36.ハッピーバレンタイン

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[2月5日 ファミレス]


 週末。私は玲音、李愛、メイリヤと共にファミレスでメイリヤの相談に乗っていた。


 「ふむ……。理和の好みが知りたいと」

 「理和くんってほんとに好き嫌いないわよねぇ」

 「あたしも聞いたことないな」

 「やっぱり、そう……ですよね」


 からりとコップの中の氷が音を立てて沈む。そのコップを持ちながら気を落とすような顔をするメイリヤに私は力になってあげたくなる。


 「……理和はな、アレでも苦手だなーみたいなことはあるぞ」

 「は、本当ですか?」

 「あら、意外ねぇ」

 「辛いのが苦手とか?」


 私は頷く。


 「苦手というか人並みだそうだ。以前、そばを食べた時に七味唐辛子を振りすぎて涙目で食してたな。それ以外だと……コーヒーをよく飲むからチョコは控えめな甘さであったり、結構甘かったりと色々手を出しているが一度だけ、「このチョコは苦すぎて少し苦手だな」って零していたな。それこそ……あぁ、これだ」


 スマホでその時食べていたチョコの商品を調べてその画像を見せる。


 「これより甘ければ大体はいいと思うぞ」

 「あ、ありがとうございます!」


 パッと明るい笑顔になり礼を言うメイリヤに私は微笑む。同じ人を好きになった後輩。そんな子が奮起して理和にチョコを渡そうとしているんだ。その頑張りを私は応援したい。


 「あたしがプレゼント〜はだめかしら?」

 「ダメだが?」

 「だ、ダメに決まってるじゃない!」

 「あら、冗談なのに〜」


 私と玲音は揃ってダメと言うが李愛の冗談は冗談には聞こえない。


 「あの、詩能お姉様、玲音お姉様、李愛お姉様。私と一緒にチョコを作って欲しいんですが……だめでしょうか?」


 メイリヤは甘え上手だ。なるほど。これが人に甘えるということなのかもしれない。私たちは頷いた。各々予定を立てて、会える日は会う約束を立てた。


♦︎


[2月7日 昼休み]


 自習授業後、僕の机を囲むように創と杏香がご飯を食べていた。


 「なんかさぁ」

 「ん?」

 「なしたん?」

 「メイリヤちゃん最近ソワソワしてるよね〜って思ってさ〜」

 「あーなんかやってるよな。理和は知ってる?」


 箸を口につけながら僕は曖昧に首を振る。


 「メイリヤの方は分かんないけど、詩能がなんかしてるなってのは分かるよ。多分メイリヤとなんかしてるんじゃないかな?」

 「気にならないの〜?」

 「んー……まぁ気にならないと言えば嘘になるけどさ。でも、秘密にしてるってことはサプライズしたいってことなんだしつつくのも野暮じゃない?」

 「確かにそうだな」

 「ふんふん。それもそだねぇ」


 でしょと返しつつご飯を食べる。そんな時。


 「あーもうそろそろだよなぁ」

 「もらいてぇよなぁ」

 「ちょっと。うちら見ても上げないからね?」

 「ちぇー」


 やはりバレンタインで男子がソワソワしてる。その様子を僕たちは笑って昼休みを満喫する。


 「ねね、あの人たちにも上げた方いいかな?」


 杏香の言葉に教室にいた男子たちが聞き耳を立てた。


 「やめといた方いいと思うよ」

 「俺以外に出す気かよ〜。それはダメだぞー」

 「あっ、そっか。ごめんね〜創くん」


 僕が牽制して、創がぶーぶーと分かりやすい嫉妬を示して杏香が謝った。そのため分かりやすいくらい男子たちが落胆した。あ、女子たちが笑ってる。多分友達としてあげるんだろうね。いい子たちで良かったじゃん。


 「じゃあじゃあ、楽しみにしてて創くんっ」

 「おっ、待ってるわ」


 2人の仲もずっと良くて何よりだね。というかもう一年は付き合ってるのか2人も僕たちも。早いなぁ。


×


[2月13日 自宅]


 理和には遅く帰ってくるよう伝えて、私たちはメイリヤの作るチョコを手伝う。


 「甘すぎませんかね?」

 「あたしは大丈夫ね」

 「ん。あたしも」

 「……私は少し甘いかもだが。まぁ、誤差だろう。このまま行こう」


 私は甘いものはもちろん好きなのだが、理和の好みに合ってきていて苦いものも好きになっている。そのためかほんの少しだけ甘い気がしたが、この味も全然悪くない。メイリヤは少し不安げだが安心させて作らせる。


