第23話 隼の居場所は?

 深く深く眠って、夢も見ずに眠り続けて、気が付けば左手がじんわりと暖かい。


 目を開けると、部屋は茜色に染まっていた。そしてベッドの脇には──里桜がいる。


「あっ、隼くん。起きた?」


「ん……? り、お……? 今、何時だ……?」


「えっ? えっとねぇ、夕方の5時半、かな?」


「まじか……」


 俺が寝たのは8時半くらいだったはずだから、実に9時間もぶっ通しで眠っていたことになる。いくらなんでも寝過ぎだとは思うが、そのおかげか身体はすっかり軽い。


 これなら明日は登校できそうか。

 それに、里桜にも迷惑かけずに済むな。


「もしかして隼くん……私がいない間、一回も起きなかったの?」


「みたいだな。それより、里桜……手が」


 なんか暖かいと思ったら、里桜が両手で俺の左手を包み込んでいたのだ。里桜の手はいつも少しだけヒンヤリしているはずなのに、布団の中に突っ込んでいたせいかぬくぬくになっていた。


「これ? えへへ、隼くんがいつもしてくれてたから、私もしてみたくって」


「あれは里桜がしてくれって言ったんだろ」


「そうなんだけどぉ。でも隼くんにこうしてもらうとすごく安心できたんだよ。だからね、これもそのお返しなの」


「別に同じことしなくてもいいのに……。でも、今日は迷惑かけたな」


「んーん、全然っ。私がしたかったんだもん、隼くんが気にすることないよ。それに見た感じ顔色も良さそうだし、隼くんが元気になってくれたら私も嬉しいよ?」


「……そうか」


 里桜の笑顔が眩しすぎて、視線を逸らしてしまう。弱っていた時はあんなに素直に言葉が出てきたはずなのに、今は……。


「さてっ! 隼くん、調子が戻ったならシャワー浴びておいでよ。汗、かいてるでしょ?」


「ん……たしかに」


 ひたすら寝続けていてわからなかったが、熱があったせいか寝間着はしっとりと汗で湿っている。


「シャワーが面倒くさかったら私が濡れタオルで隅々まで拭いてあげてもいいけど、どっちがいい?」


「す、隅々……って?」


「ふふっ、それはもう言葉通りだよ? 隼くんの服、ぜーんぶ脱がせてキレイキレイしてあげる。もしかして、そっちの方がいい?」


 里桜はクスリ、と俺を挑発するような笑みを浮かべた。


 こうすれば俺が動揺するのがわかってるんだ。本気と冗談、その中間よりもわずかに本気寄りの顔をして。


 そして俺はまんまとそれに乗せられてしまう。


「ぜんっ……?!」


「そういえば隼くんには私の裸を見られてることだし、本当にしてあげよっか? そしたらお相子になるよね?」


「そんなお相子があるかっ! あれは事故だろっ!」


 見たけどさっ、結構がっつり見たけどさっ!

 でも拭くとなるとそれよりもしっかり見られるわけで。そんなの色々と反応しちゃうに決まってるだろうが。それをまた里桜に見られると思うと……。


「えー……。私も隼くんの、見てみたいなぁ?」


 そう言いながら里桜が俺の寝間着のボタンに手をかける。ぷちりと一つ目が外されて──


「やめっ……! シャワー行ってくるからっ!」


 俺は脱兎のごとく逃げ出した。


「あーんっ……遠慮しなくてもいいのにぃっ!」


「遠慮じゃねぇっ!」


 そのまま洗面所に駆け込むことに。


 そういや前もこうやって里桜から逃げて駆け込んだことがあったな……。


 里桜はどこまで本気で冗談なのかわかんねぇんだよ。

 

 まさか全部本気、じゃねえよな……?

 


 ◆side悠人◆



 今日、隼が学校を休んだ。


 連絡を受けていた連城先生の話によると風邪を引いたらしい。


 隼が風邪を引くなんて珍しいこともあるもんだね。中学は皆勤だったはずなのにさ。


 体調不良もそうだけど、最近の隼はどこか様子がおかしいんだ。高校に入ってからずっと。


 弁当を食べる時にすごく幸せそうだったり、急に思い詰めたような顔をしたり。どっちも中学時代には見なかった顔だと思うけど。


 これは俺の勝手な予想、隼の異変、そこには高原さんが関わってる。クラスの皆は気付いてないみたいだけどね。時々昼休みに二人揃っていなくなるんだからわかりやすすぎるよ。


 ただ、それでどうして隼がおかしくなっているのか、それがわからないんだよ。入学式の日に隼が言っていたことを考えると、高原さんが隼の幼馴染なのは間違いないはずなんだけど。


