第五集:鬼魄《きはく》の商人
「これは……」
机の上に鎮座する
「誰かが使用したのでしょう」
「……北西を向くと強く光るようだ」
「とにかく、今日は休め。
「
「さあ、三人とも。案内するからついてこい」
弧を描くように曲がる廊下を進み、三つの扉が見えてきた。
「
少しすると、
「二人はいつから友人なんだ」
「
「医神と武神の父親とは、想像もできないな」
「お
「私達のお祖父様は、
「私の父、武神
「な、軟禁だと」
「私の父上が何度
「お母上は夫の軟禁について何も言わないのか」
「
「詮索しないこと……。すまない」
「大丈夫です。私の母は人間なのですが、出産時に亡くなってしまって。良く知らないのです」
正体を明かせないからとはいえ、友人に嘘をついた。
それも、血のつながった従兄弟に。
「私の母上は医仙で
「
「でしょう?
「ううん、周りからは私も容姿は母上に似ていると言われている。兄上は……、容姿は父上似で、行動力は母君似だな」
口の中に残る苦い薬の味をお茶で流し込みながら、二人の友人を見つめる
特に目は「妹そのものだ」と、よく悲し気な表情で言われる。
三人は出会ってからあまり話す暇もなかったため、互いのことを色々と語り合った。
「
「私には何人か叔母がいる。その中の一人に、
「症状は重いの?」
「わからないんだ。皇宮の医官も、皇宮付きのあらゆる術者たちも、お手上げだと言っていた」
「なんだかわからなくとも、私ならばその
「駄目だ。そんな危険なこと……」
譲ろうとしない
「
なぜ親友は己を犠牲にしたがるのか、と、悲しくてたまらないというように。
「私も診てみたい。
「
三人は頷き合い、それぞれの部屋へと戻って身体を休めた。
翌日、昨日入りそびれた湯浴みをし、三人は着替えてから出発した。
いきなり飛んで驚かせたくはない。
「
「私はまだ十七歳。父上から政務を代行せよとはまだまだ命じられないだろう。だが……、たしかにそうだ。一度戻った方が良いかもしれない。
「え、十七歳なの? 私達もそうだよ。少し年上かと思ってた」
「そうなのか。二人は医神と武神の息子だから、てっきり私では考え付かないほどの年齢なのかと……」
「寿命は限りなく長いけれど、まだ青年期に入ったばかりだよ」
「それで言うと、
双子だと言われていたほど似ているのなら、母の面影を感じることが出来るかもしれない。
胸が高鳴った。
「
「みんなお母上は同じなの?」
基本的に皇帝や
「ああ……」
ただ、
「
妃の位は高い方から皇后、四妃 (
「ふうん。母親が違っても仲良くできるなんて素敵。兄弟姉妹がいっぱいいるってどんな感じなんだろうなぁ」
「叔母上達のように仲が良ければいいが。なかなかそうもいかないのが現実だ」
皇子や公主の縁談はほとんどの場合皇帝が決める。
当然、寵愛されていない妃嬪の子供には適当な相手が振り当てられることが多い。
産まれた時からある程度の運命は決まっているのだ。
それゆえ、後宮は朝廷よりも遥かに陰湿。
妃嬪たちは寵愛を獲得して成り上がろうとあれこれ暗躍し、子供が巻き込まれて死ぬことになる。
妊娠中は特に危険だ。
お腹の子が男女どちらかわからないため、皇子を産むかもしれないという前提で暗殺や毒薬による強制堕胎の対象になる。
「荒波が通常だと諦めなければ、生きていられない」
「怖いんだねぇ。
「……純粋だな」
「ありがとう。知ってる」
二人の会話にハラハラしながら
すると、背後から馬の蹄の音が。
「
「どうした」
駆け寄ってきたのは
馬から降りると、
「
それは
「読んでおく。他にも何かあるか」
「未明、宗主がご実家へと発ちました。では、私はこれで」
男性は馬にまたがると、駆けて戻って行った。
「兄上宛ならわかるが、私に密書……」
「……そうか。そういうことか」
「どうしたのですか」
「急ぐなら、飛んで行こう。ほら、背負うよ」
「西南の国境に異変があり、急いで行って欲しいとのことだ。そこは兄上が先代
早朝の空気は冷たく、眠い頭を起してくれる。
嫌な記憶も同様に。
「異変はあいつのせいに違いない。だから叔父上は密書で送ってきたのだ。
太陽の光が空気を温め始める。
しかし、心は穏やかではない。
「今、
「それなら、
「兄上には多くの政務がある。皇帝陛下の号令無しに戦地へ赴くことはできない。それも、他の皇子が関わっているかもしれないとあらば、なおさらだ。もちろん、それは私とて同じだが、今の私は
