第6話 幼馴染の覚悟
◆side里桜◆
「うわ、美味っ……!」
そう呟いてから私の作ったご飯をバクバクとがっつくように食べ始めた隼くんを眺めながら、私は頬が緩んでしまうのを抑えられずにいる。
だって、すっごく嬉しいんだもん!
こんなに夢中で食べてくれるなんて思ってなかったし。
そりゃね、隼くんにも言った通り自信はあったんだよ?
この日のために、人に、特に大切な人に食べてもらう料理には一切の妥協を許さないお母さんに教わって、合格までもらってきたんだからね。
自分もオムライスに手を付けつつ再び隼くんの顔を見て、私は小さく吐息をもらす。
はぁ……幸せだなぁ。
そういえばお母さんが言っていたっけ。あれはお料理を教わり始めた時だったから、もう三年くらい前になるのかな。
──いい、里桜? 上手に作るのはもちろん重要なんだけど、それよりも大事なのは愛情を込めて作ることよ。そういう気持ちってちゃんと伝わるの。食べてくれる人を笑顔に、幸せにできるような料理を作りなさい。そんな顔が見られたら、自分だって幸せになれるんだからね。
って。
実際、お母さんの作るご飯を食べるお父さんはいつも幸せそうだった。それは私も同じだったし、弟の
今、本当の意味でお母さんのその気持ちが理解できた気がするんだ。作り手という、お母さんと同じ立場に立ったことでようやく。
もちろん私が練習で作ったお料理も家族は喜んで食べてくれたんだけど、この充足感はまるで比べ物にならないよ。それだけで、隼くんが私にとってどれだけ大切な人なのかわからされちゃう。
まぁそれがわかっているから私は今こうしてここにいるんだけどね。
でもね、この程度じゃ絶対に満足なんてしてあげないよ。お料理だけじゃダメ、全然足りない。日々の生活、その全てを私で染め上げて隼くんを幸せにすること、そして私なしじゃいられなくすること、それが今の私の目標。
だって、これは私の復讐なんだから。
あるいは、反逆って言ってもいいかな。
抗うことができなかったこれまでとは違うの。練りに練って、いろんな人を巻き込んだ計画は今日をもって実行フェーズに移された。もう誰にも止めることも邪魔をすることもできないんだよ。
だから隼くん、覚悟しておいてね?
この私が全身全霊を持って、甘く甘く溶かしてあげる。隼くんの心の中で淀んで固まってしまっているはずの、その想いも含めて全部。
それで、その暁には──
「はぁ……ごちそうさま。とんでもなく美味かったよ。ありがとな、里桜」
オムライスもスープもペロリと平らげてくれた隼くんは手を合わせて相好を崩した。
あぁ……ダメだよ隼くん。そんな顔されたらうっかり満足しちゃいそうになるじゃない。まだ初日なのに、まだまだこれからなのに。
……あれぇ? もしかして私って、チョロいのかなぁ……?
ひとまずはだらしない顔になりそうなのを気合で引き締める。口からこぼれ落ちそうになる想いもどうにか飲み込む。
あくまでも笑顔は自然に、ね。私の気持ちが伝わっちゃうのは仕方がないけど、明確な言葉にするにはまだ早すぎるから。物事には順序ってものがあるもんね。
「えへへ、お粗末様でした。どうかな、これで認めてもらえた?」
「認めるもなにも、別に俺は反対してなかったろ……? でもこれなら毎日食べたいくらい、ではあるかな」
「よかったぁ。なら明日からも頑張るねっ!」
「言っとくけど無理はしなくていいからな? きつくなったら、って俺は作れないんだけどさ……出前を取ったり出来合いを買ってきたっていいんだから」
「ふふっ、隼くん心配してくれるんだぁ? やっさしいなぁ。でも大丈夫だよ。お料理は私の趣味みたいなものだからね」
今日、それもつい今さっきなったばっかりだってことは内緒だよ?
「ならいいけどな。あと、洗い物くらいは俺がやるから。さすがに里桜ばっかりに押し付けると俺の心が痛い」
「そっか、ありがと。ならお言葉に甘えちゃうね」
あぅあぅ……。だからダメだってばぁ……!
そんな優しいこと言われたら私が先に溶けちゃうよ……?