 ──────ピロンッ。


 「ん、理和からだな。ふむ……今買い物しているそうだが、晩ご飯食べていくか聞いてほしいと理和から言われたがどうだ?」

 「せ、先輩の手料理ですかっ!?」

 「あら、良いのかしら?」

 「お邪魔してる感じあって申し訳ない気がするけど……まぁ、理和がそう言っているんだものお言葉に甘えましょ」


 メイリヤは驚きつつもコクコクと何度も頷いて、まるで小動物みたいで愛らしい。私は笑って、理和に返す。するとすぐに既読がついて、了解のスタンプと『それじゃあ待ってて』という言葉と一緒にさらにもう一個スタンプが送られた。今では割とフレンドリーな理和だが、画面の中ではそれ以上に明るい印象がある。やはり杏香との兄妹は場を明るくしてくれる大切な存在だ。私は温かくなる心地にふふっと笑みを浮かべてスマホをポケットにしまう。


 「そういえば、理和に今日帰ってくるのは遅くしなさいって言ったのよね?」

 「あぁ。理和は二つ返事で頷いてくれたぞ」

 「どこで時間潰してるのかしら?」

 「先輩の行動を考えるとしたら……本屋とか?」


 私たちは「あ〜」と同時に声を上げる。


 「そういえばシリーズ作品の新作が出るとかなんとか言っていたな」

 「意外とちゃんと読んでるのよね理和って」

 「前に私が読んでみてって言ったのも読んでくれて感想もつけてくれたわね」

 「先輩は読むの早いですから、結構頻繁に本屋とか寄っていそうですよね」

 「行動範囲広いからそれ以外も有り得そうね」


 ふむ……。確かに私が講義で大学に行っている時に理和が休みで講義終わった後デートの約束するとだいたい時間を潰すのにどこか立ち寄っているな。


 「あっ、でも前に他の子から聞いたけれどね。理和くんらしき人がアニメショップにいたって聞いたわ。なんでも、とてもオシャレで同類? には見えなかった〜とか聞いたわねぇ」

 「先輩ってアニメとかも見るんでしょうか?」

 「確か杏香から勧められたものを見たりしてるとは聞いたな。私も以前に、杏香からお勧めされたロボットアニメを隣で見たが面白かったぞ」


 お菓子作りをしながらも雑談に興じ、これが女子会というものなのだと私は楽しかった。


 「あら? このコップオシャレね」

 「お? あぁ、それは理和が使っているやつだな。私のはその隣で、デザインは同じなんだがグラデーションが違うものをって理和が買い揃えたんだ」

 「先輩はロマンチストさんなんですね」

 「ちゃんと連絡も返してくれるものね」

 「とてもマメで確かにモテるわよねぇ。誠実って彼のことを言うのよねきっと」


 型にチョコを流し入れ、それを冷凍庫に入れるのを手伝う。


 「……これはお前たちとの中での話にしてほしいが……。もし、もし理和が私以外の人とくっつくとしたら……お前たちであれば私は納得は出来る。とっても悔しいがな」

 「う、詩能様?」

 「えっと……それはどうしてですか?」

 「私は理和を愛している。そしてそれはお前たちも同じだろう?」


 3人はハッとして少しバツが悪い顔をした。私はフッと微笑う。


 「私はお前たちの気持ちを否定しない。メイリヤに前に伝えたな? 理和にたくさん愛を知ってほしい。触れて欲しいと」


 メイリヤはコクッと頷いた。


 「もちろん、私だけを見て欲しいし、触って欲しいし抱きしめて欲しいし……こ、子供だって欲しい。しかし、その……こ、行為さえしないのなら私はお前たちと話す理和を認めるし、理和のお前たちに向けている感情も尊重したい。だがもし一夫多妻というものが認められているのであれば私は構わないと思う。触れてほしくないと思いつつもその気持ちを尊重したい……二律背反ではあるがな」


 そう。理和のすべては私のものだ。本当なら独り占めしたい。理和の纏う空気も、笑顔も、声も、温もりも、全部。これがきっと玲音の言うというやつなのだろう。


 「じゃあデートは良いのかしら?」

 「……ぅ、手とか……繋がないなら」

 「とても嫌そうな顔してるんじゃないわよおばか」

 「ぁうっ!」

 「でもま、あんたの言葉は分かったわ。言っちゃあ悪いけどあたし、理和以上に好きになりそうな人いなそうだし」


 妥協になりそうねと自虐を込めた笑みを浮かべながらそう言う玲音に申し訳ないと思う。


 「……私、詩能お姉様や皆さんとお話しせずに先輩だけと話していたらきっと……奪ってたかも、しれません」


 メイリヤは顔を伏せ、消え入りそうなそんな小さな声で言った。


 「だと思っていたよ。あの時の学校説明会のとき、メイリヤは理和と話していただろう? 私は危惧していたよ。でもお前は良い子なのだろうなと思っているよ。理和がアレでも懐いているからな」

 「な、懐いてって……まるでペットみたいな……」

 「ははっ、間違ってはいまい。理和はなだいぶ人に対しての警戒心は強いんだよ。それは李愛が分かっているだろう?」

 「えぇ、そうね。今はそうでもないけど、教会で会ったとき言われたもの。あ、この子は私のこと警戒してるのねって。結構人に信用されやすいように振る舞ってるけど、理和くんが初めてよ」


 その時のことを思い返しているのか、楽しげに笑いながら話す李愛。そんな女子会を開いている時に鍵が開く音が響いた。全員リビングの扉の方に顔を向ける。少ししてからその扉を開けて入ってくる人がいた。


 「ただいま〜……ってあれ、帰ってくるの早かった? もう少し時間潰してこようか?」


 理和は赤らんだ鼻先を掻いて苦笑した。


 「いや、大丈夫だぞ。おかえり理和」

 「おかえりー。あ、それとお邪魔してるわ」

 「おかえりなさいです先輩」

 「おかえりなさい理和くん。外寒かったでしょう?」


 理和はコート等を着たままキッチンにむかってエコバッグをテーブルに置いた。


 「んまぁ……そこまで寒くはなかったかな。それよりも聞いてくれよ。野菜が思ったより高くてさー……どの野菜がいいかとか大変だったんだよねぇ」


 こっそりとみんなで顔を合わせて笑い合う。いつもの理和だ。私たちでやっていることをうまく隠せているようだ。


 「どれくらい高かったんだ?」

 「うーん……この間より100円高かったりしたのもあったかな。でもまぁ、割と安いとこを探したから良い買い物だと思うよ。あっ、そうだ。玲音と李愛はあした会えるか分からなかったから今渡すよ。はいこれ」

 「えっ、わざわざ用意してたの?」

 「そうだよ。でも今回は作れなかったから市販だけど」

 「でも良いのかしら受け取っても」


 その言葉は私に向いているのだろう。私は頷く。しかし理和はそれに気付かず頷いた。


 「調べたらチョコを渡す文化で色々意味があるみたいなんだね。文化の変遷って面白いね」

 「ありがとう理和。お返しは後で渡すわね」

 「ありがとうね理和くん」


 理和は杏香が浮かべる笑顔よりは控えめだがそんな底抜けた明るい笑顔を浮かべて「それじゃあ着替えてくるね」と言って部屋へ向かった。


 「これが……大切にされているってことなのね」


 理和のその背中を見てから李愛は嬉しそうに呟いた。



[翌 放課後 生徒会室]


 ちょうど、先輩と2人でいることに成功した私は小袋を後ろ手に先輩の隣に移動する。


 「せっ、先輩っ」

 「ふん? どうしたの?」


 緊張で声が裏返っちゃったけどなんとか平静を保ちつつ、小袋を先輩に向ける。


 「あ、あのっ! う、受け取ってください!」

 「これは……あぁ、か」

 「……へ?」


 先輩は納得の顔で笑いつつ、受け取ってくれた。先輩は「開けても良い?」と聞いてきたから頷いた。


 「あ、あの先輩。先ほどの、ってなんですか?」

 「メイリヤも詩能も……あと玲音と李愛か。あの2人も一緒に何かやってるんだなって薄々は気付いてたよ」

 「え、ええとじゃあ……」

 「でも気付かないフリしたんだ。何かしてるのは知ってたけど結果まで聞くなんて野暮ってものでしょ?」


 先輩は微笑みながら小袋から私がラッピングを頑張った小包みを出す。


 「可愛いねこれ」

 「あっ、えっと……詩能お姉様方に協力していただいて……」

 「そうなんだ。食べてみてもいい?」

 「ど、どうぞっ」


 一口サイズのハート型チョコを先輩はかろっと口に含んだ。感想がどうなるのか私には分からず、ドキドキしてぎゅっと制服を握った。


 「美味しい」

 「…………っ!」


 先輩の言葉に、表情に嘘はなかった。とっても美味しそうに優しい笑みだった。私は嬉しくて、泣きそうだった。良かった。成功して良かった。頑張って良かった。


 「良く頑張ったねメイリヤ」

 「せ、先輩……!」


 私は感動のあまり、先輩の胸に飛び込んでしまった。先輩は驚いて、身を固めてしまったけれど今だけは許してほしい。その気持ちが先輩に届いたのか分からないけど、先輩は私の頭を優しく撫でてくれた。私はその感触と温もりにこれでもかと笑ってしまった。


 ────やっぱり私、先輩のこと好きです。

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