オレVSオレ

@wlm6223

オレVSオレ

  記録が正しければ、オレがこの無人島へ漂着してから一〇五三日になる。

 当初は絶望もしたが、この無人島の生活に馴れるのに時間はかからなかった。乗っていた漁船に備えていた食料は早々に底を尽いたが、食料は島に成る果物と釣りで賄い、気楽に救助隊が来るのを待っていた。

 島の全周は歩いて三十分ほどで巡れるほどの大きさで、わざわざ地図を描くほどでもなかった。島の海岸部を除いては密林となっており、島中どこを探しても人跡は無かった。あるのは見知らぬ野鳥のさえずり、猪か何かの獣の類いの足跡だけだった。

 こんなとき、ちかごろ発明された無線機というものがあれば一発で救助の連絡が取れるのだろうが、生憎そんな高価なものを備えてひとり漁に出られるはずもなかった。

 オレの経験からすれば、おそらく港から三週間ほど西へ船を走らせた所にこの島はあると予想している。いや、急な嵐に遭ったせいで、正確な場所はよく分からないが、それほど港から遠いところにいるわけではないだろう。そのことが妙にオレを安心させた。

 無人島なのだから勿論、酒、女、煙草のいずれもない。今までの不摂生を考えれば、生活を矯正するにはお誂えむきだった。日の出とともに目を醒まし、日中は狩りと釣りで食料を得、日没後、軽く夕飯を摂り眠る。これはこれで快適だった。ただ、不快な事があるとすれば、寝ている最中に蟻が耳の中へ入ろうとすることだけだった。

 オレは厭世的な信条を持ち合わせていないが、これはこれでなかなか快適な生活だった。

 ある晩、夕食の煙を棚引かせていると、島の反対側にも煙が立ち上がっているのを見付けた。火事か? いや、誰かいるのか? オレは得も言われずその煙の上がる所へ走った。

 男がいる。オレと同じように半裸で焚き火にあたり、魚を焼いている。オレは慎重にその男の背後へ近付いた。あと五六歩というところで男は振り返った。

 その男はオレだった。顔かたち、体格、年格好、すべてがオレと同じだった。男は驚いた顔をした。オレも驚いた。

 オレたちはこの島へ流れ着いた経緯や今までの半生を語り合った。オレと全く同じだった。名前すら同じだった。

 人恋しさもあり、しばらくはその男と共同生活をすることにした。釣果も良好、狩りも共同で行った。なんせ同じ人物なので息はぴったりである。目配せだけでじゅうぶん意思疎通ができた。

 だがそんな日々も長続きはしなかった。なんてことは無い。食事の量で揉めてしまったのだ。いや、同じ人物の共同生活というのは何かと鬱憤が溜まるのだ。食事の量の件はその鬱積した相手への不満の導火線に過ぎなかった。あまりにお互いを分かり合いすぎたための心情的な怒りが発破したのだ。

 またお互い孤独な生活が始まった。ときおり狩りの最中、同じ獲物を追って顔を合わす事もあった。気心を知っている仲だけあり、なんとなし気まずい思いをすることもあった。

 ある日、昼食を摂り終わると水平線に一艘の船が近付いてくるのが見えた。船はこちらに向かってくる。オレは「おーい、おーい」と手を振った。

 船が到着すると、彼らは海洋調査団だと名乗った。オレはこの島に遭難したことを伝え、救助を求めた。

「遭難者は君だけかね?」

「ええそうです」

「一人だけなら物資に余裕があるから、なんとかなるだろう」

 助かった。一人だけなら、というのが気にかかった。オレはオレと瓜二つの男を差し置いてこの島から脱出つもりになった。

 船の出発は翌日とのことである。それまでにあの男に感づかれなければいいのだ。調査団があの男を見付ける前に、あの男を殺してしまえばいいのだ。

 その晩、オレは調査団の歓待を受けた。他人との会話、久しぶりの食事らしい食事。オレは大いに満足した。

 その晩、オレは島の反対側にある、あの男のねぐらに侵入した。

 男は寝入っているらしく、焚き火の残り火の横に眠っていた。オレはもう錆び付き始めたナイフで男に飛びかかってきた。男は身を翻しオレと対峙した。男は襲撃を待っていたのか! さすがは同一人物。そんなことも予期できていたのか。

 オレはついに人を殺めてしまった。だが後悔はしていない。あいつには悪いがオレだけが娑婆へ戻ることにするよ。オレが調査団に気付いていないとでも思ったか? 瓜二つのオレたちだ。誰も気が付きっこないさ。どっちが娑婆に戻るにしろ、同じ人間が二人もいては都合が悪い。さらばだ相棒。オレはまた酒、女、煙草の生活に戻るよ。

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