「それからさ、他にも役割分担とかルールとか決めておかないといけないよな?」
「そう、だねぇ……どうしよっか? 私そのへんはあんまり考えてなかったなぁ」
これってさ、なんだかんだ言いながらも隼くんが私との生活を前向きに考え出してくれたって思ってもいいんだよね?
それなら初日の成果としては十分、この先の希望が見えるってもんだよ。
なんだけど、
「里桜のそのいろいろ考えてるくせに、肝心なところでたまに抜けてるの、昔と変わってねぇのな」
隼くんに呆れたような顔で言われちゃった。
「そっ、そんなことはない……よ? 私だって少しくらいは……」
いや、自覚がないこともないんだけど……。
でもなんで隼くんはそんな覚えてなくてもいいことを覚えてるのかな……?
「ふーん? じゃあ里桜の考えとやらを聞かせてもらおうか」
「そ、それは……私が全部、やったらいいんじゃないのかなぁ……?」
もともとそのつもりだったから分担なんて考えてなかったわけだし。でも隼くんにあっさりと却下された。
「ダメだ」
「ダメ、なの……?!」
隼くんの身の回りのお世話するの、ずっと楽しみにしてたのになぁ……。
「あのなぁ、さっきも言っただろ。里桜だけにやらせたら心が痛いって。だから俺もやれることはやる、というかやらせろ。完全に公平に、とはいかねぇかもしれないけどさ」
「隼くぅん……」
「ってことで、片付けが済んだら話し合いな。ちょっとだけ待ってろ」
隼くんはそう言うとさっさと空いた食器をまとめてキッチンへと行ってしまった。
洗い物をするカチャカチャという音を聞きながら、私はぽーっと隼くんの姿を眺める。
優しくて、少しだけ強引で、いつも私のことを引っ張ってくれた隼くん。思い出の中と今の隼くん、その本質がなにも変わっていないことがただただ嬉しい。
この計画の数少ない懸念事項の一つが完全にクリアされた瞬間だった。一目顔を見た瞬間からなんとなく大丈夫だとは思っていたけど、今それが確信に変わったよ。
これで私が迷う要素はなくなった。目的のために、ただ真っ直ぐ突き進んでいける。
その後の話し合いは夜遅くまで続き、様々な取り決めがなされた。
ご飯を作るのは私、洗い物は隼くん。
買い出しは基本献立を考えながら私がする、でも重たいものを買う時なんかは隼くんが同行してくれる。
お洗濯は洗濯機を回して干すまでが私、取り込んで畳むのは隼くん、下着類は各自で。
等々。
他にもお掃除とかゴミ出しだとか、上げだしたらきりがないけれど、細かい分担は実際にやってみて調整するということになった。
「んじゃ次はルールだな。特にしっかり決めとかなきゃいけないのは風呂とトイレだと思う」
「それは……そう、だね」
いきなり事故っちゃったもんねぇ……。
「まぁ風呂は入る前と出た時の声がけでどうにかなるんじゃねぇのかな。どっちかが風呂に入ってる時に洗面所に用があるならノックは必須だ。トイレに関しては確実に鍵を閉めろ、これに尽きる」
「うん、わかった」
「あとはそうだな……。お互いの部屋には用事がない限り無闇に入らない方がいいと思う」
「は、はいっ」
あれれ? なんか私より隼くんの方がしっかり考えてくれているような?
しかもそのどれもが私を気遣う内容な気がするんだけど?
「っと、とりあえずはこんなもんか?」
ここまでの内容を箇条書にした紙をザッと眺めて隼くんが言う。
「だね、たぶん大丈夫だと思うよ」
「ならまぁ、まだいまいちよくわかってねぇし、実感もわかねぇけどさ……改めてこれからよろしくってことで」
「──っ?!」
目の前に差し出された隼くんの手に、私は言葉に詰まった。
「なんだよ、さっきもしたろ? あん時は俺もまだ混乱してたからな。だから、改めて、だよ。里桜がしたくねぇって言うなら別にいいけど」
「あぁだめっ! するっ、するからぁっ!」
引っ込められそうになっていた隼くんの手を大慌てで取る。
嬉しい、嬉しいよぉ。隼くんから、握手を求めてくれるなんて。
もう絶対に離れないからね。
もう絶対に離さないからね。
これからはなにがあっても抗ってみせるから。
あんな思いをするのは……もう二度と、ごめんだもんね。
そんな想いと覚悟を込めて、私はしっかりと隼くんの手を握りしめた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます