第17話 幼馴染と停電の夜
俺も里桜も少しずつ高校生活に慣れ始めた4月後半のとある日の夜のことだった。
まぁ慣れ始めたと言っても、里桜はまだまだ人見知りを発動させまくっているけどな。
おかげで里桜の息抜きと称して、時々昼休みに教室を抜け出して図書室で会う時間を作っていたりする。里桜も一応は溶け込もうと頑張ってるみたいだし、これくらいはしてやらないとって思ってな。
危惧していた件だが、今のところ周囲には怪しまれてはいない、と思う……。
里桜が先に教室を出て図書室に向かい、無人であることを確認したら俺に連絡を寄越す。それを見た俺はトイレにでも行く風を装って里桜の後を追う。そして適当に5分から10分くらい話をして解散する、というのが里桜が考えた密会の手口である。
密会っていうとなんか変なことをしていそうな感じに聞こえるが、普通に話してるだけだぞ。話題としてはその日の夕飯になにを食べたいか、というのが多い。
……夫婦か?
いや、幼馴染だったっけ?
うん、幼馴染だな、たぶん。
そんなことはともかくとして、里桜が風呂に入ると言いに来てから一時間くらい経った頃だろうか。風呂の順番は日毎に交代制、この日は俺が先に済ませていた。
里桜の入浴時間はだいたい一時間、そろそろ出てくるか、なんて思っていると、
──ふっ
「?!」
突然部屋の電気が消えて真っ暗に。驚いたものの、ひとまずスマホのライトで明かりを確保する。
そして視界に光が戻った瞬間、
「しゅっ、しゅーんくーーーんっ!!」
悲鳴にも似た里桜の大声がした。慌てて部屋を飛び出して声のする方へ。
って、里桜はまだ風呂じゃん……。
初日の事故を思い出しつつも、この部屋のブレーカーは洗面所にあるのでまずはそれを確認する必要がある。
──コンコンコンっ
どちらかが入っている時は必ずノックをする、これも最初に決めたルール。これで里桜からの返事を待つつもりが返ってきたのはまた悲鳴だった。
「ひぅっ……!!」
そういや里桜って暗いのダメだったか。
「そんな驚かなくても俺だって。ちょっとブレーカー見たいから入ってもいいか?」
「う、うん……。いいよ、入ってきても。服は……ちゃんと着てるから」
「あいよ。んじゃ失礼して」
ドアを開けるとスマホのライトに向かって里桜が突っ込んできた。
「──んぐっ!」
「隼くーんっ! 怖かったよぉ……」
いや、スマホのライトにじゃねぇな。これは、俺に……。
里桜は俺にぎゅっと抱きついていた。
湯上がりの火照った身体、シャンプーの甘い香りにクラクラする。
なんだって里桜はいつもこんなに無防備にくっついてくるんだよ……。
「り、里桜、とりあえず少し離れてくれ。ブレーカー見れないから」
「やぁっ! 離れたら怖くて死んじゃうっ……」
里桜の身体が震えていた。本気で怖がってるのがわかる。さすがにそんな里桜を無理矢理引き剥がすことも出来なくて右腕を差し出す。
「しょうがねぇなぁ。とりあえずほれ、腕にでも掴まっとけ」
「う、うん……振り払ったりしたら、やだよ……?」
「しねぇよ」
「絶対に……?」
「あぁ、絶対に」
こうでも言わないと動けないままだからな。
「うぅ……わかったよぉ……」
里桜はそう言うと、そろそろと俺の胴体を伝って右腕にしがみつく。
いやっ、これはこれでまずいな……。
めっちゃ柔らかっ……!
