39.人狩りのカルマ
♦︎
[『SBO』 はじまりの島──アンファング]
草原のフィールドを駆ける。情報を手に入れたからだ。
「急がないと」
僕がこんなふうに焦っているのは少し前に遡る。
「アサ。僕を呼び出すなんてよっぽどのことが起きたの?」
「あぁ。実は、昔お前が初めて『SBO』に来た時にPKにあっただろう?」
「あー、あったねぇ」
その時のことを思い出して頷く。
「でもアレ結局、ヴェインに助けられたからあの後どうなったか分かってないんだけどもしかして?」
「あぁ。ミカの思っている通り、まだ続けているんだ」
アサは眉を寄せ、不快感を露わにしている。どうやらアサたち『円卓騎士団』は初心者にも色々と手ほどきをしているらしく、そういう観点からこういった初心者狩り等を許せないようだ。
「分かった。言ってくれば良いんだね?」
「すまない……お前にそんなことをさせてしまって」
「ううん。大丈夫。そういうのは僕に任せてよ」
回想終わり!
僕は索敵をしつつだだっ広い草原を走る。多分あのPKerがいるのはあの森だ。もしあの時の僕と同じことが起きているなら。
「……! 急がないと……!」
案の定、森の奥から音がした。恐らく声だろう。
『何か声するね〜』
「し、シェリー!? いつからいたの?」
ふわりと僕の隣で浮かぶシェリーに僕は驚く。シェリーはほのぼのとした顔で笑っていた。
『いつからってずっといたよ〜?』
「そうだったんだ。まぁ、いっか。ねぇシェリー。いまから助けに行くんだけどシェリーはそっち頼むね」
『いーよー。ミカはどうするの?』
「僕はPKを止めるよ」
『そっかそっか。気をつけてね』
「分かった」
森の中に駆け入る。流石に草を掻き分けて走るのが億劫になってきた。だから、跳躍して木の上へと上がる。
「よっ! と」
太い木の枝目掛けて飛び移るのを繰り返す。
『ミカ! あそこ!』
僕よりも見えているんだろう。シェリーが前に指を差した。僕は前に注力しつつさらに飛び移っていく。そこでようやく見えてきた。
「行こう!」
木々に飛び移り、かなり近づけた。そして。
「ここだ」
最後に飛び移った枝を強く踏み締めて、跳び上がる。空中で空を蹴り、より高く跳び上がる。そして集団の先頭にいた人物の頭を踏み潰す。
「んなっ!? だ、誰だっ!」
襲われてたのは……女の子か。この人たちはほんとに……。
「大丈夫?」
「…………ぁ、ぅ……」
反応はあまりなかった。どうやら麻痺してたようだった。
あ、そういえば踏み潰した人……あ、死んだか。まぁそうだよね。
「おいっ! 返事しろよ!」
「ん? あぁ、ごめんごめん。きみらのことどうでも良くてさ。シェリー、この子のこと頼んだ」
『はいはーい』
女の子には笑って頷いてから振り向く。
「さて、と。団長からの命でさ、きみたちをどうにかしなきゃだから……ごめんね」
僕は一言謝ってから長刀を抜き放つ。
「さぁ、来ると良い。あの時の続きをしよう」
★
[時を遡り、『SBO』 はじまりの島──アンファング]
先輩方のやっているゲームが気になり、この春休みにやってみることにしました。
「……ふわぁ〜……!」
始めに抱いたのは壮観な街並みのグラフィックでした。とても精密で緻密。これらが全て0と1で作られているなんて思えないくらい。家屋の造りは中世期の欧州のような造りでなんだかアニメで見たような街にいるみたいでした。
「先輩方は……先輩はいつもこんな景色を見ていたんですね」
このゲームを買う前に色々と調べたところ、このような街は他にはなく、他の島は全土がダンジョンのようなものらしく、プレイヤーの多くはここを拠点にプレイをしているらしいです。
「えっと……このまままっすぐ行ったらフィールドに出る……であってますね」
メインメニューを開いて、マップを調べるとそのような表記を目にして私は歩きます。フィールドに出る際は武器を手にするのを忘れないこと。うん良し、ちゃんと覚えてる!
