40.教えるということ

♦︎


[『SBO』 円卓騎士団ギルド 修練場]


 「アサの言う通り着替えたけど……なんかすっごい違和感あるんだけど」


 メイに教えるということでアサに頼んだけど、アサは「人に教えるのは得意ではないんだ」とのことで僕が教えることになった。けれど装備の関係上、僕は長刀以外を振るえないからアサがいつの間に用意してた服に着替えた。君主装備は黒ずくめだったのに対し、これは淡い白のコートに加えてタキシードに近い服装だった。


 「とても似合ってるぞミカ」

 「王子様みたいですねっ!」

 「僕、そういうタチじゃないんだけどなぁ……」


 なんというか落ち着かなかった。


 「私も教えるが槍のスキルは持っていないんだ。分かるのはただ調べたから知っているだけだからな。すまないなメイ」

 「い、いいえ! 謝らないでください! 私が予定も立てていないのが悪いんですから」

 「それでアサはメイに何渡したの?」

 「現状のレベルで着れる装備と武器を倉庫から与えたぞ」

 「そっか。他に何かいるものあったら言ってね。僕もサポートするから」

 「そんな! もうもらってばっかりでお礼しか出来ないですよ!」


 アサとメイと話をしながら人の形をした木彫りを持ってくる。


 「んっしょっと。さて、と。今から槍の戦い方を教えるわけなんだけど、少しだけ齧った程度の武術の立ち回りを使ったものを見せてくね」

 「は、はいっ! よろしくお願いしますっ、ミカ先生!」


 結局、動きは僕が。スキルなどの組み合わせ等をアサが教えるという分担にした。アイテムボックスから普段使っていない槍を取り出す。


 「まず、槍の利点はこのリーチの長さ。あまり距離を近づけさせずに勝負を決めるのが槍のやり方。こんなふうに穂先を下にしたりすると間合いが読みにくかったり、間を縫うようなことも出来るんだ」


 人形に向かい、説明をしながら動きをやってみせる。


 「それでもし、こんなふうに近づかれたら、ゲームの中ならこうすればいい」

 「あっ、でもその……そのスキルは」

 「あぁ、これはスキルじゃないよ。これは僕みたいな男限定に使える技で、相手が女の子ならその時は回避系のスキルを取っとくのも手。アサ、確か身代わり系のスキルもあるんだよね?」

 「あぁ。《うつ蝉》だな。忍びのプレイヤーが使っていることが多いぞ」


 《空蝉》は自身がいた場所に丸太が現れて、位置を変えることが出来る回避スキル。ただこれは注意が必要で、回避場所を選定しておくことが発動条件になる。


 「もし、回避する場所がなかったなら、魅了チャームアイテムの人形を使うなりしてもいいね。えっと……そうそう、これこれ」

 「わっ、かわいいですね」

 「これは非戦闘アイテムだったんだが、非常用として使えるからな。持っておいて損はないぞ。まぁ持っている当のミカは使用してないものな」

 「なっ。た、ただ使うことがないだけだよ」


 槍を使った戦闘を教えたあとは槍をしまい素手になる。


 「それで今度は槍がなかった場合。これは護身術としても使える。特に格闘スキルの《殴打》や《投げ》、《組み伏せ》、《蹴り》は持っておいた方がいい。《投擲》っていうスキルもあるけど、これはただものを投げるだけのスキルで格闘スキルにはならないよ。でもこっちも持っていても良いかもね」