「もし
いつもとは違う
「そんなに大変な事態なら、もっと急いだ方が良いですよね」
「これなら、全員が全力で飛べます。少し休憩をはさんだとしても、十二時間くらいで着くでしょう」
「
「大丈夫ですよ。体調に自信が無かったらそもそも提案しませんから」
三人は速度を上げ、
「街灯り! 結構乾燥している土地なんだね。初めて来た」
空気に交じる砂の気配に、
「ここは
「戦火が上がっている様子はないですが……。血のにおいがします。それも、腐りかけている血の……」
三人は
そこは山の中腹。
木の陰に隠れながら地面へと降りる。
「あの鎧は
藍色の鎧を着た何かが、土を掘り返し、その中に埋葬されていたと思われる遺体を食べていた。
「そんな……、嘘だ……」
「まだ
微かな囁きで話していた三人。
藍色の甲冑を着た者に月の光が当たる。
「
唸り声。
口からは遺体から喰いちぎったと思われる手がだらりと下がっている。
「……死んでいるわけじゃない。何が原因かはわからないけれど、ひどく錯乱しているんだと思う。
濃い橙の光はその強さを増し、怒りで瞳孔が開く。
「何にせよ、許せない」
一歩ずつ、また一歩ずつと近づいて行く。
相手がこちらに気付き、眼球がぐるりと回って視線が合う。
その目が見ているのは、
「私達が人間じゃないとわかるみたいだ」
相手は遺体の腕を吐き出しながら
「
「……脱がすぞ」
背にある、でたらめな順番で結ばれた頑丈な革ひもを剣で斬り、鎧を引きはがした。
「この鎧は
「奪ったのか……。倒した
「ということは、今現在どこかで軍事衝突が行われているということですね」
二人の会話をよそに、
爛れた皮膚。濁った眼球。気絶しているのに尋常ではない速さの脈。
全身の毛は固く、皮膚を貫くほどの強度がある。
見た目に反して筋肉には柔軟性があり、しなやか。
骨格はなんらかの影響で戦闘に特化したものに変化しているようだ。
ただ、ひどく死臭がする。
「二人とも、急ごう。被害者が増えちゃうよ」
三人は
月灯りで影が出来るのを避けながら山の中を進む。
土よりも砂が増える。
木々が減り、砂漠地帯である
「ここは
視線の遥か先。
何かが空へと昇り、発光した。
「……
三人は顔を見合わせると、
「二人とも、掴まって」
漆黒だが月の光を透過する大鷲が
「ああ、そんな……」
「
「何故
「
「あそこに降りてくれ!
簡易的な天幕の前に三人は降り立った。
近くにいる兵達が一斉に武器を向ける。
「私だ。礼は免じる」
「皇太子殿下!」
兵達は武器を納め、
兵達の声を聞きつけた将軍や指揮官が天幕から出てくる。
「久しいな」
「こ、皇太子殿下!」
「属国
それに、と、指揮官が話を繋ぐ。
「奴らは戦死した仲間や
「
「二人とも、
「弓兵を千私につけろ」と言い、
「あなた方は……」
将軍達の視線が集まる。
「皇太子殿下の新しい護衛と医術師の者です。我々は殿下の命に従い、
二人は
「な! そ、空を……」
「
「大丈夫。すぐにおさまるから」
戦場を通り過ぎ、低空を飛ぶこと数分。
砂岩の洞窟から低い地を這うような叫び声が聞こえてきた。
「怪しいね」
「行こう」
洞窟の入口にそっと降り立った二人は、音を立てないよう奥へ進んでいく。
叫び声はだんだんと鮮明になっていき、それとは別に男達の声が聞こえてきた。
「おやおや。元気だこと」
「
「私とあなた達の利害は一致しているはず。代金を頂かずに奉仕しているのですから、もう少し私の実験に協力していただきますよ」
「で、ですが」
声に近付いて行く。
火の揺らめきの中に見えたのは、黒い
中央にある寝台には屈強な男が寝かせられている。
奥にある檻のような場所にはまだ何かが閉じ込められており、全て気絶している様子。
恰幅のいい男が寝台に横たわる男に向かい、言う。
「ほら、お行きなさい。
先ほど地鳴りのような叫び声をあげていたのは
男は跳び起きると、獣のように駆け、
「次はあちらですね」
檻に視線が向く。
「
「証拠を残したくないのでしょう? それならば、
それと同時に、
血のように紅く、氷のように冷たく。
「やめてよ!」
飛び出した
「なんです、君……、君達は」
「その力、おそらくは
「に、人間じゃない、とは」
「まあ何にせよ、我々では敵いません。
「何故こんなことを?