「わわっ! っとと……すごい。感触もちゃんとする……!」
初期武器だからか、手にしている槍はあまり飾り気がなく、教科書で見た『十文字槍』とかみたいなかっこいいけどなんだか味気ないと感じる。だけど手に感じる重さや触り心地は紛れもなく本物と感じれて、ゲームの中なのに現実みたいに感じてとても気分が昂ってきます。
「きれ〜……!」
フィールドに出ると、草原でそよ風に揺れる草を視界いっぱいに捉える。遠くの場所ではあまり区別つかないけどふつうの動物が草を食べていた。多分豚さんかな?
『ぷぎぃっ!』
「きゃっ!?」
突然甲高い声が聞こえて反射的にびっくりした声を上げて身を固める。恐る恐る目を向けていくと、豚のような動物が勢いをつけて走ってきていた。
「えっ、えっ、えっ……? ど、どうしよう……!? きゃっ!」
私はどうしていいか分からず慌てて避ける。だけどとても慌ててたから足がもつれて避けた先で尻餅をつく。
「いっ、たたた……」
転んだ拍子にほんの少しだけダメージを受けたみたいです。これが『スリップダメージ』と言うんでしょうか?
「あ、さ、さっきの動物……いた。んん〜、なんだか狙われてます……よね?」
豚のような動物は良く見たら猪さんでした。でもこうして襲われるのは少し怖いですね。私の手には槍しかないので、多分これで倒すんでしょうけど……私に出来るでしょうか。
「……ううん。弱気になっちゃダメ。少しでも強気にいかないと……!」
ぎゅっと槍を握って刃先を猪に向けて構えます。猪さんは後ろ足を何度か地面に擦るようにしてから再度私に向かって走ってきました。私は横に避けつつ、思い切り槍を振ってみます。
「えいっ!」
でも何も反応がなくて、振る前には猪さんは通り抜けていました。
「どうしよう……」
振るのが間に合わなかったことは分かりますが、それだとどう倒したら良いのかが分かりません。
「…………あっ」
最初とさっきの猪さんの行動にヒントがあった……ように思えて、もう一度猪さんに走らせます。
「やっぱり」
3回目で分かったような気がします。猪さんは直線状にしか動けない? 走れない? と思います。確かことわざには突き進んでいくことをそんな猪さんの歩みに喩えている、『猪突猛進』というものがあったと思いますが、多分そうなのでしょう。だったら避けてから槍を振るのはやめた方が良いかもしれません。
「じゃあ……うん。こうするしかない……ですよね」
ギリギリまで猪さんを引き寄せて槍の刃を横にして体を横に避けつつ槍をそのまま猪さんの後方に向けて振ってみます。今度は手応えがありました。
『ぷぎぃぁっ!』
猪さんは断末魔を上げながら、消えてしまいました。すると。
『レベルが上がりました』
「……や、やった!」
初めて倒すことができてとっても嬉しくて、跳ね回ります。先輩はこんなふうにしていたんですね!
「もっとやってみよう……!」
自分から倒したことでの達成感が楽しくて私はフィールドを駆け回りました。
「あっはは! たっ、のしい〜!」
槍を片手に私は走り抜ける。初めてのフルダイブ型ゲームに楽しい。
「こんなところがあったんですね……?」
いつの間にか森の手前まで来ていました。周りを見てから森の中に入っていく。
「……鬱蒼としてますね」
木々の合間を縫って歩いていく。モンスターの気配はなさそうだった。だけど。
────嫌な予感がしますね。
鬱蒼としてる分少し暗くてその分そう思いながら歩んでいく。
──────パヒュンッ。
「えっ?」
背中に矢が刺さった瞬間視界が明滅して体が地面に倒れ込みます。目には麻痺の雷マークが。
「頭ァ! 女っすよ!」
「こりゃあ上玉だな!」
「…………ひっ、ぅ……!?」
動きずらくなった顔を動かすと後ろからゾロゾロとどこかに隠れていたようで数人の男性プレイヤーたちが現れてきました。彼らの向けてくる目はリアルで何度も目にした……とても気色悪い目。下心が目に見えてて寒気がしました。
「まっさかこんなとこで女に逢えるとは……お頭、味わいましょうよ」
「まぁ、待て。まだこの絶望顔を味わおう」
「ヒューッ! ナイッス頭ァ!」
「良いッねェ!」
嫌だ。嫌だ。嫌。嫌、嫌、嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌……!
「──────────」
────誰か、助けて。
そう思った瞬間、上から影が舞い降りた。一人の男が突然降りてきたなにかに押し潰された。バサっという音とともにその降りてきたものが分かった。襲いにきた人たちと同性のプレイヤー。でも……うん。その人はなぜかとっても落ち着いた。
「大丈夫?」
「…………ぁ……ぅ……」
彼の目は優しかった。動けない私を気遣ってくれた。
「おいっ! 返事しろよ!」
「ん? あぁ、ごめんごめん。きみらのことどうでも良くてさ。シェリー、この子のこと頼んだ」
『はいはーい』
背を向けてそう言うと彼の背中から透けた女の子が出てきた。女の子は裸に等しいくらいの格好で大事なところだけを隠した水着姿。その透明に近い女の子はふわふわ浮かんで私の隣に来た。
『大丈夫だからね〜。きみのことはボクが守るからさ』
女の子、シェリーと呼ばれた子はニコニコ笑いながら私の肩に触れる。
『不安だよね〜。でも安心していいよ。ミカならあんなヤツらけちょんけちょんだよ』
「……ミカ? それって」
『そ。あの真っ黒さんの名前。ボク、初めて見るから楽しみなんだ〜』
シェリーさんは楽しげに言いながら、私に見てみるよう促した。先ほどから感じる落ち着くような雰囲気に既視感を感じた。どこで感じたんだろう……?
♦︎
[女の子の救出に成功後]
左手の鞘をそばに置いて長刀を両手で握る。まず手始めに……。
「きみからだ」
「んぉっ!?」
何かのサイトだったかなんだったかで目にしたことがある。後衛の武器等から先に排除する方が建設的云々を。確かにそうかもしれない。弓矢は厄介だし。
「シッ!」
体勢を低くしてから地面を蹴り、ボウガンを持つ
「な、……やすぎだろ……!」
「悪いけど急いでいるからね。そのままデスペナルティでも喰らってなよ」
流し目で消滅したのを確認するのと同時に今度は右後方から接近するのを目にする。
「うぉりゃっ!」
「…………!」
左へ旋回して攻撃を躱す。このプレイヤーの武器は斧のようだ。筋力に振っているんだろう。けど。
「首、ガラ空きだよ」
天高く長刀を構え、首に向かい振り下ろす。首へのダメージはどうやらクリティカルに入るらしい。怨讐の炎城で学んだ。そして斧を振るったプレイヤーはそのまま首が両断され即死した。
「どうしたの? 来ないの?」
残っているのは、いちにの……4人か。初心者狩りしかしてないPKだからレベルもたいして高くないんだろう。武器だってよく見れば初期装備よりは上等だろうけど、そこまで高くないことが分かった。
僕に睨まれ、動けないでいる残りのプレイヤーたちに発破を掛けなくちゃならないなんて思わなかったな。てっきりこういうプレイヤーって血の気が多いものだと思ってた。
「あ、そうそう。言っとくけれど、僕だってやりたくてやってるわけじゃないんだよ? きみたちがあまりにやりすぎだからかなり優しいうちの団長さんか般若になっちゃってさ〜。ほら、数的有利はきみたち。どんどん来てよ」
「く、くそっ! なんでたかだかひとりにやられなきゃなんねぇんだ! お、俺ァもう落ちる!」
「か、頭ァ!?」
目の前で泣きべそをかきながらウィンドウを操作する『頭』と呼ばれる人には僕は驚いた。しっかりと引き際はあるんだと。
「え。お仲間さんたちは良いの? ほっといて自分だけ逃げるなんて」
「馬鹿野郎! 俺ァだって死にたかねぇんだよ! 生きるためだったら見捨ててやるッ!」
頭さんはそう言ってログアウトしていった。わざと挑発したけどそれでも理性はあるようでなにより。
「で、きみたちはどうする? する?」
残り3人に目を向けるとそれぞれ武器を手放して降参した。
「あらま。潔いね。そこだけは僕からしたら高得点だよ。だけどPKは迷惑行為なんだから控えなよ〜? こんどまたかみなり落ちるか分かんないんだから。初心者狩りもほどほどにね」
敵意も感じられないことを察知して僕も長刀をおろす。
「み、見逃してくれるんすか……?」
「これ以上続けてもだしね。それに僕だってプレイヤー殺めたくないし」
「…………………ひとつ聞いていいか」
「どうぞ」
前髪で両目を隠した人が疑問を口にした。
「なんでアンタみたいな人がPKやんないんだ?」
