37.これは……夢?

♦︎


[?????]


 目を開くとそこは白い屋内にいた。なんというかふわついているというか現実味のない感覚でこれは夢なんだと気付いた。それでも歩く。


 「り〜おっ」

 「おわっ!?」


 柱の影からぴょんっと詩能さんが顔を出した。だが格好はおかしかった。着ていたのがバニーなのだ。


 「う、詩能っ!? えっ、何その格好!?」

 「これか? どーだー? 良いだろ〜」


 黒タイツに黒のバニーを着て、耳もつけてぴょんぴょんと跳ねたりした。胸部も揺れるから跳ねるのはやめてほしい。いや、というか夢の中なのだから僕がやめさせれば……こう考えるからダメか。諦めよう。


 「と、とっても似合ってるよ」

 「えっへへ〜。そ〜だろ〜そ〜だろ〜」


 リアルじゃ滅多にしない笑顔をする詩能さんを見るとほんとにここは夢の中なんだと自覚した。頼むから早く目が覚めてほしい。詩能さんの威厳のためにも。あと僕はここまで詩能さんのことをそんな目でみていたようでとてもキツい。かなりキツい。申し訳なくなってくるレベルで。


 「あ〜! まーた独り占めしてるじゃないこのばか!」


 後ろから抱きつかれる。この声にどこかつっけんどんな感じがありつつも優しい声は玲音さんだ。


 「急に抱きついて来ないでほしいな……玲音」

 「何よ。詩能様が良くて、あたしがダメなのは差別じゃないの〜?」


 詩能さんよりは控えめだが、それでも豊かな胸をこれでもかと密着させる玲音さん。やはりこれは夢だ。玲音さんはそんなことはしな……………いとは限らないな。ノリが良いからなぁ。……じゃなくて。


 「は、離れてくれるとありがたいなと思うんですが……」

 「イ・ヤ・よ」

 「私の理和に抱きつくな〜」


 詩能さんがむくれて前から抱きつき始めた。うわっ、やめてくれ! というかなんでこうも無駄に感触がするんだ!? 明晰夢というやつなのか!?


 「ちょっ、ふ、ふたりとも!」

 「「理和はどっちを選ぶんだ(のよ)!」」


 ……………もう覚めてくれ。頼むから。


 「………っは!? ……ははっ。ゆ、……夢でよかった」


 飛び起きて、立て掛けているスマホと時計を見る。時間は7時過ぎだった。カーテンの隙間から覗く朝陽に僕は無性にホッとした。


 「……………はぁ〜〜〜〜〜」


 下半身に嫌な感触があり布団を捲り、ズボンを捲り上げる。やはりそうだった。最悪だ。僕は深く長く溜息を吐いて片付けた。


 「理和〜? どうしたんだ?」

 「んぇっ、い、いやっ……な、ななんでも……ないよ」


 片付けの最中に物音に気付いたようで声をかけてくる詩能さんに驚いてしどろもどろになる。詩能さんはすぐに僕の様子に気付いたようだった。


 「……なにか隠してる?」

 「えっ……? い、いや……別に何も」


 むー? とジト目を向けられるがなんとか踏み留まらせ片付けることに成功する。危なかった……。


 「それで。一体なんだったんだ?」

 「え゛っ…………」


 リビングに行くと詩能さんが両腰に手を当てて仁王立ちしていた。詩能さんはやっぱり僕が隠し事をしていることに気付いている。けどそれは僕の威厳や尊厳に……ぐぅ。


 「……………夢、見たんだ」

 「……ふむ?」


 僕は苦虫を噛み潰したような顔で絞り出すように呟く。


 「場所は……分かんないけど、……詩能がば、バニー……着ててさ。……その、後から玲音も、来て……格好は見てない、んだけど……多分、あのままだったら李愛とメイリヤも……うぁぁあ、……最悪だ……」


 手を顔に当ててしゃがむ。自分の不純な夢に、気色悪い思いに2人を穢してしまった。そんな深い後悔に見舞われて、まさしく穴があったら入りたいといった感覚。前方で物音とともに衣擦れが聞こえた。顔を上げようとした時、詩能さんに抱き締められ、顔は見えなかった。


 「り、理和……は、見たい……のか? そのバニーとやらを」

 「んなっ……。み、見たく……ない、わけじゃ、……ないんだけど……っ、違くって……! いや、違わないんだけど! う、あぁっ、もう! 見たい! 見たいよ!」


 顔が熱い。きっと僕の今の顔は真っ赤になっていることだろう。くぐもって聞こえる詩能さんの言葉に半ばヤケクソに返す。


 「……特別、だぞ?」


 ぼそっと左耳に囁かれた。びっくりして顔を上げる。詩能さんは照れ笑いを浮かべていた。


×


[土曜日 喫茶店]


 目の前に座り私の話に白けた目をしながら左頬がピクついている玲音に理和とした話をした。


 「……ねぇ、それあたしにする意味あるの?」

 「ない、な」

 「……っはぁ〜〜〜〜〜〜〜〜」


 左顳顬に左手を当て盛大に溜息を吐く玲音。飲みかけのアイスカフェラテに手を伸ばしながらジト目のまま言った。


 「なーにー? 当てつけ? 理和とイチャイチャしてますーって。詩能様って随分趣味悪いじゃない」

 「む……す、すまない」

 「はぁ……あーあもう毒吐く気も無くなったわよ。で? なーんであたしにそんなこと言ったのよ? まさかあたしもコスプレしろって言うんじゃないでしょうねぇ?」

 「うっ……」

 「こらっ、目逸らすな」


 玲音の指摘に私は答えれなかった。


 「あのねぇ……あんたひとりならまだしもなんであたしまでしなきゃいけないのよ」

 「……り、理和が喜んでくれそうだな……って」

 「あんたの加減はどこいったのよ!?」


 いきなりの大声で店内が静かになる。2人してハッとして店内を見た後玲音は咳払いして続けた。


 「理和は苦し紛れに言ったってことよね? それって言いたくなかったってことでしょ?」

 「…………」


 私はただ沈黙して頷くほかなかった。


 「別にあんたひとりするんならあたしはとやかく言わないわ。でもあたしにもさせようってあたしを殺す気なわけ? 『SBO』ならまだ装備とかでどーでも良いけどリアルでやるなんてごめん被るわ」

 「…………むぅ」

 「そんな顔したってやらないわよお馬鹿」

 「むっ……」

 「あーもう……。胃がキリキリするわ……」

 「大丈夫か?」

 「誰のせいでこうなってると思ってんのよ」


 おでこを人差し指でぐりぐりと憎さ100倍とばかりにされる。


 「い、いたいぞ」

 「自重しなさいあんたは。ったくもう。はぁ……。素材、買いに行くわよ」

 「や、やってくれるのかっ?」

 「着・な・い・わ・よ・っ」

 「あだっ」


 その後私と玲音はコスプレ専門店なるものへ行き、生地を探し、作るより買った方が良いということになり完成品を購入した。


×


[日曜日 自宅]


 理和が帰ってくる前に着替えを済ませる。バニー服というのは存外、恥ずかしいものだと分かった。着方はこれで合っているのか何度も鏡で確認した。


 「あら〜、お似合いねぇ詩能ちゃん」

 「そ、そうだろうか?」

 「……な、なんであたしまで」

 「ぁう……ほ、ほんとに先輩は喜んでくださるでしょうか?」

 「あたしは面白そうだから着てみたけど楽しいわね。ふふっ」


 各々、着用して互いに感想を言い合う。李愛とメイリヤがいるのはひとえに私が話してしまったからだ。断ったって良かったが、メイリヤは「先輩が喜んでくれるなら」と頷いて、李愛は「面白そうね」と楽しげだった。


 ──────ガチャ。


 「帰って来たな」

 「行きましょ行きましょ」

 「え、えぇっ? も、もうですか?」

 「あー……あたしの何かが崩れる感覚がするぅ」


 李愛に引っ張られる玲音とメイリヤ。私も音がした方へ向かう。


 「……へっ!? はっ? な、なななななんでっ?」


 理和は困惑顔で固まった。何度も瞬きをしてその場から微動だにしなかった。


 「お前が見てみたかったと言っただろう?」

 「え……? あ、あれ冗談じゃなかったの!?」

 「ちょっと! 早くなんか言いなさいよ! あたしの心が保たないの!」

 「や、やややっぱり似合ってませんよねっ?」


 理和は未だ困惑しているが、なんぼか平静さを取り戻したようだった。


 「……おーけー。うん。メイリヤも玲音も落ち着いてね。良く似合ってるよ2人とも。だから落ち着いて。それで詩能。さすがに3人に着せるのは……」

 「む……ダメ、だったか?」

 「ぐっ……! ダメ、ではないけど……! その、さぁ……!? あるじゃん!? こう……さぁ!」


 言葉が出ない様子でそれでも言語化をしようと試みる理和を私は首を傾げながら見る。


 「分かる。分かるわよ理和……。でもね、もうきっと理屈じゃあどうにもならないのよ……」

 「れ、玲音が悟ってる……!? 待って? 何があったの?」

 「あらあら〜? うふふっ。理和くんは不評だったのかしら〜?」

 「いや、そうじゃなくて……あーもう! 収集つかん! 一旦みんな着替えて! はいっ、寝室行ってきて」


 どうやら理和はあまり納得がいっていなかったようだった。どうしてだろうか?


♦︎


[数分後 リビング]


 僕は人数分のお茶とつまみになるお菓子等をテーブルに置く。


 「ふぅん、なるほどね。僕が原因なのは分かってるけど、ひとえに詩能の暴走ってことで良いんだね?」

 「むぅ……釈然としないぞ」

 「良いからあんたは黙ってなさい。まぁ、そういうわけね。あたしはもうこりごりよ。あんな痴女みたいな格好……」

 「あら? でも割と乗り気だったじゃない?」

 「アレはもうヤケだっただけよ。とにかく、メイリヤのメンタルケアはあんたに任せるわね」

 「あぁ……やっぱり僕がするんだね」


 視線を横に向けると、呆然とした様子のメイリヤがいた。メイリヤもなんというか思い切りのいいところがある。詩能の暴走と相まってしまったからだろう。


 「メイリヤ。その……バニーはその……」

 「に、似合ってませんでしたか?」

 「いや、似合ってたよ全員。確かに似合ってた」


 さっきの格好を思い出して、少し恥ずかしくなるがそれでも感想を伝える。


 「……じゃあどうして嬉しそうにしてくれないんですか?」

 「それは……」


 チラッと詩能さんに目を向ける。視線に気付き、こてんっと首を傾げた。くそぅ、動作も可愛い。


 「僕は、さ……詩能と付き合ってる、でしょ?」

 「はい」

 「……だからまぁ、他の女性の……体のラインって言えば良いのかな? それが分かりやすい格好見て喜ぶなんて不誠実じゃないかなって……綺麗事を並べるとしたらこう」


 でも本心は違う。


 「そういった欲をきみたちに向けてる自分がとっても気色悪いから素直に喜べない。水着姿はそう感じなかった……というかまぁ、遊びの一環だったから考えないようにしてただけだけど、でも今は違う。僕が詩能以外の人を襲うかもしれないっていうことが嫌なんだ」


 詩能さんという彼女がいる中で他の女の子に操を立てるのは倫理的にもダメなことだ。それはこうして友人として付き合ってくれている玲音さんや李愛さん、そして後輩でもあるメイリヤに失礼だと思う。


 「ぷっ、ふふっ……」

 「め、メイリヤ?」


 急に吹き出して笑い始めるメイリヤに僕は返答を間違えてしまっただろうかと困惑する。メイリヤは目の端に浮かぶ涙を拭いながら笑った。


 「はぁー……ごめんなさい先輩。そうでした。先輩はいつも真っ直ぐな人でしたね。だから私、そんな先輩が好きです」


 なんとも反応に困る言い方だった。別に僕は真っ直ぐ生きているわけではないし、こんな自分に好かれるほど良くできた人ではない。けど、こんな自分のことを好きだと好意を伝えてくれるメイリヤにはどうにか報いてやれることはないだろうか。


 「やーっと元気になってくれたわね〜」

 「うわっ!? って、り、李愛。わざわざ後ろから抱き付かなくても……」

 「あら、良いじゃない。私、理和くんといると楽しめるもの。とってもあったかいしっ」


 あぁ、少しずつ詩能さんが険しい顔……に……? あれ、なってない。なんでだろう?


 「ご心配かけてすみません、李愛お姉様」

 「うふふ、良いのよ〜。理和くんがいてくれて良かったわねメイリヤちゃん」

 「はいっ」


 僕を間に挟まないでくれないかな? というより早く離れてほしい。後ろから抱き締められると夢のことが思い浮かんでしまうから。


 「……えっと、李愛? 離れてくれると僕は嬉しいんだけど……」

 「だーめーよ〜? ちゃーんとバニーを褒めなかった罰なんだから」

 「うげ……で、でもほんとに似合って」

 「あたしは助かったが……褒めては欲しかったなー、なんて」

 「……………………きみたちさぁ」


 曖昧すぎると僕はどうしたらいいか分かんないんだけどぉ!? 誰か正解を教えてくれないかなぁ!?

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