 グッと握り拳を作り、人形に向けて突き出す。当てはせずにちょうどスレスレで止める。


 「あの、ミカ先生はなんのスキルを持っているんでしょう?」

 「比較的戦闘で役に立つ、立ちそうってのはだいたい手に入れてるかな。武器種のスキルも持ってるけど……基本長刀しか使わないからね僕」

 「宝の持ち腐れというやつだな」

 「ほんの一瞬なら投げる目的で別武器持つことも考えてるけどね」


 そう。ほんとに一瞬であれば何かしらの武器は投げれる。装備の恩恵は無くなるが。


 「けど武器のない状態での徒手空拳はバカに出来ないとおもうよ。たとえばこうして接近されたら……」


 パァンッという破裂音と共に人形がぐらついた。


 「顎やお腹に衝撃を与えるようなことをすれば結構ダメージを与えられるしね」


 メイは勉強熱心で僕たちが教えると何度も頷き知識を吸収していった。結構長い時間教えていると、投げ役になる僕は受け身に失敗して少し咽せる。


 「あっ! だ、大丈夫ですかっ?」

 「あ、あぁ……うん。大丈夫大丈夫。ってアサはなんで笑ってるのさ」

 「ふふっ、くっく……す、すまない。あのミカがそんなミスをするとは思わなくてな」


 お腹を抱えてクスクス笑うアサにジト目を向けるけど溜息をついて立ち上がる。


 「さて、と。今日はもうこの辺にしよっか。リアルの時間だともう結構遅いし」

 「あぁ、そういえばそうだな」

 「あ、あの!」


 メイに2人して目を向ける。メイはしどろもどろになりながらもなんとか言葉を出した。


 「ふ、フレンドにっ、……な、なって、ください……」

 「なんだ。何か言われるのかと思ったらそんなことだったか。私は構わないぞ」

 「僕も。インする時間はまちまちだろうけどもし時間あったら一緒に攻略しよう」

 「……っ! はいっ!」



[ログアウト後 自室]


 ヘッドセットをゆっくり取って、両手でヘッドセットを抱き締める。


 ────やったぁ〜! 友達できた!


 助けてくれたミカというお兄さんと所属しているギルドの団長のアサというお姉さんとフレンドになれてとっても嬉しかった。ただ2人ともなんというか雰囲気がどこかで感じたことがある感じがした。


 「………………」


 勉強机の片隅に立て掛けた写真に目を向ける。そして壁に立て掛けたボードに貼った写真。そのどれもには先輩が写っている。その中には詩能お姉様やみんなと撮った写真も。これはお花見の時だ。


 「──────」


 そっと手に触れる。ミカさんの人当たりのいい笑顔と優しい雰囲気。アサさんのぶっきらぼうだけど頼りになるような雰囲気。そのふたつがどうしても……。


 「……まさか、ね」


 私はちょろいなと思った。先輩が好きなのに、『SBO』で先輩と雰囲気が似てる人のことをと思ってしまっていること。きっとそれは助けられたことによることだってことも。


 「またこんど会えたらいいなぁ」


 ヘッドセットを置いて、ベッドに横になる。今もまだ胸の高鳴りがおさまらない。『SBO』を始めてよかった。


♦︎


[同時刻 ログアウト後 リビング]


 遅めの夕飯を食べ終えた後、食後のコーヒーと詩能さんが買ってきていた小ぶりのケーキを堪能する。


 「なぁ、理和。あのメイというプレイヤーなんだが、既視感を感じなかったか?」

 「うん? んー……どうだろうね。確かにかなり人懐っこい感じだったし、頭も良さそうだったね。教えたことをちゃんと理解してるのも良かったよね。雰囲気も……雰、囲気、も……」


 話を振れば楽しそうに相槌を打って返し、わからないことはわからないと素直に認めて教えを乞う実直さ。その性格を僕はどこかで……もしかして。


 「い、いやいやいやいやまさか……」

 「私はそうだと思っているぞ」

 「どうしてそう思うのか聞いてもいい?」

 「ふふ、女の勘だ」


 さいですか。まぁでも、詩能さんのそういった感覚もバカに出来ないからなぁ。


 「まぁ、詮索はしないようにしよう?」

 「そうだな。じゃあ話を変えよう。入学後、新歓コンパがあるが、お前はどこにも入るなよ」

 「え、どうして?」

 「私が入ってないんだ」


 つんと唇を窄め僕が目を合わせようとしたらぷいと背けた。


 「…………ふふっ」


 どうしてそう言ったのか理解できて笑ってしまう。僕との時間が少なくなってしまうからだ。寂しがり屋で甘えん坊な詩能さんのことだからその辺だろう。ほんとに可愛い彼女だ。