「…………………? というと?」
「俺から見たらアンタみたいな歪んでる人、こっち側にいない方がおかしい」
「……うーん? 話が見えないなぁ……」
何が言いたいのか図りかねているときふと気付く。
「あぁ、もしかしてさっきの戦闘でそう思ったの?」
男プレイヤーは頷いた。
「んー……なんというかさ、僕はたしかに歪んでるんだと思うよ。けど、人としてやったらダメとかの良識はあるわけさ。それに団長さん……アサからは殺すなとも言われてないし、現に今はきみたちは初心者狩りしてたわけだしね。止めるための人殺しは仕方のないことだと割り切ってるよ」
そうでもしないと話に応じてくれなそうだしと思ったけどそれを言うのは野暮かもしれないから言わない。
「……天秤にかけた、ってことか?」
「まぁ、そうなるね。僕自身、体は一つはわけだしさ。守れるものも限りがあるから出来るだけしたくないんだ」
はははとはにかむ。僕もきっと大義名分があったらこんなことが出来てしまうんだろう。
「そう……か。じゃあアンタはPKをしない、ってことでいいんだな?」
「うん。好き好んで人殺しはしたくないよ。出来るだけ穏便にしたいからね。現にこうして話出来てるからさ。だからほら、早く帰りなさいな。敵意ないのは分かったから。今回は見逃してあげる。次は分かんないけどね」
しっしっと左手で払うように促すと3人は口々に感謝を言ってログアウトしていった。
「ふぅ。シェリー、その子は大丈夫そう?」
一息ついてから奥に目を向けてそちらに歩む。
『全然大丈夫だよ〜。麻痺は時間経過で治ったみたいだしダメージも受けてなさそうだね』
「そっか。きみは初心者、なんだよね」
「あ、は、はいっ!」
鞘を拾い、長刀を一度血振りのために回し、逆手に持ち替えてから納刀する。
「ここはあまり来ることはお勧めしないよ」
「それは……さっきの方々みたいなのがいるから、ですか?」
右手を向けると女の子は少し驚きつつもそっと手を乗せたので優しく立たせる。
「それもあるけど、ここ鬱蒼としてるでしょ? ここだけは出てくるモンスターも草原とは違ってさ。せっかくあっちの方で慣れていたのに急な変更で慣れずに死んじゃう……なんてことがあるらしいんだ。だからここで立ち話はこのくらいにしてこの森を出よう」
「分かりました」
「シェリー。警戒は僕がするから一旦、」
『分かってるよ〜。じゃねっ』
女の子にウインクしながら手を振ってサアッと霞のように消えた。
「行こうか」
女の子を促して僕たちは森を出た。ついさっきまで太陽が昇っていたのに森を出る頃には夕陽になっていた。
「そういえば名前言ってなかったね。僕はミカ。よろしくね」
「あっ。わ、私はメイです」
「メイ、か。うん、わかった。メイさ……メイはいつから始めたの?」
いつものようにさん付けをしそうになったところで自分から距離を取るのも違うかなと思い直し、呼び捨てで呼ぶ。メイは少し面食らった顔をするがすぐに苦笑した。
「実は、数時間前に……」
「ついさっきなんだ。動き方とかはわかるって感じかな」
「そうですね。その……私、これなんですけど」
メイは照れくさそうに笑い、槍を見せた。槍はそこまで長くなく、かといえば短槍とまでは短くない槍だった。
「なるほど。槍か。どうしてそれを選んだのか聞いてもいい?」
「その……そこまで近い距離で戦闘はしたくなくて……でも、遠いともし誰かとやる時に遅れたりしたら怖くて、だからその中間の槍にしたんです」
「そっか。僕はこれからギルドに帰るけどきみもおいで」
「えっ? い、良いんでしょうか?」
「アサなら歓迎すると思うよ。それに槍のことならアサたちならなんとかなると思う。僕は生憎……この子しか振るえないからさ」
僕は装備の関係上、長刀以外の使用が出来ない。そのため何かアドバイスを出そうにも出来ないから制限のないアサたちのほうが上手く教えられるだろうと思ったのだ。
「分かりました。その、お、お願いします!」
真っ直ぐでしっかりとした目だった。この子はきっとこれからも楽しんでくれそうだと僕は確信した。
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