それもそのはずで、里桜はその大きな胸の間に俺の腕を通す形でしがみついているのだから。しかもここは事故現場、またあれを思い出すなという方が無理な話だ。
「ね、ねぇ……隼くん? ブレーカーは……?」
「あぁ……そうだったな」
暗いままならもう少しこうしていられるのでは、という邪な考えは頭から追い出す。じゃないと里桜が怖がり続けるからな。里桜がこうなった原因を俺は知っているんだ。
里桜を腕にぶら下げたまま、空いている左手で壁の高い位置に設置された分電盤の蓋を開ける。そこをライトで照らすと、
「んー……ブレーカーは落ちてないな」
かもしれないな、とは思っていた。今はそれほど電気を使っていたわけじゃない。暖房をつけるような季節でもないし、タイミング的に里桜がドライヤーを使ったくらい。その程度で落ちるわけがない。
「ね、ねぇ……どう、なってるの……?」
「なんでかわかんねぇけど停電みたいだな。このまま復旧するのを待つしか──」
「そんなのやぁっ……!」
里桜がさらに縋り付いてくる。
「って言われてもなぁ……。俺にはもうどうすることもできな──あっ、でも」
ふと玄関の下駄箱の中に非常用持ち出し袋があったことを思い出す。災害があった時に備えて母さんか誰かが用意してくれていたのだろう。その中になら懐中電灯くらいはあるかもしれない。
「でも……なに?」
「ひとまず玄関に行くぞ。ちゃんとついてこいよ」
「……うん」
里桜を引き連れて洗面所を出る。下駄箱はすぐそこだ。
「里桜、悪いけどこれで照らしててくれるか? 怖かったらどこにでも掴まってていいからさ、腕は離してくれ」
「……わかった」
スマホを手渡すと、今度は背中に抱きつかれた。むにゅりとなにかが潰れるような感触がする。
……どこにくっついても柔らかいとか反則だろうが。あぁもう、はやくしよ……。
里桜が照らしてくれている間に袋を明けてみると懐中電灯よりもいいものを見つけた。ランタンだ。電池もしっかり入っているらしい。いざという時に使えなければ意味がないから当然か。
電源をいれるとほわっと光が灯る。電気よりは心許ないが、それなりには明るい。
「ほれ。このランタンは里桜が使っとけよ」
「えぇっ?! でも、隼くんは……?」
「俺はもう寝る。こんなんじゃなんもできないしな。寝てる間には復旧すんだろ」
「うぅ……」
「里桜は暗いのダメなんだから素直に使ってくれ」
「うん……ありがと……」
「あとはまぁ、里桜も寝ちまうのがいいと思うぞ」
「そう、だね……とりあえず、これがあるうちに歯、磨いちゃおっか?」
里桜は俺から受け取ったランタンを掲げてみせた。
「だなぁ。スマホも充電できねぇし、節約しといたほうがいいからな」
下手したらこのままのバッテリー残量で明日一日を乗り切らないといけないかもしれない。使わないに越したことはないのだ。
というわけで洗面所に横並びで歯を磨くことに。歯を磨いているのだから当然なんだが、二人無言でシャコシャコと音を鳴らす光景はなんだか不思議で。そしてその間中、里桜はずっと俺の身体に触れていた。
「んじゃ、おやすみ」
歯磨きが終わればそれぞれの部屋に。その前に落ち着かせるようにぽんぽんと頭を撫でておいた。これで多少マシになるだろ。と思ったのに、里桜は俺の腕を掴んだまま離してくれない。
「……里桜?」
「あっ……ごめんね。えっと……うん……おやすみ、なさい……」
里桜はランタンを片手にとぼとぼと自分の部屋に入っていった。何か言いたげだったような気はするが、それを見送って俺も部屋に戻る。
ベッドに横になってスマホのライトを消すと、暗闇に包まれた。
しかしなんでまた停電なんだろうな。天気はいいはずだし、その影響じゃなさそうだが。なんでもいいけど里桜が怖がりまくるからまじで勘弁してくれ……。
早く復旧するのを祈るばかりだ。
そして目を閉じた直後、
──コンコンコンっ
俺の部屋のドアが控えめにノックされた。
「……里桜?」
「うん。あの、ね……開けても、いいかな?」
「いつも勝手に入ってくるだろ……。いいぞ、入ってきて」
「……ありがと」
おそるおそる、というように里桜が部屋に入ってくる。ランタンの光がぼんやりと俺と里桜を照らして。
「ごめんね、隼くん。もう寝るところ、だったよね?」
「いや、それはいいけど。どうしたんだ?」
「えっと、ね……その……」
もじもじする里桜、ランタンを持つのと反対の腕で枕を抱いていた。
「もしかして……寝れなくなったのか?」
「はぅっ……」
里桜はピクリと肩を跳ねさせて俯く。
怖がりなのは知っていたけど、まさかここまでとはな。