 「分かった。どこのサークルにも入らないよ」

 「ほ、ほんとかっ!?」

 「うん」


 僕が頷くとすぐに嬉しそうに笑って体を左右に揺らした。ぽすぽすと足に何か当たる感覚がして、そちらに顔を向ければ詩能さんが脛に足を当ててきていた。


 「どうしたの?」

 「ふふ〜ん。えい」

 「う、詩能?」


 気分が良くなってわざわざテーブルの下でイジってきた。その様子が可愛くておかしくて僕は笑い、左肘をテーブルについて、頬杖をつきながらケーキにフォークを突き立てて一口にしてから詩能さんに向ける。


 「はい、詩能」

 「あ〜んっ」


 なんだかんだでこんなふうに甘やかしてしまう僕も僕だろう。ほんと、僕は詩能さんに敵わないなぁ。


 「美味しい?」

 「とっても!」


 良かったと僕は口にして、温くなったコーヒーを口に流し込む。今回は少し苦めに作ってしまった。でもこれもまた良いだろう。


 「理和、コーヒー飲んでみても良いか?」

 「良いけど……多分詩能からしたら苦いと思うよ?」

 「む、そうなのか……。い、いやしかし、何事も冒けっ、……に、にがぁっ」

 「だから言ったのに……」


 僕は笑いつつ、残りのケーキを渡す。こっちのケーキは逆に甘いから程よく中和してくれるだろう。詩能さんもコーヒーを飲むようになってから僕も僕で詩能さんの口に合うように作ることが増えた。僕からしたら少し味気ないかもと思ってもそれが詩能さんにはちょうど良いからだ。


 ま、たまにはこういうのも良いよね。


 残りのコーヒーも飲み終え、食器を片付け終わったあと自室に戻る。明日の入学式に必要そうなものを再度確認をしてから、部屋の電気を消す。しかしまだ眠くないから椅子に座って、卓上ライトを点けて本を読む。それからしばらくしてからだろう。ノックが響いた。


 『開けて良いか?』

 「良いよ」


 部屋着じゃなくてそれよりもかなりラフな格好の詩能さんが入ってきた。僕は栞を挟んで本を閉じて顔を向ける。


 「どうしたの?」

 「その……眠れなくて、な」

 「そっか。じゃあおいで」


 チェアから立ち上がり、ベッド横に座ってから促す。詩能さんは安堵の笑みを浮かべて隣に座った。


 「僕は別に拒絶なんてしないよ」

 「しかし……断られると思ってたんだ」

 「そっか」

 「理和は?」

 「ふん?」

 「理和もまだ眠くなかったのか?」

 「あぁ、うん。読み途中の読んでたんだ。僕、あまり緊張しいわけじゃないんだけどね」


 話しながら詩能さんと手を握り合う。この一連の動作すらも楽しく、愛らしい。


 「理和は飲みに誘われてもお酒は飲むなよ?」

 「分かってるよ。甘酒で身に沁みたから飲まないように心がけるよ。詩能も」

 「……?」


 きょとんとする詩能さんと目を合わせて、僕は微笑み、こつりと額を合わせる。


 「言うの遅れたけど玲音たちとなら良いけど、他に男の人がいる時に飲むのだけはダメだよ」

 「どうしてだ?」

 「分かってるくせに……言わせるの?」

 「言って……?」


 分かっていることを言わせるなんて詩能さんはズルい彼女ひとだ。


 「……詩能の酔ってる姿も声も調子も僕だけのなんだから。だから断ってね詩能」

 「うへへ、ん。分かった。それじゃあお前が二十歳になったら一緒に宅飲みしよう」

 「お酒弱いこと確定してるから僕は飲みたくないなぁ……」

 「むぅ。もっかい理和のよっぱっぱな姿みたいのに」

 「……検討しておくよ」

 「ふふっ。約束だぞ」

 「うん。約そ、んっ」


 その瞬間、詩能さんにベッドに押し倒され、明日入学式だというのに……いや、入学式首や首筋にマークを付けられた。そのついでとばかりに耳朶も吸われてしまったが。寝る前の詩能さんはだいぶ求めてくるなぁ。

 

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初心なふたりと恋のフラグ 海澪(みお) @kiyohime

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