 詮索はしないと約束をした手前、ずけずけと聞くこともできないしさ。


「なにかあるなら相談してくれたらいいのに……」


 俺は一人ポツリと呟いた。


 部活は早退させてもらった俺は、隼の家を目指している。


 割とあっさりした関係ではあるけれど、俺は隼のこと親友だって思ってるんだ。その親友が体調を崩したのなら、お見舞いくらい行くのが筋ってものだからね。


 あわよくば蛍ちゃんに会えるかも、なんて下心はないよ。……少ししかね。


 駅前のコンビニでスポーツドリンクやらゼリーやらを買ってお見舞いの品に。もし隼が寝ているなら、隼のお母さんにでも渡しておけばいい。


 そんな事を考えつつ辿り着いた隼の家。インターホンを押すと、慌てたような声で応答があった。


「ふぇっ……ゆ、悠人先輩っ?! えっ、なんでうちにっ?!」


 この声は蛍ちゃんのものだ。てっきりお母さんが出るものだと思っていた俺も慌てる。


「ご、ごめんねっ、急に来てっ……!」


「い、いえっ! それは全然大丈夫ですっ! なんならいつでも来ちゃってくださいっ!」


 あ、あれ……? 

 これって結構ウェルカムな感じ?!

 もしかして……蛍ちゃん、脈あり、なのかなっ?!


 思わぬ言葉にドキドキしていると、

  

「あっ、すいませんっ! すぐ開けますねっ……!」


 蛍ちゃんはインターホンの通話を切ってしまった。代わりに中からドタドタと慌ただしい物音が。そしてガチャッと音を立てて勢いよく玄関のドアが開いた。


 そこから顔を出したのはもちろん蛍ちゃん。


 うん……やっぱり可愛いなぁ。

 隼とはあんまり似てないんだよねぇ……。


 ──じゃないや。


 隼のお見舞いに来たんだった。


「あのっ、蛍ちゃん。急に押しかけてごめんね。ほら、今日は隼が学校を休んだでしょ? だからそのお見舞いに──」


 そう言った俺に向かって蛍ちゃんが放った言葉は、耳を疑うようなものだった。


「──えっ……お兄、学校休んだんですか……?!」


「────はぁ?」


 我ながら間抜けな声が出たと思う。決して片思いをしている相手に聞かせていいようなものじゃない。


 でもそんなことを気にしてはいられない。


「もしかして……隼は朝、普通に家を出てったの……?」


 考えられる理由、二つある内の可能性が高そうな方を先に聞いてみた。


「あー……えっとぉ……それは……」


 蛍ちゃんの歯切れが悪い。答えは返ってこなかったけれど、続けてもう一つの可能性を。


「そうじゃないなら……隼は今……ここに住んで、ないの……?」


 それしか考えられない、よね。

 同居している家族が風邪を引いていて、それを知らないなんてことはないはずだから。


 なら、隼が家族と学校に嘘をついて休んだ、もしくはもともと隼はここにいない、そのどちらかだ。


 蛍ちゃんはピクリと身体を跳ねさせて、二つ目の可能性が正解だと、言葉はなくとも態度で示していた。


「……ねぇ、蛍ちゃん。今、隼はどこにいるの……?」


「……ごめん、なさい。どこにいるのかは、私も教えてもらってなくて。でも、ここには、いません……」


「そっか、やっぱりそうなんだ……」


 ようやくはっきりと答えをもらえた。でも謎は深まるばかりで。


「あのっ……悠人先輩……?」


「なに?」


「その……お兄は、最近どうですか? 今日はともかく……普段は元気にしてます?」


 隼には反抗的な蛍ちゃんだけど、なんだかんだで実の兄のことは気になるのかな。俺は一人っ子だから、そういうのは少し羨ましいよ。


「パッと見は……元気、かな。でもなんかどこか変なんだよね。蛍ちゃんは、そのことでなにか知ってるの?」


「知ってますけど、これを言うとさすがにお兄に怒られるので……ごめんなさい。でも、悠人先輩にお願いがあって……」


「大丈夫だよ、俺にできることならね」


「じゃあ……時々でいいのでお兄の様子、教えてほしいんです。あのバカ兄、いつまでも昔のことでウジウジしてて」


 あぁ……やっぱり隼にはなにかあるんだね。俺には言えないような、なにかが。


 寂しい、とは思う。

 なんでも話してくれていいのにって。

 俺はどうあっても隼の味方なのにさ。


 じゃなきゃずっと友人なんてやってないよ。


 でもさ、だからこそ──


「いいよ、それくらいならお安い御用だよ」


 せめてこれくらいはしてやってもバチは当たらない、よね。


「本当ですかっ……?! あっ、でも、そうなると私と連絡先……」


「全然構わないよ」


「あ、ありがとうございますっ……! ならっ……」


「うん」


 お互いスマホを取り出して連絡先を交換し合うことになった。


 思わぬ形で想い人の連絡先を手に入れることができたのに、思わぬ形すぎて素直に喜べない。


 隼──お前は今どこにいるんだ……?

 家を出てたこと、なんで言ってくれなかったんだよ。 


 そんな思いだけが、ずっと頭に残っていた。

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