「……しょうがねぇなぁ。今日だけだぞ?」
「本当……? いいの……?」
「そのために枕まで持ってきたんだろ? そんなの追い返せるかよ。でも狭くても文句言うなよ?」
「い、言わないよぉ……!」
「なら……。ほら、さっさとこっち来い」
「う、うんっ。ありがとっ……」
俺が枕ごと横にズレてスペースを空けると、そこに里桜が収まる。こうやって並んで寝るのは……いつ以来なんだろうな。
懐かしくもあり──でも今はそれだけじゃない。
俺達は成長してしまった。六年も、時間を飛び越えて。もう子供同士が一緒に寝るのとはわけが違うんだ。
俺は里桜に背を向けた。まだ受け止めきれない自分の感情のように。
でも、
──スルッ
そんな俺の背中に里桜が身を寄せる。背中合わせ、じゃない。真っ直ぐ俺を向いているのが感触でわかる。
「なん、だよ……。まだ怖いのか?」
「あぅ……」
里桜はまだ震えていた。
「そんなんでいつもはどうやって寝てんだ……?」
「まっ、豆電球、つけてるからっ……」
「ランタンの方が明るくねぇか?」
「そっ、それは……しょうがないんだもん……。急に真っ暗になって、怖くて……。そんなすぐには平気になれないんだもん……」
「っとに、しょうがねぇなぁ……」
このまま背中で震えられてても落ち着かないし、寝れないからな……。
ぐるりと身体の向きを変えて、里桜を抱きしめた。目が合うとおかしくなりそうだったから、頭を胸に抱くようにして。そしてゆっくりとその頭を、髪を撫でる。
いつの日か、こうして里桜を落ち着かせたことを思い出しながら。
「しゅっ、隼くんっ……?!」
「こうすりゃ、怖くねぇだろ。おとなしくしてろよ」
「で、でも……いいの……? こんな……」
「うるさいっ。黙って寝ろ。早く寝ないとやめちまうからな。寝てもやめるけど」
「だっ、だめぇ……。寝るまででいいから、このままでいて……? そのっ、まだ怖いからっ……!」
もそりと顔を上げた里桜の瞳が潤んでいて、それを見ると心がグラグラする。
「わかったから……。ほら、目閉じろって」
「うん……わかった」
そう言うと、里桜はまた俺の胸に顔を埋めた。そのままで里桜が俺を呼ぶ。さっきまで怖がっていたとは思えないような、甘えた声で。
「ねぇ、隼くん?」
「……なに?」
「えへへ……なんでもないっ。呼んでみただけだよ」
「なんだそれ……?」
「気にしないでっ。ありがとね。おやすみなさい、隼くん」
「あぁ……おやすみ」
それからしばらくすると里桜はすぅすぅと安らかな寝息を立て始めた。すっかり眠ってしまった里桜だが、がっちりと俺にしがみついていて引き剥がせない。
「……どうすんだよ、これ」
暖かくて柔らかい里桜にドキドキする。そんな状態で眠れるはずもなく、俺はこの夜一睡もすることができなかった。
◆side里桜◆
一応ダメ元だったんだよ?
もちろんまだ怖かったのも、震えていたのも本当なんだけどね。追い返されるのを覚悟で枕を持って隼くんの部屋を訪ねたの。
こんなチャンスなんて滅多にないんだもん。使えるものはなんでも使わなきゃって思っちゃうじゃん。
そしたらこれ、ちょっとうまくいきすぎてるんじゃないかなぁ?
まさか……隼くんがぎゅってしてくれるなんてっ!
隼くんに抱きしめてもらってたら、なんだかすっごく安心して、怖いのなんて全部なくなって、おかげでぐっすり眠れちゃった。
そりゃね、ドキドキはしたよ?
だって……隼くんってば、私のことすっぽり包みこんじゃうんだもん。昔は背だって私と大して変わらなかったくせにさぁ。
でもそれ以上に暖かくて、穏やかで、優しかったの。そこだけは変わってなかったよ。
やっぱり私は隼くんの側が一番、なんだよね。
隼くん、大好きだよ。
本当はそう言いたかった。でも、まだダメ、なんだよね。隼くんは今でも時々苦しそうな顔をするから。
その理由はなんとなくわかってるの。そしてそれが私が『もう気にしてないから』なんて言ったくらいじゃ消えないだろうなってことも。
だからね、私頑張るから。隼くんにこの気持ちをしっかり受け止めてもらえるように。いっぱいいっぱい頑張るから。
待っててね、隼くん。
ちなみに停電の原因なんだけど、翌朝の登校中に近所の奥様方が噂をしているのを聞いちゃった。なんでも電信柱に車が突っ込んだせいなんだって。幸い怪我人は出なかったみたいだけど気を付けてほしいよね。
でも……また隼くんと一緒に寝られるのなら……。
って、これはちょっと不謹慎、かな。
うん、安全第一でお願いしますねっ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます