第八集:皇太子
雨上がりの静謐な空気の中、三人は馬車から降り、
馬車二台ほどが通れそうな道幅が一転、雲間から太陽が差し込む先に目の前が開ける。
これほど贅沢な空間の使い方は無いのではないかと思うほど広く大きな階段が目の前に現れた。
「こんなに壮大な階段見たことないよ。千人くらい座れそう」
「そうか?
「
「皇太子殿下」
階段の上から声がする。
声の主である
「父上に謁見したいのだが」
「かしこまりました」
案内役の
すぐに許可が出され、三重の殿門をくぐり、中へと入っていく。
「皇太子殿下」
そして平伏し、皇太子に倣う。
「皇帝陛下に拝謁いたします」
すぐに優しい声が降ってきた。
「立ちなさい」
三人は立ち上がり、
「
「父上、民の危機に馳せ参ずるは皇子の務め。苦労などとは思っておりません」
「そなたは
「国のために尽くせるのならば、危険など厭いません」
幼いころから
柔軟な
その性分は、今も変わっていないようだ。
「わかったわかった。まったく、上手に育て過ぎてしまったようだ。それで、その……」
「
「何か急ぎの要件だろうか……。まあいい。通せ」
すると、先ほど
「皇帝陛下に拝謁いたします」
「立ちなさい、
「久しいな、
涼やかな切れ長の目を細めて微笑む
しかし、その笑顔に潜む悪意は底なし沼のように見通すことが出来ない。
「お久しぶりです、
空気が張りつめた。
「そういえば、二人が顔を合わせるのを長いこと見ていなかった気がするな」
ここで
「皇太子はまだ政務には興味がないようですからね。それとも、大好きな
流れるように出てくる嫌味の羅列。
「そうですね。
応戦する
さすがに気付いたのか、
「顔を合わせるといつもこうなるな、二人は。
高貴な兄弟喧嘩の開始に、
「申し訳ありません、父上。実は紹介したい者達がおり、本日こうして参りました。
叔母から、弟とその護衛が、
「おお、そうか。
どんどんと期待値が上がっているような気がして焦る
しかし、そんなことはおかまいなしに、
二人は
「
「私も
「なんと、
微笑む
一瞬、その視線が
二十年以上国父として生きてきた中で、最も大事な教えは『言葉に起因する
その教えが頭をかすめ、声に出そうだった言葉を飲み込んだ。
例え、目の前にいる青年が、亡き妹に似ていようとも。
場の言葉が途切れたその隙を突いて、
「
「
「
見えない火花が激しく散る。
「年長者にそんな口が利けるとは。皇太子としての教育は上手くいっていないようだな」
息子たちの険悪な雰囲気に再び溜息が漏れる皇帝の元へ、
「悠王殿下と
「おお、
場の空気が変わっていく。
清々しく、悠然とした山林の間に吹く清らかな風のように、
横に立つ
藍色の
「皇帝陛下に拝謁いたします」
「立ちなさい。そなた達が来てくれて助かった」
「どうやら、そのようですね」
「二人とも、血気盛んなのもいいが、言い争うなら外でやれ。父上が寛容だから良いものの、我らは
しかし、
「さすがは兄上。最も愛されている皇子の風格には敵いません」
「
「はい、父上」
「
総監はそれを
「陛下、私と悠王殿下は最近
「これは……」
皇帝の視線が
それに気付いた
「弟達を退室させる必要はありません。
「属国である
「父上もご存知の通り、
「二人は……、皇族の中の何者かが、攻撃が成功しようと失敗しようと、
「そうです」
「たしか、
「私と
言葉を引き継ぐように
「それに、
「少なくとも、疑わしい人物が二人いるということだな……」
すると、
おそらく、
ただ、
「
いくら善政を敷けど、脅威がその外にある限り、民の暮らしが安定しているとは言えない。
そんな父の姿に意を決した
「父上、私を調査に派遣してください」
「駄目だ」
「何故ですか!
「何度言ったらわかってくれるのだ。そなたは
「民を守れぬのなら、皇太子など名ばかりの
「
父の悲痛な叫びも、息子には届かなかった。
「父上、覚えていらっしゃいますか」
焦る
「十年前、私は酷い
「命が潰えそうになっている私を背負い、
「父上は詳しく聞いていらっしゃらないでしょう。私が助かった経緯を」
皆の視線が、
「私が罹患していたのはただの
「
「少年は私と手をつなぐと、
妹は、
「私なら、国を、民を、家族を、みんな救える」と。
胸に抱いた切なくも焦がれていた直感は正しかったのだと、
「私はその少年……、
国の父として涙など流せるはずもなく、喉の痛みに耐え、息子と妹の忘れ形見を交互に見た。
そして、再び玉座に腰を下ろすと、姿勢を正し、口を開く。
「
五人は平伏すると、「感謝いたします」と声をそろえた。
「立ちなさい。はあ……。朕が上手に育てたのではなく、そなた達がそれぞれの経験を通して素晴らしい青年に成っていったのだな」
「身内に危険因子がいるとなれば、皇宮も安全とは言い切れません。私の軍から父上の護衛に……」
「皇宮には五万の禁軍がいる。それに、私には
三人は
「……皇太子殿下は結構頑固だよね」
「生まれ持った性分だ。私は気に入っている」
「大丈夫。私も気に入っているよ」
ひらりと舞う花弁のように力が抜けた
つられて、
「
「全然。殿下のそのまっすぐな性格が私は好きです」
いつまでも
秘めたる想いに、気付かないふりをしながら。
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