取り出す。この鍵はこの家の鍵だったんだ。放り出された時、返していなかったからな。
もし本当に引っ越しているなら、鍵は交換されていて使えないはずだろう。でもしっかりと鍵穴に刺さり、回せばカチャリと音がして解錠することができた。
さらに玄関をくぐると、
「あれ……? 蛍、もう帰って────あっ」
リビングから顔を出したのは俺のよく知る顔、母さんだった。母さんは「しまった」と言わんばかりの表情で固まった。
「……引っ越して、なかったんだな」
俺がそう言うと、母さんは大きくため息をつく。
「あらら…………バレちゃったかぁ。思ってたよりも、だいぶ早かったね」
「バレたって……どういうことなんだよ?! なんのためにそんな嘘をっ?!」
「そうねぇ……とりあえずこっちにいらっしゃい」
「え……あぁ……」
こんなとんでもない嘘がバレたというのに、母さんはさほど動揺していないように見える。
その母さんの後についてリビングへ。久しぶりに足を踏み入れた我が家は何一つ変わった様子がなく、俺が出ていった時のままだった。
二人でソファに座ると、母さんはゆっくりと口を開く。
「さて……どこから話したものかな」
「どこからって、最初からだろ。なんでこんな嘘をっ!」
「まぁ初めからバレる可能性も考えてたのよ。先に聞くけど、隼はなにもおかしいとは思わなかった?」
「おかしいって、なにがだよ……」
俺は最初に説明されたことを信じ切っていたのに。その説明の中におかしい点なんてなにも……。
「わからないかぁ。じゃあヒント。里桜ちゃんが柊陵高校に通うことになって、一番安全に暮らせる場所はどこ?」
「だからそれは俺のっ──」
と言いかけて、ようやく母さんの言いたいことを理解した。
そうだ、もっとふさわしい場所があるじゃないか、と。俺なんかと二人で暮らさせるよりも、安心で安全な場所が。
「わかったみたいね。たぶん隼の考えている通りだと思うけど、里桜ちゃんの両親の実家、そのどちらかよ」
なんで俺はこんな簡単なことに気付かなかったのか。里桜の両親は俺達と同じ柊陵高校の卒業生、つまり通える範囲に実家がある。里桜が生活をするのにそんな最適な場所はない。
そしてそれは俺にも同じ事が言える。父さんと母さんの実家も十分登校圏内にあるのだ。
「じゃあ……なんで俺と……」
「なんで、ね……。それは私が言ってもしょうがないし、隼が考えないと意味がないでしょ。ただ一つだけ私から言えるのは、これを考えたのが里桜ちゃんだってこと、かな」
「里桜、が……?」
「そう。私もお父さんも、里桜ちゃんの両親も、ただ里桜ちゃんの立てた計画に手を貸してるだけにすぎないの。里桜ちゃんと、それから隼のためにね。で……そこまでする里桜ちゃんの気持ち、隼はまだわかってあげられないの?」
「里桜の……気持ち……」
母さんのこの言葉は、俺の心に深く深く突き刺さった。おまけに頭を思い切りぶん殴られたような衝撃だった。
再会直後の里桜と母さんから受けたあの説明、その全て、とはいわなくてもほとんどが辻褄合わせだったと考えると、見えてくるものがある。
それこそが里桜の気持ちで、仲良しで大好きだった家族の元を離れてまで一人でこっちに戻ってきた理由だ。
「俺、帰るわ……。里桜の、ところに」
今までウジウジと考えていたことがすぅっと晴れていく。俺が今一番やらないといけないことはなにか、その答えがようやくわかった気がしたんだ。
「そうしなさい」
母さんはそれだけ言うとふっと表情を緩めた。
俺は実家を後にして駆け出した。里桜が待っている、俺が帰るべき家に向かって。
◆side里桜◆
家に帰ると隼くんがいなかった。
教室を出ていく隼くんの姿は見ていたから、もう帰っていると思っていたのに。
テーブルの上には『少し出かけてくる』という書き置き。この時はなにか欲しいものでもあって近所のコンビニかスーパーにでも行ってるのかな、なんて軽く考えていた。
でも──
…………一時間が経って。
…………二時間が過ぎて。
──隼くんが、帰ってこない。
いつもの隼くんなら、自分のお部屋にいるはずの時間なのに。すでに完全に日は落ちて、外は真っ暗。こんな時間まで帰ってこなかったことなんて今までなかった、よね。
隼くん……もしかして出ていっちゃったんじゃ……?
そんな不安が頭をよぎる。空っぽの隼くんの部屋を覗いて、よろよろと玄関の前に向かい、そこでへたり込んだ。
だって、こんな時間までなんて全然少しじゃないよ。
きっと私が……隼くんの気持ちを無視して……自分の想いを押し付けすぎたんだ……。
だから……隼くんは出ていっちゃったんだ……。
そう思ったら涙が溢れた。
もう……あの頃みたいには、戻れないのかなぁ……。
隼くんは……イヤだったのかなぁ……。
全部、私の独りよがり、だったのかなぁ……。
たくさんたくさん、隼くんとの思い出が頭に浮かんでは消えていく。それからガラガラと私が立てた計画が壊れる音がしたんだ。
あぁ、そっか……私はなんてバカなんだろう。
そうだよ。一番大事なこと、隼くんに伝えてないじゃない。
ごめんねって。
大キライなんて嘘だよって。
離れ離れになる前、最後に私が隼くんにぶつけた言葉、
『隼くんのバカっ! 大キライっ! もう知らないっ!」』
これを取り消してない……。
まだ、謝ってないよ……。
なにをおいても真っ先にしなければならなかったことなのに、自分の計画に浮かれて、隼くんと暮らせることが嬉しくて、楽しくて、見落としていた。見落としていたことすら、今の今まで気付かなかった。
「こんなの、隼くんが出ていっちゃっても……仕方がないじゃない……」
自分の愚かさに、また涙が出てくる。次から次に溢れ出して、止まらない。
もう……諦めた方がいいのかな……。
全部投げ出して、実家に帰った方が……。
それが隼くんにとって一番の幸せなら、私は……。
そんなの……ヤダよぉ……。
そう思った時だった。
玄関の鍵がカチャリと音を立てて、ドアがゆっくりと開いていく。
隼くんだった。
「里桜っ?!」
玄関前の廊下で泣き崩れる私を見て、隼くんが驚いた声をあげる。
「……隼、くん?」
「あ、あぁ……ごめんな、遅くなって。ただいま……」
「帰ってきて、くれたの……? 出ていったんじゃ、なかったの……?」
私がそう言うと、思いもよらないことが起こった。
蹴り飛ばすように靴を脱ぎ捨てた隼くんが私をぎゅぅっと抱き寄せたの。そして、私の耳元で優しく語りかけてくる。
「……バカだなぁ、里桜は。出ていくわけがないだろ。俺が帰る場所は、ここだけだ。だってさ、ここには里桜がいるんだから……」
「えっ……隼、くん……? それって……」
聞き間違い、じゃないよね……?
都合のいい幻聴、じゃないんだよね……?
私がいるから、帰ってきたって、言ってくれたんだよね……?
「里桜……今まで、ごめんな。俺、里桜の気持ち、全然わかってなかった。だからさ、里桜。話をしよう。それで、あの時をやり直させてほしい」
隼くんは、私が大好きだった昔のような優しい声で言ったんだ。
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