「は、はは、おめでたい、じ、人外の坊ちゃんめ。お、おお、お前たちの国が一枚岩でないことは、ぞ、属国の者ならば誰でも知り得るところ。小国である
――証拠不十分で不問になった事案だが、以前
「
「目的は
「なんと!
微笑んでいる。
「自己紹介がまだでしたね。私は
「兵士たちに
「それならお答えできますよ。毒です。これは
「そんな……」
「あなたは
「雇い主からの依頼をこなさなくてはならないので、そろそろお引き取り頂いてもよろしいでしょうか」
「もうおかしなことはさせない」
「ううん、困りましたね……。では、ちょっとご相談なのですが」
「あなた方は
「何のことでしょう」
「よく考えればわかるでしょう?
空気が張りつめた。
「雇い主達の襲いたい相手も陥れたい理由も違いますが、利害が一致したので、我々はこうして手を組んでいるのです」
「あなたの雇い主はどんな依頼を?」
「雇い主も、対象も、理由も守秘義務があるのでお答えできません。でも、ここで殺されるつもりもありませんので、あなた方の御友人が欲しがっている物を差し上げます」
それは
「これは若い頃、脱走兵だった私が山の中をさまよっていた時に
「では、さようなら」
いつの間に移動していたのか、
「これは……、
「え、なんで? どうしてくれたの? は?」
二人が困惑している隙に、
「戦場に戻ろう。こうなったら戦うしかない」
「治せないならせめて、楽に逝かせてあげるしかないものね……」
二人は適当な砂岩の柱に高官達を縛り付けてから外へ出ると、戦場へ向けて飛び立った。
「殿下!」
二人は
「ここでは
「その通り。原因はわかったか」
そして、治せないということも。
「そうか……。では、二人は天幕で……」
「戦います」
「
二人の言葉に、
それでも、皇太子として言わなくてはならないことがある。
「これは
「友達が困っているからっていう理由じゃ駄目ですか」
「それならば、力を借りたい。
三人は頷き合うと、それぞれの位置についた。
皇太子の号令で、怪我をした
広くなった戦場。
「安らかに眠って下さい」
腕を返し、次々と首を斬り落としていく。
この悲しい殺戮が終わったのは、二時間後だった。
「お疲れ様です、殿下」
「二人とも、ご苦労だった。あとのことは
「これ、受け取ってください」
「……
「焦らず頑張りましょう」
「ああ。とにかく、二人は休んでくれ。天幕を用意させた」
「ありがとう、殿下。あ、でも、洞窟に捕えてある
三人はあとひと踏ん張りと、洞窟へ向かった。
「ここだよ」
洞窟から漏れ出るのは蝋燭の灯りだけではないようだ。
「……血のにおいがする」
三人は急いで中へ入っていく。
「嘘……」
「おそらく、
三人はやり切れない思いと共に、
集落はほぼ壊滅状態。
復興には年単位で時間がかかるだろう。
「……誰ですか?」
気配がした。
しかし、そこには何もなく、ただ崩落しかけている壁に自分の影が映っているだけ。
「疲れているのかな……」
兵士たちの甲冑が触れ合う音に交じって金属音がこだまする。
戦場だった場所では珍しくもない音。
そのため、誰も気付くことが出来なかった。
建物の陰に立つ女性が持つ剣に、場の怨念が黒い煙と成って吸われていくのを。
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