かつての自分にさようなら

黒淵とうや

プロローグ

今でも忘れられないことがある。

それは両親が僕のことを見る目、僕に対して話しかけてくるときの口元、そして垣間見えるあの顔。

今すぐにでも忘れたい、あの頃の記憶と思い出は、今でも頭の中でペラペラと記憶のページをめくり続ける。何度も、何度も。

往復するページの中で、淡く、けれども揺るぎなく輝く2枚のページ。

1枚目は始まりのページ。

僕が、「日渡廻(ひわたりまわる)」が生まれた日。

僕自身が覚えていることは少ない、それでもはっきりと覚えているのは初めて見た両親の表情。本の小説やテレビのドラマのあの明るいワンシーンのような雰囲気でも、これからに期待を寄せるかのような感動を表したかのような顔では決してない表情では決してない。あの表情は、まるで真逆であったと思う。

母親は、震えている青い唇とこの世を凝縮したかのような黒い眼で僕を突き刺すように見ていた。父親は青筋をひくつかせたて赤い顔で僕を、いや多分母を見ていた。父親は周りに当たり散らしていた。母親は、僕に怒鳴りつけていた。何を言っていたのかは、正直覚えていない。でも今はなんとなく想像はできる。

......多分あっていると思う。

生まれた日のことなんて普通は覚えていないはずだけれども、それでも今でも思い出すのはきっと、潜在意識の中で二人の顔が今でもトラウマのようにこびりついてしまっているからだろう。あの二人とはついに知らないまま会えなくなってしまったけれども。

2枚目は終わりのページ。

人生の分岐点となったときの話。

僕が両親と初めて向き合い、そして「かつての自分にさようなら」をしたあの日の表情。なんともいえないようなあの顔は今でも僕の心に何かを載せている。

それがなになのかは今でもわからない。確かめる気も毛頭ない。

だって今の僕には居場所がある。

仲間がいる。

そして僕を助けてくれて、隣で支えてくれる親友がいる。

だから大丈夫。

僕はこれからも歩き続ける。

僕が、僕たちが新しい明日に辿りつくために。



そう思いながら頭の中にある本をそっと閉じる。目を背けるように。

閉じてもまたすぐに開く。鍵なんてかけられないし。

あの日のページはペラペラと独りでにめくられる。語り掛けるように。

「本当に良かったのか??今の人生に不満はないのか??」

「仲間ができた、親友ができた、言うだけなら簡単だ。でもそれは信用できるのか??」

「居場所は本当にあるのか??そもそもお前は......」



「さよなら」をしたあの日は今でも僕のことを許してくれないのだから。


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