第12話 変わってなかった幼馴染
「皆さん、まずは入学おめでとう。柊陵高校へようこそ! 心からあなた達を歓迎します!」
教壇に立ち、席についた俺達をぐるりと見渡すのは式の前に里桜の暴走を止めてくれた先生だった。
高校生活最初のホームルームである。
「いろいろと話すことはたくさんあるんだけど、最初は私の名前からいくわね。この一年間、皆さんの担任を受け持つ
50代半ばくらいに見える連城先生は名乗った後で、それまで真面目そうに澄ましていた表情を崩してニカッと笑う。どうやらお茶目な先生のようだ。
「まぁ皆は私のことよりお互いのことが気になってることだろうし、まずは自己紹介、いっちゃおっか!」
先生の明るい声に反して不満の声がちらほらと。自己紹介を苦手とする人は多いらしい。俺はそこまでじゃないけれど、なにを話したもんかとは思ってしまう。
「はいはいっ、つべこべ言わなーい! うーん、順番はどうしようかなー、っと──そうね。高原さん、トップバッターお願いできるかな?」
「へぁっ?! わ、私ですか?!」
里桜が素っ頓狂な声を上げた。立派に新入生代表を務めあげたくせに、なにをそんなに驚いているのやら。
「入学式の挨拶、とっても素敵だったから。それにほら、こういうのは最初が肝心でしょ? だからねっ、ここは一つビシッとキメてやってよ!」
「ビシッとって……うぅ……わかり、ました……」
里桜が立ち上がろうとしてまごついて椅子をガタガタと鳴らす。そしてその数秒の後に口を開いた。
「あの、えっと……高原里桜でしゅっ!」
あっ、噛んだ。
なんつーベタな噛み方してんだよ。
もしかしてネタか?
これでツカミはバッチリってか?
その直後クスクスと笑いが起きた。その笑いによって里桜の背中がしょんぼりと丸くなる。マジで噛んだらしい。
引っ込み思案だった昔の里桜は、こういう自己紹介とか発表とかそういう人前に出て喋るということ全般が苦手だった。いつも小さくなってわたわたしながら消え入りそうな声で話すんだ。
それを改善したはずの里桜の姿が昔の里桜とぴったり重なって混乱する。
おいおい、なにやってんだよ。
里桜は変わったんだろ?
さっきはあんなにスラスラ話してたじゃんよ。まぁたぶん、なんだけど。
なのになんで今はこんな、昔みたいに……。
「……しっ、失礼、しました。高原里桜です……。私、春休みの間にこっちに来たばっかりで知り合いが少ないので、その──仲良くしてもらえると、嬉しい、です……」
小声でたどたどしくはあるものの今度は最後まで噛まずに言い切ると、目立つのはごめんだと言わんばかりにサッと腰を下ろした。
「あー……えーっと、高原さんありがとねっ! やっぱり一番初めは緊張しちゃうわよね。いきなり指名してごめんね。ってことで、皆もこんな感じでいいからサクサクいきましょうか。ここからは出席番号順でね」
先生が戸惑いながらも里桜にフォローを入れて、そこからは軽い感じで自己紹介が進んでいく。里桜がやらかしてくれたおかげで他の皆も緊張が解れたのだろう。俺も名前と当たり障りのないことを言ってよろしくで締めておいた。
そして里桜は自己紹介の間中ずっと俯いたままだった。
「はーいっ、皆ありがとう! いきなり全員の名前は覚えられないでしょうから、それは追々ね。とにかく仲良くやりましょっ! ……っと、ちょっと時間が押してるから次にいくわね! 明日からについての連絡事項なんだけど──」
その後はひたすら先生がしゃべり続けてホームルームが終了した。今日の学校での予定はそれで全部完了したことになる。
……さて、帰るか。
学校に長居する理由も特にはない。さっき母さんから『終わったら早く帰ってきなさいね! 二人の部屋で待ってるから!』というメッセージが入っていたことだしな。
チラと視線を向けると、またもや里桜は取り囲まれている。同じ家に帰る身として気にはなるが、一緒に帰ったりして同居がバレるリスクは冒したくない。
俺は早々に席を立つ。
「隼、もう帰るの? それなら一緒に行こうよ」
そういや悠人のこと忘れてたわ。話しかけられてもいないのに里桜のことで頭がいっぱいだったからな……。堂々としてたりもじもじしてたりよくわからなかったし。
と、里桜のことはいったん置いておくとして、今はこの状況をどうするかだ。
もし悠人と一緒に帰るとなると困ったことが起こる。元々の俺の家と悠人の家の最寄り駅は同じで、学校までは電車を利用する。そして悠人には俺が里桜と暮らしていることも、我が家が引っ越していることも伝えていない。
つまり悠人と一緒に行くと、俺は無駄に一往復しなくてはならなくなるのだ。電車賃もバカにならない。
