38.花見と春の嘘

♦︎


[春休み]


 無事に僕と創、伊織は卒業をした後の春休み。卒業祝いも含めてお花見をしようと伊織と杏香が発案して、そういえば今までしてなかったねと創たちと話し合い、しようと決めた。


 「ここ、……で良いのかな?」


 スマホを見ながら場所を確認する。


 「多分合ってるからここにブルーシート敷こうぜ」

 「そうだね」

 「じゃあこっち持つから理和くんそっちお願いね」


 伊織がシートを広げるのを手伝う。


 「あっ、準備できた〜?」


 シートを広げ、四隅を留めてる時に右腕をぶんぶんと振りながら杏香は声を上げながら来た。その後ろから詩能さんたちが談笑しながらついてきた。


 「準備を手伝わなくてすまないな」

 「いやー良いよ全然。こっちはシート広げるだけだったし。色々買えた?」

 「あぁ買えたぞ。見てくれ」


 袋を広げて見せてくる。缶のジュースやらを見る。


 「だいぶ買ったね」

 「あまり要らないとは思ったが万一に備えてな」

 「なるほど」

 「あと安心しなさい。酒は入ってないわ」

 「ほんとはいれたかったわ〜」


 しょんぼりする李愛さんに「未成年多いんだから当たり前じゃない」とツッコミをいれる玲音さん。まぁ確かに卒業したとはいえ、18の僕、創、伊織。まだ未成年の杏香とメイリヤの未成年組が数が多いのだから仕方ないのだろう。


 「それにお兄ちゃんには飲ませられないもんね」

 「…………あの時はほんとに申し訳なかったよ」

 「……? あの時って何かあったんですか?」

 「あら〜? それはお姉さんも気になるわね。教えて教えて」

 「い、いやだよ。僕の恥ずかしい出来事なんだから……」

 「いや〜、あん時は大変だったよなぁ。あ、伊織も知らないんだっけな」

 「あぁ、うん。ワタシも気になるね。こっそり教えてくれるかい?」

 「おいこら。僕が教えたくないから創は言わないで。デコピンするよ?」

 「うげっ。そりゃあ勘弁」


 2年前の初詣での甘酒が脳裏に過ぎる。アレは本当に記憶から消し去りたいくらいの出来事なのだ。


 「酔っ払っていたお前はとても可愛かったぞ」

 「……忘れさせてはくれまいか」


 こそっと言う詩能さんに僕は項垂れる。


 「はぁ〜……。もう、この話は終わり! はいっ、座って座って」

 「あら、残念」

 「う、詩能お姉様! 後で聞いても良いですか」

 「私で良かったら」

 「だーめーでーすー。杏香もワクワクしない。玲音も何か閃いたみたいな顔しない! もぅ……」


 各々、シートの上に座って、僕は袋の中から缶ジュースを取り出して渡していく。渡す際、詩能さんがこれは誰のとか教えてくれたため助かった。僕は振らずに開けるコーヒーだった。


 「あ、これ」

 「家だといつも豆からやってるだろう? これ、私が大学でも飲むようになったやつなんだ。それを理和に味わってほしくてな」

 「そうなんだ。李愛と玲音は飲んだことあるの?」

 「あたしは無いわね。あたしはもっぱら烏龍茶なのよ」

 「ん〜、あたしはたまーにかしら? でもあまり飲むことはないかもしれないわねぇ。私、カフェインが効きすぎちゃうから控えてるのよ」


 ふむと頷きつつ蓋を開ける。それを契機に全員プルタブを開ける。


 「それじゃあ、このいつものメンツで初めてのお花見に」

 『かんぱ〜い』


 カンと上部を軽くぶつけ合い、口に含む。


 「あ、美味しい」

 「だろうっ!?」


 詩能さんに頷きつつ、口に含んだ瞬間に広がるコーヒー豆特有の香りの余韻に浸る。飲んでいるのはもちろんブラックなのだが、口当たりはあっさりしていてかといって苦くなさすぎず、程よいバランスなのだ。ブレンドでもあるのだが、本当にバランス良く、自然と笑みが出る。


 「お前ならそう言ってくれると思っていたよ」

 「たまには市販品もいいかもね」


 ははっと笑いつつ再度飲み、キャップを閉める。みんなひと段落したんだろう。杏香が手提げ鞄から少し大きい重箱を取り出した。


 「じゃーんっ! じつはお母さんと協力して作ったの〜! すごいでしょっ」


 胸を張ってふふんと鼻息を漏らす杏香の頭を撫でる。


 「さすが僕の妹だ」

 「えっへへ〜。もぅ〜っと褒めたっていーんだよ〜? ほれほれ〜」

 「そこまで言われたら褒めざるを得ないなぁ」

 「お前なぁ……いくらなんでも甘えさせすぎじゃないのか〜?」


 創は特段気にしてなさげではあるがこんなふうに杏香を甘えるといつもそう言う。お約束というやつだ。


 「妹なのだから甘えさせるのは兄の務めというものじゃないのかな?」

 「お兄ちゃんから褒められるのはとっても悪い気はしないのです、えっへん」

 「ったくシスコンブラコン兄妹だよなぁお前さんらは」


 杏香はふふふんと得意げに笑いながら重箱の蓋を開ける。中はとても豪華なものだった。


 「おぉ〜! とっても美味しそうじゃない!」

 「でしょでしょ!? このだし巻きはわたしの自信作なの! それでね〜二段目は五目ご飯になってて、我が家オリジナルの特製ご飯となっております! お兄ちゃんが好きなものも入ってるからお母さんがみんなとたーっくさん食べてって」

 「先輩は五目ご飯お好きなんですか?」

 「うん。子供の頃に食べてから随分食べてなかったけど……母さん覚えてたんだね。……嬉しいや」


 杏香から箸を受け取って手を合わせてから隅っこの方のご飯を箸でちょいっと切り分けて掴み、口に入れる。あの時の味だ。優しくて今は時間経っちゃって冷たいはずなのに、とってもあったかい。僕は無意識で笑みがこぼれる。


 「……美味しい」


 そう呟いてから視線に気付いて顔を上げる。みんなと目があって、瞬きを繰り返して苦笑する。


 「え、何、どうしたの?」

 「今の理和くんの顔、とっ………………っても良い笑顔だったわよ」

 「写真に撮りたかったね今のは」

 「右に同じく」

 「あたしも」

 「みんな思うこと一緒だね〜」


 僕がどんな顔してたのか分からなかったから口々にそう言われても分からないって。僕は困惑していると肩を小突かれる。


 「結構良い笑顔だったぜ理和」

 「え、えぇ……? そうだったの……?」


 杏香がハキハキと「いただきま〜すっ!」と笑いつつエビフライを食べる姿を横目に創と話す。創はニカッと笑いながら頷くため、僕はそんな顔してたんだと思わされる。


 「んんっ! 杏香くん! この春巻きとっても美味しいね!」

 「あっ! そでしょ〜!」


 みんなのワイワイとした姿を見て初めての花見は楽しいからまたしたいなと口には出ずともそう思った。


 ──────ぱしゃっ。


 小さくシャッター音が聞こえて右を見る。スマホから上目遣いで僕を見る詩能さんだった。僕は微笑ってピースサインを出す。詩能さんはまたシャッター音を響かせた。そして互いに笑い合ってそれぞれ重箱をつついて舌鼓を打った。


♦︎


[数時間後]


 重箱を丁寧に片付けた杏香は2本目の缶ジュース片手に一息ついた。


 「はぁ〜……美味しかったねぇ〜」


 その一言にみんな深く頷いた。


 「私、あんなに美味しいって思ったの初めてです」

 「そうよねぇ。あたしもなんだか心があったまったわ〜」

 「理和が作る普段のもとても美味しかったし教えてもらったのか?」

 「ううん。見て覚えたんだ。でも最初は失敗してさ。杏香からも散々な評価だったと思うよ」

 「けどよ、味はどことなく似てるよな」

 「血は争えない、って感じだろうねぇ。同じ味は作ろうと思えば出来るだろうけどその場その時の再現は不可能に近いからね。だからその分、優しい味なのはそのお母さん譲りなのかもしれないね」


 伊織の言葉でさらに僕と杏香以外が頷いた。杏香と見合って、杏香が首を傾げた。


 「そう、なのかなぁ?」

 「どうなんだろうね。けど母さんは作る時には僕や杏香、父さんの笑顔を大切に思い浮かべながら作ってるって前に聞いたよ。多分それを僕も大事にしてる……んだろうね。良く、分からないけど」


 そこら辺は僕も良く分からない。だけど母さんと杏香が心を込めて作ってくれたものを美味しいと言ってくれるのは兄の僕も自分のことのように嬉しい。きっと帰ったら杏香は母さんに言うんだろう。とっても褒められたって。


 「理和は……恐らくだが悠希さんと似ているんだろう。私も少なからず会話をしたが、悠希さんは自分の経歴や親としてしてきたことを誇ってはいるのだろうがふん反り返るようなことはなく、極めて謙虚だった。しかし芯のある人だと思う。理和の落ち着いた雰囲気や自慢げに誇らしくすることなくしているところがとても似ている。だから料理の味も似るのだろうな」


 詩能さんはふんふん頷きながら言ってくれた。確かに母さんもそんな感じだった。杏香と目を合わせて笑い合う。


 「おぉ、そうだ。その理和のお母さんって俺たちが行く大学の先生してんだったよな?」

 「そうだね。けど、たまに大学に行くことはあるけど母さんと会うことが滅多にないかも」

 「なんで会えないんだろね?」

 「さぁ……。もしかして非常勤、とか?」


 母さんの実情は今でもあまり知らない。僕があまり踏み込まないのもあるんだろう。母さんも自分からはあまり話さないからそこまで詳しくは分からないのだ。


 「あら? パンフレットは見なかった?」

 「あー……もう入るって決めてたのであまり見てなかったかな。僕はAO取れるし創もそうだったよね? 伊織は?」

 「ワタシは通常だったよ。面接官は男性で結構人が良い人だったね。でも理和くんと同じでパンフレットは深く読まなかったと思うね」

 「あらあら。3人とも不真面目さんね」


 ふふっと微笑む李愛さんは続けて「まぁ私も似たようなものだったから責められないけど」と言った。……母さんはいつ頃から大学にいたんだろう?


 「詩能と玲音は何か聞いてない?」

 「それがあたしにはさっぱり。専攻が違うもの」

 「しかし、廊下ですれ違ってもおかしくないんだがな……」

 「謎、ですね……。あ、もしかして知られてはならない極秘機関が……!? ってないですよね」

 「お母さんのことだからそれは無いんじゃって思うけど有り得そう……! というかあったらとっても面白そうだよね!?」

 「そ、そうですよね!」


 アニメとかも好きな杏香はそういったフィクションにありそうなことに興奮している。それとメイリヤも杏香と同じような趣味を持っているんだろう。


 「杏香。あとで母さんに聞いてみてはくれないかな?」

 「んー。別にいーけど、わたしたちで調べた方が楽しいと思わないかな?」

 「そんなまるで推理小説みたいなこと言うのね」

 「えーだって面白そーじゃーん」

 「ふむ。まぁたしかにワタシも気になるんだよねぇ。理和くんの話では、大学で講師を担当している。けれど詩能くんに玲音くん。それと李愛くんも構内ではあったことが0に等しい。なんというかそこにあるのにないみたいなトンチじみた感じだね」


 みんなうーんと唸り首をひねる。


 「良し。それはまぁ、大学生になった時に調べてみよう。まだ部外者だから好き勝手動けないしね」

 「私たちだけでも動けるが……何かあった時が恐ろしいからな」

 「下手に動けないものね」

 「ふふふ、楽しみになってきたわねぇ」

 「あ、あのあの! 私はこれから2年生なので大学には行けないんですが……でも! 卒業したら入学したいです!」

 「あら、良いわね。きっとその頃には私は院生だけど楽しいから来てみると良いわよ」


 メイリヤはとても乗り気で「はいっ!」と頷く姿を見て笑いつつ、みんなで今後のことを話し合った。創と伊織はそのまま家から通うらしい。僕は詩能さんと一緒に通うことになりそうだ。


 そうしていながらも僕は母さんのしていることを全部は把握してないけど。というより偶然見てしまったという方が良いだろう。ただ、だからといってそれだけでこんなふうになるのか? と思う。もし母さんがやってることがそういったことなら、能美あたみさんの言っていたことも理解できる。妄想だらけの推論だからまだみんなには言えないけど。


 でもいつかは話そう。だからいまはこの楽しい時間を壊さないようにしようと僕は心に決めた。

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