ひとまず今後のことは棚上げして、今日限定のもっともらしい理由を使うことにする。
「すまん、悠人。親が待ってんだよ」
「あぁ、なるほど。入学式だもんね」
「そういうことだ。わりぃな」
入学式なら親と一緒に帰る人もいるだろう。とりあえず今はそれで乗り切ろうという算段だ。
「いいよいいよ。じゃあまた明日だね」
「おぅ、また明日な」
無事に悠人を言いくるめて一足先に教室を後にした。里桜の背中に『うまくやれよ』と視線だけを送って。
*
「しゅーんくーんっ! 待ってよぉっ!」
あともう少しで家に着くというところで後から俺を呼ぶ里桜の声がして足を止めた。パタパタと走る足音も聞こえてくる。
「ん……? 里桜か、どうした?」
「はぁっ、はぁっ……やっと、追いついた……。もうっ! どうした? じゃないよっ! 一人で先に帰っちゃうなんてひどいよ、隼くんっ!」
ここまで走って追いかけてきたのだろう、里桜の息が荒い。そういや里桜って運動は苦手だったよな。それなのに無茶しやがって。
「いや……あの群がってた連中はどうしたんだよ?」
なんか忙しそうだったじゃん。だから俺は一人で帰ってただけなんだけど。そもそもひとまず他人でと言ったのは俺だ、声なんてかけられなかった。
「あー、あれ……? ごめんなさいっ! って言って無理矢理抜け出してきたよ?」
「良かったのか?」
「良いも悪いも……隼くんだって私が人見知りだって知ってるでしょ? あんなに囲まれても怖いだけだし、皆がいっぺんに喋るから余計にどうしていいのかわかんなくなるんだもん。それに自己紹介も緊張しすぎて噛んじゃうしさぁ、もう初日から最悪だよぉ……」
里桜はげんなりとした顔で言う。疲れ切っているようにも見える。そこに新入生代表の挨拶をした時の堂々とした姿はまったく感じられなかった。
「でも式のアレは……?」
「あっ、ちゃんと見ててくれたんだねっ。私ね、すっごいすっごい頑張ったんだよ! 練習だっていっぱいしたんだから」
「頑張った……? 練習……?」
里桜が練習していたところなんて俺は知らない。ってことは、一人で部屋にいる時にしてたってことか?
「うん。もう脚はガックガクで転ばないようにするので精一杯だったし、胃はキリキリするし……。でもね、お父さんとお母さんが見てくれてたし、なにより隼くんに情けないところ見せたくなくって頑張ったのっ!」
……なんだ、無理してただけなのかよ。なら完全な俺の思い込みだったんじゃん。
里桜は引っ込み思案を克服したわけじゃなくて、ただ俺に格好つけたかっただけで。
つまり里桜はやっぱり昔の里桜のまま、全然遠くになんて、行っていなかったのか……? いや、それでもすごいとは思うけどさ。苦手なことを苦手と気付かせずにやりとけた里桜は称賛に値するはずだ。
でも里桜が変わっていなかった、そのことになぜか無性にホッとした。ホッとしたのと同時に里桜が頑張っていた姿を、見てはいたけどちゃんと聞いてやれなかったことが悔しくなる。知っていれば、もっと落ち着いてしっかり聞いてやれたのに。
だってさ、そのために頑張ってたんだろ?
「……隼くん?」
「あのなぁ、それならそうと言っておけよな!」
「だってぇ、ビックリさせたかったんだもんっ!」
「あぁ、ビックリだよ! それに朝もさっさと行っちまうしさ、おかげで飯もなんか味気なく──あ……」
しまった、つい勢いで喋りすぎた……。
こんなこと言うつもりじゃなかったのに。
「しゅ、隼くん?! 味気ないって、もしかして私がいなかった、から……?」
「……そうだよっ。だったら、なんだよ」
「えっとえっと、ごめんね……昨日隼くんに言われたアレのせいで朝はまともに顔見れそうになくって……。でもこれからはちゃんと一緒に食べるから、お願い、許してぇ……?」
またからかわれるかと思っていたのに、里桜はしゅんと眉尻を下げて両手を合わせた。
「……わかった」
ズルいだろ、それは?!
そんな顔されたら、なんでも許しちゃうだろうが……!
というか昨日のアレって、俺に可愛いって言われたことがそんなに……?
あぁもう、よくわからんっ!
なのに里桜は本気で安堵した顔をして、そして満面の笑みを浮かべる。
「よかったぁ……! えへへ、それじゃ早く帰ろっ? 今日はね、お母さんが入学祝いにお昼ご飯作って待っててくれてるんだってっ!」
そう言うやいなや里桜は俺の腕を引いて走り出す。それがまるで昔の俺達の姿のようで、懐かしくて────少しだけ嬉しかった。
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